No | 126140 | |
著者(漢字) | 霍間,勇輝 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツルマ,ユウキ | |
標題(和) | ペンタセン超薄膜の成長機構と構造安定性に関する研究 | |
標題(洋) | Study on growth mechanism and structural stability of pentacene ultrathin films | |
報告番号 | 126140 | |
報告番号 | 甲26140 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第557号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 複雑理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 背景 軽量,フレキシブル,安価など,既存の無機半導体に無い利点を持つ有機デバイスは,材料開発,製造技術が過去数年間に大きく進展し,特に有機ELなどディスプレイデバイスでは既に製品化がなされている.しかしながら,デバイスを動作させる根幹であるトランジスタには現在のところ無機半導体が使われており,上記の特長を完全に活かしたプラスチックエレクトロニクスの実現には至っていない.この有機トランジスタの克服すべき課題として,移動度の向上,安定性の保証などが挙げられる.本研究では,真空蒸着法により有機半導体を薄膜として利用する電界効果トランジスタ(FET)の一種である,有機薄膜トランジスタ(OTFT)において,ペンタセンを有機半導体薄膜として用いた場合のみに特化し,薄膜成長論的な観点から,薄膜形成過程や安定性についての知見を深めた.図1にOTFT概略を示す.OTFTの性能を左右する個々の素過程として,有機半導体薄膜及び,それに接するソース・ドレイン電極,ゲート絶縁膜に起因する問題が挙げられるが,中でも,有機半導体の膜質(結晶性・配向性)が移動度決定の最重要因子となっていることは,近年の有機単結晶トランジスタの報告[1]より明白である.本論文では,第1章にて研究背景,第2章では実験概要を,第3章ではペンタセン薄膜に内在する形態不安定性について,第4章では薄膜構造の転換層であるペンタセン2層目の成長メカニズムについて,第5章には電極付近における特異的なペンタセンの成長を記述し,それぞれについて議論した. 2. ペンタセン薄膜に内在する形態不安定性 ペンタセンは,有機トランジスタの中でも最高移動度,優れたon-off比を有するために,多くの研究が盛んに行われている物質であり,測定対象とすることの意義は大きいといえる.新たに作製した,In-situ AFM-FET測定装置を用いて,ペンタセン-SiO2型OTFTに対して表面形態観察とFET測定の同時測定を行った.その結果,室温・高真空条件下において,図 2のような驚くべきペンタセンの自発的凝集過程が観察された.さらに,同時FET測定からは,薄膜の形態変化にともなう電流値の減少が確認され (図2 a, b).ペンタセン薄膜に内在する,形態不安定性がOTFTの実用化に向けて大きな妨げとなることを示した. ペンタセン薄膜に内在する,形態不安定性の起源を探るために,まず,1.25 MLペンタセン薄膜の形態変化を様々な条件下で詳細に解析した.またペンタセンの膜厚,基板の表面修飾種,観測雰囲気を変化させて実験を行った.その結果,形態変化には3つの要因が関与することが明らかとなった.それは,基板の表面エネルギー,吸着分子の影響,ペンタセン第2層目の存在である. まず,表面エネルギーの影響であるが,その他要因を除外するために,超高真空中にて形態観察が行える低速電子顕微鏡(LEEM)装置を用い,さらに基板の表面エネルギーが異なる3種の基板を用意して実験を行った.結果は図 3に示すように,ペンタセン薄膜の表面エネルギー49.7 mJ/m2 [2]と比較して, a : SiO2 (500 °Cのアニールで清浄化),b : HMDS,c : OTSはそれぞれ61.4, 43.6, 28.1 mJ/m2[3]となるのだが,表面エネルギーが小さな基板ほど形態変化の進行が速く,ペンタセン表面よりもエネルギーの高い清浄SiO2基板上では分子が拡散できず形態の変化がほとんど起こらないことが明らかとなった.次に,さまざまな気体を超高真空中に暴露してペンタセン薄膜の変化の様子を観察した.結果,水やエタノール雰囲気中(真空度10-4 Pa台)では,形態変化が抑制され,逆に炭化水素雰囲気では進行が促進されることが明らかとなった.これは,気体分子がペンタセン表面または基板表面に吸着した結果,表面エネルギーに変化が生じることに起因している.さらに,膜厚依存観察より第1層‐2層目間を起点として形態変化が起こっていることが明らかとなった.しかしながら,第1層目以外の層が存在しないときには,形態変化が生じないことも同時に明らかとなり,第2層目が変化の引き金となる重要な役割を果たしていることが確認された.これら3つの要因が,複合してペンタセン薄膜に内在する形態不安定性を発現させているという結論に至った.最後に,この形態不安定性を利用してIn-situ AFM-FET測定より,ペンタセン薄膜内部における電導パスや電導特性に関する議論を行った. 3. ペンタセン薄膜2層目の形成過程の解明 ペンタセン薄膜の成長機構については,超薄膜から厚膜領域まで様々な報告例があり,詳細な議論がこれまでになされている.しかしながら,核密度が最小となる2層目の成長機構については,層状成長から島状成長に移行する上で,その後の島の形態を決定する重要な役割を果たすにも関わらず,これまでに十分な知見は得られていない.そこで,測定による試料への影響が少なく,成長過程をリアルタイムで観察できる低速電子顕微鏡(LEEM)を用いて,ペンタセン第1層上に成長する2層目の成長機構解明に着手した.また,同時にAFM観察からも,第1層の作製条件を変化させた場合の2層目への影響を,核密度・サイズ分布の観点から評価した. LEEMによる実験としては,SiO2基板上にペンタセンの蒸着を連続的に行った場合と,あらかじめより高温にて成長させた1層目の単一ドメイン上に2層目を蒸着した場合とに区分した.後者は,境界のない同一配向を持った表面上での成長機構を探る上で核発生や成長方位の観点から興味深いといえる.前実験より,ペンタセン2層目の核発生は,1層目のグレインバウンダリー及びグレインエッジからのものが優先的であることが示され,後者より単一島上では,エッジからの核発生が支配的で,核形成後は島の中心方向への成長が起こりやすく, 2層目のb軸の向きはその成長方向にほぼ一致することが明らかとなった.図4は,70 °Cにて互いに独立した1層目を作製した後,室温にて2層目(点線枠内)を蒸着したLEEM像である.矢印はそれぞれの2層目から取得したμ-LEEDより求めたb軸すなわち [010]方向を示している. AFM実験は,1層目の蒸着速度が2層目の薄膜特性へ与える影響について考察することを主眼として行った.まず1層目のペンタセン蒸着速度を0.4 A /min, 4 A /min, 40 A /minでそれぞれ0.25 ML,1 ML蒸着.1 MLの試料はその上に2層目を4 A /minに保ち1.25 MLまで成長させた。このように作製した0.25 MLと1.25 MLのそれぞれの薄膜形態をAFMによって評価した.結果、1層目と2層目の核密度の関係は、1層目の核密度が増すに従い,2層目の核密度が増加し,サイズ分布からは臨界核iが蒸着速度によらず1層目と2層目で異なる,すなわち1層目と2層目の形成プロセスが異なることが明らかとなった(図5). 4. 面内ヘテロ接合上におけるペンタセン薄膜の成長機構 単一基板上での有機薄膜の成長機構は,有機デバイスの進展とともに多くの報告がなされ,分子異方性を活かしたユニークな特徴を持つことが明らかとなっている.しかしながら,OTFTのボトムコンタクト(BC)構造に代表される,絶縁膜と電極の異種表面が同一平面内で接するような面内ヘテロ接合上では,有機分子が2種表面からの影響を受けるために,通常の単一基板上における成長機構とは異なることが予想される.実際にBC構造のOTFTでは,絶縁膜-電極界面付近での有機薄膜の乱れと,それに起因するトランジスタ特性の低下が周知の事実となっている.そこで,面内へテロ接合上での有機薄膜成長という新たな概念を導入し,そこでどのような現象が発現し,いかなるメカニズムが働くのかを解明した. 実験はOTFTとして代表的な系である, ペンタセン,SiO2基板,Au電極を用いて行った.測定には,試料への影響が少なく,成長過程をリアルタイムにて観察できる光電子顕微鏡(PEEM)を使用した.図6 は, 電極近傍におけるペンタセンの蒸着開始から1層目が完成するまでの様子を示したPEEM像である.ペンタセンの成長が電極付近では抑制されていることが見てとれる.これは,電極と絶縁膜上におけるペンタセン分子の配向の違いによって生じる表面エネルギー差に起因することが解明された(図7). 5. まとめ 上記,SiO2基板上のペンタセン超薄膜という共通する実験を通じて,OTFTにおける有機物質特有の諸問題を提起し,そのメカニズムを解明した.第3章では,有機薄膜に内在する形態不安定性という概念を確立し,第4章では,基板の影響を受ける1層目と,その後の薄膜成長を司る2層目では成長機構が異なることを明らかとし,第5章では,有機物質の異方性が生み出す,特異な成長様式を提案した. 図1 有機薄膜トランジスタの概略 図2 1.25 MLペンタセンの経時変化 (a) AFM像 4.5×4.5 μm2 (b)FET特性 (c) 移動度の時間変化 図3 LEEM観察像: 形態不安定性の基板依存 (a) 清浄SiO2基板φ = 30 μm (b) HMDS基板φ = 15 μm (c) OTS基板φ = 15 μm 図4 LEEM観察像:単一ドメイン上に成長する2層目ペンタセン 図5 サイズ分布と臨界核の関係 図6 PEEM観察像(φ = 30 μm):電極近傍でのペンタセンの成長過程 図7 電極近傍でのペンタセンの成長過程のモデル図 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなる.第1章は序論であり,本論文の題目である「ペンタセン超薄膜の成長機構と構造安定性に関する研究」についての意義が述べられている.また,ペンタセン超薄膜の応用方法として有機トランジスタに着目し,その歴史,動作原理について紹介している.さらに,ペンタセンの薄膜形態や結晶構造など本論文を理解する上で必要な基礎事項を明記している.また,本研究で用いられた実験手法の原理について述べており,各手法によって得られる情報などについて,その基になる理論とともに述べている. 第2章では,本研究で実際に測定を行う際の詳細な実験手順や,用いた装置について述べている.具体的には,in-situ AFM-FET測定,LEEM測定,試料作製に関する記述である. 第3章では,ペンタセン超薄膜に内在する形態不安定性について述べている.新たに製作したin-situ AFM-FET測定装置を用いることで,いったん基板上に成膜されたペンタセン分子が,時間とともに室温・真空化という安定な条件にも関わらず,凝集することを見出している.元来,有機分子は金属と比較して凝集エネルギーが低いために,蒸着後の基板露出を伴うような大きな形態変化は考慮されてこなかったが,この発見により,有機分子の形態不安定性を周知の事実とし,有機デバイスにおいて形態変化が特性劣化の要因となりうること示した.さらに,この不安定性の要因を,基板・雰囲気・膜厚を変化させた系統的な実験により,基板表面エネルギー・吸着分子・層間の結晶構造の違いによって説明できることを明らかにしている.また,この形態変化を利用したペンタセンFETの特性劣化の様子を観察することで,これまで不明瞭であった伝導経路に関するモデルを提案している. 第4章では,ペンタセン薄膜における第2層目の成長メカニズムについて述べている.これまでの有機薄膜成長に関する議論では,基板の影響を強く受ける第1層目,または最終的な状態である厚膜に関しての報告がほとんどであった.しかしながら,有機薄膜成長の根本を理解するためには,有機-有機相互作用が重要になる同一分子間の成長過程の解明が必須である.ペンタセン薄膜の第1層目は層状成長をするために,その2層目における成長過程解析は,有機ホモエピタキシャル成長を議論する上での好例といえる.LEEMよる連続成長観察及びAFMによる統計的な解析より,第2層目に関する核発生サイト・優先成長方位に関する知見の取得に成功している.さらに,1層目の粒界が上層の成長に与える影響を考察し,層状成長から島上成長に移行する理由,分子の表面拡散に関するパラメーターの導出にも成功しており,同一分子間における薄膜成長機構の詳細が明らかとなった. 第5章では,面内へテロ接合上での有機薄膜成長という新たな概念を導入し,そこでどのような現象が発現し,いかなるメカニズムが働くのかをペンタセン-ボトムコンタクト(BC)型トランジスタ構造を例にとり解明している.単一基板上での有機薄膜の成長機構は,これまでに多くの報告がなされている.しかしながら,OTFTのBC構造に代表される,絶縁膜と電極の異種表面が同一平面内で接するような面内ヘテロ接合上では,有機分子が2種表面からの影響を受けるために,通常の単一基板上における成長機構とは異なることが予想される.実際にBC構造のOTFTでは,絶縁膜-電極界面付近での有機薄膜の乱れと,それに起因するトランジスタ特性の低下が周知の事実となっていたが,その理由は明らかとなっていなかった.本実験では,光電子顕微鏡(PEEM)を用い,Au電極-絶縁膜界面でのペンタセン超薄膜の成長を連続的に観察した結果,有機分子の配向の違いによって生じる,表面エネルギーの差が界面での特異的な薄膜成長を引き起こすことを解明した.また,電極の自己組織化単分子膜による修飾を行うことで,有機薄膜の配向が両基板上で一致し,電極との良好な接合が得られることを示している. 第6章では,各章の概要が簡潔に示され,本論文を総括している. 以上述べたように,本論文では,有機薄膜の成長過程に新たな視点,手法から重要な知見をもたらした.これらの成果は当該分野の基礎・応用の両方面に貢献しており,物質科学,デバイス応用に重要な寄与を与えている. なお,本論文のうち第3章は,斉木幸一朗氏,池田進氏,吉川元起氏,Abdullah Al-Mahboob氏,Jerzy T. Sadowski氏,藤川安仁氏,櫻井利夫氏との共同研究,第4章は,斉木幸一朗氏,山田拓氏,Abdullah Al-Mahboob氏,藤川安仁氏,櫻井利夫氏との共同研究,5章は斉木幸一朗氏,池田進氏,吉川元起氏,Abdullah Al-Mahboob氏,Jerzy T. Sadowski氏,藤川安仁氏,櫻井利夫氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験,解析,考察を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.したがって,博士(科学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める. | |
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