学位論文要旨



No 126154
著者(漢字) 中曽根,光
著者(英字)
著者(カナ) ナカソネ,アカリ
標題(和) 植物ホルモン応答に関わるSmall Acidic Proteinの研究
標題(洋) A study of Small Acidic Proteins that are involved in plant hormone responses
報告番号 126154
報告番号 甲26154
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第571号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 林,誠
 東京大学 助教授 松本,直樹
 埼玉大学 教授 内宮,博文
 日本原子力研究開発機構 研究主幹 大野,豊
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

オーキシンは、細胞分裂・細胞伸長など、植物にとって必須な生理機構を制御する植物ホルモンである。近年の研究より、細胞内におけるオーキシン情報伝達は、ユビキチンE3リガーゼSCFTIR1/AFBsを中心としたユビキチン依存的なタンパク質分解機構を介して行われることが知られてきた。SCFTIR/AFBsは、オーキシン受容体であるF-BOXタンパク質TRANSPORT INHIBITOR 1/AUXIN SIGNAING F-BOX PROTEINs (TIR1/AFBs)が構成要素となっている。オーキシンと結合したTIR1/AFBsは、分解基質AUX/IAAsを認識し、AUX/IAAsへのユビキチンの付加を促進する。オーキシン誘導性遺伝子の転写活性調節を行うAuxin Response Factors (ARFs)は、AUX/IAAsがSCFTIR/AFBsによってユビキチン化され分解されると、下流遺伝子に情報伝達を行う。このSCFを介したユビキチン依存性タンパク質分解機構は、更にAUXIN RESISTANT 1 (AXR1)やCOP9 SIGNALOSOME (CSN) によって制御されるCUL1へのRELATED UBIQUITIN 1 (RUB1)の着脱(RUB化・脱RUB化)を通して活性制御を受けている。一連のオーキシン情報伝達制御機構の詳細は、RUBのオーキシン情報伝達における役割など、解明されていない点も多く、新奇の変異体を得て解析を進めてゆくことが必要である。

新しいスクリーニングの手段として抗オーキシン剤p-chlorophenoxyisobutyric acid (PCIB)に着目し、根においてPCIB耐性を示す変異体anti-auxin resistant (aar)の獲得を行なった。本研究では、オーキシン情報伝達機構の上流で機能する新たなオーキシン関連遺伝子のシロイヌナズナ変異体を得、その遺伝子がコードするタンパク質の機能解析を行った。

<結果・考察>

第1章新奇オーキシン関連変異体aar1-1の解析と原因遺伝子のクローニング

抗オーキシン剤PCIBを用いたスクリーニングにより新奇オーキシン関連変異体を取得した。そのうちの一つ、aar1変異体は、合成オーキシン2,4-Dに耐性を示し、胚軸が長いなどの特徴が見られた(図1)。また、aar1-1ゲノムには44kbpの欠失があり、変異の原因遺伝子はその欠失領域に位置するSMAP1 (Small Acidic Protein1) 遺伝子であることが相補実験とRNAi実験より示された。オーキシン輸送阻害剤を使用した実験やオーキシン関連のレポーター遺伝子の解析から、SMAP1タンパク質はオーキシン情報伝達の上流で機能するのではないかと予想された。また、この遺伝子は動植物で広く保存されているため、SMAPが植物ホルモンの応答機構のみならず、動植物共通に重要な機構において機能を果たしているのではないかと考えられた。この遺伝子の機能を解析することで、オーキシン情報伝達機構の新たな一面の解明につながることが期待された。

第2章 SMAP1の発現解析と機能解析

SMAP1は62アミノ酸からなるタンパク質である。データベース上では、類似遺伝子が動植物ゲノムに広く存在するものの、これらにおいても機能解析が全くなされていなかった。また、既知の機能ドメインなども見つからなかった。そこで、SMAP1の機能を明らかにするために発現解析とドメイン解析を行った。

2-1. SMAP1の発現解析

まず、SMAP1とシロイヌナズナゲノム中のSMAP1相同性遺伝子SMAP2の各器官における発現を、Northern法とReverse Transcriptase (RT)-PCR法により解析した。Northern法の結果では、SMAP1はロゼッタ葉、側葉、乾燥種子では発現が弱いものの、植物体全体で発現しているのに対し、SMAP2は果実(莢)に限定的に発現していることが示された。更に詳細なデータを得るために、花器官のRT-PCR解析も試みた。その結果、SMAP1はNorthern法の結果同様に各花器官においても恒常的な発現が見られたが、SMAP2では葯と果実(莢)において発現していることが示された(図2)。

次に、SMAP1プロモーターの発現を組織化学的に観察するため、SMAP1遺伝子の転写開始点上流5 kbpのゲノム断片にレポーター遺伝子GUSを連結して形質転換体を作り、GUSの発現パターンを観察した。その結果、PSMAP1::GUSでは、恒常的な発現が見られたが、胚軸の上部や葉柄下部における発現はP35S::GUSに比べ弱かった。またPDR5::GUSとの比較から、SMAP1プロモーターはオーキシン活性が低いと考えられている領域でも活性が高く、より恒常的な発現を示した。

2-2. SMAP1の遺伝学的解析

SMAP1とオーキシン情報伝達機構との関係を遺伝学的観点から明らかにするため、aar1とオーキシン情報伝達に関係するいくつかの変異体とを交配し、二重変異体の作出を試みた。その結果、axr1-12とaar1-1の二重変異体は致死となることが分かった。また、axr1-12においてSMAP1遺伝子を過剰発現させると、axr1-12の形態異常が緩和された。これらの結果から、SMAP1の機能はAXR1の機能と強く関連していることが示唆された。

2-3. SMAP1アミノ酸の一次構造と機能解析

SMAP1のC末端側に有る動植物共通で保存されている領域は、フェニルアラニン(F)とアスパラギン酸(D)に富んでおり、これをF/D領域と名付けた。このF/D領域に着目し、この保存領域とSMAP1の関係を調べた。SMAP1の全長とGFPをSMAP1プロモーター下流で連結させたコンストラクト、C末端保存領域F/Dを欠失させたコンストラクト、N末端から20、36、44アミノ酸欠失させたコンストラクトPSMAP1::SMAP1-GFP (略してSMAP1-GFP)、PSMAP1::SMAP1△F/D-GFP (同SMAP1△F/D-GFP), PSMAP1::△SMAP1-1-GFP (同D1)、PSMAP1::△SMAP1-2-GFP (同D2)、PSMAP1::△SMAP1-3-GFP (同D3)を作製し、SMAP1欠失変異体aar1-1に導入した。まず、SMAP1の細胞内局在を調べたところ、F/D領域を欠失しているSMAP1△F/D-GFP/aar1-1以外のSMAP1は核に局在し、この局在はF/D領域の有無に依存することが分かった。また、2,4-D培地で生育した10日目植物の根を観察したところ、SMAP1-GFP/aar1-1とD1/aar1-1は根の生育が阻害され、aar1-1の変異形質を相補したが、他の形質変換体では相補しなかった。この結果より、FD領域はSMAP1の局在に必要であり充分であるが、SMAP1が機能するためにはN末端側の始めの20アミノ酸を除いた、少なくとも42アミノ酸が必要であることが明らかとなった。

2-4. SMAP1相互作用タンパク質の探索

タンパク質の機能を探索する上で、相互作用して機能するタンパク質を同定することは非常に有効である。そこで、2-3における実験で使用した形質転換体を用いてGFP抗体によるプルダウン実験を行った。GFP、SMAP1-GFP、SMAP1△F/D-GFPのaar1-1形質転換体から、総タンパク質を抽出し、GFP、SMAP1-GFP、またはSMAP1△F/D-GFPと相互作用するタンパク質複合体をそれぞれ精製後SDS-PAGEで分離し、比較した。F/D領域特異的に相互作用しているタンパク質バンドを特定し、質量分析で同定した結果、CSNのサブユニットが複数同定された(図4)。また、大腸菌で発現させたGST-SMAP1各種とaar1-1植物の総タンパク質を用い、in vitro系でGFPプルダウン実験を行った。抗CSN4抗体を用いたWestern法で解析した結果、CSN4のバンドが検出されたことから、GST-SMAP1 とCSNとの相互作用が確認された。また、F/D領域の存在がCSNと相互作用において必要充分条件であることが示唆された。

以上の研究でSMAP1との関係が示されたAXR1とCNSは、共にSCF複合体の構成サブユニットであるCUL1のRUB修飾に関わる因子であることが分かっている。そこで、野生型、axr1-12の変異形態を緩和した形質変換体axr1-12/35S::SMAP1-GFP、およびaxr1-12植物を用い、それぞれの植物におけるCUL1のRUB化状態を抗AtCUL1抗体を用いたWestern法で解析した。その結果、axr1-12で減少している RUB-CUL1の存在量が35S::SMAP1-GFPを導入した植物では回復している事が示された。以上の結果から、SMAP1はCSNを介し、RUB化・脱RUB化に関連した機能を保持している事が推察された。

第3章SMAP1の相同性遺伝子SMAP2の機能解析

シロイヌナズナゲノムにはSMAP遺伝子が2つ存在しており、その一つSMAP2遺伝子は先述のように、非常に発現が弱く、葯や莢で特異的的な発現をしていた。そこでこの遺伝子がSMAP1同様にオーキシン情報伝達に関与する能力が有るかどうかを調べるために、SMAP2遺伝子を35Sプロモーターの下流で強制発現させるコンストラクトを作製し、aar1-1へ導入した。その結果、SMAP1の過剰発現と同様にSMAP2でもaar1-1の2,4-D感受性が回復し、SMAP2もオーキシン情報伝達に関与することが示された。オーキシンは果実や葯の発達や成熟に機能していることが知られており、同器官で発現があるSMAP2は、それらの器官に特異的なオーキシン情報伝達に関係が有る可能性がある。

<結論>

新奇オーキシン関連変異体、aar1-1の原因因子はSMAP1タンパク質であることが示された。AXR1変異体を用いた遺伝学的な解析から、SMAP1がAXR1と機能的に関係が強いことが示された。SMAP1の核局在や機能には保存されているC末端のF/D領域が重要であり、F/D領域を介してCSN複合体と相互作用することが明らかとなった。CSNは脱RUB化、AXR1はRUB化にそれぞれ機能することで、オーキシン上流の情報伝達機構を制御しているが、SMAP1もこれらの因子とともにRUB修飾の調節機構に機能していることが示唆された。

図1.野性型植物とPCIBによって選抜された新奇オーキシン変異体aar1-1の発芽7日目の幼苗の写真。

図2.花器官におけるSMAP 遺伝子発現解析

RT-PCRによりSMAP1およびSMAP2の発現解析を行った。

図3.PSMAP1::SMAP1-GFP/aar1-1形質変換体各種を用いたSMAP1の局在解析

根の根端部においてSMAP1-GFPタンパク質は核局在している、その局在にはC末端のF/D領域が重要であった。

図4.SMAP1と相互作用するタンパク質の探索。A. GFPタグを使用してプルダウン後、SDS-PAGEを行い、Western法と銀染色を行った。F/D領域特異的に検出したバンドを1~8まで番号で示した。B. 切り出したタンパク質をトリプシン消化でペプチド化し、LC-MS/MS解析を行ってペプチド配列を同定した。配列データをMascotデータベースで解析したところ、CSNのサブユニットが同定された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、3章から構成され、第1章は新奇オーキシン関連変異体antiauxin resistant1 (aar1)の解析とその原因遺伝子SMALL ACIDIC PROTEIN 1 (SMAP1)の同定、第2章はSMAP1の発現解析と機能解析、第3章はSMAP1の相同遺伝子SMAP2の機能解析について述べられている。

植物ホルモンオーキシンは、植物の中で多様な生理作用を調節しており、長年にわたって様々な側面から研究が進められてきたが、その機能を果たすうえでのシグナル伝達機構の詳細は未だに解明されていない。これまでの研究から,シロイヌナズナを用いての解析が有効であることが示されており、オーキシン耐性変異体から明らかにされた、AUXIN RESISTANT 1 (AXR1)やAtCULLIN 1 (AtCUL1)遺伝子、またオーキシン処理によってユビキチン依存的に分解されるAUX/IAAタンパク質群などの解析により、オーキシンはユビキチン-プロテアソーム分解系を通じてそのシグナルが伝達されると考えられている。本論文提出者の中曽根光は、シロイヌナズナの新奇オーキシン関連変異体の解析から、オーキシンのシグナル伝達に関与するSMAP1遺伝子を単離した。また、SMAP1タンパク質の機能解析を行い、このタンパク質がCSNと相互作用し、オーキシンのユビキチン-プロテアソーム分解系を制御する小さなタンパク質RELATED TO UBIQUITIN 1 (RUB1)タンパク質の着脱を介してシグナル伝達に影響を及ぼしている可能性も見いだした。これはオーキシンのシグナル伝達およびユビキチン-プロテアソーム系の調節機構を理解するうえで、極めて有意義な情報である。

第1章では、新奇のオーキシンシグナル伝達に関わる変異体を効率よく得るため、オーキシンそのものや輸送阻害剤を用いた従来の方法ではなく、抗オーキシン剤p-chlorophenoxyisobutyric acid (PCIB)を用いて選抜を行い、新奇変異体antiauxin resistant (aar)を複数単離し、その中の一つ、aar1の解析とその原因因子の特定を行った。根の伸長解析や、オーキシン誘導性レポーターDR5の発現解析で野性型植物とaar1変異体を比較した結果、aar1では合成のオーキシン2,4-dichlorophenoxyacetic acid (2,4-D)に対する感受性が低下していることが確認されたが、天然のオーキシンindole-3-acetic acid (IAA)や他の合成オーキシン1-naphthaleacetic acid (NAA)に対する感受性は野性型と同じであることを見いだした。また、オーキシン処理によって分解されるAUX/IAAタンパク質の一つAXR3の分解をHS::AXR3NT-GUSを導入した野性型とaar1を用いて観察し、2,4-D低感受性を確認し、AAR1がオーキシンシグナル伝達系のAUX/IAA分解ステップの上流で機能していることも示した。ポジショナルクローニングにより、aar1の原因因子SMAP1を特定した。SMAP1にコードされるタンパク質は、既知の機能モチーフを持たないが、C末端のフェニルアラニン(F)とアスパラギン酸(D)を多く含む領域(F/D領域と名付けた)を保有しており、類似の配列をもつ遺伝子が動植物に広く存在していた。

第2章では、遺伝学的手法(掛け合わせ)により、SMAP1がオーキシンのシグナル伝達機構で機能することが知られているAXR1と関連した機能を持つことが示された。また、GFPタグを付加し可視化されたSMAP1タンパク質を観察することにより、SMAP1が核に局在していること、その局在にはF/D領域が必須であることが示された。また、GFPタグを用いてプルダウンアッセイを行い、SMAP1-GFPと相互作用するタンパク質を単離し、LC-MS/MS解析を行ったところ、COP9 signalosome (CSN)のサブユニットが同定された。この結果により、SMAP1はCSNと相互作用しているということが示された。AXR1とCSNは、オーキシン情報伝達機構において中心的な役割をになうユビキチン・リガーゼのサブユニットAtCUL1にRUB1(動物においてはNEDD8)という小さなタンパク質を着脱することにより、共にオーキシンシグナル伝達を制御しており、SMAP1もこのRUB修飾サイクルに機能しているのではないかと考えられた。抗AtCUL1抗体で、野性型、axr1-12変異体、axr1-12の形質が緩和された35S::SMAP1-GFP/axr1-12植物個体を用いてWestern法で解析したところ、SMAP1を導入したaxr1-12ではAtCUL1のNEDD化が促進されていることが確認され、SMAP1がRUBサイクルに関与していることが示された。

第3章では、新規遺伝子SMAP1の相同遺伝子SMAP2の機能解析が行われた。Northern法とRT-PCR法を用いて解析した結果、シロイヌナズナにおいて、SMAP1が広く発現しているのに対し、SMAP2では莢と雄しべに発現が限られていることが分かった。また、SMAP2の過剰発現植物体を使用した実験では、SMAP2の過剰発現がSMAP1欠失変異体aar1を相補することより、SMAP2もSMAP1同様に合成オーキシン2,4-Dの応答に関与していることが示された。

なお、本論文第1章はAbidur Rahman、Tory Chhun、大浦千春、Kamal Kanti Biswas、内宮博文、鶴見誠二、Tobias I. Baskin、田中淳、大野豊 各氏との共同研究、本論文第3章は川合真紀、清末知宏、鳴海一成、内宮博文、大野豊 各氏との共同研究で、共著論文として論文発表をしているが、本論文提出者の寄与が十分であると判断する。また、本論文第2章も、大野豊氏との共同研究であるが、これも本論文提出者の寄与が十分であると判断できる。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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