学位論文要旨



No 126277
著者(漢字) 李,永一
著者(英字)
著者(カナ) リ,エイイチ
標題(和) マメ科モデル植物ミヤコグサLotus japonicusの根粒成熟異常変異株のスクリーニングおよび変異株を用いた根粒成熟機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 126277
報告番号 甲26277
学位授与日 2010.05.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3604号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 吉村,悦郎
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 講師 刑部,祐里子
 東京大学 准教授 藤原,徹
内容要旨 要旨を表示する

窒素は大気中に約78%も含まれているが、植物は直接利用することはできず、大気中の窒素は硝酸やアンモニアに変換されてから根に吸収される。マメ科植物など多くの植物種は窒素固定微生物と共生して窒素を獲得している。窒素は作物にとって重要な肥料成分の一つであり、窒素肥料を生産するには大量のエネルギーが消費されるため、植物―微生物間の共生窒素固定を有効利用し、イネや小麦など非マメ科植物に窒素固定を付与する応用技術の開発は21世紀の持続型農業の重要な課題になると考えられている。そのためには、根粒菌とマメ科植物などの共生窒素固定のメカニズムの解明は必要不可欠な課題である。この研究では、マメ科植物の根粒菌との共生窒素固定のメカニズムの解明を目指した。

根粒菌の生産する根粒形成のシグナル分子であるNodファクターは、マメ科植物が根圏に放出するフラボノイドによって合成が誘導されるLipo-chito-oligosaccharidesの一種であり、根粒菌が植物体に感染する初期過程において重要な役割を果たす。ここ数年間で、マメ科モデル植物であるミヤコグサLotus japonicusとタルウマゴヤシMedicago truncatulaの共生変異体を用いた分子遺伝学的解析により、根粒菌の共生シグナル分子受容体遺伝子のクローニングや根粒菌に対する宿主マメ科植物の初期応答に関する植物側の因子とその機能がしだいに明らかにされつつある。しかしながら、初期シグナル伝達後引き続く根粒菌の植物細胞への侵入、バクテロイドの分化、根粒の成熟・維持のメカニズムなど共生の後期過程はまだ不明な点が多い。そこで、本研究ではマメ科モデル植物であるミヤコグサLotus japonicusと根粒菌Mesorhizobium lotiの共生系を用いてマメ科植物の根粒形成メメカニズムについて、これまでにほとんど解明が進んでいない根粒菌が植物の感染細胞に感染した以後の根粒の成熟・維持のメカニズムを解明することを目的として研究を進めた。具体的には、ミヤコグサLotus japonicus種子を突然変異誘導化合物(EMS)で処理して根粒形成に異常を示す変異株を網絡的に取得し、取得された変異の原因遺伝子で特に重要と判断されたものについて、機能を解明する実験を行った。

1.EMS処理によるLotus japonicus変異株のスクリーニング

本研究では根粒の成熟・維持に関与する遺伝子を網絡的に取得することを目指し、変異誘導化合物であるEMSを用いて変異体を多数作出して、根粒の成熟・維持に異常を示す株を選抜し、これらについてマップベースクローニングおよび候補遺伝子の塩基配列解読により原因遺伝子の特定を行った。スクリーニングの結果、根粒非形成(Nod-)変異株18株、無効根粒形成(Fix-)変異株30株以上、根粒過剰着生(Fix++)変異株2株を取得した。Nod-変異株について各変異株の染色体での位置と原因遺伝子の変異部位を調べるため、かずさDNA研究所ホームページ(http://www.kazusa.or.jp)に記載されているSSRマーカーを使用してrough mappingを行いさらに候補遺伝子については、塩基配列を解読して変異部位を確認した。その結果、nup85変異株 2株、nup133 変異株 4株、pollux 変異株 6株、ccamk、symrk、castor、nin、nfr1、nfr5などの変異株はそれぞれ1株ずつ取得された。

Fix-変異株については、30株以上取得されたが、これらの中で生育が阻害される変異株や根粒数が野生株と比べて若干少ない変異株は研究対象から除外し、生育が良い変異株6株を研究対象として研究を行った。この結果、ign1変異株2株、sst1変異株2株、sym7変異株1株、sen1変異株1株が取得された。報告されているign1変異株は緑色の根粒が形成されるが、本研究で取得したign1変異株は白色の根粒が形成された。また、報告されているsen1変異株は白色の根粒が形成されるが、本研究で取得したsen1変異株は緑色の根粒が形成された。これまで報告されているign1およびsen1はGifu株由来であり、本研究ではMiyakojimaMG-20を用いた。そのため、これらの違いがエコタイプの違いによるかまたは遺伝子の変異部位による違いかは不明である。

Fix++変異株についてマッピングと遺伝子解読によりOL2168変異株の原因遺伝子はHar1であると判明した。もう一つのFix++株OL945変異株は第1染色体の53.7~61.4CM付近にマップされ、この領域に根粒形成に関与する遺伝子座が報告されていないことから新規遺伝子であると判断した。

2.Ljrdh1(OL945)変異株とLjhar1(OL2168)変異株の表現型解析および病害応答遺伝子発現解析

根粒過剰着生変異株OL945について経時的に根粒数を調べた結果、野生型株より約5~10倍多く形成された。接ぎ木実験で野生型株MG-20を接ぎ穂としてOL945変異株を台木として接合した時、根粒過剰着生が観察された。逆に野生型株MG-20を台木としてOL945変異株を接ぎ穂として接合した時は正常な根粒が形成された。このことからOL945変異株の根粒過剰着生は根の遺伝子型によって調節することが明らかになった。そこで、OL945変異株の根粒過剰着生の原因遺伝子座をRdh(Root determined hypernodulation)1と命名し、変異株をLjrdh1と呼ぶこととした。つぎに、窒素を十分含む土壌(クレハ培土)でLjrdh1の生育を播種後13週間(根粒菌接種後12週間)にわたって調べた。この結果、播種後13週後の種子と豆果の乾燥重量は野生型株MG-20より55.9%重く、豆果数は52.8%多いという結果を得た。このことから、Rdh1遺伝子が将来マメ科作物の生産量増加のために役立つ有用遺伝子である可能性が示唆された。

Ljrdh1とLjhar1について植物の病害応答が根粒の過剰着生に関係するかを調べるため、10種類の病害応答に関連する遺伝子について発現解析を行った。根粒菌を接種しなくてPillow systemで1週間栽培した株を非接種のコントロールとして、根粒菌接種後2日目、4日目、7日目、14日目のサンプルについて病害応答遺伝子の発現を解析した結果、Ljrdh1とLjhar1の根粒過剰着生変異株は野生型株よりほぼ全ての病害応答遺伝子の発現が弱かった。このことから根粒過剰着生は根の病害応答が非常に抑制されていることがなんらかの理由で原因となっている可能性が考えられる。

3.Fix-原因遺伝子の機能に関する研究

本研究で取得した変異株について根粒細胞中で変化が起こると考え、感染細胞の根粒切片を作製し、電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、ign1変異株(OL486)は野生型株と比べ、バクテロイドが壊れているのが観察され、sst1変異株(OL2335)はign1変異株よりさらにバクテロイドが破壊されているのが観察され、sen1変異株(OL2568)はバクテロイドが最も激しく破壊されているのが観察された。

近年、cDNAアレイを利用して根粒形成過程の早期段階での膜輸送、防御応答、生合成と細胞応答、情報伝達、細胞壁生合成、転写調節など多くの機能変化の研究が進められている。根粒形成初期には、いくつかの根粒形成機構に機能する早期nodulin遺伝子が発現される。レグヘモグロビン(Lb)のようなlate nodulin 遺伝子は根粒の発達段階において、窒素固定活性が現れる段階で発現する。

そこで、本研究では当研究室のボストクの王延旭氏が作製した根粒菌Mesorhizobium loti MAFF303099株のLPS合成関連遺伝子破壊株についてNodulin遺伝子や病原応答遺伝子の発現に与える影響を調べた。多数のLPS合成関連遺伝子破壊株の中で、Ljign1変異株にrfbD欠損根粒菌株を感染した時、野生株を感染させた場合より著しく窒素固定能が高いことが分り、この原因の解明を進めた。rfbD欠損根粒菌株からLPSを抽出してその構造を調べた結果、S-LPSでは変化が観察されなかったが、R-LPSでは変化が観察された。このことからrfbD欠損根粒菌株のLPSはコア多糖の部分が変化している可能性が高いと考えられた。また、Ljign1変異株にrfbD欠損根粒菌株を感染させた根粒で感染細胞を光学顕微鏡で観察した結果、感染細胞は野生型株に野生型根粒菌を感染した株と同じような正常な根粒が形成された。

遺伝子発現解析についてはLjign1変異株では根粒形成に関わる遺伝子の発現誘導を起こさないことが判明した。また、Ljign1変異株にrfbD欠損根粒菌株を感染した株の根粒形成遺伝子発現解析結果からNodullin 遺伝子の発現誘導にはIGN1の経路とは異なる別の経路が存在し、この経路は根粒菌のLPSの構造変化によって誘導が変化する経路であると考えられた。

まとめ

本研究では、次のような発見をした。

1)ミヤコグサ根の遺伝子型で根粒過剰着生が決定される新規過剰着生変異株Rdh1を取得した。

2)rdh1株は豆果の収量が野生型株に比べて約50%高い有用変異株であることが分った。

3)ミヤコグサのIGN1は根粒の機能発現のために必要とされると考えられていたタンパク質(ノジュリン)のほとんどすべての発現誘導を関与していることを明らかとした。

4)マメ科植物の根粒におけるノジュリンの発現誘導に根粒菌のLPSの構造が影響することを明らかとした。

5)LPSの構造は根粒の感染細胞の老化の誘導に関係し、IGN1は老化を抑制する可能性が示唆された。

これらの結果は今後、21世紀の持続可能な農業技術開発のための重要な情報になると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

窒素は作物にとって重要な肥料成分の一つであり、窒素肥料を生産するために大量のエネルギーが消費されている。マメ科植物などが行う細菌との共生窒素固定能力を、イネやコムギなど非マメ科植物に付与する技術開発は持続型農業の重要な課題になっている。このためには、共生窒素固定のメカニズムの解明は必要不可欠な課題と考えられる。本論文では、マメ科植物と根粒菌の共生窒素固定系、特に根粒の成熟と維持のメカニズムをマメ科モデル植物ミヤコグサ-Mesorhizobium Iotiの系を用いて解明を行った。

論文は4章より構成されている。序論に続く第2章では、ミヤコグサの根粒の成熟・維持に関与する遺伝子を網羅的に取得することを目指し、変異誘導化合物であるEMSを用いて変異体を多数作出して、根粒の成熟・維持に異常を示す変異株を選抜し、これらについてマップペースクローニングおよび候補遺伝子の塩基配列解読により原因遺伝子の特定を行った。スクリ-ニングの結果、根粒非形成(Nod-)変異株18株、無効根粒形成(Fix-)変異株30株以上、根粒過剰着生(Fix++)変異株2株を取得した。Nod-変異株について原因遺伝子の染色体上での位置を調べるため、かずさ DNA研究所ホームページ(http://www.kazusa.or.jp)に記載されているSSRマーカーを使用してマッピングを行い、さらに候補遺伝子については塩基配列を解読して変異部位を確認した。その結果、Nup85遺伝子変異2株、Nup133変異4株、Pollux変異 6株、CCaMK、SymPK、Castor、Nin、Nfr1、Nfr5の変異株それぞれ1株ずつが取得された。Fix-変異株については、30株以上取得されたが、これらの中で生育が阻害される変異株や根粒数が野生株と比べて若干少ない変異株は研究対象から除外し、生育が良い変異株6株を研究対象として研究を行った。この結果、Ign1変異2株、Sst1変異2株、Sym7変異1株、Sen1変異1株が取得された。Fix++変異株についてマッピングと遺伝子解読によりOL2168変異株の原因遺伝子はHar1であると判明した。もう一つのFix++株OL945変異株の原因遺伝子は第1染色体の53.7~61.4cM付近にマップされ、この領域に根粒形成に関与する遺伝子座が報告されていないことから新規遺伝子であると判断した。

第3章では、取得された根粒過剰着生株の過剰着生のメカニズムの解明を進めた。根粒過剰着生変異株OL945について経時的に根粒数を調べた結果、野生型株より約5~10倍多く形成された。接ぎ木実験で野生型株MG-20を接ぎ穂としてOL945変異株を台木として接合した場合、根粒過剰着生が観察された。逆に野生型株MG-20を台木としてOL945変異株を接ぎ穂として接合した場合は正常な根粒が形成された。このことからOL945変異株の根粒過剰着生は根の遺伝子型によって決定されることが明らかとなった。そこで、OL945変異株の根粒過剰着生の原因遺伝子座をRdh(Root determined hypernodulation)1と命名した。つぎに、窒素を十分含む土壌(クレハ培土)でLjrdh1の生育を播種後13週間(根粒菌接種後12週間)にわたって調べた。この結果、播種後13週後の種子と豆巣の乾燥重量は野生型株MG-20より55.9%重く、豆果数は52.8%多いという結果を得た。このことから、Rdh1遺伝子が将来マメ科作物の生産量増加のために役立つ有用遺伝子である可能性が示唆された。つぎに、Ljrdh1とLjhar1について植物の病害応答が根粒の過剰着生に関係するかを調べるため、10種類の病害応答に関連する遺伝子について発現解析を行った。根粒菌接種後2日目、4日目、7日目、14日目に病害応答遺伝子の発現を解析した結果、Ljrdh1とLjhar1の根粒過剰着生変異株は野生型株よりほぼ全ての病害応答遺伝子の発現が栽培期間を通じて弱かった。このことから根粒過剰着生は根の病害応答が抑制されていることが原因となっている可能性が示唆された。

第4章では取得されたFix-変異株Ljign1株の窒素固定不全のメカニズムの解明を進めた。研究室で作製された根粒菌Mesorhizobium loti MAFF303099株のLPS合成関連遺伝子破壊株について、これらの株の感染が植物のNodulin遺伝子や病害応答遺伝子の発現に与える影響を調べた。多数のLPS合成関連遺伝子破壊株の中で、Ljign1変異株にrfbD欠損根粒菌株を感染した時、野生株を感染させた場合より著しく窒素固定能が高いことが分り、この原因の解明を進めた。rfbD欠損根粒菌株からLPSを抽出してその構造を調べた結果、S-LPSでは変化が観察されなかったが、R-LPSでは糖鎖が短くなっていることが確認された。このことからrfbD欠損根粒菌株のLPSはコア多糖の部分が変化している可能性が高いと考えられた。また、Ljign1変異株にrfbD欠損根粒菌株を感染させた根粒で感染細胞を光学顕微鏡で観察した結果、感染細胞は野生型株に野生型根粒菌を感染した株と同じような正常な根粒が形成された。遺伝子発現解析からLjign1変異株では根粒形成に関わる遺伝子群(Nodulin遺伝子群)の発現誘導が著しく低下することが判明した。また、Ljign1変異株にrfbD欠損根粒菌株を感染した株の根粒形成関与遺伝子群の発現解析結果からNodullin遺伝子群の発現誘導には根粒菌のLPSの構造が影響を与えていると結論づけた。

以上、本論文はミヤコグサの根粒成熟、維持および過剰着生のメカニズムの解明を進めたものであり、審査委員一同は学術上、応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク