学位論文要旨



No 126430
著者(漢字) 宮崎,吉宣
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ヨシノブ
標題(和) ボロン系正10角形準結晶と関連物質の構造と物性に関する研究
標題(洋)
報告番号 126430
報告番号 甲26430
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第620号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 准教授 枝川,圭一
 東京大学 准教授 阿部,英司
 東京大学 講師 谷口,耕治
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

準結晶は5回、10回などの従来の結晶学では許されない回転対称性を持つ、非周期の秩序構造物質であり1、結晶およびアモルファス固体と並び立つ固体物質の一形態である。これまで金属元素を主体とする合金系では熱力学的安定相を含め多くの準結晶が見つかっているが、非金属元素系の準結晶はほとんど物性研究の対象となっていない。ボロン単体(α菱面体晶、β菱面体晶等)は正20面体クラスターを構造単位とし、またその化合物にも正20面体や正5角形といったクラスター構造を持つものが多く存在するためボロン系準結晶の存在が期待され、探索が行われてきたが、これまでに準結晶発見の報告は無かった。

2004年、BMgRu合金系の安定または準安定な正十角形準結晶2の存在が理論的に予測された3。B4Mg2Ru5(α)およびB11Mg5Ru13(β) 4は正10角形準結晶の近似結晶5(準結晶と共通の単位構造を周期的に配列した結晶)と解釈できる。図1(a), (b)にHAADF-STEM像(後述)と原子構造を示した((a)は同じ構造をもつα-BTiRu)。白実線で示される六角形(H)と舟形(B)の、2種類の基本単位構造の周期配列として記述される。これに星型(S)のタイルを加え、一定の規則に従って隙間なく配置すると、図1(c)に示したHBS型正十角形準結晶が得られる。

これらの準結晶・近似結晶は、構造、構成元素ともこれまでに知られていたものとは全く異なる。本研究の目的はBMgRuおよび周辺合金系において準結晶および新たな近似結晶を探索すること、また構造解析と物性の基礎的な測定を行い、第一原理計算により求めた電子構造と合わせて構造安定化機構や輸送物性を議論することである。

2. BTiRu急冷合金中の正十角形準結晶

BTiRu系で液体急冷法による合金試料の試料作製を行った。石英の軟化点よりも高い融点を持つため、アーク溶解法を用いた特別な急冷装置6を用いた。得られた急冷合金をTEMで観察したところ、B40Ti12Ru48の試料から準結晶に極めて近い電子回折図形が見出された(図2)。ピーク位置、強度は十回対称的であり、1倍の自己相似性を持つ。しかしながら構造完全性の高いAl系正十角形準結晶の電子回折図形と比較してピークの数は少なく、散漫散乱が強い。

原子構造を直接観察するためにHAADF-STEM (High angle annular detector Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopy)を用いた。像の明るいコントラストと原子カラムの位置とが直接1対1に対応し、その強度が原子番号Zの2乗に比例するZ-contrast 像であり7、原子構造を直接に把握することができる。B40Ti12Ru48合金のHAADF-STEM像は図3(a)の通り非周期構造を示し、フーリエ変換図形(図3左上)は10回対称的なスポットの配列となった。図3(b)で示す通りHとBに加えSのタイルが確認され、これらのタイルを隙間なく配列した非周期の構造である。直径約1.4nmの正10角形の骨格を持つクラスター(図3(c))が生成している。高次元結晶学を用いた解析によると、直交補空間における格子点の分布は理想的な準結晶格子のそれを大きく逸脱しており、準周期格子に多くのフェイゾン(タイルの入れ替わり)を導入した構造として記述される。以上の特徴から、構造完全性は低いものであるが、準結晶構造が生成したと結論できる。

3.BMgRuおよびBTiRu近似結晶の作製と構造解析

3.1 BMgRu系新型近似結晶の発見

B-Mg-Ru系における高温での試料合成によって新たな近似結晶を4種類発見した。Mo管にアルゴン封入したB, Mg, Ruそれぞれの単体粉末の混合物を、α-およびーβ-BMgRuの生成温度(1050℃)より高い1400℃で熱処理することで合金試料を作製し、TEMによって回折図形を撮影したところ、従来の2種類(αおよびβ)の近似結晶を含む、6種類の回折図形が得られた(図4)。いずれも擬10回対称的な位置に強い反射が現れる特徴がある (図の矢印)。これは局所構造の擬10回対称性を示し、正10角形準結晶の近似結晶として記述できることが予想される。それぞれについてBとHをもちいた周期的タイリングによる構造モデルを作成し、HAADF-STEM像の原子構造直接観察でモデルの妥当性を確認した。

3.2 BTiRu系近似結晶の単相試料作製と構造解析

これまでにBTiRu系で作製した急冷合金では、試料の不均一さゆえに準結晶は試料中の極わずかにとどまり、その安定性や詳しい構造は分からない。準結晶が発見されたB-Ti-Ru急冷合金中には、同時に多様な近似結晶の電子回折図形が観察された。B-Ti-Ru系における安定相の抽出と、準結晶の理解に欠かせない近似結晶の構造解析を目的とし、単相試料の作製を試みた。

BおよびRuは高融点の物質で拡散速度が遅いので、本合金系で従来均質な試料を得るのは困難であったが、SPS(放電プラズマ焼結法)により均質化に成功した。試料の相同定および構造解析に、Cu-Kα特性X線を用いた粉末X線回折、TEMによる電子線回折を行った。また、TEMおよびSEMを用いて組織観察とEDX(エネルギー分散型X線)組成分析を行った。

合成の結果α,β, θのほぼ単相の試料を得た。準結晶は生成せず、これらの3つの相が試料作製した組成範囲内での1400℃における安定相であり、準結晶は安定相ではないと推定できる。電子回折図形とHAADF-STEMによる原子構造の直接観察からモデルを作り、粉末XRDパターンをRietveld法により解析したところ、αはB4Mg2Ru5 4と同じ構造で2方向のHのみ、αは2方向のBのみ、βはBとHからなる非常に複雑な近似結晶であることが示された(図5)。

EDX組成分析とRietveld 解析による構造精密化の結果、理想モデルのBおよびHを用いた場合と比較して(α相でTi/Ru=0.38)、Ruに対するTiの割合が少なく (同じくTi/Ru=0.27)、一部Tiサイトが部分的にRuに置き換わっていることが示された。RuとTiでは化学的性質、原子半径に差があるため、このような置換は予測されていなかった。

4. 近似結晶の電子構造計算

FLAPW(Full potential Linearized Augmented Plane Wave) 法のパッケージプログラムWien2kを用いて第一原理計算を行い、近似結晶の電子の状態密度分布を求めた。いずれの計算結果においてもフェルミ準位近傍で状態密度に幅1eV程度の擬ギャップ(0でない落ち込み)を生じた。

L-BTiRuについて、モデルの組成ではフェルミエネルギーの擬ギャップ極小からのずれが大きく、このままでは電子が過剰に見える。構造解析・組成分析の結果の組成に合わせて、リジッドバンド的にフェルミエネルギーを移動させると擬ギャップの極小部分にちょうど一致する(図の点線)。従来の準結晶・近似結晶は一般にフェルミ準位が状態密度の擬ギャップ中に位置するように組成が調整され安定化しているとされる(ヒューム=ロザリー則)8。本研究の結果は、ボロン系近似結晶の安定化がヒューム=ロザリー則によることを示唆するものである。

5. 近似結晶の輸送物性測定

BTiRu系近似結晶〓,〓, 〓について、低温(300K~20K)での電気抵抗率、高温(300K~1000K)での電気抵抗率およびゼーベック係数を測定した。電気抵抗率の温度依存性はいずれの相も金属的となったが、傾きは小さく、300Kから20Kまでの減少率は10-20%程度であった。α相のゼーベック係数は組成依存性が大きく、0に近い値から-20αV/Kまで変化した。擬ギャップ中のDOSの傾きの変化率の大きな部分をフェルミエネルギーが動いたためと解釈でき、擬ギャップ構造を持つ物質の特徴と捉えられる。

6. まとめ

B-Ti-Ru系で液体急冷を行い、ボロン系で初めてとなる準結晶を作製してその構造的特徴を議論した。これまで3元系化合物の知られていなかったB-Ti-Ru系において、近似結晶α, β,lLを単相で作製し構造解析を行った。フェルミエネルギー付近に擬ギャップを持つことを第一原理計算によって示し、これらの相の安定性について電子価安定化合物としての解釈を行った。ゼーベック係数をはじめ輸送物性の測定を行い価電子濃度によって物性が大きく変化する特性を明らかにした。

[1] D. Levine and P. J. Steinhardt: Phys. Rev. Lett. 53, 2477 (1984).[2] L. Bendersky: Phys. Rev. Lett. 55, 511 (1985)[3] M. MihalkoviC and M. Widom: Phys. Rev. Lett. 93, 095507 (2004)[4] K. Schweitzer and W. Jung: Z. Anorg. Allg. Chem. 530. 127 (1985)[5] C. Henley and V. Elser: Phys. Rev. Lett. 55, 511 (1985)[6] Y. Yokoyama, K. Fukaura and A. Inoue: Intermetallics 10, 1113 (2002)[7] S. J. Penycook and D. E. Jesson: Ultramicroscopy 37, 14 (1991)[8] U. Mizutani et al.: Progress in Materials Science 49, 227-261 (2004)

図1 (a)B4Ti2Ru5(α), (b)B11Mg5Ru13(β)のHAADF-STEM像:いずれも既知の構造をもった近似結晶。(c)理想的な正十角形準結晶 (HBS型)のタイリング

図2 B-Ti-Ru合金中の10回対称的な電子回折図形

図3 B-Ti-Ru急冷合金のHAADF-STEM像。(a)左上はフーリエ変換パターン。(b), (c)は一部を拡大し、タイリングモデルと原子構造をかさねたもの。(d)はより広い範囲でタイリング構造を書き出したもの。*は、例外的なタイルである。

図4 B-Mg-Ru系近似結晶の電子回折図形。いずれも擬10回軸入射。

図5 Rietveld法により精密化されたB-Ti-Ru系近似結晶の2次元構造図。

図7 FWAPW法バンド計算(Wien2k)による近似結晶の全電子状態密度。

審査要旨 要旨を表示する

従来の準結晶は金属元素を主成分とする金属間化合物がほとんどであり、非金属元素を多量に含む準結晶が生成した場合、その物性がどのようなものになるか注目される。ボロンは準結晶と同様のクラスター構造を作りやすい性質を持つことから、ボロン系準結晶が長年期待されていたが、これまでに見つかっていなかった。本論文では、BMgRu系の2つの合金α相(B5Mg2Ru5)およびα相(B11Mg5Ru13)が正10角形準結晶の近似結晶として解釈できる、との理論家による指摘に基づいてB(Mg, Ti)Ru系を中心に物質探索を行い、その結果、構造完全性の低い準安定相ではあるが、準結晶の作製に成功している。併せて多種類の一連の近似結晶を得ており、電子顕微鏡とX線回折による構造解析を行っている。構造の得られた近似結晶について、基礎的な物性に関する知見を得るために第一原理計算により電子状態密度を求め、輸送物性の測定を行っており、擬ギャップ的な状態密度から構造安定化機構および輸送物性の説明を試みている。本論文は以下に示すように全6章から構成されている。

第1章は、序論であり、背景となる従来の研究について概観し、本研究の目的、本論文の構成について述べている。まず、正10角形準結晶・近似結晶の結晶構造について高次元結晶学の立場から、また、準結晶一般の電子構造と安定化機構および物性について概説している。そのうえでボロン系準結晶が期待される背景とB(Ti, Mg)Ru系を研究対象として選択した経緯について述べている。本研究は、上記の系において、準結晶や新しい近似結晶を探索すること、その構造を明らかにすること、その電子状態や基礎的な物性の評価を行い従来の準結晶との比較を行うこと、を目的としている。

第2章は、非平衡プロセスである液体急冷による試料作製について、またその結果発見されたBTiRu正10角形準結晶の構造的特徴を述べている。液体急冷法を採用した理由は、これまでの多くの系において準結晶が準安定相としてより多く生成するためである。発見された相は、電子顕微鏡学的解析の結果、Hexagon、BoatおよびStar の3種類の基本タイルを非周期的に敷き詰めた構造であり、全体として10回対称性を持ち、それが回折パターンに反映されている。投影法によって得られる理想的な準周期構造の一つであるHBS型正10角形準結晶に、非常に多数の欠陥(タイルの並び方の欠陥であり、タイルに歪みは生じていない)を導入した構造として理解できる。

第3章では、安定相の探索とその構造解析を行っている。BMgRu系ではMo管を用いた封入法により、従来よりも高い、1400℃での熱処理を行うことで、従来の2種類に加え新たに6種類の近似結晶を得ている。BTiRu系ではSPS(Spark Plasma Sintering)により3種類の近似結晶の単相試料が得られ、第2章で得られた準結晶が準安定相であることが示唆されている。リートベルト解析によって構造精密化を行い、HexagonおよびBoatの周期配列で記述できることが示されている。組成分析の結果と合わせて、一部のTiサイトがRuとの混合サイトであることが示されている。

第4章は、近似結晶について第一原理計算によって状態密度を求め、計算を行ったα,β,θすべてで、フェルミエネルギー付近に擬ギャップ的な落ち込みが存在することを明らかにしている。また、α相の平均価電子数(e/a)の値(0.67)から、自由電子モデルを仮定したフェルミ波数kFが、回折図形において擬10回対称性を反映する強い反射である310および230のつくるブリルアンゾーンに一致する。第3章の結果からTiとRuの部分置換による価電子濃度調整が可能であるということと合わせて、ボロン系準結晶・近似結晶について、フェルミエネルギーが擬ギャップ中にあるような特定の電子濃度で構造安定化するHume-Rothery機構が成立していることが示唆されている。

第5章は、BTiRu近似結晶について輸送物性の評価結果を示している。抵抗率は通常の金属間化合物と比較して高く、温度依存性は金属的ではあるがかなり小さい。本物質は大きな異方性が予想される物質であるが、測定された試料は多結晶体であるため、非金属性を有する擬準周期面内の物性と金属的な周期軸方向の物性が相殺している可能性がある。比較的生成組成の広い-BTiRuに関して、Seebeck係数および電気伝導率は組成(e/a)に対して強い依存性を示した。この振る舞いについて、電子の状態密度の擬ギャップの右側斜面をフェルミエネルギーがシフトしているものとして定性的な説明を得ている。

第6章は総括である。

なお、本論文第2章は、岡田純平、阿部英司、横山嘉彦、木村薫との、第3章は、岡田純平、阿部英司、木村薫との、第4、5章は木村薫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって測定および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

本論文は、従来の準結晶と全く異なる合金系で、特に強い共有結合を作る非金属軽元素であるボロンを半分近く含むB(Ti,Mg)Ru系において、準結晶および多様な一連の近似結晶を発見した。それらの構造を解析し、タイリングモデルを示した。第一原理計算と輸送物性測定によって、ボロン系準結晶・近似結晶においても従来の準結晶同様に、擬ギャップ的な電子状態密度が安定化機構および物性を特徴づけていることを示した。以上のようにボロン系準結晶の可能性を示し、その研究の端緒となるべき知見を得た点で、物質科学の発展に寄与するところが大きく、よって博士(科学)の学位を授与できると認める。

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