学位論文要旨



No 126434
著者(漢字) 三沢,彩
著者(英字)
著者(カナ) ミサワ,アヤ
標題(和) AP-1依存的なmiR-21の発現亢進によるがん幹細胞様 SP 細胞の抗がん剤耐性化
標題(洋) AP-1-dependent miR-21 expression contributes to chemoresistance in cancer stem cell-like SP cells
報告番号 126434
報告番号 甲26434
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第624号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 客員教授 藤田,直也
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

近年、腫瘍組織中にがん幹細胞 (Cancer Stem/ Initiating Cell; CSC)と呼ばれる幹細胞様がん細胞が存在することが明らかになってきました。がん幹細胞は自己複製能、分化能及び抗がん剤抵抗性を有し、がんの転移・再発に深く関わると考えられています。従来の増殖細胞を標的とする抗がん剤は大多数のがん細胞を死滅させることができますが、抗がん剤抵抗性をもつがん幹細胞は生き残ってしまい、その結果がん幹細胞からがん細胞が分化増殖してがんの再発や転移を引き起こすとされています (Fig.1)。従って、がんを根治するには従来のがん治療法に加えて、がん幹細胞をターゲットとする新たながん分子標的治療法の開発が求められています。

がん幹細胞の実態はほとんど未知であるため、これらを単離する方法は未だ確立されていません。しかし、特定の膜蛋白質の発現など、がん幹細胞の特徴を用いて濃縮することが可能です。SP (Side Population) 分画法はもともと造血系の細胞から造血幹細胞を濃縮する手法として確立された方法であり、蛍光試薬 Hoechst 33342に染色されないSP画分に幹細胞が濃縮されることが報告されています (Fig.2)。近年、正常細胞のみならず腫瘍細胞でも Hoechst 33362に染まりにくい SP 細胞が存在し、その中に造腫瘍性の高い幹細胞様がん細胞が濃縮されることが明らかになってきました。SP 細胞は腫瘍組織由来のがん細胞だけではなく、細胞株でもその存在が確認され、SP 細胞にがん幹細胞特有な形質が認められることが報告されています。

2.目的

これまで当研究室では in vitro 及び in vivo の実験を通じて、様々ながん腫由来の細胞株の SP 画分に悪性度の高い幹細胞様がん細胞が濃縮されることを見出してきました。本研究ではがん幹細胞を標的とした治療開発に繋がる新たな知見を得るため、SPと non-SP (NSP)細胞の遺伝子発現比較を行い、がん幹細胞に特徴的な性状を発見することを目的に研究を行いました。

3.方法

本研究では、SP 細胞とNSP細胞を比較したMicroarray データを基に、細胞の悪性度及び腫瘍形成能に寄与し得る SP 細胞特有な遺伝子の発現を調べました。複数の細胞株における SP 細胞で共通に変化している遺伝子を抽出した結果、がん化の促進に関わると報告されている AP-1 転写因子を構成する c-Jun, c-Fos、および microRNA-21 の発現が SP 細胞で高いことを発見しました。microRNAは標的となる mRNA の3'側非翻訳領域に結合し、翻訳抑制、分解、不安定化を引き起こす二十数塩基からなる機能性 RNAとして知られています。これまで、miRNA が分化や発生、がん化に関与すると報告されており、多用で複雑な遺伝子制御機構に高い注目が集まっています。miR-21は様々ながんで発現が高いことが確認されており、その発現制御機構としてAP-1による pre-miR-21 の転写の亢進が報告されています。そこで、SP 細胞におけるmiR-21 の発現、機能及び生物学的な意義について調べるため、次の手順で研究を進めました:

(1). Microarray から得られた結果を検証するため、セルソーター FACS Vantageを用いてSP 細胞を濃縮し、SP 細胞、NSP 細胞それぞれの細胞における miR-21 量を定量 PCR 法で検討しました。

(2). miR-21 の特異的阻害剤であるanti-miR-21 LNAを用い、miR-21 のターゲット蛋白質の発現変化を検討し、その中で最も変化がみられたがん抑制遺伝子 PDCD4 の発現レベルをWestern Blot 法により確認しました。

(3). 3'側非翻訳領域に miR-21 のターゲット配列を組み込んだ Luciferase レポーターベクターを構築し、Reporter Gene Assayによって SP 細胞における miR-21の活性を測定しました。

(4). AP-1 阻害剤 SP600125により AP-1 の活性を抑制した場合の抗がん剤感受性を MTS Assayで検討しました。

(5). miR-21 の活性をanti-miR-21 LNAで抑制した場合の残存細胞数を Colony Formation Assayにより検討しました。

4.結果

5種類の細胞株からSP 細胞 、NSP 細胞を濃縮し、それぞれの細胞における pre-miR-21 の量を測定した結果、NSP 細胞よりも SP 細胞で miR-21 の発現が常に高いことが確認されました。更に、HeLa 及び MCF-7 細胞を用いて活性型の mature miR-21 の発現を検討した結果、SP 細胞における高発現を認めました。

miR-21 阻害剤である anti-miR-21 LNA 添加時の複数の miR-21ターゲット蛋白質の発現レベルを Western Blot 法で検討しました。PDCD4は miR-21 のターゲット蛋白質としてよく知られていますが、実際に miR-21 の発現量の多いHeLa の SP 細胞でこの蛋白質の発現が抑えられていることを確認しました (Fig.3,4)。

さらに、miR-21 の相補的な配列を Renilla Luciferase 遺伝子の 3'UTR 領域に組み込んだ Luciferase レポーターベクターを構築して Reporter Gene Assayを行いました。その結果、SP 細胞では NSP 細胞と比較して常にレポーター活性が低くなっており、この実験からも SP 細胞における miR-21 の活性亢進が確認されました。

miR-21 の上流で働く AP-1 の活性をAP-1 阻害剤 SP600125を用いて抑制したところ、抗がん剤 Topotecanに対する感受性が上昇するという結果が得られました。そこで、SP 細胞を用いて確認実験を行ったところ、SP 細胞は NSP 細胞に比べ Topotecanに対する耐性を示しましたが、SP600125 の添加によりこの耐性が克服されることを見出しました (Fig.5)。また、Topotecanを処理した SP 細胞を用いて Colony Formation Assayを行った結果、anti-miR-21 LNA の添加に伴い、Topotecanに対する感受性が亢進することを確認しました (Fig.6)。

5.まとめと考察

がんの化学療法において、再発・転移ががんの根治を困難なものにしていますが、その原因としてがん幹細胞の存在が考えられます。これまで、SP 分画法により悪性度の高い幹細胞様がん細胞の濃縮が可能であることが報告されてきました。本研究では、Microarray解析のデータより発見しました SP 細胞における miR-21 の発現亢進を中心に検討を行いました。定量 PCR 及び Reporter Gene Assayによって様々な細胞株由来の SP 細胞における miR-21 の過剰発現が確認できました。MTS Assayおよび Colony Formation Assayによって、miR-21 が AP-1 依存的に SP細胞の抗がん剤抵抗性に関与していることが示唆され、SP 細胞における抗がん剤耐性機構の一端を明らかにする事ができました。

近年、microRNA などの機能性 RNA が次々と発見され、それらの機能が少しずつ明らかになってきました。がん研究の分野においても、let-7をはじめとして多くの microRNA の関与が明らかにされてきています。しかしながら、microRNAをターゲットとしたがん治療への期待が高まるなか、がん幹細胞で特定の microRNA が働いているという報告はまだ多くありません。本研究で注目した miR-21は、これまで多くのがんで高発現していることが報告されていますが、がん幹細胞の特徴を有する SP 細胞で過剰発現していることは知られていませんでした。miR-21とそれに制御される様々なターゲット蛋白質の機能を解明することによって、がん幹細胞特異的な新たな治療法の開発が今後展開できる可能性が示唆されました。

審査要旨 要旨を表示する

がんの化学療法において、再発・転移ががんの根治を困難にしているが、その原因として「がん幹細胞」(Cancer Stem Cell, CSC)の存在が想定されている。がん細胞のSide Population (SP)は、CSCの性質を持つ細胞集団である。CSCはその性質として抗がん剤耐性持つことからその機構の解明が期待されている。

本研究では、種々の癌細胞株SP細胞について、Microarray法を用いてmicroRNAの発現解析を行い、その結果からSP細胞におけるmiR-21の発現亢進に着目して検討を行った。その結果、MTS Assay およびColony Formation Asssayによって、miR-21がAP-1依存的にSP 細胞の抗がん剤抵抗性に関与していることが示唆され、SP細胞における抗がん剤耐性機構の一端を明らかにする事ができた。本研究で注目したmiR-21は、これまで多くのがんで高発現していることが報告されて来たが、がん幹細胞の特徴を有するSP細胞で過剰発現していることを初めて明らかにした。従って、miR-21とそれに制御される様々な標的蛋白質の機能を解明することにより、CSC特異的な新たな治療法の開発が、今後展開できる可能性が示された。

本研究における研究成果は抗がん剤の薬剤耐性機序の新たな理解をもたらし、体制克服の対する新たな戦略と、生物学的に非常な重要な知見を寄与するものであると考えられる。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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