学位論文要旨



No 126500
著者(漢字) 張,允誠
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ユンソン
標題(和) 作業に伴う筋骨格系疾患の発症リスクを配慮した作業者管理システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 126500
報告番号 甲26500
学位授与日 2010.12.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7389号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 准教授 白山,晋
 東京大学 准教授 増田,宏
 東京大学 准教授 大武,美保子
 九州大学 教授 篠田,岳思
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

現在、製造業における生産現場では、作業班長による作業者の管理が困難なために生産性の低下を招いているという現実がある。これは、作業班長が自身の経験や知識に基づいた主観的な判断により作業者を管理しているため、作業者の管理が一定しないためである。したがって従来の作業者管理のスタイルから脱却し、現場で作業者を管理する作業班長の役割の重要性を鑑みて、作業者管理の効率化を図るために、作業班長のための作業者管理システム(Worker Management System:以下WMS)を構築することを本研究の目的とする。

本研究で提案するWMSから得られる情報を用いることで、作業班長は、作業者管理をする上での効率的な判断、意志決定が可能となり、結果的に生産現場全体の生産性向上を期待することができる。

まず本研究では、システム構築のために、作業班長の主要な役割、および、作業者を管理する上での作業班長が抱える問題点を定義する。WMSでの実現が望まれる点と、WMSを構築する際に課題となる点を以下のように整理した。

1) 作業前 (Before Work)

- WMSDリスクを考慮した作業者の配置を実現するために、まず必要なことは、作業場分析である。作業場における作業中に発生すると予測されるWMSDリスクを分析し、既に作業者に蓄積されているWMSDリスクとを合わせて考慮した作業者の配置が望まれる。したがって、作業場を徹底的に分析することが、WMSを構築するための方法の核心の一つとなる。作業場をどのように分析し、WMSにどのように適用するかが最重要課題である。

2) 作業中(Working)

- 作業中にどのようなデータをモニタリングし、どのような方法でWMSに伝達するか、リアルタイムでの生産データの獲得が実現されなければならない。獲得した生産データを管理するために情報化し、作業班長に提供することで、作業班長は作業管理と必要に応じた作業者の安全管理が可能になる。

3)作業後(After Work)

- 作業実績リポートの際に、作業班長が手軽に作業実績を報告できることが望まれる。また、作業実績データがわい曲されることなく、スケジューリング・システムであるERPやSCMなど、他の関連システムに伝送されることも必要である。さらに、作業者のWMSDリスクを管理するために、作業実績リポート作成と同時に作業者一人一人の作業実績を分析し、各作業者の作業遂行によって発生したWMSDリスクを評価しなければならない。そして、この作業実績の分析結果およびWMSDリスク評価は、マスターデータ化され、作業者の次の配置のために活かされることが重要である。

この作業を通じて、WMSに必要な機能を定義し、特に近年の生産現場における最も大きな関心事である筋肉格系疾患(以下、WMSD : Work-related Musculoskeletal Disorders)の予防を考慮したシステムを考案する。提案するシステムでは、作業前にWMSDを考慮した作業者の配置を検討し、作業終了後にはその日の作業中に発生したWMSDリスクを評価する。そして、次に作業者を配置する時には、このWMSDリスクのデータを利用し、作業者を配置する管理構造になっている。

本研究ではWMSを適用したケーススタディとして、作業者による設備操作で作業が進行する作業場所(Machine oriented Job-Shop)と、作業者によって全面的に作業が進行する作業場所(Worker oriented Job-Shop)の二種類の作業場所に注目する。それらの作業場所は、TFT-LCD FABのAuto Probe Shopと造船所のPanel Block Assembly Shopである。これらの作業場所に対して、作業形態に応じたWMSの構築を試み、第3章と第4章において、ケーススタディを実施報告する。また、第2章では、WMSを構築するための方法論について具体的に詳述する。

第2章 WMS(Worker Management System)構築のための方法論

第2章では、WMS構築のための方法論について議論する。本研究では、作業者管理システムのモデルとして、MESのISA-95を利用したWork Activity Model[Kong 2009](Fig.1)を応用した作業班長のためWMSモデル(Fig.2参照)を提案し、これを基盤としてWMSを構築する。

本研究で提案するWMSモデルの特徴は、次のように整理される。

1)WMSでは、WMSDを考慮した作業者配置を導入する。

2)Worker oriented Job-Shopでは、管理が難しい作業者の安全確保に関して、作業班長に必要な情報を提供し、作業班長が作業者を効果的に管理できる機能を付加する。

さらに、WMSモデルに基づいた、効率的な作業者管理のために、本研究では作業場所全体を作業プロセスごとに最小単位のWorkboxに分割する方法を提案する。

WMSのような作業現場を管理するシステムを構築する場合には、システム使用者の正確な要求を把握することと、作業場全体の体系的な分析が最も重要である。そこで本研究では、Workboxの概念を導入することによりシステム使用者のシステム全体の機能に対する理解を助け、システムを構築する際には、作業班長が作業者を管理できる最小作業単位であるWorkboxに分けて作業場を分析することで、作業場全体の体系的な分析が可能となるよう工夫する。

具体的には、第1章で定義した、作業班長が作業者を管理する上での問題点を解決するために、作業場所の特徴を踏まえ、WMSを構築する対象となる作業場所をWorker orientedとMachine orientedとに区分し、WMSを構築するプロセスを下記のように提案する。

Step 1:作業者の作業形態に基づいたWorkboxの定義

Step 2:Workboxへの作業者配置(Worker allocation)

Step 3:作業者の作業遂行状況のモニタリング

(Worker oriented shopの場合、作業者の安全管理)

Step 4:作業終了時の作業実績リポートおよび作業者のWMSDリスクの評価、さらに次の作業者配置への適用

さらに、4段階に整理したWMSの構築段階を以下に詳細に示す。

Step 1) Workbox の定義

Workboxは、Fig.3にあるように、まず最初に作業を定義し、次に作業に必要な設備を定義し、最後に作業のために設備を利用する作業者を定義するという順序で定義することとした。これを PBA shopを例に取り、以下に簡単に説明する。

(1) IDEF0を利用した作業の定義 (Step 1:Definition of Task)

- PBA shopではIDEF0を利用し、作業プロセスを定義する。この時、作業にかかる時間がhour単位で定義が可能な、Work stage単位で作業を定義する

(2) 作業に必要な設備の定義 (Step 2:Definition of Machine)

- 作業の中で例えばTack welding(T/W)に必要な設備である、Welding machine、Hammer、Tape measureなどをIDEF0から定義する

(3) 最終的な作業-設備-作業者によるWorkboxの定義 (Step 3:Definition of Worker)

- Step1およびStep 2で定義した作業および作業に必要な設備に基づき、作業者を定義する

このWorkboxを用いて、作業者配置、作業遂行状況の管理、作業者の安全管理を行い、さらに一日の作業実績リポートと作業者のWMSDリスク管理をも行う。WMSDリスク評価に関しては、本研究ではRULA分析を使用し、Workbox内で作業者が作業をする時に発生するWMSDリスクを評価する。

Step 2) 作業者配置

Step 1)で定義したWorkboxに対して、Worker allocation modelを利用し、作業者を配置する。この時、Workbox内の作業の難易度、および作業者の作業能力(技術熟練度)を考慮し、作業難易度が高いWorkboxには作業能力が高い作業者を配置するようにし、全体工程における作業バランスを高め、ボトルネック工程の発生を可能な限り回避する。

また、作業者のWMSDリスク、およびWorkbox内の作業を行った際に発生するWMSDリスクを考慮し、作業者配置を行う。

このように様々な要素の最適な組み合わせを可能にする作業者配置が、本研究で構築するシステムの核心となるアルゴリズムである。作業現場の生産性を向上させ、なおかつWMSDリスクを減らすことが、作業者配置の最終目標である。

Step 3) 作業管理および作業者の安全管理

作業管理および作業者の安全管理は、Workboxで分析したWork activityを利用し、進行する作業を確認しながら行う(Fig.4)。特にWork oriented-Shopの場合、Work activityの安全度をWorkbox Risk Score(以下 WRS)で表現する。こうすることによって、作業の進行とともに、Workboxの中でWRSが高いWorkboxを作業班長が監督し、直接的に安全管理することで、作業管理と作業者の安全管理を同時に実施できるようにする。

Workbox Risk Score (WRS)=(Frequency)×(Severity)

Step 4) 作業実績リポートおよびWMSDリスク評価

最終的に一日のすべての作業が終了した段階で、各作業の実績についてリポートし、関連のある作業場所に情報を提供する。また、作業者のWMSDリスクを評価し、作業班長が作業者一人一人のWMSDリスク評価を見て、WMSDリスクに関するアドバイスを行う。さらに、次の作業者を配置する時には、各作業者のWMSDリスク評価を適用した上で配置する。

つまり、Fig. 5に示すように、作業後に行うWMSDリスク評価を次の作業者配置のデータとして利用する作業者WMSDリスク管理のサイクル構造を提案する。

以上、Step 1)~Step 4)の過程を通じて、作業班長のためのWMS構築に関する方法論を提案した。第3章、第4章では、Machine oriented shopおよびWorker oriented shopに例をとり、WMSシステムの構築を試みる。

第3章 Auto probe shopにおけるWMSシステム構築事例

Machine oriented shopの例として取り上げるTFT-LCD FabのAuto probe(A/P) shopは、TFTとColor Filter(C/F)の2つのガラス板を合着し、合着した間に液晶を注入したものを最終確認する作業場所である。他の作業場所とは違い、設備ではなく検査者による眼目検査で作業が進行する。

機械ではなく人間が検査を行うため、検査者の体調やTFT LCD Panelモデルおよび設備に対する選り好みなどにより、Task timeが常に変化してしまうので、検査者の管理が難しい。そこで、標準モデルを利用してWMSモデルを作り、A/P shopには基本的にMESが構築されていることから、WMSDリスクを考慮した検査者配置をすることと、作業終了後に検査者のWMSDリスク評価をすることを中心にシステムを構築した。

具体的な実施内容に、作業班長に対するインタビューを行い、それを分析した結果、作業者(A/P shop の場合、検査者)配置時に、<検査者-LCD Panelモデル-設備>の組み合わせを最適にすれば、Task timeを短縮させることができ、それが生産性向上につながるのではないかという仮定を得た。さらに、最適な組み合わせが実現できれば、検査者が最適な姿勢で検査を実施することができ、WMSDリスクも減るのではないかと考えた。

以上の仮定を検証するために6ヶ月分のMESデータを分析し、その結果、検査者をDefect発見率の高いLCD Panelモデルおよび使い慣れた設備に配置する時、Task timeが短くなり、WMSDリスクも減らせることがわかった。そこで、WMSシステム構築において、検査者とLCD Panelを検査するときの検査高さ(Inspection height)の関連性をシミュレーションを利用して証明し、検査者とLCD Panelを検査するときの検査高さ(Inspection height)の最適な関係を提案した。

Step 1) Workbox の定義

A/P shopは、検査設備で形成されている工程なので、それぞれの検査設備(A/P station)ごとにWorkboxを定義することができる。

Step 2) 作業者配置

6ヶ月分のデータ分析を基に、最適な<検査者-LCD Panelモデル-設備>の組み合わせのためにGenetic Algorithm(GA)を利用し、各組み合わせのTask timeを計算、評価し、作業者配置をする。

Step 3) 作業管理および作業者の安全管理

作業管理はMESで管理し、作業者の安全管理については安全事故が発生しないため、WMSでは省略する。

Step 4) 作業実績リポートおよびWMSDリスク評価

作業実績リポートについては、MES上で作業管理している。したがって、自動的にリアルタイムでリポートが送られてくるため、WMSでは除外するが、WMSDリスクについては、MES上のデータを利用し、評価する。

第4章 Panel Block Assembly ShopにおけるWMSシステム構築事例

Worker oriented shopの例として取り上げる造船所のPanel block assembly shopは、内業工場で建造ブロックを組み立てる工程である。本研究で扱う造船所のPanel block assembly shopは、ボトルネック工程になっている。

Step 1) Workbox の定義

造船所のPanel block assembly shopでは、Workboxを定義するにあたって、まず、IDEF0を利用して作業を定義し、次に作業に必要な設備をIDEF0を利用して定義した後、必要な作業者を定義するという手順で行う。

この時、Step2およびStep3で検討するWorkbox別作業難易度を考慮した作業者配置と、WRSに基づいた作業者の安全管理のために、Workboxの作業難易度とWorkboxのactivity分析が必要になる。そこで本研究では、まず、Workbox別作業難易度を評価し、基準となるスコアを設定するために、作業班長と現場作業者らにアンケート調査を実施し、AHPのCI(Consistency Index)を利用して回答者の回答の一貫性を確認し、アンケートの信頼性を保証する方法を採用した。また、韓国産業安全公団が製作した「船舶ブロック製造業の危険性評価モデル」を基準としてWRSを評価する。

Step 2) 作業者配置

Step 1)で定義したWorkboxの作業難易度と作業者の技術熟練度を評価し、バランスのとれた作業配置をした後、さらに、WMSDリスク発生率の低いWorkboxと作業者の組み合わせによる作業者配置をGenetic Algorithm(GA)を利用して行う。

Step 3) 作業管理および作業者の安全管理

作業管理および作業者の安全管理は、Workboxを利用して行う。第3章のTFT-LCD FabのA/P shopとは違い、MESが構築されていないので、各Workboxで発生する情報をシステムに伝達するために本研究ではPDAを利用する。

Step 4) 作業実績リポートおよびWMSDリスク評価

作業実績リポートおよびWMSDリスク評価は、第3章と同じように管理する。

第5章 結論

本研究では、作業班長による作業者管理の効率化のために、作業者管理システム(Worker Management System)を構築する方法を提案した。このWMSシステムにより、作業班長はWMSDリスク管理を含めた作業者管理をより効率的に行うことができ、最終的にShopの生産性向上を期待できる。

Fig. 1 Work Activity Model [Kong 2009]

Fig. 2 WMS model for Foreman

Fig. 3 Workbox definition

Fig. 4 Safety Management methodology

Fig. 5 WMSD risk Management cycle

審査要旨 要旨を表示する

生産現場全体の生産性向上を実現するためには、作業班長が作業者管理をする際の効率的な判断と意志決定が重要である。本研究は、このような認識に基づき行われ、作業者管理の効率化を図るために、作業班長のための作業者管理システム(Worker Management System:以降WMS)を構築することを目的としている。

第2章では、作業班長の経験や知識に基づいた主観的な判断による作業者を管理しているといった従来の作業者管理のスタイルを分析することによって、現場で作業者を管理する作業班長の主要な役割、および、作業者を管理する上での作業班長が抱える問題点を定義している。これらの問題点を前提にWMS構築のための方法論を論じており、WMSでの実現が望まれる点と、WMSを構築する際に課題となる点を、作業前、作業中、作業後のフェーズに分けて整理している。この整理により、WMSに必要な機能を定義し、特に近年の生産現場における最も大きな関心事である筋肉格系疾患(以降WMSD : Work-related Musculoskeletal Disorders)の予防を考慮したシステムを提案している。提案システムでは、作業前にWMSDを考慮した作業者の配置を検討し、作業終了後にはその日の作業中に発生したWMSDリスクを評価することが提案されている。作業者を配置する時には、このWMSDリスクのデータを利用し、作業者を配置する管理構造が提案されている。

本研究では、作業者管理システムのモデルとして、MES(Manufacturing Execution System)のISA-95を利用したWork Activity Modelを応用した作業班長のためWMSモデルを提案し、WMSの構築に関して議論している。さらに、WMSモデルに基づいた、効率的な作業者管理のために、作業場所全体を作業プロセスごとに最小単位のWorkboxに分割する方法を提案している。作業班長が作業者を管理できる最小作業単位であるWorkboxに分けて作業場を分析することで、作業場全体の体系的な分析が可能とし、作業場所の特徴を踏まえ、WMSを構築する対象となる作業場所をWorker orientedとMachine orientedとに区分し、WMSを構築するプロセスを整理している。Workboxを用いて、作業者配置、作業遂行状況の管理、作業者の安全管理を行い、さらに一日の作業実績リポートと作業者のWMSDリスク管理を行う機能をWMSの具体的なシステム機能として定義している。本研究では、WMSDリスク評価に関してはRULA分析を使用し、Workbox内で作業者が作業をする時に発生するWMSDリスクを評価することを提案し、システムに実装している。

第3章と第4章では、主にWMSを適用したケーススタディを実施報告している。第3章では、作業者による設備操作で作業が進行する作業場所(Machine oriented Job-Shop)の事例としてTFT-LCDを製作する工場のAuto probe (A/P) shopを対象に、WMSシステムの構築事例が示されている。A/P shopは、検査設備で形成されている工程であるが、Workboxを検査設備(A/P station)ごとに定義することができることが示されている。6ヶ月分のデータ分析を基に、最適な<検査者(作業者),LCD Panel(製品),設備>の組合せのためにGenetic Algorithm(GA)を利用し、各組合せのTask timeを計算、評価し、作業者の配置案が提案され、その妥当性、有効性を議論している。作業管理はMESで管理されており、作業実績リポートがリアルタイムで送付されるので、WMSDリスクについては、MES上のデータを利用し、評価することを想定している。

第4章では、作業者によって全面的に作業が進行する作業場所(Worker oriented Job-Shop)の事例として造船所の内業工場で建造ブロックを組み立てる工程(Panel block assembly shop)を対象とし、WMSシステムの構築事例を示している。作業管理および作業者の安全管理は、Workboxを利用して行うが、Workboxの作業難易度と作業者の技術熟練度を評価し、バランスのとれた作業配置をした後、WMSDリスク発生率の低いWorkboxと作業者の組合せによる作業者配置の準最適解をGenetic Algorithm(GA)を利用して求めており、その結果より提案する手法の有効性を示唆している。

本研究では、作業班長による作業者管理の効率化のために、作業者管理システム(WMS:Worker Management System)を構築する方法を提案し、二種類の作業場所への適用を試みた。この検討結果より、WMSシステムによって、作業班長はWMSDリスク管理を含めた作業者管理をより効率的に行うことが確認でき、研究目的である作業場所の生産性を向上する手法として期待がもたれる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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