学位論文要旨



No 126626
著者(漢字) 竹原,浩太
著者(英字)
著者(カナ) タケハラ,コウタ
標題(和) 複雑な条件付請求権に対する一般的な評価法 : 長期・通貨間金融派生証券への応用
標題(洋) General Valuation Techniques for Complex Contingent Claims : Applications to Long-term Cross-Currency Derivatives
報告番号 126626
報告番号 甲26626
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第299号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 金融システム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,明彦
 東京大学 教授 小林,孝雄
 東京大学 教授 新井,富雄
 東京大学 教授 大日方,隆
 東京大学 准教授 柳川,範之
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,条件付き請求権の価格付けに対する「漸近展開法」を用いた近似手法に対して,その適用範囲を拡大し近似精度を改善する新たな枠組み("Hybrid Scheme"の提案・高次展開に必要となる新計算手法の開発を通じ,て,徐々に認識ざれつつあった応用上の限界を克服し今日の金融実務の重要課題な解決するに足る有効性・汎用性な与えた.よたこの結果の応用例として,今日の実務において大変重要であるものの他の手法ではその扱いが大変困難である,「Libor Market Modell下での長期通貨オプションの価格評価」に対する複数の解析近似解を与えその精度や有効性を確認した.こうした結果が一部金融機関において既に実装されていることは,その重要性を示す一例であろう.

昨今の金融市場においては、次のような現象・特色が観察される:i)まず,特にリーマン・ショック前後の為替市場に象徴されるように,市場の変動性は時に非常に大きくなる.このような市場環境下では,原資産過程だけでなくそのボラティリティの確率的な動きを表現するStochastic Volatility Modelや,非連続的変動を表規できるJump Model等を使用することが不可欠であることは容易に想像できるだろう.ii).また,ハイブリッド証券(Hybrid Securities)と呼ばれる,ペイオフが株価と金利,為替レートと商品(Commodity)価格等,複数の変数に依存する証券が日常的に取引されるようになっている.こうした証券の価格評価やリスク管理においては,当然複数の変数の確率的挙動を同時に考えなければならない.iii)さらに,長い満期を持つ金融派生証券の流動性が高まっていることも大きな特徴といえる.証券の持つ満期が長くなるに従い,金利の変動の影響がより大きくなってくることはよく知られた堺実であるので,こうした長期の問題を考える際には対象となる(株価などの)変数だけでなく,金利の確率的変動をとらえることが不可欠となる.

以上のようなことから,昨今の金融市場環境を適切にモデル化するためには,(特に長い満期を持つ証券を念頭に置けば)金利や確率的ポラティリティ,また時にJump項を含むような一般的(かつしばしば高次元の)モデルを用いる必要があることがわかる.さらに,極端なskew/smileを持つImpliedVolatility Surfaceにモデルをフィットさせるためには,できるだけ各変数のト相関構造やモデルの形状に強い仮定を置かずに評価ができることが望ましい.

こうした問題の最たる例が,「Libor Market Mode(LMM)下での長期通貨オプションの価格評価」である.通貨オプションは全てのCross-Currencyデリバティブの基本となる最も重要なプロダクトである一方で,扱う際に,i)長期間に渡って,ii)国内外金利,為替レート,そのボラティリティといった数十次元の変数の確率的挙動を同時に考察する必要がある.これはその重要性と解決の困難さの双方の面において今日の金融実務における課題の象徴的な例であると言えるため,本稿で提案される手法の有効性を確かめる具体例としてこの問題を取り上げることにした。

一般にこうした複雑なモデル下で派生証券の真の価格を解析解(閉じた解)の形で得ることは,大変困難である.そこでこうした問題に対しては,偏微分方程式の差分解法やMonte Calroシミュレーション等の数値的手法を用いて近似的な解を求めることが一般的であるが,こうした数値的手法では「瞬時に」価格解を求めることは通常困難である.

一方で,実務的な観点からは非常に高速な計算が求められることが多い.例えば,トレーディングに活用するためには当該証券の価格をその場で瞬時に求める必要があるし,リスク管理や他のExotic Derivativesの評価に重要となる"calibration"を行う場合,同じ価格式をパラメータを微小に変化させつつ何度も再計算してフィットさせていくため,価格式の計算速度が非常に重要になる。

こうした点を踏まえると,実務的観点からは高速に計算が可能な手法,特に数値的解法と比較して圧倒的な計算速度を誇る解析的な解法が強く望まれていることがわかる.ただし真の価格を解析的に求めることは通常非常に困難であるため,現実的には精度の高い解析近似解を求めることが目標となる.ところが,こうした複雑かつ高次元のモデルについて,その形状や相関構造に強い仮定を置くことなしに精度の高い解析近似解を得ることが可能な手法は,実は非常に限られたものしかない。

こうした要望に対して有効な数少ない手法の一つが,「漸近展開法」と呼ばれる手法である.本手法はKunitomo and Takahashi[1992],Takahashi[1995,19991,Yoshida[1992a,b]らによってその標準的枠組みを確立された手法であり,その特長としてi)幅広い問題に対して適用可能であること,ii)解析的に扱いやすい近似解が得られること,及びiii)数学的に厳密に正当化される理論であること,等が挙げられる,このためこれまでファイナンスに関する数多くの分野・問題に応用されてきた.本稿でも前述の「LMM下での長期通貨オプションの価格評価」について,「漸近展開法」の標準的粋組みを応用し(3次までの展開を行って)解析近似解を得たが,変動性が比較的大きい状況を念頭に椴いたパラメータや10年以上の満期を設定した場合,必ずしも十分な粘度を確認することができなかった.近似精度を向上させるためには展開の次数を上げることが有効である場合が多いが,「漸近展開法」ではその高次の展開の表現が与えられているにも関わらず具体的な評価法が未整備でありこれまで実用上は計算ができなかった.また標準的な枠組みは,そもそも短期のskewを再現するのに重要となるJump項を近似精度を維持しつつ導入入することが難しいという問題も抱えている.

そこで本稿では,Jump項をも含むより幅広いモデルにその適用可能範囲を広げっっ解析近似解の精度を向上させることを目的として,以下の4つの観点から「漸近展開法」の応用手法の工夫・改良を試みた.

まず最も基礎的な部分として,モデル自体に工夫を加えることを考えた.具体的には,Aflineクラスと呼ばれるモデルを確率的ボラティリティ及びJump項に導入した.これらのモデルは,金利が確定的な場合についてはその特性関数が陽に知られており,この特性関数をFourier逆変換することで価格解も(準)解析的に得ることができる.こうした既知の結果を利用するため,金利部分と為替レート及びそのボラティリティが独立であるという「独立性の仮定」を置き,金利部分にのみ漸近展開法を適用して,得られた特性関数をFourier逆変換することにより解析近似解を得た,この方法で得られた近似解は,10年の満期を持つ例においても高い精度を示した.ただその一方で、強いskewが観測された市場へのcalibrationでは,「独立性の仮定」やボラティリティをAFineクラスに限定するという制約のために,満足なフィットが得られなかったりパラメータの妥当性・安定性を欠く例も見られた.

そこで次に,Fourier変換法を用いつつこれらの制約を取り除くことで,より幅広いモデルの利用を可能にすることを考えた,この場合,前段のようなモデルを含みつつ,必ずしもAFlineクラスに含まれない確率的ボラティリティ項・各変数間の複雑な相関構造・さらにはある種のJump項を持つような非常に一般的なモデルを考察することが可能となる(前述のとおり,こうしたモデル下での解析的評価は他の手法では大変困難である),さらに,ある測度変換及び変数変換を組み合わせることにより,結果として生じる展開の中心分布を変形し精度のさらなる改善を達成した.本稿ではこれを"Hybrid Scheme"と呼ぶ.

さらに,「特性関数ベースの(Ch.f-based)Monte Garloシミュレーション」を提案し,ここにさらに制御変量として「漸近展開法」を利用することで分散減少に役立て,最大でシミュレーションを100倍程度高速化することに成功した.これにより,(例えば超長期等の)十分な精度を持つ解析近似解が得られないような場合においても,「漸近展開法」を利用してシミュレーションの高速化を図ることで実務上の要請に応えることができる.

こうした一連の流れはi)「漸近展開法」と他の手法・モデルのFourier逆変換法を利用した組み合わせやii)展開の中心となる分布の変形,による近似精度の改善,及びiii)シミュレーションの高速化による代替手段の提供と捉えることができる.

これに加え,iv)「漸近展開法」における近似の次数を上げることを試みた.上記の研究を含むこれまでの「漸近展開法」の応用研究においては,高々3次までの展開のみが行われていた.この背景には,実際の評価において必要となるある種のWiener汎関数の条件付き期待値の具体的な計算方法が明らかにされていなかったことが一因にあると考えられる.これまでは既存の公式を用いることがほとんどであったが,これらの公式は3次までしか与えられておらず,それ以上高次の展開に必要な計算方法はこれまで明示されてはこなかった.

そこで本稿では,この条件付き期待値の計算方法を理論的に整理し,任意の次数まで初等的に計算可能な粋組みを新たに構築した.さらに,その成果として4次までの計算に必要な公式の導出を行った.

以上のように本稿では,「LMM下での長期通貨オプションの価格評価」という実務上大変重要である一方他の手法では解析的評価が(近似ですら)困難である問題に通して,まず「漸近展開法」の標準的な枠組みを適用しその3次までの展開を行うことで近似精度の確認及び課題の把握を行った.その上でこれを出発点として,i)~iii)の手法の構築により「漸近展開法」をJump項を含むより幅広いモデルに適用可能としつつ,低次(3次まで)の展開を用いたままその精度を改善することに成功した.その一方でiv)で展開自体の次数を上げその評価を行う新手法を構築することで,i)~iii)とは独立に(従って組み合わせることも可能)精度の改善を達成している.

これら成果は既に一部国内外金融機関により実装(もしくはその検討)が行われるなど,学界のみならず実務家からも高く評価を受けている.冒頭にも述べた通りこうした新たな枠組みや計算手法の開発により,「漸近展開法」は今日の金融市場においてもなお実用的に活用できる非常に有効な統一的近似手法としての地位を確立したと言えるであろう.

審査要旨 要旨を表示する

竹原浩太君は、「漸近展開法」を用いた派生商品(デリバティブ)価格・リスク指標の近似手法に対して,その適用範囲を拡大すると共に近似精度を改善する新しい枠組みを提示した.さらに,高次の展開に必要となる統一的な計算方法も開発し,漸近展開法に対し今日の金融実務の重要課題を解決するに足る汎用性・有効性を与えた.またこれらの成果の適用例として,金利の期間構造モデル及び派生商品実務において極めて重要ではあるが他の手法では取り扱いが非常に困難となる,「Libor Market Model下での長期通貨オプションの価格評価」に対し,複数の新しい解析近似解を与え,それらの精度や有効性を比較検討した.なお,これらの成果の一部は,既に複数の査読付き国際英文専門誌へ掲載されている.以上より、本論文が博士学位授与に値するものであると審査委員は全員一致で判断した.

本論文は以下のような構成となっている.

まず次章において本稿で考察の対象とする「LMM下における長期通貨オプションの価格評価問題」(以下「問題」)について整理したのち,3.1章,3.2章で「漸近展開法」の数学的背景及び標準的枠組みについて概説する.3.3,3.4章では,この標準的枠組みを「問題」に適用しその数値実験を行う.

その後,第4章では「独立性の仮定」及びHestonモデルの下で(1)Fourier変換を用いた方法を概説し,第5章では,より一般的な設定の下で(2)Hybrid Scheme及び,(3)特性関数に基づくモンテカルロ・シミュレーションと漸近展開の制御変量としての利用法を解説している.また,(1)については4.3章,(2),(3)については,それぞれ5.2.3章及び5.3.3章において数値実験によりその有効性を確認している.また3.3.2章及び5.2.3章ではモデルのcalibrationも行っている.

さらに,6章では(4)高次の展開に関する一般的かつ厳密な計算手法の構築を行い,6.3章では4次までの展開に関する新しい公式を導出している.その有効性は6.4章における「問題」への適用及び数値実験により確認されている.最後に7章において結語が述べられている.

以下では,竹原君の博士論文の主要な成果・貢献を概説する.

はじめに,本研究の動機づけとなる,昨今のデリバティブ価格モデルへの要件を概観する.

i)まず,リーマン・ショック前後の為替市場に象徴されるように,市場の変動性は時に非常に大きくなる.このような市場環境下では,原資産過程だけでなくそのボラティリティの確率的な動きを表現するStochastic Volatility Modelや,非連続的変化を表現可能なJump Model等が資産価格の変動を記述するために不可欠となる.

ii)また,ハイブリッド証券(Hybrid Securities)と呼ばれる,そのペイオフ(キャッシュフロー)が株価,金利,為替レート,商品価格(Commodity prices)等,複数の変数に依存する証券が日常的に取引されている.こうした証券の価格評価やリスク管理においては,複数の変数の確率的挙動を同時に考えなければならない.

iii)さらに,長い満期を持つ金融派生証券の流動性が高まっていることも大きな特徴といえる.証券の満期が長くなるに従い,金利変動の影響がより大きくなることは広く認知されており,こうした長期の問題を考える際には(株価など)ペイオフの原資産価格の変動だけではなく,金利の確率的変動をとらえることが不可欠となる.

以上の要件から,現代の金融市場環境を適切にモデル化するためには,金利や確率的ボラティリティ,また時にJumP項を含むような一般的(例えば,高次元のマルコフ過程)モデルを用いる必要があることが分かる.さらに,極端なskew/smileを持つImplied Volatility Surfaceにモデルをフィット(Calibrate)させるためには,できるだけ各変数の相関構造やモデルの形状に強い仮定を置かずに評価ができることが望ましい.

このような派生商品の価格評価の最たる例が,「Libor Market Mode1(LMM)下での長期通貨オプションの価格評価」である.長期通貨オプションは,全てのCross-Currencyデリバティブの基本となる最も重要な商品である一方,そのモデル化の際には,長期間に渡り,国内外金利,為替レート,そのボラティリティといった数十次元の変数の確率的挙動を同時に考察する必要がある.従って,長期通貨オプションは,その正確な価値評価の困難さにおいて今日の金融実務における課題の代表例であるため,新しく提案された手法の有効性を確認する対象として本論文において取り上げられている.

一般には,こうした複雑なモデル下で,派生証券の真の価格を解析解(閉じた解)の形で得ることは,極めて困難である.そこで当該問題に対しては,偏微分方程式の差分解法やMonte Carloシミュレーション等の数値的手法を用いて近似的な解を求めることが一般的であるが,こうした数値的手法では「瞬時に」価格を求めることは通常困難である.一方で,実務的な観点からは非常に高速な計算が求められることが多い.例えば,トレーディングに活用するためには,当該証券価格を瞬時に求める必要があるし,リスク管理や他のExotic Derivativesの価値評価の際重要となる"calibration"を行う場合,同じ価格式をパラメータを微小に変化させつつ何度も再計算して対象にフィットさせていくため,価格式の計算速度が非常に重要となる.

以上の点を踏まえると,実務的観点からは高速に計算が可能な手法,特に数値的解法と比較して圧倒的に高速な解析的な解法が強く望まれていることがわかる.但し,真の価格を解析的に求めることは通常非常に困難であるため,現実的には精度の高い解析近似解を求めることが目標となる.ところが,こうした複雑かつ高次元のモデルについて,その形状や相関構造に強い仮定を置くことなしに精度の高い解析近似解を得ることが可能な手法は存在しないと言って過言ではない.

実務からのこのような要請に答える有望な方法の中に「漸近展開法」と呼ばれる手法がある.本手法は数学的基礎としてはWatanabe[1987],Yoshida[1992a,b]により,ファイナンスへの適用においては,Kunitomo and Takahashi[1992],Takahashi[1995,1999]等により,その標準的枠組みが確立された.その特徴としては,i)幅広い問題に対して適用可能であること,ii)解析的に扱いやすい近似解が統一的に得られること,iii)数学的に厳密に正当化される理論であること等が挙げられる.このためこれまでファイナンスに関する数多くの分野・問題に応用されてきた.本論文でも3.3,3.4章において,前述の「LMM下での長期通貨オプションの価格評価」に関し「漸近展開法」の標準的枠組みを応用し(3次までの展開を行って)解析近似解を得たが,変動性が比較的大きい状況を念頭に置いたパラメータや10年以上の満期を設定した場合,必ずしも十分な精度を確認することができなかった.

近似精度を向上させるためには展開の次数を上げることが有効である場合が多いが,「漸近展開法」ではその高次の展開の数学的表現が与えられているにも関わらず,その具体的な計算方法が未整備でありこれまで実用上は計算可能ではなかった.また標準的な枠組みは,そもそも短期のskewを再現するのに重要となるJump項を,近似精度を維持しつつ導入することが難しいという問題も抱えていた.

そこで本論文では,Jump項をも含むより幅広いモデルにその適用可能範囲を広げつつ解析近似解の精度を向上させることを目的として,以下の4つの観点から漸近展開法を用いた近似法の改良・拡張を試み,成果を挙げた.

(1)まず最も基礎的な部分として,モデル自体に独自の工夫を加えることを提案した.より具体的には,Affineクラスと呼ばれるモデルを確率的ボラティリティ及びJump項に導入した.(4章参照)これらのモデルは,金利が確定的な場合についてはその特性関数が陽に知られており,この特性関数をFourier逆変換することで価格も(準)解析的に得ることができる.こうした既知の結果を利用するため,金利部分と為替レート及びそのボラティリティが独立であるという「独立性の仮定」を置き,金利部分にのみ漸近展開法を適用して,得られた特性関数をFourier逆変換することにより解析近似解を得た.この方法で得られた近似解は,10年の満期を持つ例においても高い精度を示した.但し,その一方で,強いskewが観測された市場へのcalibrationでは,「独立性の仮定」やボラティリティをAffineクラスに限定するという制約のために,十分な当てはまりが得られない,或いはパラメータの妥当性・安定性を欠く例が散見された.

そこで,次に(2)Fourier変換法を用いつつ,これらの制約を取り除くことで,より幅広いモデルの利用を可能にする方法を提示した.(5章参照)この場合,前述のようなモデルを含みつつ,必ずしもAffineクラスに含まれない確率的ボラティリティ項・各変数問の複雑な相関構造・さらにはある種のJump項を持つような非常に一般的なモデルを考察することが可能となる.さらに,ある測度変換及び変数変換を組み合わせることにより,結果として生じる展開の中心分布を変形し精度のさらなる改善を達成した.(5.1,5.2章参照)なお,本博士論文においては,これを"Hybrid Scheme"と呼んでいる.

次に,(3)「特性関数に基づく(Characteristicfunction-based)モンテカルロ・シミュレーション」を提案し,さらに制御変量として漸近展開法を利用することで分散減少を実現し,最大でシミュレーションを100倍程度高速化することに成功した.(5.3章参照)これにより,(例えば超長期等の)十分な精度を持つ解析近似解が得られないような場合においても,漸近展開法を利用してシミュレーションの高速化を図ることで実務上の要請に応えることが可能となった.

こうした一連の成果を要約すると,(1)は,漸近展開法と他の手法・モデルとのFourier逆変換法を利用した組み合わせ,(2)は,非常に一般的な設定の下で,展開の中心となる分布の変形による近似精度の改善,(3)は,(2)と同様の設定の下で,漸近展開法を活用した新しいモンテカルロ・シミュレーションの高速化法の開発と捉えることができる.

さらに本論文では,(4)漸近展開法における展開の次数を上げる統一的な計算方法も提示した.(6章参照)上記の研究を含むこれまでの漸近展開法の応用研究においては,高々3次までの展開のみが行われていた.この背景には,実際の評価において必要となるある種のWiener汎関数の条件付き期待値の具体的な計算方法が明らかにされていなかったことが主因と考えられる.これまでは既存の公式を用いることがほとんどであったが,公式は3次までしか与えられておらず,それ以上高次の展開に必要な計算方法はこれまで明示されていなかった.そこで本論文では,この条件付き期待値の計算方法を理論的に整理し,任意の次数まで計算可能な枠組みを新たに構築した.さらにその例として,4次までの計算に必要な新しい公式を明示し,それを「LMM下における長期通貨オプションの価格評価問題」に適用することにより4次の展開の有効性を確認した.

以上概観してきたように,本博士論文は,「LMM下での長期通貨オプションの価格評価」という実務上極めて重要である一方,他の手法では解析的評価が(近似でさえ)困難である問題に対して,まず「漸近展開法」の標準的な枠組みを適用し,その3次までの展開を行うことで近似精度の確認及び課題の把握を行った.これを出発点として,上記(1)~(3)で要約した独自の手法の構築により漸近展開法を,Jump項を含むより一般的なモデルへ適用可能とし,さらに低次(3次まで)の展開を用いたままその精度を改善することに成功した.以上に加え,(4)において,展開自体の次数を上げその評価を行う新手法を構築することで,(1)~(3)とは独立に精度の改善を達成した.もちろん,(1)~(3)と組み合わせることにより一層の精度改善を実現することも可能となった.また,これまでの成果が一部金融機関により実用化(もしくはその検討)がなされるなど,学界のみならず実務家からも高い評価を受けている.竹原君が提示した新たな枠組みや計算手法により,漸近展開法は現代の金融市場における価値評価・リスク指標算出に関する極めて有効な統一的近似法に進化したと言えよう.

なお、博士論文を構成する7章のうち,査読付き国際英文専門誌・プロシーディングへの掲載済み5(内プロシーディング1)(2章,3章の一部,4,5,6章)、及び,英文専門書の1章に掲載済み(2,3章の一部,6章)となっている.また,学会・研究会発表も審査付き国際学会8回,審査付き国内学会3回の報告を含め2010年末迄に16回実施している.

以上より,竹原浩太君の論文は、博士学位を授与するに十分な水準に達していると審査委員全員一致で判断した.

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