No | 126675 | |
著者(漢字) | 桐野,俊輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キリノ,シュンスケ | |
標題(和) | 強相関電子系における非平衡輸送現象の数値的研究 | |
標題(洋) | Numerical studies of nonequilibrium transport in strongly correlated electron systems | |
報告番号 | 126675 | |
報告番号 | 甲26675 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5620号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 非平衡状態における電子相関効果は近年注目を集めているトピックである。非平衡現象の理論的記述にはKeldysh Green 関数によるダイアグラム展開があるが、多体効果を適切に取り込んだ計算を行うことは一般には極めて難しい。一方で、近年の実験技術の進歩によって、非平衡下での電子相関効果が特異な性質を生む状況を作り出すことが可能になってきている。その代表的な例が量子ドット系であり、線型応答領域を超える大きなバイアス電圧を印加した状況における近藤効果について、理論・実験双方で活発な研究が続けられている。我々は以前、単一量子ドット系における非平衡輸送現象に対し、比較的新しい数値計算手法である時間依存密度行列繰り込み群法(TdDMRG)を適用し、この手法によって高い精度で非平衡定常状態の性質を計算可能であることを示した。これをもとに本研究では、以下の三つの系における非線型電流・電圧特性をTdDMRGを用いて正確に求め、非平衡定常状態における多体効果の影響について議論する。 1 直列二重量子ドット系 直列二重量子ドット系は、各ドットが奇数個の電子を持つとき、近藤効果と2つのドット間の交換相互作用との競合が現れることが知られている。特に、両者の競合のクロスオーバー領域で線型コンダクタンスが2e2=hとなることがスレーブボゾン平均場理論及び数値繰り込み群法によって明らかにされている。また共鳴幅と比べてドット間のホッピングが大きいとき、各ドット・リードの近藤一重項の間に結合・反結合状態が形成され、微分コンダクタンスにこれを反映したダブルピーク構造が現れることがnoncrossing approximation (NCA) などによって指摘されている。我々は直列二重量子ドット系についてTdDMRG 計算を実行し、このピーク分裂がTdDMRG からも支持されることを示した。また、ピーク分裂の位置はオンサイト相互作用Uに強く依存しており、Uによって低バイアス側にシフトすることを見出した。この傾向はNCAによるU ! 1の結果と定性的に一致している。一方でNCAによるとこのピークの高さは2e2=hを大きく超える場合があることが示されていたが、TdDMRG から微分コンダクタンスが2e2=hを超えるものは見られなかった。 共鳴幅に対してドット間のホッピングが小さいと、基底状態は弱く結合した二つの近藤一重項になる。この場合微分コンダクタンスにはピーク分裂は見られないが、一方でドット間のスピン相関関数がバイアス電圧によって強められることがわかった。 2 Mott 絶縁体の絶縁破壊 強い電子相関効果と非平衡性がともに本質的である現象として、電子相関によって絶縁体となっている状態の絶縁破壊がある。本研究では、一次元Hubbard 模型のhalf-fillingでの基底状態によって記述されるMott 絶縁状態に局所的な電位差をかけることで絶縁破壊を起こし、到達する定常状態の電流を計算した。その結果、電圧が電荷ギャップを超えると絶縁破壊が起こるという直感的な結果を得た。一次元Mott 絶縁体に一様電場がかかった状況では、Landau-Zener 理論に基づいて、閾値電場は電荷ギャップの二乗に比例することが岡らによって指摘されており、電位分布の設定によって様々な物理が現れうることがわかる。さらに、閾値以上の電圧をかけたとき、電流は電荷ギャップだけでスケールされることが明らかになった(図2)。一次元鎖に交替ポテンシャルを加えたバンド絶縁体のモデルでも同様に単一のパラメータでスケールされることが示せるが、一次元Hubbard 模型のU=0での特異性を反映して両者は異なる曲線を形成する。 また、一次元引力Hubbard 模型のhalf-fillingでの基底状態は電荷ギャップを持たず、スピンギャップが有限になることが知られている。我々はこのLuther-Emery 液体についてもTdDMRG 計算を行い、斥力の場合とは対照的にコンダクタンスはjUjに依らず完全伝導(2e2=h)を示すことを明らかにした。このことは±Uのモデルを結びつける斯波変換と、朝永-Luttinger 液体の理論によって説明できる。 3 近藤絶縁体の絶縁破壊 近藤絶縁体は重い電子系の低温領域で現れる特異な絶縁状態である。ここでは一次元周期的Anderson 模型のhalf-fillingでの基底状態に局所的な電位差をかけ、絶縁破壊のプロセスをTdDMRGでシミュレートして電流・電圧特性を計算した。絶縁破壊後の電流は、U=0では2 バンドのモデルとしての性質から大きい値を取るものの、有限のUによって強く抑えられることがわかった。この強い抑制はUを加えることによって電荷ギャップが5% ほど増加することと比べて顕著であり、f 電子の局在化、伝導電子とf 電子の局所的なsinglet 形成及び電荷励起の群速度の減少による複合的な効果と考えることができる。また、前節で扱ったMott 絶縁体とバンド絶縁体の場合に低バイアス領域で見られた電流のスケーリングはそのままの形では成り立たないが、もうひとつパラメータを導入すればのように同一の電圧依存性を持つことが数値計算の範囲で示された(図3)。この共通性は、今の場合の一次元近藤絶縁体がindirect なギャップを持っていること、可積分ではないことなど、一次元Hubbard 模型のMott 絶縁相と大きく異なっていることを考えると非常に興味深いものとなっている。 以上のように、非線型電流は強相関系の特徴を反映して多様な振る舞いを見せるが、我々のTdDMRG 計算は単純なポテンシャル分布という制限はあるものの、その仮定の下では各系の性質を捉えることに成功している。この点において、以上の研究を通じて我々は一次元強相関電子系における非平衡輸送を取り扱う新たな方法論を確立したと言える。 図1: 直列二重量子ドット系の電流・電圧特性(左) 及び微分コンダクタンス(右)。t; t0; t00はそれぞれリード内の隣接する2 サイト間、ドット・リード間およびドット・ドット間のホッピング、Uはドットにおけるオンサイト相互作用、Vはリード間の電位差を表す。 図2: 一次元Hubbard 模型及び一次元バンド絶縁体の電流・電圧特性。UはCoulomb 斥力の強さ、Δbはバンドギャップを表す。電荷ギャップまたはバンドギャップでスケールすると、低バイアス領域においては異なるパラメータの結果が同一の曲線に乗ることがわかる。 図3: 前節で扱ったバンド絶縁体、Mott 絶縁体及び一次元周期的Anderson 模型で記述される近藤絶縁体の電流・電圧特性。UはCoulomb 相互作用、t0は混成項の強さを表す。電圧を電荷ギャップで、電流を適切なパラメータでスケールすると、今回の範囲で得られたデータは同一の曲線に乗る。 | |
審査要旨 | 本論文で桐野氏は、ある種の電位差をかけたときの強相関電子系の非平衡定常状態を数値的に研究しました。計算手法として、時間依存密度行列繰込群に基づいて非平衡定常状態を調べる新しい手順を開発しました。単一量子ドット系で手法の詳細を確立し、二重量子ドット系、ハバード模型、近藤格子系を解析しました。 非平衡定常状態は、いかに定義・解析するかが統計物理学分野で興味を集めています。また、強相関系の非平衡定常状態は、電流電圧特性の測定実験との対応など物性理論分野で大きな話題です。そのような状況の中、ある種の電位差による非平衡定常状態と電流電圧特性を解析する一般的な手順を確立したのが本論文の最も大きな成果です。 本論文は本文6章と補遺2章からなります。第1章の問題提起のあと、第2章では単一量子ドット系を例として数値計算手法を説明しています。電位差ゼロで有限系を平衡化した上で、ドットの左側全体と右側全体に異なる電位をそれぞれ一様にかけます。その後に電子が移動する時間発展を、時間依存密度行列繰込群を使って追います。(補遺Aで時間依存密度行列繰込群が概観されています。)すると初期の非平衡緩和に続き、電流が定常的となる状況が現れ、最後に系の有限性が顔を出します。そこで中間の定常的状況を非平衡定常状態とみなし、その時の電流を定常電流とします。この計算を繰り返すことによって電流電圧特性を得ます。以降、この手順を二重量子ドット系、ハバード模型、近藤格子系に適用し、それぞれで電流電圧特性などを得ました。 第3章では、直列二重量子ドット系の解析を報告しています。2つの量子ドットが直列に並んでいるため、(i) 左側ドットと左側導線の間、右側ドットと右側導線の間のそれぞれで近藤シングレットを組む状態、(ii) 左右ドットのスピンがそのままシングレットを組む状態、(iii) 左右ドットの軌道が結合・反結合状態を形成した上で、結合状態にシングレットが組まれる状態、の3つが考えられます。この系はこれまで主に近似計算で扱われており、直接的数値計算はほとんどありませんでした。それに対して本論文では、様々なパラメータ領域で電流電圧特性、微分コンダクタンス、結合軌道占有率、ドット間スピン相関を計算しました。それを基に、コンダクタンスのピークを境に(i)と(ii)-(iii)の間のクロスオーバーが起こることや、ピーク位置がパラメータによって移動する様子が結合・反結合軌道の形成に対応していることを議論しました。 第4章ではハバード模型の解析を報告しています。特にモット絶縁体の絶縁破壊を、バンド絶縁体の絶縁破壊と比較しています。両絶縁体とも、電位差がギャップを超えたところで電流が流れ始めることを示しました。なお、岡らによって、系全体に一様に電位差をかけた場合にはギャップの2乗に比例する閾値で絶縁破壊が起こることが示されていますが、本論文では電位差のかけ方が異なるために異なる結果が得られたと考えられます。(電位差のかけ方による結果の違いについて補遺Bで議論しています。)閾値より上の電位差では、モット絶縁体の電流がバンド絶縁体より抑制されること、また電位差を閾値でスケールしたときの電流のスケーリング関数がクーロン相互作用パラメータに依存しないことも示しました。 第5章では近藤格子系を表す周期的アンダーソン模型の解析を報告しています。この系の非平衡状態についてはこれまでに数値計算がほとんどありません。ここでは特に電流電圧特性のスケーリングに注目しています。絶縁破壊の電位差閾値が、モット絶縁体やバンド絶縁体と同じようにギャップに比例することを示しました。しかし、閾値以上での電流のスケーリング関数がパラメータに依存している点が第4章の結果と異なっています。電流がクーロン相互作用と共に抑制され、f電子系へのホッピングと共に増大する傾向を示しました。最後に第6章では全ての結果がまとめられています。 このように本論文では、様々な模型に対して一般的に非平衡定常状態を求める手順を確立しており、その成果は統計物理学や物性理論に対するオリジナルかつ重要な寄与と評価できます。またその結果は、電位差のかけ方は限定的ながら、強相関電子系における絶縁破壊に対して新しい示唆を与えています。なお、本論文は上田和夫氏・藤井達也氏との共同研究に基づきますが、桐野氏が主体となって研究を進めたものであり、寄与が十分であると判断します。 以上により、論文提出者の桐野俊輔氏に博士(理学)の学位を授与できると認めます。 | |
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