学位論文要旨



No 126696
著者(漢字) 横山,修一
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,シュウイチ
標題(和) N=4 Chern-Simons理論とその重力双対の諸相
標題(洋) Aspects of N=4 Chern-Simons Theories and Their Gravity Duals
報告番号 126696
報告番号 甲26696
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5641号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 相原,博昭
 東京大学 特任教授 堀,健太朗
 東京大学 准教授 大川,祐司
 東京大学 特任准教授 高柳,匡
内容要旨 要旨を表示する

我々は、超対称性が8個ある3次元Chern-Simons 理論とそれと等価と考えられるM理論との関係について研究した。我々の研究の意義は、近年提唱された、M理論に存在するM2ブレーンという物体のなす相互作用がChern-Simons 理論によって表される、という主張をある定めた設定の下で確認したことである。それと同時に、Chern-Simons 理論におけるバリオンやモノポールといった物体がM理論においてどのように表されるか提唱し、その主張を示すために様々な証拠を積み重ねたことである。具体的には、バリオンやモノポールといった物体は、M理論においてM5ブレーンやM2ブレーンといった物体で記述できることが分かった。

M 理論は11次元の理論で、超弦理論の強結合極限で実現される。超弦理論には矛盾のない理論が5つ存在し、現実を表すものがどれかよく分からないという問題があったが、M理論はその5つを統一する可能性を秘めた理論である。

M 理論ではメンブレーン(もしくはM2ブレーン)と呼ばれる、2次元空間に広がった物体が基本的な物体であると考えられている。しかし、そのメンブレーンが運動した世界体積上の場の理論では、超弦理論において弦の世界面のなす場の理論で可能であった、第一量子化や指導原理(量子論的対称性の要請)が確立していない。そのため、近年までメンブレーンの量子論的な側面の研究に大きな進展はなかった。

しかし、近年メンブレーンを複数考えた場合にそれらの間で生じる有効相互作用がChern-Simons ゲージ理論で表される、という主張が具体的なモデルと共に提唱された。このことにより、複数枚のメンブレーンを表す有効場の理論に大きな進展があり、その量子論的な性質が有効場の理論を通じて明らかにされつつある。

この提案を確かめる方法として、AdS/CFT 双対性があり、現在活発に研究されている研究分野である。この考え方は、メンブレーンの2通りの見方の等価性を主張する。すなわち、メンブレーンはその世界体積上で3次元ゲージ理論を表すが、11次元空間では質量をもった広がった物体であり時空間を曲げる。この時空の湾曲は11次元超重力理論によって記述される。メンブレーンを経由したAdS/CFT 双対性は、このメンブレーンをその上でゲージ理論を実現する物体であるという見方と11次元空間中で時空を曲げる物体である、という見方が等価であることを主張する。したがって、メンブレーンが超対称Chern-Simons 理論によって記述されているのであれば、その理論はメンブレーンの重力的な性質を再現するはずだからである。

我々は、このことを超対称性が8個ある超対称Chern-Simons 理論を用いて様々な角度から正しいことを確認した(表1[1-3])。この理論の重力双対と考えられる理論は、AdS4 ×X7 上のM理論である。ここで、X7は7次元球を離散群で割った空間で与えられる。

論文[1]において、我々は内部空間X7に巻きつくM ブレーンとそのChern-Simons 理論側の対応物を調べた。得られた結果は、表2における(i) から(iii)の対応である。これを以下順に説明する。

(i)はtwisted セクターに属するモノポール作用素と内部空間の2サイクルに巻きつくM2 ブレーンとの対応である。この対応は、我々が初めて提唱した対応であり、過去のAdS5/CFT4 対応や、BLG モデル(N=8)やABJM モデル(N=6)には現れない、N < 4のモデルに特徴的な対応であることを我々は指摘した。

(ii)は、N=4 Chern-Simons 理論における互いにSeiberg 双対であると考えられるクラスが、M理論側では内部空間の3 次ホモロジーで分類されることを示した。我々は、N=4 Chern-Simons 理論をtype IIB 理論のD3-, NS5, (1,k)5 ブレーンによって理論を設定し直すことで、互いにSeiberg 双対な理論のクラスを、5 ブレーンを連続的に動かすことで互いに移り合うものと捉え直した。このとき異なる種類の5 ブレーンが交差するときにD3 ブレーンが生成されるHanany-Witten 効果を考慮に入れてD3 ブレーン電荷を分類した。ここで異なる5 ブレーンの間にあるD3 ブレーン(分数D3 ブレーン)は、M理論側では3 サイクルに巻きつくM 5 ブレーンであることを指摘した。

(iii)では、バリオン作用素と2サイクルに巻きつくM 5ブレーンとの対応である。我々はこの対応の根拠として、縮退度が一致することや、バリオンの共形次元とM 5ブレーンの質量が一致することなどを示した。また、3 次元のゲージ理論ではU(1) 対称性がゲージ対称性として残ることを指摘し、このバリオン作用素がゲージ不変な作用素でないことを指摘した。さらに、ゲージ不変でない作用素が重力側に対応物をもつという事実についてAdS4/CFT3 対応において禁止されないことを議論した。

論文[2]において、表2における(i)の対応に対する証拠をさらに積み上げるべく、我々はChern-Simons 理論で超共形指数と、M理論側でAdS4多粒子指数を計算し一致するかどうか調べた。これらの指数は、理論のBPS スペクトルを特徴づけており、二つの理論が等価であれば一致すると期待されるものである。我々は、巻きついたM2 ブレーンの指数の寄与を試行錯誤で見つけてきて両方の指数を一致させることができることを示した。

論文[3]において、我々は巻きついたM2 ブレーンの指数の寄与を実際に求めた。すなわち、特異点集合上を運動する7 次元ベクトル多重項を表す作用を構成し、そのKaluza-Klein 解析を行うことによりそのスペクトルを求めた。このスペクトルから求めた指数は、論文[2]において試行錯誤で見つけてきたM2 ブレーンの指数の寄与と完全に一致することを示した。

審査要旨 要旨を表示する

弦理論における近年の最も大きな発展は、異なる次元で定義されたゲージ理論と重力理論(閉弦理論)の間の驚くべき等価性の発見とその展開である。その典型的な例は、4 次元の超共形ヤン・ミルズ理論と10 次元のAdS(反ドジッター) 時空中の閉じた超弦の理論の対応であり、精密な証拠が次々と得られている。もうひとつの重要な例として、3 次元の共形場理論と弦理論の背後に存在する11 次元のM理論の対応があるが、この対応についても、近年3 次元の共形場理論の正体が物質場と結合したChern-Simons 型のゲージ理論であることがわかってきたことを契機として、盛んに議論されるようになってきた。しかしながら、このゲージ理論は本質的に強結合理論であり、またM理論自体の理解が十分でないため、この対応を明らかにすることは依然として困難な課題である。

本博士学位論文は、従来主に研究されてきた場合よりも超対称性が低いN=4の円状クイヴァー型のChern-Simons 理論を取り上げ、そこに現れる新たなタイプのモノポール演算子がM理論側のM2 ブレーンと呼ばれる物体が時空の特異点に巻き付いた配位と対応しているという描象を提案し、両理論でそれらのスペクトルを詳細に計算・比較することにより、この対応を検証したものである。これはゲージ/重力対応の新たな拡がりを示したものとして非常に意義深い結果である。

本論文は、本論7章と技術的な補遺から構成されている。以下その概略を述べながら、本論文の審査の要旨を述べる。

第1章は序論であり、本研究の動機と意義、および本論文の構成が述べられている。第2章は、本研究の主題であるN=4 Chern-Simons 型ゲージ理論の構造を明らかにしている。この理論に存在する特別なU(1) ゲージ群に対応した電磁場F(10)はdual photon 場と呼ばれるスカラー場と等価であるが、この場を用いて、モノポール磁荷を持つ一連の演算子が構成できる。このうち、「対角的モノポール磁荷」を持ったものは、より高い超対称性を持つ理論にも現れたもので、この磁荷はM理論の立場からは11 次元方向の運動量と解釈できる。一方残りの「ツイストされたモノポール演算子」と呼ばれるものは、この理論特有のものであり、これがM理論中のM2 ブレーンが時空の特異点に巻き付いた配位と対応する、というのが本論文の主な主張である。そしてこの章で、その時空の特異点の構造と対応するゲージ理論の真空のモジュライ空間の構造がある特定のオービフォールドをなすことが示されている。第3章では対応するM理論側の超重力解が4 次元のAdS空間と7次元球をオービフォールド化した空間の直積であることが述べられ、その特異点の構造をホモロジー代数を用いて調べている。この情報からM2 ブレーンがどのように巻き付けるかがわかる。

第4章が本論文の要であり、巻き付いたM2 ブレーンとモノポール演算子との対応を「指数」と呼ばれる量を計算し比較することにより示している。「指数」とは、理論の状態を量子数によって分類しその重みおよびフェルミ・ボーズ性を区別する符号をつけて和をとった母関数のことであり、量子補正を受けないため強結合理論に対しても信頼できる量である。この量はゲージ理論側では「局所化」と呼ばれる数学的手法を用いて計算することができる。この方法は原理的にはよく知られたものであるが、モノポール演算子の寄与を取り入れさらにゲージ群のランクN が無限大になる極限を考察したのは本論文の新しい成果である。M理論側での指数を計算するには、超重力場の揺らぎのスペクトルの他に、新たにオービフォールド特異点に巻き付いたM2 ブレーンの励起を表す曲がった時空中のゲージ理論を導出してそのスペクトルを解析することが必要だが、本論文ではこれらを注意深く行い、指数の計算に成功している。そしてこうして得られたかなり複雑な両理論の結果が完全に一致することを示し、提唱した対応関係が正しいことを強く示唆した。

第5章ではクイヴァー理論のゲージ群が様々なランクを持つ場合の整合性を論じている。具体的には、ブレーン配位による理論の実現の立場とオービフォールド化された7次元球のホモロジーの解析の立場からの結果が等しいことを示し、本論文で提唱している見方が正しいことの傍証としている。第6章は、M2 ブレーンと双対なM5 ブレーンのゲージ理論側の対応物について論じており、時空の特異点に巻き付いたM5 ブレーンが、バリオン演算子と呼ばれる複合演算子に対応することを示唆しているが、より信頼性の高い議論は今後の課題であろう。第7章はまとめと展望に充てられている。

以上のように、本論文は、ゲージ理論と重力理論の対応という、当該分野における現在の最重要課題に関して、ひとつの新しい物理的描象を提案するとともに、それを高度な数理物理的な手法駆使して検証しており、博士学位論文にふさわしい内容を備えていると判断される。なお、本論文で得られている新しい結果は今村洋介氏との幾つかの共同研究に基づくが、そのいずれの研究においても論文提出者が主体的に拘わり十分な寄与をしていることを確認した。よって審査員一同博士(理学)の学位を授与できると認める。

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