学位論文要旨



No 126941
著者(漢字) 木村,匡臣
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,マサオミ
標題(和) 時空間的保存法(Chang法)の非一様開水路における非定常流数値計算への拡張と評価
標題(洋)
報告番号 126941
報告番号 甲26941
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3694号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 特任教授 久保,成隆
 筑波大学 教授 島田,正志
 東京大学 講師 飯田,俊彰
内容要旨 要旨を表示する

様々な水利施設を含む開水路システムにおける流れの解析は,農業用排水路の設計・管理,治水・利水や送水の効率を考える上で非常に重要な位置づけにある.また,跳水や限界流といった不安定な流れを含む場合も考えられることから,その予測は難しく,効果的な大規模水路系の解析手法の確立が望まれている.さらに,近年の環境意識の向上とともに,良好な河川の自然環境を取り戻そうという気運が高まっている.それに伴い,多自然型の河川・水路づくりが各地で進められており,河道断面形状を様々に変化させるなどの工夫が必要とされている.そのため,断面積が一様でない用排水路や自然河川において,様々な水理現象を正確に把握し,送排水の効率を検討する必要性が増してきている.

一般断面開水路の1次元非定常流れを表す方程式として,以下に示す連続式と運動量式(Saint-Venant方程式)をまとめたベクトル式を取り扱う.

ここで,U=(A, Q)T:保存変数,G=(Q, Q2/A+P1)T:物理流束,S=(0, P2+gA(S0-Sf))T:湧き出し項,A:断面積,Q:流量,g:重力加速度,S0:水路床勾配,Sf:摩擦勾配であり,P1は断面に作用する静水圧,P2は水路側面に作用する静水圧の流れ方向の分力を表す項である.

開水路の非定常流を対象とした従来の1次元数値計算手法では,差分式の風上化や流束制限関数の組み込みによる数値振動の抑制がおこなわれている(Sweby, 1984; Bermudez and Vazquez, 1994).さらに,微小長波の伝播方向に合わせて流束制限関数の計算に用いる格子点を変更することによって,常流・射流の混在する流れの計算における不安定性の問題は解決されている(Garcia-Navarro et al., 1992; Takaki, 2000).また,一様でない断面積をもつ開水路への差分アルゴリズムの拡張については,湧き出し項や,非一様化に伴う付加項に対する風上化をおこなうことにより,その対処がなされている(Vazquez-Cendon, 1999; Hubbard and Garcia-Navarro, 2000; Vukovic and Sopta, 2003).しかし,これらの手法は5点スキームであり,境界部計算においては解の外挿をおこなう必要があるのだが,その方法については明確にされていない.上記の手法が実務的な水理解析手法に至るまでに確立されていない原因の一つには,境界部計算の複雑さ・曖昧さが解決されていないことが挙げられる.

そこで,Molls and Molls(1998)によって開水路流れに導入されたChang(1995)による時空間的保存法(Chang法)を取り上げる.この手法は,各格子点に変数とその空間偏微分量が与えられるという特徴を持ち,その微分量を求める簡単なアルゴリズムの中に流束制限関数が組み込まれている.また,風上化の概念が不要な3点陽解法であるにもかかわらず,高い精度での計算が可能である.本研究ではまず,Chang法の計算アルゴリズムを理論的に拡張することにより,Chang法を用いた非一様開水路1次元非定常流数値計算のモデルを構築し,内点計算と同様の原理を用いた境界部の計算法について明確にした.つづいて,開発した新たな計算手法に対し,様々な流況における計算結果を理論解,水路実験結果,他の計算手法による計算結果と比較することにより,有効性の評価をおこなった.

・Chang法の原理

基礎方程式(1)の積分形は,Greenの定理を用いて次のように変形される.

図1に示すような格子システム上で,時空間半ステップずつの格子に囲まれた領域における物理量の分布をテイラー展開により評価し,(2)式の積分を計算することにより,情報が未知の格子点におけるUが求められる(図1破線矢印).さらに,流束制限関数の計算をおこなうことにより,空間微分量Uxが求められる.以上のプロセスを2段階おこなうことで,数値解が時間発展していく.

・Chang法のアルゴリズムの非一様開水路への拡張

まず,水路断面の非一様化に伴う付加項について明らかにした.それらは,側面に作用する静水圧の流れ方向分力を表す項,その空間偏微分項,断面積の空間偏微分項,水深の空間偏微分項である.これらの項をChang法の構成式中の諸微分量を求めるアルゴリズムに組み込むことにより,空間的な非一様性が表現可能なスキームへと拡張した.

さらに,非一様開水路における流れの静止状態を正確に計算するためには,内点計算において湧き出し項の分布を2次のテイラー展開により評価する必要があることを明確にした.その際,流れのある場合には2階微分項の影響は微小であることを考慮し,流れの静止状態における力のつりあいを表現するために必要な項のみを評価するようにした.この改良により,Chang法のアルゴリズムの過剰な複雑化を避けつつ,静止状態の表現が可能となった.

境界部の計算については,Chang法の構成式と境界条件を単純に連立して解くことが可能であることを示し,流量や水深が与えられる外部境界部,スルースゲートが設置されている場合の内部境界部の計算方法について明確にした.この境界部計算法は,基礎方程式である連続式と運動量式を同時に満たすことが可能であり,Chang法の特性を活かした方法である.また,勾配の変化部における内部境界計算には,2段階目において,境界部の前後の勾配を平均化し,内点と同様の計算をおこなう方法を用いた.この処理により,勾配の急変部において発生しやすい数値的な不安定問題の解決が可能となる.

・拡張した手法の有効性の評価

国際水理学会(1997)のWorking group on dam break modelingにより提案された,断面幅や水路床勾配が複雑に変化する矩形開水路形状を対象として,流れのない状況の計算をおこなった.その結果,すべての格子点において流速がゼロ,水位が一定となり,本手法が非一様開水路における流れの静止状態を厳密に再現可能であることを確認した.

つづいて,水路床勾配・水路底幅・法面勾配が様々に変化する台形断面開水路において,流れのある状況の計算をおこない,常流から射流への遷移部や跳水の発生部においても本手法は安定して計算可能であることを示した.また,逐次水面追跡法による水面形と,本手法による定常水面との比較をおこなったところ,両者は良好に一致することが確認された(例を図2に示す).

流れの非定常状態に対する手法の検証をおこなうために,一様な水路幅を持つ実験水路内に耐水ベニヤ板を設置し,図3のような断面幅の変化を有する水路を作成した.下流末端に設置されている可動堰の高さを変化させて内部に非定常流を作り出し,x =9.2(m),14(m)の2地点の水路中央に設置した容量式波高計により水深の時間変化を測定した.解析の際は対象区間をx =0(m)~14(m)とし,上流端境界条件として水路上流の四角堰により測定した流量を,下流端境界条件はx =14(m)地点で測定した水深の時間変化を与えた.本手法による計算結果と,Vukovic and Sopta(2003)のFDS法による計算結果に対し,常流・射流の両方の流れを含むx =9.2(m)地点における水深の時間変動を実測値と比較した(結果を図4に示す).

流れの非定常過程における評価を試みた結果,本手法(3点法)は5点法の高解像スキームと同等の精度で計算可能であることが明らかになった.

図1 格子システム

図2 定常水面比較結果

図3 実験水路概要

図4 x =9.2(m)地点における水深変動

審査要旨 要旨を表示する

近年の環境意識の向上に伴い,多自然型の河川・水路づくりが進められており,河道断面の形状を多様に変化させるなどの工夫を凝らした施工が各地で行われている.このような水路における1次元的な流れの数値計算(シミュレーション)を行うためには,水利システムに存在するゲート等の様々な水利施設を含む境界部の計算処理ができ,数値的安定性が保証された,高精度の数値計算手法が必要である.本論文は,Molls and Molls(1998)によって開水路流れに導入された,Chang(1995)による時空間的保存法(Chang法)の有する優れた特徴・可能性に着目し,その理論を拡張することにより非一様開水路1次元非定常流の数値計算モデルを開発し,拡張した手法の有効性について検証・評価をおこなったものである.

第1章では,まず研究の背景について述べ,非一様開水路における1次元非定常流の基礎方程式となる,連続式と運動量保存式の導出について説明した.つづいて,既存の数値計算手法の中で非一様開水路流れ計算への拡張がおこなわれている流束差分離法(FDS法)について詳細を述べ,それが実用化されていない原因,課題,特に境界部計算の方法が明確化されていない問題点について説明した.さらに,Chang法の有する特徴について説明し,研究の目的を述べた.

第2章では,Chang法のアルゴリズムの非一様開水路流れ計算への拡張をおこなった.まずChang法による離散化原理について説明し,断面形状の非一様性を表現するために考慮が必要となる物理量の空間偏微分項について整理して定義を述べ,これらの項の構成式中への組み込みをおこない,具体的な計算手順を明確にした.つづいて,拡張した構成式中の高次の微分項に対して,内点計算において省略が可能な部分の抽出をおこなった.その結果,非一様開水路における流れの静止状態を表現するために必要な部分が明らかになり,内点計算アルゴリズムが簡略化された.さらに,Chang法独自の特性を活用した境界部計算方法を提案し詳細を示した.この方法は構成式の一部と境界条件を単純に連立することにより境界部における数値解を得るものであり,連続式と運動量方程式の両方を同時に満足しながら境界部計算をおこなうことが可能である.これにより,他の離散化手法において課題となっている,境界部計算法の明確化が成し遂げられた.

第3章では,拡張したChang法の有効性の検証・評価をおこなった.まず,断面幅・水路床高が様々に変化する非一様水路を対象として,流れのない状況の計算を行った.その結果,本手法は精密な計算法の必要条件である静止状態の厳密な表現が可能であることが確認された.つづいて,上流から流量を与え,非一様開水路における静止状態から定常流形成までのプロセスを計算し,数値振動の発生しやすい流れの急変部に対する本手法の安定性を示した.さらに,定常流水面を逐次水面追跡法による水面形と比較し,両者が良好に一致することを確認した.また,スルースゲート部を含む流れや,壁面で反射する段波の計算結果を示し,本論文で明確にした境界部計算法が有効に機能することを明らかにした.流れの非定常過程における手法の検証には,非一様開水路において理論解が既知の流況がないため,本論文ではまず断面幅の変化を有する実験水路を作成し,そこで観測された流れの非定常過程における水深の時間変化を計算結果と比較した.その結果,本手法は実験結果を良好に再現可能であることが明らかになった.つづいて,非一様台形断面開水路におけるダム破壊波を計算格子幅を変えて計算し,格子幅を狭めた際の数値解の収束過程をみることにより,計算手法の精度の評価を行った.その結果,本手法と,既往の計算手法で最良と考えられるFDS法の計算結果が,同一の解に収束し,2つの計算手法の精度が同程度であることを示した.

以上のように本論文は,高精度で安定した数値解析を行うことが容易でない,非一様開水路における非定常流の新たな数値計算モデルを構築し,その有効性と精度について検証・評価をおこなったものである.その成果・結果は新規性が高く,技術的・学術的に貢献するところが大きい.よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文に値するものと認めた.

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