No | 127015 | |
著者(漢字) | 河村,代志也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワムラ,ヨシヤ | |
標題(和) | コピー数多型および一塩基多型の全ゲノム関連解析による日本人パニック障害の疾患感受性遺伝子の探索 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127015 | |
報告番号 | 甲27015 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3625号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.序文 パニック障害(PD)とは,パニック発作等を示す精神障害であり,家族研究や双生児研究から遺伝的関与が想定されている。本研究では,マイクロアレイを利用し,補完法(imputation)による一塩基多型(SNP)の全ゲノム関連研究(GWAS)とメタ解析を行い,また,コピー数多型(CNV)のGWASを行った。 2.方法 2.1.対象は,PD患者595名と対照626名からなる日本人1,221名であり,診断にはMINI精神疾患簡易構造化面接法を用いた。このうち,合併症のないPD患者は265名であった。また,メタ解析に用いるOtowaら(2009)の対象は,PD患者200名と対照200名の日本人400名であった。 本研究は,東京大学大学院医学系研究科ヒトゲノム・遺伝子解析倫理審査委員会の承認(No. 639)を受け,書面による説明同意を行った上で実施した。 2.2.SNP遺伝子型決定およびCNV検出 末梢白血球から分離精製したDNAをGenome-Wide Human SNP array 6.0にハイブリッドさせ,BirdseedとPennCNVでCNVを検出した。 2.3.品質管理(QC) 2.3.1.サンプル品質管理 対象あたりのSNP遺伝子型決定成功率(CR)< 0.95,3型のSNP遺伝子型の判別度合(CQC)< 0.4,不明確な性別,重複サンプルや第一度・第二度近親,日本人集団からの逸脱,および,対象あたりのCNV数 ≧1,000に該当する対象を除外した。 2.3.2.SNPデータ・クリーニング SNPあたりのCR < 0.95,劣性対立遺伝子頻度(mAF)< 0.01,ハーディ・ワインバーグ平衡検定のP値(P-HWE)< 0.001,Y染色体のSNPを除外した。 2.3.3.CNVデータ・クリーニング CNV長 < 100 Kb,信頼性得点(LOD)< 10,CNVあたりのプローブ数 < 10,X染色体とY染色体のCNVを除外した。また,BirdsuiteとPennCNVによるCNV検出一致率 ≦ 0.90のcommon CNVクラスター,および,共通領域に2つ以上のプローブが存在しないcommon CNVクラスターを除外した。 2.4.統計解析 SNP GWASでは,患者群と対照群の間のSNPの対立遺伝子(allele)の頻度の違いをχ2-testによって検定した。その際,HapMapデータを利用したcombined imputation and association analysisを行った。性染色体については女性のX染色体SNPのみを解析した。サブグループ解析では,合併症のない患者群と対照群の間の同様のSNP GWASを行った。 SNPメタ解析では,fixed-effects modelかrandom-effects modelを採用した。 CNV GWASでは,CNVをrare CNVとcommon CNVに分類した上で,rare CNVにはglobal burden analysisを行い,common CNVには,重なるCNVを同一クラスターとみなした上で,患者群と対照群の間のGWASを実施した。サブグループ解析では,合併症のない患者群と対照群の間の同様のCNV GWASを行った。 すべての統計解析にはPLINK software version 1.07を用いた。 3.結果 3.1.品質管理の結果 サンプルQCによって計60名が除外された。残った1,161名の対象は,患者群560名と対照群601名であった。また,常染色体の632,902 SNPsとX染色体の22,887 SNPs,および,3,855 DELsと4,763 DUPsのCNVがデータ・クリーニングを通過した。 サブグループ解析では,合併症のない患者群265名が品質管理を通過し,常染色体632,867 SNPs,X染色体22,881 SNPs,および,2,872 DELsと3,707 DUPsのCNVがデータ・クリーニングを通過した。 メタ解析では,Otowaら(2009)の患者群177名と対照群178名が品質管理を通過し,常染色体309,128 SNPsとX染色体6,589 SNPsの共通SNPがデータ・クリーニングを通過した。 3.2.補完法によるSNP全ゲノム関連解析 Combined imputation and association analysisによって,43 SNPs(サブグループ解析では22 SNPs)がP < 10(-4)の範囲に見出された。PD感受性遺伝子の候補を得るための候補SNPをP < 10(-5)の範囲から選択したところ,P=9.7×10(-6)~5.7×10(-7)の範囲の4つの候補SNP(部位)(rs6693836(1q25.3),rs11118918(1q32.2),rs17116165(5q33.2),rs6033574(20p12.1))が選択された。 3.3.CNV全ゲノム関連解析 Rare CNVには383 DELsと683 DUPsが,common CNVには2,858 DELsと2,974 DUPsが見出された。Common CNVは32 DELクラスターと43 DUPクラスターを構成し,DEL・DUP合計CNVの15クラスター,DELの15クラスター,DUPの4クラスターがCNV検出一致率 > 0.90を満たした。サブグループ解析では,rare CNVには281 DELsと514 DUPsが,common CNVには2,092 DELsと2,401 DUPsが見出され,common CNVは28 DELクラスターと45 DUPクラスターを構成し,DEL・DUP合計CNVの14クラスター,DELの11クラスター,DUPの8クラスターが一致率 > 0.90を満たした。 Rare CNVに対するglobal burden analysisの結果,DEL・DUP合計CNV,DEL,DUPについて,患者対照間で,対象あたりのrare CNV数の割合(RATE)やrare CNVを持つ対象数の割合(PROP)に有意差はみられなかった。 Common CNVクラスターGWASの結果,DEL・DUP合計CNVで,部位p11.2(P=6.1×10(-3))とq13.32-q13.33(P=7.1×10(-3))の2クラスターを見出し,候補common CNVクラスターとした。 4.考察 4.1.品質管理に対する附言 Log quantile-quantile P-value plot(QQ plot)によればgenomic inflation factor(λ)= 0.929であり,QC後の対象に集団構造化の影響は少ないと見積もられた。 4.2.SNP解析による候補遺伝子 4つの候補SNPのうち,rs6693836は100 Kb以内の近傍に遺伝子を持たなかった。Rs11118918の11 Kb近傍には,遺伝子CD34が存在した。 Rs17116165は,遺伝子SAP30L(SAP30-like)の3'端非翻訳領域(3'UTR)に位置した。SAP30Lの3'UTRに存在するSNPがmicroRNA(miRNA)による翻訳調節機構に影響を及ぼし,このため蛋白SAP30Lが構成するヒストン脱アセチル化酵素複合体(HDAC)の合成も影響を受け,結果的にHDACが他の遺伝子を転写する効率に影響を与える可能性が推察された。 Rs6033574は遺伝子SPTLC3のintron上に位置した。SPTLC3のintronにあるSNPがserine palmitoyltransferase(SPT)の合成に影響を与え,その結果,sphingolipid合成量の変化,5-HT1A受容体の結合能の変化をきたし,PDの発症につながる可能性が想定された。 サブグループ解析から見出されたrs3906652(P=2.0 ×10(-7))は,神経特異的に発現するPPP2R2Bのintron上に位置した。 メタ解析結果からは,候補SNPに挙げるべきP < 10(-5)を満たすSNPは見出されなかった。 4.3.CNV解析による候補遺伝子 Global burden analysisの結果から,rare CNVがPD患者全体に与える影響は乏しいと判断された。部位19q13.32-q13.33の候補common CNVクラスターの共通領域に,転写因子の遺伝子ZNF541が存在した。この多型が転写活性を変化させてPD発症に影響を与える可能性や,GABAAやNMDAの受容体の機能変化を介した亜鉛とPDの関連を推定させた。なお,サブグループ解析によるrare CNVもcommon CNVも全対象の解析結果と同様の傾向であった。 4.4.本研究の課題 見つからない遺伝率を見つけるためには,より均質なサンプルの規模増大に努め,ハプロタイプ解析,遺伝子間や遺伝子・環境因子間の交互作用の解析,GWAS pathway解析,次世代シークエンサーを用いた全ゲノム配列解析や全エクソーム配列解析が有効であると考えられた。 4.5.限界 本研究では,低いP値や弱いオッズ比の多型に対して検出力が不十分となりうる。Softwareの機能限界のため,性染色体については,女性対象のX染色体SNPの解析しか実施できていない。 5.結論 補完法によるSNP GWASから4つの候補SNPが,CNV GWASから2つの候補CNVが見出された。前者からCD34,SAP30L,SPTLC3が,後者からZNF541が候補遺伝子に挙がった。しかし,今回のスクリーニング研究単独では,多重検定を調整後に統計的有意性を示さなかった。よって,見出された候補遺伝子多型について,新たな対象で反復研究を行うだけでなく,新たな研究手法を導入する必要がある。 | |
審査要旨 | 本研究は日本人のパニック障害の発症において重要な役割を演じていると考えられる疾患感受性遺伝子を探索するため,高集積マイクロアレイを用いて,imputation法による一塩基多型(SNP)の全ゲノム関連解析と,SNPの全ゲノムメタ解析を行い,また,過去にパニック障害で報告例のないコピー数多型(CNV)の全ゲノム関連解析を行ったものであり,下記の結果を得ている。 1.Genome-wide combined imputation and association analysisの結果,P < 10(-4)の範囲に43 SNPsを見出した。このうち,P < ×10(-5)を満たした4つのSNP(部位; P値)(rs6693836(1q25.3; P=9.0 ×10(-6)),rs11118918(1q32.2; P=5.7 ×10(-7)),rs17116165(5q33.2; P=9.7 ×10(-6)),rs6033574(20p12.1; P=2.5 ×10(-6)))を候補SNPとみなした。候補SNPが位置する遺伝子または近傍にある遺伝子として,CD34(hematopoietic progenitor cell antigen CD34),SAP30L(SAP30-like)およびSPTLC3(serine palmitoyltransferase, long chain base subunit 3)を見出した。これらをパニック障害の感受性遺伝子の候補とみなした。 2.合併症のない対象に限定したサブグループ解析によるgenome-wide combined imputation and association analysisの結果からは,P < 10(-4)の範囲に22 SNPsを見出した。このうち,上記以外の一つの候補SNP(rs3906652(5q32; P=2.0 ×10(-7))を見出した。このSNPが位置するPPP2R2B(protein phosphatase 2 (formerly 2A), regulatory subunit B, beta isoform)を,パニック障害の感受性遺伝子の候補に,参考として挙げた。 3.CNVの全ゲノム関連解析の結果,global burden analysisによって,rare CNVはパニック障害患者群全体に有意な負荷を与えていないことが判明した。一方,common CNVに対する全ゲノム関連解析によって,パニック障害の感受性遺伝子の候補としてZNF541(zinc finger protein 541)を見出した。 以上,本論文はパニック障害において,マイクロアレイによるSNPとCNVの全ゲノム関連解析を行った結果から,パニック障害の発症に関わる疾患感受性遺伝子を明らかにしようと試みた。本研究はこれまで報告されていない候補遺伝子を見出すことをとおして,パニック障害の発症の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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