学位論文要旨



No 127143
著者(漢字) 富田,淑美
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,ヨシミ
標題(和) 新規9位修飾ピロニンY誘導体の光学及び構造特性の解析とその応用
標題(洋)
報告番号 127143
報告番号 甲27143
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1371号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 阿部,郁朗
 東京大学 准教授 杉田,和幸
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【序論】キサンテン環誘導体は古くから利用されてきた蛍光性の有機小分子であり、現在に至るまで蛍光化合物として広く利用されてきた。これまでに開発されてきたキサンテン環誘導体は9 位にベンゼン環を有するものがほとんどであるが、9 位にベンゼン環を持たないキサンテン環誘導体も少数ながら知られている。例えば9位にシアノ基を有するローダミン800は、同じキサンテン環構造を有するローダミン101と比較して約120nmも長い波長領域に吸収及び蛍光発光を有する色素であり、この9 位置換基の違いによる光学特性の変化は極めて興味深い(Figure 1)。

そこで私はキサンテン環9 位に様々な置換基を導入した新規ピロニンY誘導体を合成し、9 位置換基が光学的、構造的特性に及ぼす影響を調べると同時に、それらの知見を利用した新規蛍光プローブの開発を目的として本研究に着手した。

【本論】

1. 9 位修飾ピロニンY 誘導体の合成

キサンテン環の光学特性に9 位置換基が及ぼす影響について調べるため、ピロニンY (7)を出発原料として、9 位に様々な置換基を導入した誘導体を合成した(Scheme 1)。

2. 9 位修飾ピロニンY 誘導体の光学及び構造特性の解析

2-1. 光学特性の解析

合成したピロニンY 誘導体に加えて既知化合物である9-フェニルピロニンY (9)を合成し、9 位修飾ピロニンY 誘導体の光学特性を調べ、その性質を比較した(Table 1)。

その結果、9 位に電子吸引性の置換基を有するピロニンY 誘導体は、無置換のピロニンY 誘導体よりも長波長側に、電子供与性の置換基を有するピロニンY 誘導体は無置換のピロニンY 誘導体よりも短波長側に極大吸収を示した。その傾向として置換基の電子吸引性が大きければ大きいほど吸収波長がレッドシフトすることが明らかになった。

また、11 以外のピロニンY 誘導体は全て蛍光性を示した(φFL=0.033-0.39)。

2-2. 構造特性の解析

12はpH 6.0の水中においてキノイドフォーム(12a)に由来する吸収スペクトル(λabs=587nm)を示す。一方、12の重メタノール中での1H NMR スペクトルは、他のピロニンY 誘導体と大きくシグナルが異なり、12はキノイドフォーム (12a)ではなく9 位に特徴的なエチレニックフォーム (12b)をとることが示唆された (Figure 2)。

そこでエチレニックフォームがキノイドフォームのアルキル鎖1 位炭素からのプロトンの脱離により生じると考え、重DMF 中において2に塩基であるトリエチルアミンを添加し1H NMRを測定したところ、キノイドフォーム(2a) 由来のピークが消失しスペクトルの変化として、エチレニックフォーム(2b)に特徴的なピークの出現が確認された。また、2b 由来のピークは酸であるトリフルオロ酢酸を添加することによって消失し、それに伴い2a 由来のピークが現れた(Figure 3)。

3. 9 位修飾ピロニンY 誘導体の蛍光プローブへの応用

蛍光プローブとは標的分子の濃度や活性を蛍光特性の変化として検出する有機分子の総称であり、生細胞における生命現象を非侵襲的に解明するための強力なツールである。上述の光学特性を、標的分子との反応前後での蛍光性を変化させる方法として利用し、蛍光プローブの開発を行った。

3-1. エステラーゼプローブの開発

Table 1.に示すように9-エトキシカルボニルピロニンY (11)は無蛍光性、9-カルボキシピロニンY (6)は蛍光性である。この性質を利用し、エステル加水分解により蛍光性を獲得する蛍光プローブの創製を試みた。具体的には、エステル部位を様々なエステラーゼに対して高い反応性を示すアセトキシメチル(AM) エステルに変えた、9-AM カルボニルピロニンY (14)を合成した。14は、ブタ肝臓エステラーゼでの機能評価から、エステラーゼプローブとして機能することが明らかになった(Figure 4)。

3-2. ニトリルヒドラターゼプローブの開発

工業的にアクリロニトリルから生産されているアクリルアミドは大変有用な合成繊維の製造原料である。その生産には、微生物が産生するニトリルをアミドに変換するニトリルヒドラターゼを利用する方法が用いられており、より高活性な酵素を見出すことは製造効率の向上につながる。微生物に対し、ありのままの状態で酵素の発現を確認し、選別する方法が確立できれば、より高活性な酵素を探索する研究においてスループットの向上が期待できる。

そこで、9-シアノピロニンY (13)と9-カルバモイルピロニンY (10)の吸収・蛍光波長及び蛍光量子収率などの光学特性が大きく異なることに着目し、13 がニトリルヒドラターゼを標的とする蛍光プローブとして、ニトリルを水和する酵素反応を検出可能かどうか機能評価を行った。実験の結果、13はニトリルヒドラターゼの基質となり、10に変換されることによって、その蛍光性が大きく変化することが判明した(Figure 5)。

【結論】私は新規9 位修飾ピロニンY 誘導体を合成し、9 位置換基の電子吸引性を大きくすることで吸収波長が大きくレッドシフトする傾向を見出した。また新たな構造特性として、9 位にアルキル鎖を有するピロニンY 誘導体に、9 位にベンゼン環を有するピロニンYでは存在しない互変異性体が存在することを明らかにした。得られた知見を利用して、エステラーゼおよびニトリルヒドラターゼを標的とする蛍光プローブを開発することに成功した。

Figure 1. Chemical structures of rhodamine 800 and rhodamine 101.

Scheme 1. Synthetic schemes of pyronin Y derivatives.

Table 1. Photochemical properties of pyronin Y derivatives.

Figure 2. Acid-base equilibrium of 2 and 12.

Figure 3. 1H NMR analysis of acid-base equilibrium of 2. The DMF-d7 peak has been removed (*) to simplify the spectra.

Figure 4. (a) Enzymatic reaction of 14 with esterase. (b) Fluorescence spectral change of 14 after addition of porcine liver esterase (0.1 units/mL).

Figure 5. Time course of fluorescence spectral change of 13 after addition of Rhodococcus rhodochrous lysate including expressed nitrile hydratase. Fluorescence was measured with excitation at 565nm.

審査要旨 要旨を表示する

キサンテン環誘導体は蛍光性の有機小分子であり、現在に至るまで蛍光化合物として広く利用されてきた。これまでに開発されてきたキサンテン環誘導体は9 位にベンゼン環を有するものがほとんどであるが、9 位にベンゼン環を持たないキサンテン環誘導体も少数ながら知られている。そしてその光学特性は特徴的である。例えば、9位にシアノ基を有するローダミン800は、同じキサンテン環構造を有するローダミン101と比較して約120nmも長い波長領域に吸収及び蛍光発光を有する色素であり、この9 位置換基の違いによる光学特性の変化は極めて興味深い。本研究は、キサンテン環9 位に様々な置換基を導入した新規ピロニンY誘導体を合成し、9 位置換基が光学的、構造的特性に及ぼす影響を調べると同時に、それらの知見を利用した新規蛍光プローブを開発することを目的に行われた。

はじめにキサンテン環の光学特性に9 位置換基が及ぼす影響について調べるため、ピロニンYを出発原料として、9 位に様々な置換基を導入した誘導体を合成した。合成したピロニンY 誘導体および9-フェニルピロニンYの光学特性を調べ、その性質が比較検討された。その結果、9 位に電子吸引性の置換基を有するピロニンY 誘導体は、無置換のピロニンY 誘導体よりも長波長側に、電子供与性の置換基を有するピロニンY 誘導体は無置換のピロニンY 誘導体よりも短波長側に極大吸収を示した。その傾向として置換基の電子吸引性が大きければ大きいほど吸収波長がレッドシフトすることが明らかになった。また、キノイドフォームあるいはエチレニックフォームの特徴的な構造の解析も行われた。

上記の光学特性の知見に基づいて、9 位修飾ピロニンY 誘導体の蛍光プローブへの応用が検討された。独自の分子設計に基づいて開発されたエステラーゼプローブの機能が評価され、プローブとしての有用性が示された。

更に、ニトリルヒドラターゼプローブの開発が行われた。工業的にアクリロニトリルから生産されているアクリルアミドは有用な合成繊維の製造原料である。その生産には、微生物が産生するニトリルをアミドに変換するニトリルヒドラターゼを利用する方法が用いられており、より高活性な酵素を見出すことが製造効率の向上につながる。生きた状態の微生物で酵素の発現をモニターし、選別する方法が確立できれば、簡便に有用な酵素を探索できる。そこで、9-シアノピロニンYと9-カルバモイルピロニンYの吸収・蛍光波長及び蛍光量子収率の光学特性が大きく異なることに着目し、9-シアノピロニンYがニトリルヒドラターゼを標的とする蛍光プローブとして、ニトリルを水和する酵素反応を検出することが可能であるか否かの機能評価が行われた。検討の結果、9-シアノピロニンYがニトリルヒドラターゼの基質となり、9-カルバモイルピロニンYに変換されることによって、その蛍光性が大きく変化することが明らかになり、上記の酵素探索のスクリーニング系に応用できることが示された。

本研究において、新規9 位修飾ピロニンY 誘導体を合成し、光学特性を精査された。また新たな構造特性として、9 位にアルキル鎖を有するピロニンY 誘導体に、9 位にベンゼン環を有するピロニンYでは存在しない互変異性体が存在することを明らかにした。得られた知見を利用して、エステラーゼおよびニトリルヒドラターゼを標的とする蛍光プローブを開発することに成功した。これらの成果は薬学研究において意義ある知見であり、博士(薬学)に値するものと評価された。

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