学位論文要旨



No 127144
著者(漢字) 浅沼,大祐
著者(英字)
著者(カナ) アサヌマ,ダイスケ
標題(和) 精密診断および外科手術におけるイメージングガイダンスを可能とする新規蛍光プローブによるがん検出法の開発
標題(洋)
報告番号 127144
報告番号 甲27144
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1372号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】 がんは1981年より日本人の死因第1位となっている疾患であり、その死因の90%はがんの転移によると言われている。これらの治療法の1つとして病変の切除といった外科手術があり、より多くの病変を的確に切除することにより術後の5年生存率が高くなることが知られている。転移した病変を精度良く簡便に検出する手法は広く望まれ、本研究では、がんを特異的に光らせる蛍光プローブの開発に基づき、実際のがん診断への応用を念頭に病変の検出を目指した。

【本論】 従来の診断法では、一般的にがんに対して集積性を持つイメージング剤が用いられるが、そのシグナルは"always ON"であり、がん以外の部位でもシグナルを発するためT/B(tumor-to-background ratio)に限界がある(Fig. 1A)。そこで、がんを選択的に認識してシグナルがOFFからONへと変化する蛍光プローブを開発し(Fig. 1B)、標的とするがんをmm以下の精度で特異的に検出する手法の開発を行った。以下、2つの手法について報告する。

1. 酸性環境検出蛍光プローブを用いた、がんの特異的イメージング

本学修士課程において、がんで過剰発現が知られる受容体HER2に対して、結合後に細胞内に取り込まれ酸性細胞小器官へと輸送される抗体Herceptin、および、開発した酸性環境検出蛍光プローブを利用して、がんモデルマウスにおいて特異的にがんを検出する手法を開発した(Fig. 2)。本戦略はHER2/Herceptinの他、卵巣がんで過剰発現が知られるレクチンを標的として、結合後にエンドサイトーシスされるGSA(galactosyl human serum albumin)を用いてもがんの検出は同様に可能であった。

博士課程においては、実際のがん診断への応用を念頭に、蛍光内視鏡による病変のリアルタイムでの検出を行った。がんの転移の1つである腹膜播種を実験的に再現したマウスを用いて、腹腔鏡手術法を参考にして、麻酔下のマウスの腹腔内へ内視鏡を導入し、白色光および蛍光での腹腔内観察を行った(Fig. 3)。その結果、白色光観察下で識別が困難であった1mm程度のがんも蛍光で容易に検出可能であることが分かった。

また、本戦略で標的としている細胞内酸性環境はATP依存的に働くプロトンポンプによってはじめて維持されるため、生きている標的がん細胞のみが検出される。擬似的エタノール療法前後でのがんにおける蛍光プローブの蛍光強度を比較したところ、有意に蛍光が減少し、本蛍光プローブは治療効果の評価にも利用可能であると考えられる。

2. 酸性β-ガラクトシダーゼを標的とした蛍光プローブによる、がんの特異的イメージング

卵巣がん患者でよく見られる転移である腹膜播種を標的として、より明るく、そして早いタイムコースでの病変の可視化を目指した。先の手法でも腹膜播種の蛍光検出は可能であったが、"受容体介在性エンドサイトーシス"を動作原理としているため、精確な検出までにhrオーダーの"時間"を必要とし、また、デリバリーできる蛍光プローブの分子数に制限があり、"明るさ"に限界がある。腹膜播種に対しては腹腔内投与という局所投与が可能であり、薬剤の体内動態の制御が行いやすく、これまで体内動態の制御が難しかった有機小分子である蛍光プローブそのものが利用できる。

本研究において、ヒト卵巣がん由来の様々な細胞株で、ライセートを用いた実験から酸性β-ガラクトシダーゼ酵素活性が亢進していることを見出した(Fig. 4)。酸性β-ガラクトシダーゼとは、その酵素活性の至適pHをpH 5程度の酸性環境に有し、酸性細胞小器官であるリソソームで働く酵素である。従来、β-ガラクトシダーゼ蛍光プローブとしてFDG(Fluorescein di-β-D-galactoside)やTG-βGalなどが報告されているが、分子の水溶性が高く、細胞膜透過性に乏しいことや、有機アニオントランスポーターの基質になるなど、内在性の酸性β-ガラクトシダーゼ活性の検出は困難であった。これらの背景を踏まえて、本研究では蛍光プローブの母核としてロドールを選択し、また、蛍光制御原理として、分子内スピロ環化反応を利用した制御法に着目し、β-ガラクトシダーゼ蛍光プローブHMRCCF3-βGalを開発した(Fig. 5)。

本蛍光プローブは分子内スピロ環化反応の制御により、β-ガラクトシダーゼとの酵素反応前後でS/Nが1000倍を超え、また、従来困難であった、生細胞における酸性β-ガラクトシダーゼ活性の検出に成功した(Fig. 6A&B)。試した他3種のヒト卵巣がん由来の細胞株においても同様であった。また、各種卵巣がん由来の細胞を用いた腹膜播種モデルマウスで、蛍光プローブ投与1時間後に開腹して観察したところ、1mm以下のがんまで可視化され、肉眼で容易に検出できた。さらに、蛍光プローブ投与5分後という早いタイムコースにおいてもがんの検出は可能であった(Fig. 6C)。

【結論および今後の展望】 本研究では、抗体などの大分子(macromolecules)を利用した戦略(本論1)および小分子(small molecules)を利用した戦略(本論2)に基づくイメージング手法を開発した。いずれもモデルマウスにおいて1mm以下のがんまで特異的に可視化することに成功し、蛍光内視鏡による診断の他、病変切除のイメージングガイダンスとしての応用も充分期待できる。それぞれの戦略の特徴はTable 1のようになり、それぞれの標的に合わせて手法および分子標的を選択する必要がある。今後、臨床レベルでのこれらの手法の有効性について検討を行う予定である。

Figure 1. (A) Conventional and (B) activatable imaging strategies

Figure 2. pH-Activatable strategy for cancer specific imaging

Figure 3. Fluorescence endoscopy

Figure 4. β-Galactosidase activity in lysates of tumor cell lines and a control

Figure 5. Scheme for enzymatic activation of HMRCCF3-βGal

Figure 6. HMRCCF3-βGal detected endogenous acid β-galactosidase activity in live SHIN3 cells and visualized peritoneal metastases in the mouse models even at 5 min post- injection. (A) Confocal imaging with or without the probe. Scale bar, 50 μm. (B) Inhibition experiments of the probe fluorescence with 100μM β-GA as a β-galactosidase inhibitor and/or 10mM NH4Cl as a neutralizer of acidic environment in lysosome. Data are means ± SD from a single experiment in triplicate.*p < 0.005, **p < 0.001. (C) Fluorescence spectral imaging. Scale bar, 5mm.

Table 1. Characteristics of macromolecules or small molecules-based, activatable strategy for specific detection of tumors with fluorescence

審査要旨 要旨を表示する

がんは1981年より日本人の死因第1位の疾患であり、その死因の90%はがんの転移によると言われている。有力な治療法として病変の切除の外科手術があり、より多くの病変を的確に切除することにより術後の5年生存率が高くなることが知られている。転移した病変を精度良く簡便に検出する手法は強く望まれ、本研究では、実際のがん診断への応用を念頭に、がんを特異的に光らせる蛍光プローブの開発に基づき、病変の検出を目指した。

従来の診断法では、一般的にがんに対して集積性を持つイメージング剤が用いられてきたが、そのシグナルは"always ON"であり、がん以外の部位でもシグナルを発するためT/B(tumor-to-background ratio)に限界がある。そこで、がんを選択的に認識してシグナルがOFFからONへと変化する蛍光プローブを開発し、標的とするがんをmm以下の精度で特異的に検出する手法の開発を行った。本研究では以下の2種類の戦略について検討され,新たな手法が開発された。

酸性環境検出蛍光プローブを用いた、がんの特異的イメージング

本学修士課程において、がんで過剰発現が知られる受容体HER2に対して、結合後に細胞内に取り込まれ酸性細胞小器官へと輸送される抗体Herceptin、および開発した酸性環境検出蛍光プローブを利用して、がんモデルマウスにおいて特異的にがんを検出する手法を開発した。本戦略はHER2/Herceptinの他、卵巣がんで過剰発現が知られるレクチンを標的として、結合後にエンドサイトーシスされるGSA(galactosyl human serum albumin)を用いてもがんの検出は同様に可能であった。博士課程においては、実際のがん診断への応用を念頭に、蛍光内視鏡による病変のリアルタイムでの検出を行った。がんの転移の1つである腹膜播種を実験的に再現したマウスを用いて、腹腔鏡手術法を参考にして、麻酔下のマウスの腹腔内へ内視鏡を導入し、白色光および蛍光での腹腔内観察を行った。その結果、白色光観察下で識別が困難であった1mm程度のがんも蛍光で容易に検出可能であることが明らかになった。また、本戦略で標的としている細胞内酸性環境はATP依存的に働くプロトンポンプによってはじめて維持されるため、生きている標的がん細胞のみが検出される。擬似的エタノール療法前後でのがんにおける蛍光プローブの蛍光強度を比較したところ、有意に蛍光が減少し、本蛍光プローブは治療効果の評価にも利用可能であると考えられる。

酸性β-ガラクトシダーゼを標的とした蛍光プローブによる、がんの特異的イメージング

卵巣がん患者でよく見られる転移である腹膜播種を標的として、より明るく、そして早いタイムコースでの病変の可視化を目指した。先の手法でも腹膜播種の蛍光検出は可能であったが、"受容体介在性エンドサイトーシス"を動作原理としているため、精確な検出までにhrオーダーの"時間"を必要とし、また、デリバリーできる蛍光プローブの分子数に制限があり、"明るさ"に限界がある。腹膜播種に対しては腹腔内投与という局所投与が可能であり、薬剤の体内動態の制御が行いやすく、これまで体内動態の制御が難しかった有機小分子である蛍光プローブそのものが利用できる。

本研究において、ヒト卵巣がん由来の様々な細胞株で、ライセートを用いた実験から酸性β-ガラクトシダーゼ酵素活性が亢進していることを見出した。酸性β-ガラクトシダーゼとは、その酵素活性の至適pHを5程度の酸性環境に有し、酸性細胞小器官であるリソソームで働く酵素である。従来、β-ガラクトシダーゼ蛍光プローブとしてFDG(Fluorescein di-β-D-galactoside)やTG-βGalなどが報告されているが、分子の水溶性が高く、細胞膜透過性に乏しいことや、有機アニオントランスポーターの基質になるなど、内在性の酸性β-ガラクトシダーゼ活性の検出は困難であった。これらの背景を踏まえて、本研究では蛍光プローブの母核としてロドールを選択し、また、蛍光制御原理として、分子内スピロ環化反応を利用した制御法に着目し、β-ガラクトシダーゼ蛍光プローブHMRCCF3-βGalを開発した。

本蛍光プローブは分子内スピロ環化反応の制御により、β-ガラクトシダーゼとの酵素反応前後でS/Nが1000倍を超え、また、従来困難であった、生細胞における酸性β-ガラクトシダーゼ活性の検出に成功した。試した他の3種のヒト卵巣がん由来の細胞株においても同様であった。また、各種卵巣がん由来の細胞を用いた腹膜播種モデルマウスで、蛍光プローブ投与1時間後に開腹して観察したところ、1mm以下のがんまで可視化され、肉眼で容易に検出できた。さらに、蛍光プローブ投与5分後という早いタイムコースにおいてもがんの検出は可能であった。

本研究では、抗体などの大分子(macromolecules)を利用した戦略および小分子(small molecules)を利用した戦略に基づくイメージング手法を開発した。いずれもモデルマウスにおいて1mm以下のがんまで特異的に可視化することに成功し、蛍光内視鏡による診断の他、病変切除のイメージングガイダンスとしての応用も充分期待できる。今後、臨床レベルでのこれらの手法の有効性について検討を行う予定である。

これらの成果は薬学研究,特にがん研究において,非常に有用な知見であり、博士(薬学)に値するものと高く評価された。

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