学位論文要旨



No 127146
著者(漢字) 石合,宇
著者(英字)
著者(カナ) イシアイ,ヒロシ
標題(和) (-)-Tetrodotoxinの合成研究
標題(洋)
報告番号 127146
報告番号 甲27146
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1374号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 杉田,和幸
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】(一)-Tetrodotoxin(1, 以下TTXと略す)は、フグ毒として知られる海洋性天然物であり、筋肉や神経組織の細胞膜に存在する電位依存型ナトリウムチャネルを選択的に阻害する性質から神経生物学における標準的な試薬として用いられている。また小分子ながら、8個の連続する不斉中心と、オルトエステルおよびグアニジン部位を含むジオキサアダマンタン骨格を有する高度に官能基化された構造をもち、合成化学的にも非常に興味深い化合物である。今回筆者は独自の合成戦略に基づいた、TTXの新規合成法の確立を目指し本研究に着手した。

【過去の合成研究】これまでに当研究室では分子内Diels-Alder 反応を基軸とするTTXの合成研究が行われてきた(Scheme 1)。筆者は修士課程において市販のイソバニリン(2)を出発原料とし、9 工程にて分子内Diels-Alder 反応前駆体3を光学活性体として得る経路の開発を行った。また、それ以前にラセミ体にて次のような検討が行われてきた1)。すなわち、フェノール3に対してヨードベンゼンジアセテートを作用させることで分子内Diels-Alder 反応を行い、ビシクロ[2.2.2]骨格を有する化合物4を合成している2)。その後、ビシクロ2.2.2]骨格の立体的特性を活かし、各官能基を立体選択的に構築し5を得ている。ビシクロ骨格の開裂を行った後、オルトエステルとグアニジン部位を導入し、化合物7の合成を報告している。7は保護基の除去と一級水酸基のアルデヒドへの酸化のみでTTX へと導ける化合物であるが、筆者はより効率的なTTXの全合成を達成するために分子内Diels-Alder 反応成績体4 からの変換を再度検討することとした。

【シスジオールの構築と8 位の立体化学の制御】以前の合成研究では、8 位水酸基の立体化学の制御について、その前駆体であるケトンの上面と下面の立体障害の差が少ないことからその立体選択的な還元は困難を極めた。また、ビシクロ骨格開裂の足がかりとし、かつケトンの上面を遮蔽すべく4の三置換二重結合部位をジオールとすることが試みられたが、初期生成物であるシスジオールはトランスジオールへと異性化した(Scheme 2)。得られたトランスジオールはその炭素-炭素結合の開裂が困難であった。

そこで、筆者は三置換二重結合部位からシスジオールを構築すべく検討を行った(Scheme3)。まず、5 位に相当する位置に水酸基等価体としてパラメトキシフェノキシ基を導入した。その後、メチルボロン酸存在下オスミウム酸化を行うことで、ボロン酸エステルとしてシスジオール部位の構築に成功し9を得た2)。これは初期生成物であるシスジオールがレトロアルドール反応を起こすよりも前にボロン酸と脱水縮合を起こすことによるものである。8 位ケトンの還元は立体選択的に進行し、生じた水酸基をメトキシメチル基で保護して10とした。続くボロン酸エステルの除去は無水酢酸とピリジンを用いる条件に加え、フッ化物イオンを添加することで定量的に進行し、モノアセテート11とした。11は以前の合成中間体であり、同様に四置換二重結合部位の接触水素化を行うことで12を与えた。

【窒素原子の導入とビシクロ骨格の開裂】以前の合成研究では、窒素官能基の導入を化合物が多官能基化された合成の終盤で行っているが、今回は遊離した9 位水酸基を足がかりとし、窒素原子の導入をより早い段階で行うことで更なる効率化を目指した(Scheme 4)。具体的には9 位をカルボン酸等価体へと変換し、その後転位反応を行うことを計画した。まず、水酸基をケトンへと酸化し13とした。ケトンからカルボン酸等価体への変換にはBaeyer-Villiger 酸化が位置選択的に進行することを見出した。副反応としてパラメトキシフェニル基の酸化的除去が観測されたが、1,4-ジメトキシベンゼンを添加することによりこの問題を克服し、定量的に望みの七員環ラクトン14を得た。14の七員環ラクトンをアンモニアによって開環した後に、Hofmann 転位により環状カルバメート15とし、窒素官能基の導入を達成した。続いてビシクロ骨格の開裂を行った。まず、水素化アルミニウムリチウムを作用させトリオール16とした。16の一級水酸基のみをTIPS 基で保護した後に、四酢酸鉛で処理することで1,2-ジオールの開裂が進行し17 が得られた。続く、メトキシ基の選択的脱離は以前の合成研究での検討結果を参考に臭化マグネシウムを用いたが、17においてはメトキシ基の脱離は進行しなかった。パラメトキシフェノキシ基の脱離能の高さや酸性条件におけるメトキシメチル基の不安定性から炭素-炭素結合開裂後のメトキシ基の選択的脱離に困難が予想されたことので本合成経路を断念した。そして、これらを解決するために予め7 位水酸基を立体選択的に構築することとした。また、低収率に留まっているラクトンの還元は窒素官能基の導入よりも早い段階で行うこととした。

【7 位の立体化学構築とラクトンの早い段階での還元】7位の立体化学の構築において、ジメチルケタールの除去は各段階において困難であった。そこで、分子内Diels-Alder 反応の際にメタノール以外の求核剤を作用させることで穏和な条件で除去可能な混合ケタールを得ることを計画した(Scheme 5)

検討の結果、オルトニトロベンジル基4)を用いた際にケタールの開裂が可能であった。すなわち、オルトニトロベンジルアルコールを酸化剤と共に作用させることで混合ケタール20を得た。その後、同様の5工程を経ることで得られる21に対して、光照射を行うことでオルトニトロベンジル基の開裂を行い、溶媒を留去し得られるヘミケタールBをワンポットで酸性条件下還元することで22を得た。得られたアルコールをTES基で保護した後に、水素添加反応を行い、23とした。ここでラクトンを還元し、一級水酸基選択的にTIPS基で保護することで24を得た。続いて、ジオールの酸化的開裂を行い、ジカルボニル化合物25へと導いた。

以上、筆者はこれまでに当研究室で行われてきた分子内Diels-Alder反応を基軸とした(一)-TTX(1)の合成研究を基にいくつかの面で更なる効率化を達成した。

ボロン酸エステル化を用いることで、トランスジオールへの異性化を防ぎ、かつ化合物の上面を大きく遮蔽することで、4a、5、8位の立体化学を完全に制御することに成功した。また、窒素原子の導入においてはDess-Martin酸化、Baeyer-Villiger酸化を続けて用いることで、窒素原子導入の前駆体となるカルボン酸等価体へと2工程で導くことに成功し、結果として窒素原子導入にかける工程数を4工程削減した。また、7位水酸基の立体選択的構築に関しては、分子内Diels-Alder反応の際にo-ニトロベンジルアルコールを求核剤として作用させることで混合ケタールを合成し、それを光照射により除去することで解決した。今後は、以上の知見を統合することで効率的な(一)-TTX(1)の合成を達成する予定である。

1)M. Isomura, Ph.D. Dissertation, University of Tokyo (2007) 2)Liao, C-C.; Peddinti,R. K. Acc. Chem. Res. 2002, 35, 856; 3)Iwasawa N.; Kato T.; Narasaka K. Chem. Lett. 1988, 1721;4) Barltrop J. A.; Schofield P. J. J. Chem. Soc. Chem. Commun. 1966, 822.

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) PMPOH, K2CO3, MeCN, rt, 81%; (b) cat. OsO4, NMO, MeB(OH)2, CH2Cl2,rt; (c) NaBH4, THF-AcOH, 0 °C to rt; (d) CH2(OMe)2, P2O5, CH2Cl2, 0 °C, 68% (3 steps); (e) H2 (1000 psi),cat. Pd(OH)2/C, MS4A, EtOAc, 120 °C; (f) Dess-Martin periodinane, CH2Cl2, 0 °C, 83% (2 steps).

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) liq. NH3, THF, -78 °C; (b) DAIB, toluene, 0 to 70 °C, 72% (2 steps) (c) LiAlH4,THF, 0 to 40 °C, 38%; (d) TIPSCl, imidazole, DMF, 0 °C to rt, 86%; (e) Pb(OAc)4, benzene, rt.

Scheme 5

Reagents and conditions: (a) PMPOH, K2CO3, MeCN, 50 °C, 58%; (b) cat. OsO4, NMO, MeB(OH)2, CH2Cl2, rt; (c)NaBH4, AcOH, THF, 0 °C to rt; (d) CH2(OMe)2, P2O5, CH2Cl2, 0 °C, 62% (3 steps); (e) NH4F, Ac2O-pyridine, rt, 73%; (f)TESOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, -40 °C, 78%; (g) H2 (1000 psi), cat. Pd/C, MS4A, EtOAc, 100 °C, 85%; (h) LiAlH4, THF,-78 °C to rt; (i) TIPSCl, imidazole, DMF, rt, 63% (2 steps); (j) Pb(OAc)4, benzene, rt.

審査要旨 要旨を表示する

(一)-Tetrodotoxin(1, 以下TTXと略す)は、フグ毒として知られる海洋性天然物であり、筋肉や神経組織の細胞膜に存在する電位依存型ナトリウムチャネルを選択的に阻害する性質から神経生物学における標準的な試薬として用いられている。また小分子ながら、8個の連続する不斉中心と、オルトエステルおよびグアニジン部位を含むジオキサアダマンタン骨格を有する高度に官能基化された構造をもち、合成化学的にも非常に興味深い化合物である。石合はこれまでに当研究室で行われてきた独自の合成戦略に基づいた、TTXの新規合成法の確立を目指し研究を行ってきた。石合は修士課程において、重要中間体であるビシクロ[2.2.2]骨格を有する化合物2の不斉合成法を確立しており、博士課程においては引き続きビシクロ[2.2.2]骨格を有する化合物2 からTTX への変換の検討を行った。

以前の合成研究では、8 位水酸基の立体化学の制御について、その前駆体であるケトンの上面と下面の立体障害の差が少ないことからその立体選択的な還元は困難を極めた。また、ビシクロ骨格開裂の足がかりとし、かつケトンの上面を遮蔽すべく2の三置換二重結合部位をジオールとすることが試みられたが、初期生成物であるシスジオールはトランスジオール3 へと異性化した(Scheme 1)。得られたトランスジオールはその炭素-炭素結合の開裂が困難であった。

そこで、石合は三置換二重結合部位からシスジオールを構築すべく検討を行った(Scheme 2)。まず、5 位に相当する位置に水酸基等価体としてパラメトキシフェノキシ基を導入し、メチルボロン酸存在下オスミウム酸化を行うことで、ボロン酸エステルとしてシスジオール部位の構築に成功し4を得た。これは初期生成物であるシスジオールがレトロアルドール反応を起こすよりも前にボロン酸と脱水縮合を起こすことによるものである。8 位ケトンの還元は立体選択的に進行し、生じた水酸基をメトキシメチル基で保護して5とした。続くボロン酸エステルの除去は無水酢酸とピリジンを用いる条件に加え、フッ化物イオンを添加することで定量的に進行し、モノアセテート6とした。6は以前の合成中間体であり、同様に四置換二重結合部位の接触水素化を行うことで7を与えた。得られた二級水酸基をケトンへと酸化し8とした。このように石合はボロン酸エステルの導入により、シスジオール部位の構築と、化合物の上面を大きく遮蔽することに成功し、4a、5、8 位の立体選択的構築を達成した。

続いて窒素官能基の導入の効率化を行った(Scheme 3)。その中で石合はケトンからカルボン酸等価体への変換にはBaeyer-Villiger 酸化が位置選択的に進行することを見出した。副反応としてパラメトキシフェニル基の酸化的除去が観測されたが、1,4-ジメトキシベンゼンを添加することによりこの問題を克服し、定量的に望みの七員環ラクトン9を得た。9の七員環ラクトンをアンモニアによって開環した後に、Hofmann 転位により環状カルバメート10とし、窒素官能基の導入を達成した。続いてビシクロ骨格の開裂を行った。まず、水素化アルミニウムリチウムを作用させトリオールとした後に、一級水酸基のみをTIPS 基で保護した11とした。その後、四酢酸鉛で処理することで1,2-ジオールの開裂が進行し12を得た。このように本経路は窒素原子の導入に関して効率化がなされたが、7 位水酸基の構築に際しては以下のような問題が残された。すなわち、メトキシ基の選択的脱離は以前の合成研究での検討結果を参考に臭化マグネシウムを用いたが、12においてはメトキシ基の脱離は進行しなかった。パラメトキシフェノキシ基の脱離能の高さや酸性条件におけるメトキシメチル基の不安定性から炭素-炭素結合開裂後のメトキシ基の選択的脱離に困難が予想されたことから本合成経路を断念し、次のような解決策を見出した。

即ち、分子内Diels-Alder反応の際にメタノール以外の求核剤を作用させることで穏和な条件で除去可能な混合ケタールを得る方法である(Scheme 4)。検討の結果、オルトニトロベンジル基4)を用いた際にケタールの開裂が可能であった。先ず、オルトニトロベンジルアルコールを酸化剤と共に作用させることで混合ケタール15を得た後、同様の5工程を経ることで得られる16に対して、光照射を行うことでオルトニトロベンジル基の開裂を行い、溶媒を留去し得られるヘミケタールBをワンポットで酸性条件下還元することで17を得た。得られたアルコールをTES基で保護した後に、水素添加反応を行い、18とした。ラクトンの還元も窒素原子導入後では低収率に留まったので、この段階でラクトンを還元し、一級水酸基選択的にTIPS基で保護することで19を高収率で得ることに成功した。続いて、ジオールの酸化的開裂を行い、ジカルボニル化合物20へと導いた。

以上、石合はこれまでに当研究室で行われてきた分子内Diels-Alder反応を基軸とした(一)-TTX(1)の合成研究を基にシスジオール部位の構築、窒素原子の導入、7位炭素の立体選択的構築に関して更なる効率化を達成した。この成果は、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク