学位論文要旨



No 127154
著者(漢字) 坪郷,哲
著者(英字)
著者(カナ) ツボゴウ,テツ
標題(和) アルカリ土類金属触媒を用いる炭素-炭素結合生成反応の開発
標題(洋)
報告番号 127154
報告番号 甲27154
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1382号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 講師 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

アルカリ土類金属は、地球上に豊富に存在し人体に比較的無害であることが知られているが、これまで有機合成反応の触媒として用いられることはほとんど無かった。アルカリ土類金属の化学的特徴として、電気陰性度が低いことに起因して強いBronsted塩基性を有していることが挙げられる。さらには、第1族と第3族の間に位置していることより、Lewis酸性を有することが知られている。そこで、このアルカリ土類金属のBronsted塩基性とLewis酸性の両者をうまく活用する、新規キラルアルカリ土類金属触媒の開発を行った。

キラルアルカリ土類金属触媒は、大きく分けて3つに分類される(Figure5-1)。これらのキラルアルカリ土類金属触媒は、金属と配位子の間に(1)共有結合のみを有するもの、(2)共有結合と配位結合の両方を有するもの、(3)配位結合のみを有するものに分類される。これまでに結合様式1の触媒は知られていたものの、結合様式2および3の触媒は知られていなかった。また、バリウムはアルカリ土類金属の中でBronsted塩基性が最も強いもののイオン半径が大きいこと、配位数が多いこと、またLewis酸性が弱いことなどから、不斉修飾するのが困難であると考えられていた。筆者は、本博士課程において、バリウム塩およびカルシウム塩を用いた結合様式1の触媒、およびカルシウム塩を用いた結合様式3の触媒の開発を行い、有機合成反応に適用した。また、修士課程にて開発を行った結合様式2のビスオキサゾリン(Box)-カルシウム触媒の適用範囲の拡大を行った。

1.共有結合および配位結合を有したキラルアルカリ土類触媒の開発

まず初めに、これまでに開発した結合様式2の触媒であるBox-カルシウム触媒を用いて、4級不斉点の構築を行った。これまでに、Box-カルシウム触媒存在下、無置換、β位置換およびγ位置換グルタミン酸誘導体が高選択的に得られることを報告している。そこで、α位置換グルタミン酸誘導体の合成を行うべく検討を行った。従来の例では、アミノ酸Schiff塩基を用いると[3+2]付加環化体が得られてしまい、目的の1,4-付加体は全く得られてこなかった。そこで、[3+2]付加環化反応が進行しない基質であるシステイン誘導体(チアゾリン)を用いて検討を行った。Box-カルシウム触媒を用いて検討を行ったところ、システイン誘導体から高収率および良好なエナンチオ選択性で目的の化合物が得られた(Scheme5-1)。

さらに独自に開発した[3+2]付加環化反応を、C型肝炎の候補薬の中間体合成に適用した。また、Box-カルシウム触媒の触媒構造について詳細な検討を行い、メチレン架橋部位のプロトンが脱プロトン化した構造を明らかにし、この触媒は共有結合と配位結合の両方を有していることを明らかとした(Figure5-2)。

2.中性配位型カルシウム触媒を用いたニトロオレフィンへの1,3-ジカルボニル化合物の触媒的不斉1,4-付加反応の開発

次に、結合様式3の触媒であるカルシウムアリールオキシド(Ca(OAr)2)とピリジンビスオキサゾリン(Pybox)より調製される中性配位型カルシウム触媒の開発を行った。これまでは、キラルアルカリ土類金属触媒を構築するにあたり触媒を安定化するために、共有結合が不可欠であると考えられていた。一方で、アルカリ土類金属はLewis酸性を有することが知られている。そこで筆者は、このLewis酸性を用いれば中性配位子をアルカリ土類金属に配位させ不斉空間の構築が可能で有ると考えた。これを実証するため、ジカルボニル化合物のニトロオレフィンへの1,4-付加反応を選び、検討を行った。その結果、Ca(OAr)2に中性配位子であるanti-Ph2-Pyboxを組み合わせた触媒を用いると、高収率および高エナンチオ選択性で目的の1,4-付加体が得られてくることがわかった。本反応は、高い基質一般性を示すことも明らかにした(Scheme5-2)。

さらに、触媒の構造について、NMRを用いて検討を行った。その結果、観測されたピークの大多数は配位子のものであったが、触媒に由来すると考えられるピークも同時に観測された。次に、この触媒にマロン酸エステルを加えたところ、触媒であると考えられるピークが消失し新たなピークが観測された。この結果より、初めに得られたピークが触媒の

ものであることが強く示唆された。初めの測定では触媒のピーク趙あまり観測されなかったことより、カルシウムとPyboxの結合は弱いことが考えられる。さらに、得られたピークの対称性などから考察してカルシウムにPyboxが三座で配位したC2対称の構造を推定した(Figure5-3)。

3.Pybox-カルシウム触媒を用いた不斉反応の開発

先に開発したPybox-カルシウム触媒を用い適用範囲の拡大を行った。初めにアズラクトンを用いた反応の検討を行った。アズラクトンは、環構造を有していることよりα-プロトンのpKaが低く反応性に富んでいる。さらに酸性条件下加水分解することで、目的のアミノ酸が容易に得られる。これらの利点を活かすべく、アズラクトンを用いる1,4-付加反応の検討を行った。Pybox-カルシウム触媒存在下、アズラクトンのアクリル酸エステルへの1,4-付加反応の検討を行ったところ、高収率および良好なエナンチオ選択性をもって目的の1,4-付加体が得られた。さらに基質一般性の検討を行ったところ、広範囲の基質について中程度から良好なエナンチオ選択性で目的の化合物を得ることができた(Scheme5-3)。また、生成物を変換することで、α位に置換基を有するグルタミン酸を高収率で得ることができた。

さらに、Pybox-カルシウム触媒を不斉Mannich型反応に展開した。Pybox-カルシウム触媒存在下、マロン酸エステルにN-Bocイミンを作用させたところ、目的のMannich付加体が高収率で得られ、付加体のエナンチオ選択性も良好であった(Scheme5-4)。

4.塩基触媒を用いたインドールへの触媒的不斉Friedel-Crafts型アルキル化反応の開発最後に、キラルアルカリ土類金属触媒存在下、インドールを用いたFriedel-Crafts型アルキル化反応の検討を行った。生成するインドール誘導体は、医薬品の中間体やそれ自体、生理活性を有することから大変有用な化合物である。また、これまでこの触媒的不斉Friedel-Crafts型アルキル化反応において、Bronsted塩基を触媒として用いる例は報告されていなかった。そこでアルカリ土類金属塩と様々な配位子の検討を行ったところ、Taddel-カルシウム触媒およびH8-Binol-バリウム触媒有効な触媒として働くことを明らかとした(Scheme5-5)。

以上、筆者は本学博士課程において、アルカリ土類金属に着目し新規キラルアルカリ土類金属触媒の開発を行った。結合様式2の触媒としてBox-カルシウム触媒を開発し、結合様式3の触媒としてPybox-カルシウム触媒を開発した。さらに、他の塩基触媒に比べて報告例が少ないバリウム触媒の開発を行った。これら触媒を不斉反応に用いたところ高効率的に目的の化合物が得られた。これらの結果はユビキタス元素であるアルカリ土類金属の新たなる可能性を見いだしたものであり、これらの研究結果が今後の有機合成反応の分野の発展に大きく寄与することを期待する。

1) Tsubogo, T.; Saito, S.; Seki, K.; Yamashita, Y.; Kobayashi, S. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 13321.2) Tsubogo, T.; Yamashita, Y.; Kobayashi, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 9117.3) Poisson, T.; Tsubogo, T.; Yamashita, Y.; Kobayashi, S. J. Org. Chem. 2010, 75, 963.4) Tsubogo, T.; Kano, Y.; Ikemoto, K.; Yamashita, Y.; Kobayashi, S. Tetrahedron: Asymmetry 2010, 21, 1221.5) Tsubogo, T.; Kano, Y.; Yamashita, Y.; Kobayashi, S. Chem. Asian J. 2010, 5, 1974.

Figure 5-1. Types of Alkaline Earth Metal Catalysts

Scheme 5-1. Enantioseiective 1,4-Addition Reactions of a Cysteine Derivative with α,β-Unsaturated Compounds

Figure 5-2. Assumed Catalyst Structure

Scheme 5-2. Enantioselective 1,4-Addition Reactions of Dicarbonyl Compounds with Nitoroalkenes Using Cniral Calcium Catalysts with Neutral Coordinative Liaands

Figure 5-3. Assumed Catalyst Structure

Scheme 5-3. Enantioselective 1,4-Addition Reactions of Azlactones with Acrylic Esters

Scheme 5-4. Enantioselective Mannich-type Reactions of Malonates with Imines

Scheme 5-5. Enantioselective Friedel-Crafts-type Alkylation Reactions

審査要旨 要旨を表示する

金属触媒を用いて分子の基本骨格を構築する方法は、有機合成化学において極めて重要である。本論文は、地球上に豊富に存在し人体に比較的無害であることが知られているアルカリ土類金属に着目し、これを触媒として用いる様々な効率的反応の開発について述べたものである。

まず、本論文では、アルカリ土類金属の中でも最も汎用性の高いカルシウムを選び、キラルカルシウム触媒を、(1)共有結合のみを持つもの、(2)共有結合と配位結合の両方を持つもの、(3)配位結合のみを持つものの3つに分類している。

第一章では、(2)の型であるビスオキサゾリン (Box)-カルシウム触媒が、グリシンSchiff 塩基を用いたアクリル酸エステル誘導体との1,4-付加反応や[3+2]付加環化反応に適用できることを示し、これまで困難であった連続した不斉点の構築が容易にできることを示している。さらに、Box-カルシウム触媒の構造について研究し、メチレン架橋部位の活性プロトンの一つがカルシウムにより脱プロトン化され、カルシウム-窒素原子共有結合を形成し、もう一方の窒素原子は、カルシウム-窒素原子間で配位結合を形成し触媒を安定化しているアニオン性錯体触媒の構造を、NMR 実験などにより明らかしている。

キラルアルカリ土類金属触媒を構築する上で、それまで共有結合が不可欠であると考えられていたが、一方で、アルカリ土類金属にはBronsted 塩基性に加えてLewis酸性があることが知られている。アルカリ土類金属は、空のf 軌道を有していることより窒素原子などの非共有電子対がアルカリ土類金属に配位することが可能である。そこで、第二章では、これらの背景を元に(3)の型である配位結合のみで不斉修飾した触媒について検討している。

1,3-ジカルボニル化合物のニトロオレフィンへの1,4-付加反応は、γ-ニトロカルボニル化合物を生成し、アミノ酸合成において有用である。これまでに様々な触媒が開発されているが、収率や選択収率、基質一般性の面で、必ずしも満足できる結果を与えていない場合もある。そこで本論文では、まず、マロン酸メチルとβ-ニトロスチレンとの反応を用いて種々の反応条件を検討し、カルシウムアルコキシド(Ca(OiPr)2)と中性配位型配位子であるピリジンビスオキサゾリン (Pybox)を用いることにより不斉発現が見られることを明らかにしている。さらに様々なPyboxの検討を行い、オキサゾリン環の4,5 位にフェニル基を有するもの、中でもantiに位置したものが最も良いエナンチオ選択性で目的の化合物を与えることを明らかにしている。さらに、カルシウムアリールオキシド (Ca(OC6H4OMe)2)を用いると収率の改善が見られ、-20 度Cにて反応を行うと最も良い結果が得られることも示している。本反応は、電子供与性基もしくは電子求引性基を有する芳香族、ヘテロ芳香族および脂肪族を有するいずれのニトロオレフィンを用いても、反応が効率的に進行することが特徴である。さらに、ケトエステルやα-位に置換基を有する基質においても、高エナンチオ選択的に目的の化合物が得られることを見いだしている。また、Pybox-カルシウムの触媒構造に関しては、ピリジン環および二つのオキサゾリン環の三つの窒素原子がカルシウムに三座で同一平面上に配位している構造を提唱し、さらにNMRを用いた検討により、配位子とカルシウムの相互作用が弱いことを示唆している。本検討により、これまでアルカリ土類金属を不斉修飾するにあたって必要不可欠と考えられてきた共有結合が必ずしも必要ないことを示し、今後、様々な中性配位型配位子を用いることができる可能性を明らかにしている。

続いて第三章では、これまでに開発したPybox-カルシウム触媒を他の反応へ適用している。まず、アズラクトンのアクリル酸エステルへの1,4-付加反応の検討を行い、医薬品および化学製品の中間体として、また、それ自身に生理活性を有する有用な化合物であるグルタミン酸誘導体を、良好なエナンチオ選択性をもって得ることに成功している。さらに、Pybox-カルシウム触媒が、マロン酸エステルとBoc イミンの反応にも適用できることを明らかにしている。

バリウムは、安定に存在できるアルカリ土類金属の中で最もBronsted 塩基性が強い一方で、イオン半径が大きく多配位であることから、それまで不斉触媒として用いられた例は限られていた。第四章では、これまでに例のないバリウムアミド(Ba(HMDS)2)に注目し、新規不斉触媒の創製を行っている。この触媒存在下、インドールのカルコン類への不斉Friedel-Crafts 型アルキル化反応が円滑に進行し、医薬品合成などに有用な合成中間体であるインドール誘導体が、高いエナンチオ選択性をもって合成できることを明らかにしている。

以上、本論文は、アルカリ土類金属に着目し、いくつかの新規アルカリ土類金属触媒の開発に成功している。この中で、これまで不可能であると考えられていた中性型配位子を用いた中性配位型アルカリ土類金属触媒の創製に初めて成功した点は高く評価される。さらに、バリウムアミドを用いることにより、新たな触媒の調製が可能であることも明らかにしている。よって、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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