学位論文要旨



No 127155
著者(漢字) 益子,智之
著者(英字)
著者(カナ) マシコ,トモユキ
標題(和) 新規ランタン/アミド触媒を用いた触媒的不斉反応の開発
標題(洋)
報告番号 127155
報告番号 甲27155
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1383号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 花岡,健二郎
内容要旨 要旨を表示する

1.N-無保護マロナメートを求核剤として用いた触媒的不斉アミノ化反応の開発と反応機構解析

触媒的不斉アミノ化反応は窒素原子に結合した不斉4置換炭素中心を効率的に構築可能であり、特に医薬品合成に有用な反応である。私は本学修士課程において、硝酸ランタン水和物とバリンより容易に合成可能なアミド配位子(R)-2、バリンtBuエステルの3成分からなる触媒を開発し、N-無置換のスクシンイミド誘導体1とジtBuアゾジカルボキシラートによる不斉アミノ化反応が高い収率かつ立体選択性にて進行することを見出している1,2。アミノ化生成物は近い将来臨床応用が期待されている糖尿病合併症治療薬AS-3201(ranirestat)へと効率的に導くことが可能である(Scheme 1)。博士課程において、本アミノ化反応の基質適用範囲の拡張及び反応機構解析を皮切りに本触媒系の有用性拡大を目指した。

1の構造・官能基特性に着目し種々の基質を検討したところ、1と同様にアミドのtrans位に水素原子を有するN-無置換マロナメート3(Figure 1)に対する触媒的不斉アミノ化反応が高収率かつ高立体選択性にて進行することを見出した(Table 1)。本反応は主にα位にアリール基、ヘテロアリール基を有する基質に対して有効であり、10mol%の触媒存在下、空気中にて円滑に進行し最高>99%収率、>99%eeにて目的のアミノ化体を与えた。硝酸ランタンに対し3当量のNEt3を添加した際に触媒能の向上が観測され、電子吸引基を有するアリールマロナメートを基質としたアミノ化反応がわずか1mol%の触媒量にて良好に進行した(entry 5,7)。本反応生成物は光学活性α-ジ置換アミノ酸エステル誘導体ならびに光学活性ジ置換ヒダントイン誘導体へと容易に変換可能であった。

続いて本触媒反応の反応機構解析を行った。触媒構造に関する知見を得るために触媒のESI-MS測定を行ったところ、配位子を含まないピークが多く観測される中La/配位子/バリンエステル=1/1/1由来のピークが観測された(Figure 2)。さらに1H NMR実験、CDスペクトル解析を行ったところ、触媒は配位子そのものと同様のスペクトルパターンを示した。以上の結果より、触媒成分は金属・配位子間で配位と解離を繰り返す平衡下に存在し、不利な平衡より生じたわずかなLa/配位子/バリンエステル=1/1/1のみが触媒活性種として機能しているものと示唆された。

次にバリンtBuエステルの役割を調べるためにバリンエステルとNEt3を混合した条件にて検討を行った(Table 2)。NEt3単独で検討した際、バリンエステル単独の場合に比べ反応初速度及び立体選択性はともに低下した(entry1vs2)。一方、バリンエステル/NEt3=1/2にて混合した条件にて検討を行った場合、バリンエステル単独の場合と同程度の反応速度及び立体選択性にて反応が進行した(entry1vs3)。この結果ならびにESI-MSの結果より、バリンtBuエステルは塩基として配位子のフェノールの脱プロトン化を行い触媒活性種の生成に寄与するのみでなく、配位子として金属に配位し反応性・選択性の向上に貢献していると考えられる。

以上の実験結果を踏まえた推定反応機構をFigure 3に示す。動的平衡下に存在する触媒より、Aに示す触媒活性種がわずかながら生じる。その後Aに対し基質3及びアゾジカルボキシラートが配位し、Bに示すような高度に組織化された遷移状態をとることで高い立体選択性にて反応が進行するものと考察している。結合定数が大きい安定な金属錯体をとることなく、このように配位と解離を繰り返す動的平衡下にある構造的に柔軟な触媒は今まで報告例が少なく更なる展開が期待される。

2.ランタン/銀ヘテロバイメタリック触媒を用いた触媒的不斉Conia-ene反応の開発

活性化されていないアルキンに対するエノラートの触媒的不斉付加反応(Conia-ene反応)は不斉4級炭素を生成可能である有用な炭素骨格構築反応である。しかしながら、アルキンの低い求電子性に起因する低反応性のため報告例が少ない。β-ケトエステルを基質として用いた分子内触媒的不斉Conia-ene反応は2例の報告例があるものの基質一般性ならびに反応性は乏しく更なる開発が望まれる4。Conia-ene反応は一般的にアルキンをソフトなルイス酸により活性化することで進行するが、その反応機構として金属アルキン錯体に対して求核剤が攻撃する機構(Figure 4A)、エノラートとアルキンの両方が同一金属に配位した後にcisカルボメタレーションにより反応が進行する機構(Figure 4B)の2つが提唱されている。先の2例は何れも機構Bで進行することが報告されている。そこで私はFigure 4Cに示すようにソフトルイス酸/ハードルイス酸ヘテロバイメタリック触媒を用いることでソフト金属アルキン錯体に対してハード金属エノラートが求核攻撃するといったように、同時に2つの異種金属による活性化が可能な触媒の設計により、効率的な反応促進が実現可能と考え研究に着手した。

基質をマロナメート4に、ハード金属源をLa(OiPr)3と配位子(S)-2に設定しPPh3存在下ソフト金属源の検討を行った(Table 3)。その結果、10mol%の酢酸銀を用いた際にTHF中50℃にて反応が進行し89%収率35%eeにて目的の生成物を与えた(entry 2)。さらに酢酸エチルを溶媒として用いた際に収率及び選択性の向上が観測され、50℃では>99%収率63%ee、0℃では63%収率90%eeにて各々反応が進行した(entry 5,6)。本反応は銀触媒のみもしくはランタン触媒のみでは低収率に留まることから、両金属による協同的な活性化が重要であることが示唆される(enrty 7,8)。また基質としてβ-ケトエステル5を用いた場合、2mol%の触媒量にて反応は進行し83%収率94%eeにて目的の生成物を与えた(Scheme 2)。

重水素化実験より基質とAg/Laヘテロバイメタリック触媒は系中で銀アセチリドを生成するものの、平衡が存在するためアルキン及び銀触媒へ戻ることが示された、従来、銀アセチリドは安定な固体を形成し沈殿しやすいことが知られているが塩基性La触媒存在下でも不可逆的な銀アセチリドの生成を防ぐことができたのは特筆に値する。

1) Mashiko, T.; Hara, K.; Tanaka, D.; Fujiwara, Y.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 11342.2) Mashiko, T.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2008, 10, 2725.3) Mashiko, T.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 14490.4) (a) Kennedy-Smith, J. J.; Staben, S. T.; Toste, D. F. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 17168.(b) Yang, T.; Ferrali, A.; Sladojevich, F.; Campbell, L.; Dixon, D. J. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 9140.

Scheme 1. Catalytic Asymmetric Amination with 1

Figure 1. Substrate Scope Expansion

Table 1. Substrate Generality of Catalytic Asymmetric Amination

Figura 2. ESI-MS Analysis of La (NO3)3/(R)-2/H-D-Vat-OtBu Catalyst

Table 2. Examination of Base Effect

Figure 3. Proposed Catalytic Cycle

Figure 4. Reaction Mechanisms of Conia-ene Reaction

Table 3. Conia-ene Reaction with Heterobimetallic Catalyst

a Determined by 1H NMR with Bn2O as internal standard.

b At0℃. cWithout La(OiPr)3 and(S)-2.

Scheme 2. Conia-ene Reaction with β-Keto Ester

審査要旨 要旨を表示する

益子智之は、「新規ランタン/アミド触媒を用いた触媒的不斉反応の開発」というタイトルで、主に以下の2つのトピックスについて研究を行った。

1.N-無保護マロナメートを求核剤として用いた触媒的不斉アミノ化反応の開発と反応機構解析

触媒的不斉アミノ化反応は窒素原子に結合した不斉4置換炭素中心を効率的に構築可能であり、特に医薬品合成に有用な反応である。益子は、硝酸ランタン水和物とバリンより容易に合成可能なアミド配位子(R)-2、バリンtBuエステルの3成分からなる触媒を開発し、N-無置換のスクシンイミド誘導体1とジtBuアゾジカルボキシラートによる不斉アミノ化反応が高い収率かつ立体選択性にて進行することを見出した。アミノ化生成物は近い将来臨床応用が期待されている糖尿病合併症治療薬AS-3201(ranirestat)へと効率的に導くことが可能であった(Scheme 1)。

さらに、本アミノ化反応の基質適用範囲の拡張及び反応機構解析をおこなった。その結果、1と同様にアミドのtrans位に水素原子を有するN-無置換マロナメートに対する触媒的不斉アミノ化反応が高収率かつ高立体選択性にて進行することを見出した(Table 1)。本反応は主にα位にアリール基、ヘテロアリール基を有する基質に対して有効であり、10mol%の触媒存在下、空気中にて円滑に進行し最高>99%収率、>99%eeにて目的のアミノ化体を与えた。硝酸ランタンに対し3当量のNEt3を添加した際に触媒能の向上が観測され、電子吸引基を有するアリールマロナメートを基質としたアミノ化反応がわずか1mol%の触媒量にて良好に進行した。本反応生成物は光学活性α-ジ置換アミノ酸エステル誘導体ならびに光学活性ジ置換ヒダントイン誘導体へと容易に変換可能であった。

2.ランタン/銀ヘテロバイメタリック触媒を用いた触媒的不斉Conia-ene反応の開発

活性化されていないアルキンに対するエノラートの触媒的不斉付加反応(Conia-ene反応)は不斉4級炭素を生成可能である有用な炭素骨格構築反応である。しかしながら、アルキンの低い求電子性に起因する低反応性のため報告例が少ない。益子は、ソフトルイス酸/ハードルイス酸ヘテロバイメタリック触媒を用いることで、ソフト金属アルキン錯体に対してハード金属エノラートが求核攻撃する効率的な反応促進が実現可能と考え研究に着手した。

基質をマロナメートに、バード金属源をLa(OiPr)3と配位子(S)-2に設定し、PPh3存在下ソフト金属源の検討を行った結果、10mol%の酢酸銀を用いた際にTHF中50℃にて反応が進行し89%収率35%eeにて目的の生成物を与えた(entry2)。さらに酢酸エチルを溶媒として用いた際に収率及び選択性の向上が観測され、50℃では>99%収率63%ee、0℃では63%収率90%eeにて各々反応が進行した(entry 5,6)。本反応は銀触媒のみもしくはランタン触媒のみでは低収率に留まることから、両金属による協同的な活性化が重要であることが示唆された(enrty 7,8)。また基質としてα-ケトエステル5を用いた場合、2mol%の触媒量にて反応は進行し83%収率94%eeにて目的の生成物を与えた(Scheme 2)。

以上のように、益子の業績は医薬品等の生物活性化合物の触媒的不斉合成に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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