学位論文要旨



No 127157
著者(漢字) 本島,和典
著者(英字)
著者(カナ) モトシマ,カズノリ
標題(和) マルチ創薬テンプレート手法の有用性の実験的実証 : 新規生理活性物質の創出と選択性の付与
標題(洋)
報告番号 127157
報告番号 甲27157
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1385号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 特任教授 磯貝,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

【第1章 研究背景】

マルチ創薬テンプレート手法とは、ヒト生体内には5-7万種のタンパク質が存在する一方で、それらの化学的性質を無視した三次元的立体構造(フォールド構造)の数は約1000種と数に限りがあることに着目した生理活性物質創出法である。当研究室ではサリドマイド(Figure 1)をマルチ創薬テンプレートとして用い、構造修飾を行うことにより、多岐に渡る生理活性物質の創製に成功している。しかし、リード化合物であるサリドマイドがマルチターゲットなものであることから、見出した化合物のタンパク質問の選択性が問われることもあった。そこで私はマルチ創薬テンプレート手法の生理活性物質創出における有用性を実証すべく、標的疾患に糖尿病を選択し、新規生理活性物質の創製に加え、各種タンパク質に対する選択的リガンドの創製を目指すことにした。

【第2章 LXRアンタゴニスト活性とα-glucosidase 阻害活性の作用分離、LXRα選択的アンタゴニストの創製】

当研究室ではサリドマイドを構造展開することにより、α-glucosidase阻害活性とLXRアンタゴニスト作用を併せ持つPP2Pを創出している。α-glucosidaseは糖のα-グリコシド結合の加水分解を触媒する酵素である。一方、LXRは核内受容体スーパーファミリーの1つであり、α,βの2つのサブタイプが存在し、コレステロールや糖のホメオスタシスに関わっている。近年多くのLXRリガンドの開発が行われているがN既存のLXRアゴニストの副作用として血中トリグリセリド(TG)濃度の上昇が問題となっている。そのような中、血申TG濃度の上昇はLXRαの寄与が大きいという報告がなされた。LXRの更なる機能解明、および血中TG濃度上昇の回避のためにLXRα選択的アンタゴニストが必要であると考えられる。6そこでまずPP2Pをリードとしてα-glucosidase阻害活性とLXR活性の作用分離、そしてLXRα選択的アンタゴニストの創製を目指した。

PP2Pと同様にα-glucosidase阻害活性とLXR活性を併せ持っ化合物としてriccardin Cが知られている。そこで私はPP2Pとriccardin Cとの間に共通部分構造が存在するのではないかと考え、phenethylphenyl phthalimide(PPP)骨格をデザインし、種々誘導体を合成した(Figure2)。

その結果、LXRα選択的アンタゴニスト(1)およびLXR選択的アンタゴニスト(2,3)、α-glucosidase選択的阻害剤(4,5)の創製に成功した(Figure3)。

【第3章 Glycogen phosphorylase 阻害剤の創製】

Glycogen phosphorylase (GP)は肝臓に貯蔵されているglycogen からglucose-1-phosphateを遊離させる酵素であり、高血糖症の治療標的として考えられている。そこで、α-glucosidase、LXRと同様に糖を認識する酵素であるGPに対してα-glucosidase 阻害活性とLXR活性を併せ持つPPP誘導体が活性を示すのではないかと考え、これまでに見出したPPP骨格を有する化合物のGP阻害活性を評価した。その結果、化合物6にポジコンであるDABの約40倍の高活性が認められた(Figure4)。

【第4章 DPP-IV阻害剤の創製】

Dipeptidyl peptidase-IV(DPP-IV)はインスリン分泌を促進するglucagon-like peptide 1を分解する酵素であることから、DPP-IV阻害剤は抗糖尿病薬として期待されている。当研究室ではこれまでにサリドマイドの構造展開によりphthalimide骨格を有するDPP-IV阻害剤PPS-33、5APP-33を見出している(Figure5)。また、PPS-33は弱いDPP-IV』阻害活性以外にもα-glucosidase阻害活性、LXRアンタゴニスト活性、5APP-33はα-glucosidase阻害活性を有している。そこで、先に創製したPPP誘導体もLXRアンタゴニスト活性とα-glucosidase阻害活性を有していることから、これらの中にDPP-IVに対しても阻害活性を示す化合物が存在すると考えた。

PPP誘導体からスクリーニング、構造展開を行ったところ、強力なDPP-IV阻害活性を有する7、8の創出に成功した(Table 1)。また、活性が認められたPPP誘導体についてLineweaver'Burkplotを行ったところ、阻害様式は非競合であることが明らかとなった。

DPP-IVと同じファミリーに属するDPP-8はその阻害により脱毛、血小板減少などの副作用が生じることが知られている。従ってDPP-IV阻害剤開発においてはDPP-8との選択性が重要となる。DPP-IVとDPP-8は活性中心のアミノ酸はほぼ一致している。その一方で全体のホモロジーは50%程度であることから、非競合阻害は選択性の獲得の手段として有用と考えられる。そこでDPP-VIII阻害活性を評価したところ、化合物7においてDPP-8阻害活性は弱く、DPP-IV選択性が認められた(Table 1)。

【第5章 PPARリガンドの創製】

ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)は核内受容体スーパーファミリーの1つであり、α,δ,γの3つのサブタイプが存在している。PPARはLXRと同様に核内受容体スーパーファミリーに属していることから、フォールド構造も類似している。そこで、LXRリガンドをテンプレートとしてPPARリガンドを創製できると考えた。LXR、PPARの内因性リガンドはそれぞれoxysterolと脂肪酸であることから、PPP骨格にPPARの内因性リガンドの脂肪酸の部分構造を導入することでPPARに対して選択的なリガンドが創出できると考え、種々誘導体を合成した。

活性評価の結果、9にα/δデュアルアゴニスト活性が認められた。続いて更なる活性向上を目指し、ドッキングシュミレーションを用いてStructurebased drug designを行ったところ、化合物10-12に活性の向上が認められた。また絶対配置がそれぞれのサブタイプへの活性に及ぼす影響が異なることを見出し、サブタイプ選択性獲得における新たな手法となりうると考えている。

【第6章 GPR40アゴニストの創製】

Gタンパク質と共役しているG-protein coupled receptor(GPCR)は多くの研究者、企業が取り組んでいる標的分子ファミリーである。GPCRの中で糖尿病との関連が報告されているものにGPR40がある。GPR40はすい臓に高発現しており、長鎖脂肪酸を内因性リガンドとしている。GPR40もPPARと同様に長鎖脂肪酸を内因性リガンドとすることから、PPARリガンドがGPR40活性を示すのではないかと考え、これまでに合成したPPAR活性を示すPPP誘導体を活性評価した。

評価系の問題もあるが、活性評価の結果、PPARに対して活性を示した化合物がGPR40に対しても活性を示す可能性がある結果が得られた。

【第7章 制限酵素阻害剤の創製】

これまでマルチ創薬テンプレート手法を用いて核内受容体,酵素に対するリガンドを創製してきたが、これまでターゲットにしてこなかったものとして核酸認識酵素が挙げられる。そこで、マルチ創薬テンプレート手法の更なる拡張として、核酸認識酵素に対する阻害剤開発を行うことにした。標的タンパク質としては活性評価が容易であり、endonucleaseの中で代表的な制限酵素を選択した。

PPP誘導体からスクリーニング、構造展開を行ったところ,EcoRIに対して高活性を示す化合物13、14の創製に成功した。

【第8章 抗インフルエンザ剤の創製】

A型インフルエンザのゲノムはセグメント化されたsingle stranded RNA(-)から成り、転写、複製にはRNA-dependent RNA polymerase活性が必要である。A型インフルエンザのRNA-dependent RNA polymeraseはPA、PB1、PB2の3つのサブユニットから成る。PAはendonucleaseのactive siteを含み、PB2はK627を含み病原性に関わる。そこで、これまでに見出しているPPP誘導体についてPAendonuclease阻害活性評価、PB2 627 domain-binding assay、抗A型インフルエンザウイルス活性評価を行った。

活性評価の結果、化合物15、16、17においてPA endonucleaseとインフルエンザウイルスに対する活性が認められた。また、18はいずれの活性も示さなかったが病原性に関わっていると考えられているPB2 subunitとの相互作用が認められた。さらに19はPAendolluclease阻害活性を示さないがインフルエンザウイルス増殖阻害活性を示し、抗ウイルス活性に関わる未知の標的が存在していると考えられる。Figure8にPPP誘導体のA型インフルエンザウイルスRNA polymeraseに対する相互作用マップをまとめた。

【第9章 総括】

マルチ創薬テンプレート手法の有用性を示すべく、タンパク質のフォールド構造に着目し新規生理活性物質の創製と各種タンパク質に対する選択的リガンドの創製を行った。これらの結果より、生理活性物質の創製において本手法が非常に有用であることを示すことができた。

Figure 1,サリドマイド

Figure 2.phenethylphenyl phthalimide 骨格のデザイン

Figure 3.LXRα選択的アンタゴニスト、LXR選択的アンタゴニスト、α-glucosidase選択的阻害剤

Figure 4.GP阻害剤6.

Figure 5.PPS-33と5APP-33

Table 1 DPP-IV阻害剤7,8

Figure 6.PPARリガンド9-12.

Figure 7.EcoRI阻害剤13,14.

Figure 8.PPP誘導体のA型インフルエンザウイルスRNA polymeraseに対する相互作用マップ

審査要旨 要旨を表示する

マルチ創薬テンプレート手法とは、ヒト生体内には5-7万種のタンパク質が存在する一方で、それらの化学的性質を無視した三次元的立体構造(フォールド構造)1の数は約1000種と数に限りがあることに着目した生理活性物質創出法である。本島の所属する研究室ではサリドマイドをマルチ創薬テンプレートとして用い、構造修飾を行うことにより、多岐に渡る生理活性物質の創製に成功している。しかし、リード化合物であるサリドマイドがマルチターゲットなものであるζとから、見出した化合物のタンパク質問の選択性が問われることもあった。そこで本島はマルチ創薬テンプレート手法の生理活性物質創出における有用性を実証すべく、標的疾患に糖尿病を選択し、新規生理活性物質の創製に加え、各種タンパク質に対する選択的リガンドの創製を目指した。

本論は提出論文の第2章から始まるが、第2章においてはLXRとα-glucosidaseにおける作用分離とLXRα選択的アンタゴニストの創製を目指した。本島は両タンパク質に対して活性を示すPP2Pとriccardin Cの共通部分構造に着目しphenethyl phenyl phthalimide骨格をデザインし、置換基を変換することにより作用分離とLXRα選択的アンタゴニスト1の創製に成功した。LXRα選択的アンタゴニストは本報告が世界初である。

第3章においては第2章で見出したphenethylphenyl phthalimide誘導体についてLXR、α-glucosidaseと同様に糖を認識する酵素であるglycogen phosphorylaseに対する活性評価を行った。その結果、強力なglycogen phosphorylase阻害活性を示すことが知られているDABを上回る高活性化合物6が見つかった。

第4章においてはα-glucosidase阻害活性とLXRアンタゴニスト活性を併せ持つphenethylphenyl phthalimide骨格にDPP-IV阻害活性が認められるのではないかとの仮設を立て、スクリーニング、構造展開を行った。その結果、DPP-IVに対して高活性を示すだけでなく、阻害することで副作用が起きると考えられているDPP-8に対しては活性を示さない非競合型のDPP-IV選択的阻害剤7の創製に成功した。非競合型のDPP-IV阻害剤の報告例はこれまでにほとんどないことから、今後、非競合阻害剤の開発がDPP-IV選択的阻害剤の開発において有用なアプローチとなりうると考えている。

第5章においてはLXRアンタゴニスト活性を示すphenethylphenyl phthalimideに同じスーパーファミリーに属するPPARの内因性リガンドの部分構造を導入することによりPPAR選択的リガンド9の創製に成功した。続いてドッキングシュミレーションを用いてStructure based drug designを行ったところ、10-12に活性増強が認められた。また、末端カルボン酸のα位の絶対配置の違いによりサブタイプ選択性を獲得できる可能性が明らかとなり、サブタイプ選択的PPARリガンド開発のための新たな方法論になりうると考えている。

第6章においてはPPARと同様に脂肪酸を内因性リガンドとするGPR40に対する活性評価を行った。評価系の問題もあるが、PPARに対して活性を示した化合物がGPR40に対しても活性を示す可能性がある結果が得られている。

第7章においてはこれまでマルチ創薬テンプレート手法では標的にしてこなかった核酸認識酵素である制限酵素に対するリガンド創製を目指した。これまでに得られている化合物のスクリーニング、構造展開を行ったところ、EcoRIに対して高活性を示す化合物13,14の創製に成功した。

第8章においては、第7章で制限酵素に対して活性を示す化合物が見つかったので、制限酵素と同様にendonuclease活性を有するA型インフルエンザに対する活性評価を行った。その結果、インフルエンザendonuclease阻害活性、インフルエンザウイルス増殖阻害活性を示す化合物が見つかった。また、抗インフルエンザ剤開発における新たな標的の存在が示唆され、今後の作用機序解明が期待される。

なお、各種タンパク質に対して活性を示した化合物は今回選択したその他のタンパク質に対して活性を示さないことを確認しており、標的タンパク質選択的リガンドであると言える。

以上本島は、マルチ創薬テンプレート手法においても各種タンパク質問の選択性を獲得できることを実験的に示した。その中には世界初の選択的リガンドや標的未知の活性物質もあることから、見出した化合物をケミカルツールとして用いたタンパク質の機能解明などに応用できると考えている。本研究結果は医薬化学研究に大きく貢献するものであり、博士(薬学)の授与に値するものと認められる。

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