学位論文要旨



No 127178
著者(漢字) 粕谷,智史
著者(英字)
著者(カナ) カスヤ,サトシ
標題(和) 高度に酸化されたステロイドの構築 : ステロイド骨格のC-H結合直接酸化とウアバインの合成研究
標題(洋)
報告番号 127178
報告番号 甲27178
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1406号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【序】 高度に酸化されたステロイドは様々な生物活性を持つため、合成化学的に注目されている。しかし、酸素官能基の密集した炭素骨格の構築は容易ではなく、その合成には一般に多段階を要する。そこで私は、複数の水酸基を持つステロイド骨格の効率的合成法の確立を目指し、ステロイド骨格に直接的に水酸基を導入できるC-H 結合酸化の開発と、ステロイド配糖体ウアバインの収束的全合成戦略の確立に取り組んだ。

1. ステロイド骨格のC-H結合直接酸化1)

【計画】ジオキシランは反応性の低いsp3 C-H 結合を直接酸化できる強力な酸化剤である2)。しかし、酸化の位置選択性は、基質の構造に大きく依存し、その制御は困難である。そこで、ジオキシランを分子内に組み込むことで、近接する特定のsp3C-H 結合のみを酸化する計画を立てた。

【方法・結果】種々のジオキシラン前駆体を設計し、反応性を検討した。その結果、ジオキシラン発生源としてトリフルオロメチルケトンが、基質とのリンカーとしてエチレン鎖が最適構造であることがわかった。この知見に基づき1と4を合成し、酸化を行った(Scheme 1)。1にOxoneを作用させると、反応系中で酸化活性種であるジオキシラン2 が生成し、C3 位のC-H 結合が酸化された1,3-ジアキシアルジオール類縁体3 が得られた。1にはトリフルオロメチルケトンが接近可能なC-H 結合が複数存在するが、第一級および第二級C-H 結合は反応せず、C3 位の第三級C-H 結合のみが選択的に酸化された。続いて、より複雑な炭素骨格を有するステロイド4に対して同様の酸化を行った。4はC5, C8, C9, C14 位に4個の第三級C-H 結合を持つが、ジオキシランが接近できるC5 位のみが選択的に酸化され、1,3-ジアキシアルジオール類縁体6 が得られた。以上のように、ジオキシラン前駆体を分子内に組み込むことで、立体的に混んだ1,3-ジアキシアルジオール類縁体を直接的に合成する酸化法の開発に成功した。

2. ウアバインの合成研究

【計画】次に、ウアバイン(12)を合成標的として選択し、高度に酸化されたステロイドの収束的全合成経路の開発を行った。12は細胞膜上のNa+-K+ ATPaseを阻害し、心筋の収縮力を増大させる作用を持つ強心配糖体であり、AB 環およびCD 環がそれぞれシス縮環した合成化学上興味深い構造を有する3)。本研究では、12のAB 環とD 環を連結した後にC 環を構築する収束的合成戦略を立案した(Scheme 2)。すなわち、それぞれ合成して調達したAB 環7とD 環8をアセタール化により連結し、α-ブロモアセタール9を合成する。続く立体選択的ラジカル環化によりC9-C11の炭素-炭素結合を形成し、10とする。さらに、位置・立体選択的アルドール反応によりC8-C14の炭素-炭素結合を形成し、ステロイド骨格を有する11とする。温和な条件下で進行する以上の3 反応を利用することで、高度に酸化されたステロイドの一般的合成法の開発を目指した。

【方法・結果】入手容易なキラル原料14を用いて、AB 環7の鏡像異性体であるent-7の合成経路を確立した(Scheme 3)。Rawal ジエン134)とアルデヒド14とのDiels-Alder 反応により、シスデカリン155)を合成した。15のアルデヒドおよびケトンを還元してジオールとした後、二酸化マンガンによってアリル位水酸基を化学選択的に酸化してエノン16とした。16を伊藤-三枝酸化でジエノン17 へと変換した後、化学選択的なケトンの還元と、立体選択的なエポキシ化によってトリエポキシアルコール18とした。18の水酸基の酸化と続く2つのエポキシドの還元的開環により、ジヒドロキシケトン19を合成した。19にDIBALを作用させ、ケトンの立体選択的還元とエポキシドの位置選択的還元を同時に進行させ、テトラオール20とした後、シス配置である3つの水酸基の保護、位置選択的な第三級水酸基の脱水反応により21を得た。オレフィン21を酸化的に切断してケトンとした後、Pd(OAc)2を用いた酸化でエノンへと変換し、最後にTBS 基を除去してent-7を合成した。

続いて、メソ体のD 環26を合成した(Scheme 4)。ジケトン22をDIBALを用いて還元した後、生じた水酸基をTBS 基で保護して23とした。23の末端オレフィンを酸化的に切断してアルデヒド24 へと変換した後、Horner-Wadsworth-Emmons 反応によってエノールエーテル25とした。25のTBS 基をAc 基へと変換し、D 環26を合成した。

先に確立した経路により合成したAB 環7とD 環26を用いてウアバインのステロイド骨格を構築した(Scheme 5)。26を臭素で処理することにより生じたジブロモ体8にAB 環7を作用させ、α-ブロモアセタール9を得た。種々のラジカル反応を検討した結果、酸素雰囲気下でBu3SnHとEt3Bを用いた条件に付すことで9のラジカル環化が進行し、C9-C11の炭素-炭素結合を有する10 が得られた。10のAc 基を除去した後、生じた水酸基を酸化して、ケトン27 へと変換した。27にKN(TMS)2を作用させると、位置・立体選択的ルドール反応によりC8-C14の炭素-炭素結合が形成され、ウアバインのステロイド骨格を有する生成物11 が得られた。今後は、さらなる官能基変換を行い、ウアバインの収束的合成経路を確立する。

【まとめ】本研究では、ステロイド骨格の直接的な酸化法の開発に成功した。また、ウアバインのAB 環とD 環の合成法を確立し、これらをカップリングすることにより収束的にウアバインのステロイド骨格を構築することに成功した。以上の結果は、高度に酸化されたステロイドの一般的合成法の確立へ向けた重要な知見となる。

1) Kasuya, S.; Kamijo, S.; Inoue, M. Org. Lett. 2009, 11, 3630.2) For a review on dioxiranes, see: Curci, R.;D'Accolti, L.; Fusco, C. Acc. Chem. Res. 2006, 39, 1.3) For a total synthesis of ouabain, see: (a) Zhang, H.; Reddy, M. S.;Phoenix, S.; Deslongchamps, P. Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 1272. (b) Reddy, M. S.; Zhang, H.; Phoenix, S.;Deslongchamps, P. Chem. -Asian J. 2009, 4, 725.4) Kozmin, S. A.; Janey, J. M.; Rawal. V. H. J. Org. Chem. 1999, 64, 3039.5) Tiefenbacher, K.; Mulzer, J. Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 6199.

Scheme 1. Construction of 1,3-diaxial diol derivatives

Scheme 2. Synthetic plan of ouabain(12)

Scheme 3. Establishment of synthetic route of AB-ring 7

Scheme 4. Synthesis of meso-D-ring 26

Scheme 5. Construction of steroid skeleton of ouabain

審査要旨 要旨を表示する

高度に酸化されたステロイドは様々な生物活性を持つため、合成化学的に注目されている。しかし、酸素官能基の密集した炭素骨格の構築は容易ではなく、その合成には一般に多段階を要する。

粕谷智史は、複数の水酸基を持つステロイド骨格の効率的合成法の確立を目指し、ステロイド骨格に直接的に水酸基を導入できるC-H結合酸化の開発と、ステロイド配糖体ウアバインの収束的全合成戦略を確立した。

1. ステロイド骨格のC-H結合直接酸化

ジオキシランは反応性の低いsp3 C-H結合を直接酸化できる強力な酸化剤である。しかし、酸化の位置選択性は、基質の構造に大きく依存し、その制御は困難である。粕谷は、ジオキシランを分子内に組み込むことで、近接する特定のsp3C-H結合のみを酸化する計画を立てた。まず彼は、種々のジオキシラン前駆体の反応性を検討した結果、ジオキシラン発生源としてトリフルオロメチルケトンが、基質とのリンカーとしてエチレン鎖が最適構造であることを明らかにした。この知見に基づき1と4を合成し、酸化を行った(Scheme 1)。1にOxoneを作用させると、反応系中で酸化活性種であるジオキシラン2が生成し、C3位のC-H結合が酸化された1,3-ジアキシアルジオール類縁体3が得られた。1にはトリフルオロメチルケトンが接近可能なC-H結合が複数存在するが、第一級および第二級C-H結合は反応せず、C3位の第三級C-H結合のみが選択的に酸化された。続いて、より複雑な炭素骨格を有するステロイド4に対して同様の酸化を行った。4はC5, C8, C9, C14位に4個の第三級C-H結合を持つが、ジオキシランが接近できるC5位のみが選択的に酸化され、1,3-ジアキシアルジオール類縁体6が得られた。以上のように粕谷は、ジオキシラン前駆体を分子内に組み込むことで、立体的に混んだ1,3-ジアキシアルジオール類縁体を直接的に合成する酸化法の開発に成功した。

2. ウアバインの合成研究

次に粕谷は、ウアバイン(12)を合成標的として選択し、高度に酸化されたステロイドの収束的全合成経路を開発した。12は細胞膜上のNa+-K+ ATPaseを阻害し、心筋の収縮力を増大させる作用を持つ強心配糖体であり、AB環およびCD環がそれぞれシス縮環した合成化学上興味深い構造を有する。この研究で粕谷は、12のAB環とD環を連結した後にC環を構築する収束的合成戦略を立案した(Scheme 2)。特に、温和な条件下で進行する以上の反応を組み合わせることで、粕谷は高度に酸化されたステロイドの一般的合成法の開発を目指した。

まず粕谷は、入手容易なキラル原料14を用いて、AB環7の鏡像異性体であるent-7の合成経路を確立した(Scheme 3)。Rawalジエン13とアルデヒド14とのDiels-Alder反応により、シスデカリン15を合成した。15のアルデヒドおよびケトンを還元してジオールとした後、二酸化マンガンによってアリル位水酸基を化学選択的に酸化してエノン16とした。16を伊藤-三枝酸化でジエノン17へと変換した後、化学選択的なケトンの還元と、立体選択的なエポキシ化によってトリエポキシアルコール18とした。18の水酸基の酸化と続く2つのエポキシドの還元的開環により、ジヒドロキシケトン19を合成した。19にDIBALを作用させ、ケトンの立体選択的還元とエポキシドの位置選択的還元を同時に進行させ、テトラオール20とした後、シス配置である3つの水酸基の保護、位置選択的な第三級水酸基の脱水反応により21を得た。オレフィン21を酸化的に切断してケトンとした後、Pd(OAc)2を用いた酸化でエノンへと変換し、最後にTBS基を除去してent-7を合成した。

続いて粕谷は、メソ体のD環26を合成した(Scheme 4)。ジケトン22をDIBAL還元した後、生じた水酸基をTBS基で保護して23とした。23の末端オレフィンを酸化的に切断してアルデヒド24へと変換した後、Horner-Wadsworth-Emmons反応によってエノールエーテル25とした。25のTBS基をAc基へと変換し、D環26を合成した。

最後に粕谷は、AB環7とD環26を用いてウアバインのステロイド骨格を構築した(Scheme 5)。26を臭素で処理することにより生じたジブロモ体8にAB環7を作用させ、α-ブロモアセタール9を得た。種々のラジカル反応を検討した結果、酸素雰囲気下でBu3SnHとEt3Bを用いた条件に付すことで9のラジカル環化が進行し、C9-C11の炭素-炭素結合を有する10が得られた。10のAc基を除去した後、生じた水酸基を酸化して、ケトン27へと変換した。27にKN(TMS)2を作用させると、位置・立体選択的アルドール反応によりC8-C14の炭素-炭素結合が形成され、生成物11が得られた。以上のように粕谷は、4環性ステロイド骨格の収束的合成経路の確立に成功した。

以上のように粕谷は、ステロイド骨格の直接的な酸化法の開発およびウアバインの4環性ステロイド骨格の収束的合成法の開発を達成した。この成果は、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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