学位論文要旨



No 127180
著者(漢字) 染谷,あゆみ
著者(英字)
著者(カナ) ソメヤ,アユミ
標題(和) O,Se-アセタールを鍵中間体とする新規炭素骨格構築法の開発
標題(洋)
報告番号 127180
報告番号 甲27180
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1408号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【序】天然には酸素官能基が密集した炭素骨格を有する生物活性物質が数多く存在する。このような天然物の全合成経路の確立において、効率的炭素骨格構築は最重要課題である。筆者らは、高い反応性を有しかつ中性条件下で炭素-炭素結合形成が可能な化学種としてラジカル反応に着目した。すなわち、O,Se-アセタールから発生するα-アルコキシラジカルを酸素官能基化された炭素ラジカル種と捉え、本ラジカルを利用した炭素-炭素結合形成による新規炭素骨格構築の開発を計画した(Scheme 1)。また、本方法を応用し、酸素官能基化された炭素骨格を有する天然物の効率的全合成を目指した。

【方法・結果】

1. Se-Pummerer 反応を用いたO,Se-アセタールの合成

Se-Pummerer 反応を利用したO,Se-アセタールの効率的合成法を開発した(Table 1)。セレニド4のm-CPBA 酸化によって生じるセレノキシド5は、脱離によってオレフィンを容易に与える。そこで、オレフィン形成を最少限に抑えるため5を即座に酸無水物によりアシル化し、その後、高温下に付すことによりO,Se-アセタール6を高収率で合成した。本手法は従来法と比較し、基質の適応範囲が広く、Ac 基、Bz 基、およびPiv 基で保護されたO,Se-アセタールも合成できることが分かった (entry 1~3)。特に、オレフィンが形成し易いと予想される基質や(entry 4, 5)、酸性条件下に不安定な官能基を有する基質においても高収率にてO,Se-アセタールを与えた(entry 6, 7)。また、立体的に込み入ったセレニドについてもSe-Pummerer反応は進行し、O,Se-アセタールが得られた(entry 8)。一方で、α-セレニルケトンやβ-セレニルケトンでは中間体であるセレノキシドの速やかな脱離が進行し、α,β-不飽和ケトンを与えた(entry 9, 10)。

2. α-アルコキシラジカルを用いた炭素-炭素結合形成

合成したO,Se-アセタールから生じるα-アルコキシラジカルを分子間反応に応用した(Scheme 2)。O,Se-アセタール10をAIBN 存在下、80°Cにてn-Bu3SnHを用いた還元的ラジカル条件に付したところ、10から生じたα-アルコキシラジカルはアクリル酸メチルやアクリロニトリルなどの電子不足オレフィンと速やかに付加反応を起こすことが分かった(Scheme 2)。さらに、ラジカル受容体として反応性が低いスチレンに対する付加反応も低収率ながら進行した。

3. O,Se-アセタールを中間体としたデカリン骨格の構築

続いて、O,Se-アセタールを中間体とした酸素官能基化されたデカリン骨格の構築を検討した。Se-Pummerer 反応を利用して合成した環化基質(13)に対して、室温下、Et3Bを開始剤としてn-Bu3SnHを用いたラジカル反応を行なった(Table 2)。その結果、電子不足オレフィンを有する13a および13bにおいては速やかにラジカル環化が進行し、炭素環上に酸素官能基を有するデカリン14a および14bを高収率にて得ることに成功した(Table 2)。特に不安定な官能基であるα,β-不飽和ジエステルを有する13bにおいても14bを与えたことから、本反応の官能基許容性が高いことが分かった。一方で、より不安定なオレフィンを有する13cを用いた反応ではデカリンを全く得られず、還元が進行した15を与えた。また、電子求引基で活性化されていないエキソオレフィンを有する13dにおいても本反応は円滑に進行し、デカリン14d が得られた。以上の結果から、O,Se-アセタールから発生するα-アルコキシラジカルによる分子内反応は穏和な条件下で進行し、ジエステルなどの有機合成化学的に有用な官能基を損なうことなく、酸素官能基を有する炭素環が得られることが分かった。

4. O,Se-アセタールを鍵中間体としたarbusculin A およびcelaglausinの合成研究

さらに、筆者は開発したラジカル反応を応用した、トランスデカリンを有するarbusculin A 1) およびcelaglausin 2)の全合成を目指した(Scheme 3)。

arbusculin Aおよびcelaglausinの共通中間体となる光学活性なα-ケトアルコール16を合成した(Scheme4)。19をジヒドロキシル化しジオール20とした後、リパーゼAKを用いた速度論的分割により光学活性アルコール21を得た(99% ee)。21のアセチル基の除去と続く水酸基の酸化により16を合成した。16 からarbusculin A およびcelaglausinの中間体となる24 および26をそれぞれ誘導した。すなわち、16のケトンをヒドラゾンへと変換後、23 へのSN2 反応による炭素鎖伸長を経て24とした。一方、16の水酸基をTMS基で保護した後、別途7 段階で市販原料から合成したアルデヒド25と22のアルドール反応により26を合成した。

24をメチル化し、3 工程を経てケトンをヒドロキシメチル基へと変換し27とした。その後、27の水酸基をセレニル基へと変換し28を合成した(Scheme 5)。今後、28をO,Se-アセタールへと変換した後、ラジカル環化に付しデカリン骨格を構築する予定である。

【まとめ】本研究において筆者は、O,Se-アセタールを中間体とした炭素骨格構築法の開発を達成した。Se-Pummerer 反応を用いた一般性の高いO,Se-アセタールの合成法を見出し、さらにO,Se-アセタールから発生させたα-アルコキシラジカルを利用した分子間反応および分子内環化反応に成功した。今後は、O,Se-アセタールを中間体としたα-アルコキシラジカルによる炭素骨格構築を鍵としたarbusculin A及びcelaglausinの合成を目指す。

1) Irwin, M. A.; Geissman, T. A. Phytochemistry, 1969, 6, 2411.2) Jlkai, L.; Dagang,W.; Zhongjian, J.; Jun, Z.; Ziqing, Z. Planta Med. 1991, 57, 475.

Scheme 1. Radical cyclization using O,Se-acetal as intermediate

Table 1. Scope and limitation of Se-Pummerer reaction

Scheme 2. Intermolecular radical reaction using O,Se-acetal 10

Table 2. Synthesisl of oxygenated decaline

Scheme 3.Synthetic plan of natural compounds using O,Se-acetal

Scheme 4.Synthesis of common intermediate 16

Scheme 5.Synthesis of selenide 28

審査要旨 要旨を表示する

天然には酸素官能基が密集した炭素骨格を有する生物活性物質が数多く存在する。このような天然物の全合成経路の確立において、効率的炭素骨格構築は最重要課題である。染谷あゆみは、高い反応性を有しかつ中性条件下で炭素-炭素結合形成が可能な化学種としてラジカル反応に着目した。すなわち、O,Se-アセタールから発生するα-アルコキシラジカルを酸素官能基化された炭素ラジカル種と捉え、本ラジカルを利用した炭素-炭素結合形成による新規炭素骨格構築の開発を計画した(Scheme 1)。また彼女は、本方法を応用し、酸素官能基化された炭素骨格を有する天然物の効率的全合成を目指した。

1. Se-Pummerer反応を用いたO,Se-アセタールの合成

まず染谷は、Se-Pummerer反応を利用したO,Se-アセタールの効率的合成法を開発した(Table 1)。セレニド4のm-CPBA酸化によって生じるセレノキシド5は、脱離によってオレフィンを容易に与える。そこで、オレフィン形成を最少限に抑えるため5を即座に酸無水物によりアシル化し、その後、高温下に付すことによりO,Se-アセタール6を高収率で合成した。本手法は従来法と比較し、基質の適応範囲が広く、Ac基、Bz基、およびPiv基で保護されたO,Se-アセタールも合成できることを明らかにした(entry 1~3)。特に、オレフィンが形成し易いと予想される基質や(entry 4, 5)、酸性条件下に不安定な官能基を有する基質においても高収率にてO,Se-アセタールを与えた(entry 6, 7)。また、立体的に込み入ったセレニドについてもSe-Pummerer反応は進行し、O,Se-アセタールが得られた(entry 8)。一方で、α-セレニルケトンやβ-セレニルケトンでは中間体であるセレノキシドの速やかな脱離が進行し、α,β-不飽和ケトンを与えた(entry 9, 10)。

2. α-アルコキシラジカルを用いた炭素ー炭素結合形成

染谷は、合成したO,Se-アセタールから生じるα-アルコキシラジカルを分子間反応に応用した(Scheme 2)。O,Se-アセタール10をAIBN存在下、80°Cにてn-Bu3SnHを用いた還元的ラジカル条件に付したところ、10から生じたα-アルコキシラジカルはアクリル酸メチルやアクリロニトリルなどの電子不足オレフィンと速やかに付加反応を起こすことを明らかにした(Scheme 2)。さらに、ラジカル受容体として反応性が低いスチレンに対する付加反応も低収率ながら進行した。

3. O,Se-アセタールを中間体としたデカリン骨格の構築

続いて染谷は、O,Se-アセタールを中間体とした酸素官能基化されたデカリン骨格の構築を検討した。Se-Pummerer反応を利用して合成した環化基質(13)に対して、室温下、Et3Bを開始剤としてn-Bu3SnHを用いたラジカル反応を行なった(Table 2)。その結果、電子不足オレフィンを有する13aおよび13bにおいては速やかにラジカル環化が進行し、炭素環上に酸素官能基を有するデカリン14aおよび14bを高収率にて得ることに成功した(Table 2)。特に不安定な官能基であるα,β不飽和ジエステルを有する13bにおいても14bを与えたことから、本反応の官能基許容性の高さを明らかにした。一方で、より不安定なオレフィンを有する13cを用いた反応ではデカリンを全く得られず、還元が進行した15を与えた。また、電子求引基で活性化されていないエキソオレフィンを有する13dにおいても本反応は円滑に進行し、デカリン14dが得られた。以上のように染谷は、O,Se-アセタールから発生するα-アルコキシラジカルによる分子内反応は穏和な条件下で進行し、ジエステルなどの有機合成化学的に有用な官能基を損なうことなく、酸素官能基を有する炭素環が得られることを明らかにした。

4. O,Se-アセタールを鍵中間体としたarbusculin A およびcelaglausinの合成研究

さらに染谷は、開発したラジカル反応を応用した、トランスデカリンを有するarbusculin Aおよびcelaglausinの全合成研究を展開した(Scheme 3)。

arbusculin Aおよびcelaglausinの共通中間体となる光学活性なα-ケトアルコール16を合成した(Scheme 4)。19をジヒドロキシル化しジオール20とした後、リパーゼAKを用いた速度論的分割により光学活性アルコール21を得た(99% ee)。21のアセチル基の除去と続く水酸基の酸化により16を合成した。16からarbusculin Aおよびcelaglausinの中間体となる24および26をそれぞれ誘導した。すなわち、16のケトンをヒドラゾンへと変換後、23へのSN2反応による炭素鎖伸長を経て24とした。一方、16の水酸基をTMS基で保護した後、別途7段階で市販原料から合成したアルデヒド25と22のアルドール反応により26を合成した。

24をメチル化し、3工程を経てケトンをヒドロキシメチル基へと変換し27とした。その後、27の水酸基をセレニル基へと変換し28を合成した(Scheme 5)。

以上のように染谷は、Se-Pummerer反応を用いた一般性の高いO,Se-アセタールの合成法を見出し、さらにO,Se-アセタールから発生させたα-アルコキシラジカルを利用した分子間反応および分子内環化反応を開発した。この成果は、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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