学位論文要旨



No 127189
著者(漢字) 張,欽
著者(英字)
著者(カナ) チャン,チン
標題(和) 非トレース的L1空間に対する非可換極大エルゴード不等式
標題(洋) Noncommutative Maximal Ergodic Inequality For Non-tracial L1-spaces
報告番号 127189
報告番号 甲27189
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第370号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 准教授 緒方,芳子
 東京大学 准教授 小澤,登高
 九州大学 教授 幸崎,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

1977年にイードンが確立した,半有限フォンノイマン環に対する非可換L1 極大エルゴード不等式を,σ-有限なフォンノイマン環に付随する非可換L1 空間に拡張する.その結果は,ユンゲ・シューによる2007年のトレースLp 空間(1 < p <∞)に対する非可換極大エルゴード不等式の証明における二つの本質的部分の一つなので,我々の結果が非トレースLp 空間に対する完全な非可換極大エルゴード不等式を将来確立するために役立つことを期待する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文において,論文提出者は非可換L1 空間におけるエルゴード不等式に関する興味深い研究を行った.

可換なvon Neumann 環はある測度空間上のL∞ 関数環と同一視される.このため,一般の非可換なvon Neumann 環を「非可換L∞ 空間」と考えよう,というアイディアは古くからある.さらにこの考え方を推し進めた「非可換Lp 空間」についても多くの詳しい研究がなされている.それには,関数解析,実解析に根差したさまざまな手法が高度に用いられる.そこで測度論におけるさまざまな古典的な結果をこの設定に一般化しようという試みが長年にわたり研究されてきた.特にエルゴード理論の結果の一般化は多くの関心を集めており,本研究もその流れにおける研究の一つである.

確率測度空間X 上でエルゴード変換Tを考え,正値関数について,T0, T1, . . . , Tnをほどこした平均をとる.この平均の列のn項めまでの最大値のLp ノルムを評価するのが古典的な不等式である.これを非可換Lp 空間に拡張することが有名な問題であったが,これは2007年のJunge-Xuの論文(J. Amer. Math. Soc.)で解決された.正値関数を一般化した正値作用素の列については,(Hilbert 空間が有限次元であっても)「最大値」がうまく定義できないということが大きな問題であり,この点をうまく回避することが重要なポイントであったが,それを新しい工夫で解決したのである.しかし同論文ではある写像の完全正値性という条件が仮定されており,それが単なる正値性に弱められるのではないか,ということが同論文で問題として挙げられていた.論文提出者は,この問題を解決するには二つの古典的な結果の非可換Lp 空間への一般化を行えばよいという方針をたて,その問題の一つを本論文で解決したものである.

この,非可換Lp 空間における問題については1977年のYeadonの先行する結果がある.もともとの古典的な設定で,上のようなエルゴード平均の収束を考えると,「小さい測度の集合を除けば一様収束」というタイプの結果が成り立つ.Yeadonはこの結果の非可換L1 空間への拡張を,「von Neumann環が半有限」という仮定の下で行った.この仮定はvon Neumann 環が忠実な半有限トレースを持つと言ってもよいもので,このため,この設定での非可換L1 空間を,トレース的な非可換L1 空間と呼ぶ.その際の主要な技法は,「一様収束がコントロールできる部分」と「そうでない部分」に全空間を分け,後者の空間の測度を評価するというものであった.本論文では論文提出者は,このタイプの評価を半有限とは限らない一般のvon Neumann 環に対して行った.したがって,考える空間は非トレース的な非可換L1 空間と呼ばれるものである.しかしこの一般的設定では,一様収束にあたるコントロールはもはやできなくなり,非可換L1 収束についてのコントロールしかできないことが明らかになった.これは自動的に非有界作用素が出てくるからであり,全体の設定を一般化したために必然的に現れる興味深く新しい現象である.

基本的な手法は多くの先行する結果によっているが,論文提出者は技術的に困難なさまざまな問題点をクリアし,明確な動機のもとに具体的な結果を得た.これは興味深い結果として世界の専門家から認められている.よって,論文提出者張欽は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51806