学位論文要旨



No 127190
著者(漢字) 直井,克之
著者(英字)
著者(カナ) ナオイ,カツユキ
標題(和) ノンシンプリーレースド型のワイル加群,デマズール加群および有限クリスタルについて
標題(洋) Weyl modules, Demazure modules and finite crystals for non-simply laced type
報告番号 127190
報告番号 甲27190
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第371号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松本,久義
 東京大学 准教授 斉藤,義久
 東京大学 准教授 松尾,厚
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 小林,俊行
 東京大学 特任教授 斎藤,恭司
 筑波大学 准教授 内藤,聡
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、カレント代数の有限次元表現と量子アフィン代数のクリスタルという二つの対象に関するいくつかの結果を得ることができた。

単純リー代数gに対し、gC[t]で定義されるリー代数をカレント代数と呼びCgと表す。またCgd=CgCd(ここでdは次数作用素)とおく。ワイル加群は有限次元Cgd 加群の中で最も重要なもののひとつであり、いくつかの関係式により定義される一元生成加群である。P+でgの支配的整ウェイトの集合を表し、λ 2 P+に付随するワイル加群をW(λ)と表す。

デマズール加群もまた重要な有限次元Cgd 加群である。g=gC[t,t-1]+CK +Cdでgに対応するアフィンリー代数を表す。ここでKは標準的中心元である。またhをgのカルタン部分リー代数、bをgのボレル部分リー代数とし、b= b + CK + Cd + gtC[t]とおく。gの支配的整ウェイトΛを最高ウェイトとする既約g加群をV (Λ)と表すとき、任意のアフィンワイル群の元wに対し、V (Λ)のウェイトがwΛのウェイト空間は一次元である。このウェイト空間から生成されるb部分加群をVw(Λ)と表し、デマズール加群と呼ぶ。またλ∈2 P+、l∈Z>0, m∈Zに対しwΛ=w0λ +lΛ0 + mδと表せるとき、Vw(Λ)をD(l, λ)[m]とも表す。ただしΛ0はgのワイル群の最長元、Λ0は単純ルートα0に対応する基本ウェイト、δは=1を満たす零ルートである. このときD(l, λ)[m]はCgd 加群となる。

g がADE 型の場合、W(λ)はCgd 加群としてD(1, λ)[0]と同型であることが知られている。この結果はgが一般の型の場合には必ずしも正しくない。本論文では、g がBCFG 型の場合での上の結果のある種の一般化を得ることができた。

gをBCFG 型と仮定する。いくつか記号を準備しよう。Δをgのルート系とし、短単純ルートから生成されるΔの部分ルート系をΔshと表す。またΔshに対応するgの単純部分リー代数をgshと表し、hsh=gsh∩h、Cgshd=gsh C[t] Cdとおく。gshのデマズール加群をDsh(l,ν)[m]と表すことにする(ここでνはgshの支配的整ウェイトである)。gshの支配的整ウェイトの集合をP+と表す。またg がBCF 型のときr=2、gがG 型のときr=3とおく。λ∈P+に対し、λ∈P+で標準的射影h*→ (hsh) *でのλの像を表す。[1]の結果を用いることでDsh(1,λ)[0]はフィルトレーション0=D0 ⊆ D1⊆... ⊆ Dk=Dsh(1, λ)[0]で、各iに対しあるνi ∈P+とmi ∈Z,0 が存在してDi/Di-1=Dsh(r, νi)[mi]となるものが存在することが示せる。写像ish : (hsh) *→hでのλを、α∈Δshに対しish(α|hsh)=αを満たすものとして定義する。またλ0=λiish(λ)とおき、各iに対しμi=ish(νi) + λ0とおく。このとき、以下の定理が成り立つ。

定理1. ワイル加群W(λ)はフィルトレーション0=W0⊆ W1⊆... ⊆Wk=W(λ)でWi/Wi-1=D(1, μi)[mi]を満たすものが存在する。

この定理はワイル加群に関する多くの情報を与えてくれる。特にワイル加群の次元予想(中島啓氏により証明された)の別証明がこの定理により与えられる。

続いてクリスタルの理論における主定理について述べる。いくつか記号を用意する。Uq(g)で量子アフィン代数を表し、U0q(g)で次数作用素を取り除いたものを表す。またPでbgのウェイト格子を表し、Pでb Pにウェイトをもつパス([0, 1] からRZ P への区間ごとに線形な連続写像で0を0 へ、1をPの元へ写すもの)の集合を表すとき、PはUq(g) クリスタルの構造を持つことが知られている。λ∈P+を標準的な方法でPの元とみなし、π,でパスπ,(t)=tλを表すことにする。π,を含むPの連結成分をB0(λ)と表す。Pcl=P/Zδとおき、標準的射影bP → bPclをclと表す。またπ ∈ Pに対し、cl(π)で[0, 1] からR-Z b Pcl への写像cl(π)(t)=cl(π(t))を表すことにする。このとき、集合fcl(π) j π∈B0(λ)gは有限集合であり、自然にU0q(bg) クリスタルの構造を持つ。このU0q(bg) クリスタルをB(λ)clと表す。このときB(λ)clは[3]において定義されたU0q(bg)のレベル0 基本表現のクリスタル基底のテンソル積とU0q(bg) クリスタルとして同型であることが知られている。もともとの定義では、B(λ)clのウェイトはb Pclの元として与えられるが、本論文では[4]で定義された次数関数を用いることでB(λ)clの元にb P ウェイトを与える。このb P ウェイトは、後に述べられる定理において重要な役割を果たす。

Λをgの支配的整ウェイトとし、B(Λ)で最高ウェイトΛの既約Uq(g) 加群のクリスタル基底を表す。デマズール加群はUq(g)に対しても古典的な場合と同様にして定義できる。[2]において、各デマズール加群に対してデマズールクリスタルと呼ばれるB(Λ)の部分集合が定義された。デマズール加群とデマズールクリスタルには様々な関係が知られている。特にデマズールクリスタルのウェイト和は対応するデマズール加群の指標と一致することが知られている。D(l, λ)[m](のq 変形)に対応するデマズール加群をB(l, λ)[m]と表す。

g がBCFG 型であると仮定しよう。μi、mi(1 ≦ i ≦ k)で定理1の直前で定義された元を表すことにする。またB(Λ)の最高ウェイト元をbΛと表すことにする。

定理2. B(Λ0)B(λ)clはU0q(g) クリスタルとして可積分既約最高ウェイト表現のクリスタル基底の直和と同型となる。しかもこの同型のbΛ0 B(λ)cl への制限はP ウェイトを保ち、その像はデマズールクリスタルの和li1≦i≦kB(1, μi)[mi]となる。

この結果を示すために、本論文では以下のような命題をあらかじめ示した。

命題3. Λをgの任意の支配的整ウェイトとするとき、

(i) B(Λ) B0(λ)はいくつかの可積分既約最高ウェイト表現のクリスタル基底の直和と同型となる。

(ii) bΛ B0(λ)の(i)の同型での像は、いくつかのデマズールクリスタルの和となる。

ある場合にはB0(λ)はUq(g)のエクストリーマルウェイト加群のクリスタル基底と関係があることが知られており、B0(λ) 自身もまた重要なクリスタルであると考えられているため、この命題そのものも重要な結果であると思われる。

また定理1, 2 から、これまで部分的にしか知られていなかったワイル加群と1 次元和との関係についても示すことができる。i=(i1, . . . , i)をgの単純ルートの添え字集合の任意の有限列とし、U0q(bg) クリスタルBiをBi=B($i1)cl ... B($il)cl ($iは基本ウェイト)と定める。このとき、任意のμ 2 P+に対し古典的に制限された1 次元和と呼ばれる多項式X(Bi, μ; q)(qは変数)が定義され、以下の系が従う。

系4. ある定数C∈ Z が存在して

が成り立つ。ここでVg(μ)は最高ウェイトμの既約g 加群を表し、(W(λ)n : Vg(μ))はW(λ)の次数nの部分空間のVg(μ)の重複度を表す。

[1] A. Joseph. Modules with a Demazure flag. In Studies in Lie theory, volume 243 of Progr. Math.,pages 131-169. Birkh¨auser Boston, Boston, MA, 2006.[2] M. Kashiwara. The crystal base and Littelmann's refined Demazure character formula. Duke Math.J., 71(3):839-858, 1993.[3] M. Kashiwara. On level-zero representations of quantized affine algebras. Duke Math. J., 112(1):117-175, 2002.[4] S. Naito and D. Sagaki. Lakshmibai-Seshadri paths of level-zero shape and one-dimensional sumsassociated to level-zero fundamental representations. Compos. Math., 144(6):1525-1556, 2008.
審査要旨 要旨を表示する

アファインリー代数あるいはそのq-変形であるアファイン量子展開環には、最高ウエイトを持つ可積分表現並びに、レベル0の有限次元表現という、豊かな構造を持ち、広く応用を持つ2つの重要な表現のクラスがある。前者は、古典的なコンパクト群の表現の自然な対応物であり、真っ先に研究されていたものである。後者は、より遅く90年代以降研究が進んだものであるが、前者とは由来も性質もまったく異なっている。パラメータqを1に持っていく古典極限を取る操作は前者においては良く理解されているが、後者においては自明でない問題になる。カレントリー代数のワイル加群はChari らによってこの問題を理解するために導入されたものである。このさいワイル加群の指標公式を求めることが重要になるが、Chari らはこの問題をワイル加群の次元についての予想に帰着し、その後中島啓の未発表の結果により次元予想は解かれている。一方Fourier-Littelmannは、Dynkin 図形が一重線だけからなるADE 型の場合に、ワイル加群とデマジュール加群が同型であることを示すことによって次元予想をこの場合に解いた。この結果は、レベル0の有限次元表現の研究から出てきたワイル加群と最高ウエイトを持つ可積分表現の部分表現であるデマジュール加群を結びつけるものであり極めて興味深い一方、証明は生成元と基本関係式をチェックするものでなぜそうなっているのか理解しがたいミステリアスなものになっている。

直井氏はまず、Fourier-Littelmannの結果をADE 型以外の場合に拡張することに取り組んだが、実はこの場合はワイル加群とデマジュール加群は一般には同型にはならず事情ははるかに複雑になっている。彼はまず、ワイル加群にはフィルター付けの構造が入りその逐次商はあるデマジュール加群の商加群になることを、Josephのデマジュール加群についての結果を適用した上、ourier-Littelmannの手法をさらに洗練することによって見い出した。これが本論文の前半を占める内容である。逐次商はデマジュール加群と同型になるのが最終的な結果だがこの議論だけでは、商加群になることしか言えない。そこで直井氏は、内藤-佐垣による結晶基底に関する深い結果に注目した。最高ウエイトを持つ可積分表現は結晶基底という重要な構造を持っている。また、レベル0の有限次元表現においても、ファンダメンタル表現という結晶基底を持つ重要なクラスが知られていた。内藤-佐垣の結果は結晶基底のパス模型を通じてこの二つの結晶基底を結び付けるものである。直井氏はこの結果を踏まえ、結晶基底(に最大ウエイトベクトルをテンソルしてレベルをシフトしたのち)をデマジュール加群に対応物で分解することを論文の後半部分で行った。この結果は前半部分の結晶基底サイドでの対応物と言えるが、前半では次元の上からの評価が出てくるのに対して、後半部分では下からの評価が出てくる。内藤-佐垣や、Chari らの結果を組み合わせるとこれらの2種類の評価を組み合わせることができ、ワイル加群と結晶基底の両方で同時に精密な結果が得られる。特にワイル加群のフィルター付けの逐次商はデマジュール加群と同型になる。後半部分の結果を出すために、直井氏は結晶基底のテンソル積の分解についての結果を得ているがこれは既存の結果よりも一般的なものである。

直井氏の結果よりワイル加群の次元予想はすぐに従うが、次元予想から得られる指標公式にはワイル加群の自然な次数付けの情報は含まれない。一方、直井氏の結果はそれにとどまらず次数付けの情報込みの指標公式を導くものである。この新しい指標公式に付加された情報は結晶基底においてはエネルギー関数に対応するものであり、新しい指標公式からX=M予想をファンダメンタル表現の場合に導くことができるなど非常に重要なものであると考えられる。

また直井氏の結果はミステリアスなワイル加群とデマジュール加群の関係を結晶基底のパス模型に関する内藤-佐垣の結果からの解釈を与えるものであるとも考えられる。

この論文において直井氏の卓越した、本質を見抜く洞察力、専門分野に対する深い理解が随所に見て取れる。特に本論文における論証は随所に非凡な着想がちりばめられており目を見張るものがある。よって、論文提出者直井克之は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51807