学位論文要旨



No 127192
著者(漢字) 橋本,健治
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,ケンジ
標題(和) K3格子への有限シンプレクティック作用
標題(洋) Finite Symplectic Actions on the K3 Lattice
報告番号 127192
報告番号 甲27192
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第373号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺杣,友秀
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 准教授 細野,忍
 東京大学 准教授 高木,寛通
内容要旨 要旨を表示する

本論文では有限群のK3 曲面へのシンプレクティック作用について調べた。単連結な複素曲面X が至る所消えない正則2-形式ωXをもつとき、XをK3曲面という。Xの自己同型g がシンプレクティックであるとは、g*ωX=ωXとなることをいう。Nikulin [Finite groups of Kahlerian surfaces of type K3,Trans. Moscow Math. Soc. 38 (1980), 71ー137]はK3 曲面に(忠実かつ)シンプレクティックに作用する有限アーベル群Gを分類し、しかもGのK3 格子A= H2(X; Z) への作用はGの抽象群としての構造のみに依存して一意的に定まることを示した。(ここで、格子とは有限階数の自由Z-加群とその上の整数値対称双線形形式の組をいう。H2(X; Z)は交点形式により格子とみなせる。)その後、向井茂[Finite groups of automorphisms of K3 surfaces and the Mathieu group, Invent. Math. 94 (1988), 183-221]はK3 曲面にシンプレクティックに作用する有限群を分類した。そこで、非可換有限群の場合にもNikulinの示したK3 格子* への作用の一意性が成立するかが問題となる。いくつかのK3 曲面へのシンプレクティック作用についての結果は、多くの非可換有限群についてこの一意性が成立することを示唆している。例えば、Xiao [Galois covers between K3 surfaces, Ann. Inst. Fourier (Grenoble) 46 (1996), no. 1, 73ー88]は次の定理を示した:有限群G がK3 曲面Xにシンプレクティックに作用するとき、2つの例外のGを除き、商X=Gの特異点の型(各A-D-E 型特異点の個数)はGの抽象群としての構造のみに依存している。本論文では次の定理を示した。

主定理有限群G 6≠Q8; T24;S5;L2(7);A6について、GのK3 曲面へのシンプレクティックな作用が引き起こすK3 格子への作用は同型を除き一意に定まる。より精確には、Gi=G がK3 曲面Xiにシンプレクティックに作用しているとき(i=1; 2)、(交点形式を保つ)同型α : H2(X1; Z) → H2(X2;Z) が存在して、GL(H2(X2;Z))の中でα 0 G1 0 α-1=G2となる。

主定理の証明について述べる。金銅誠之NiemeierAlattices,AMathieuAgroups,andAfiniteAgroupsAofAsymplecticAautomorphismsAofAK3Asurfaces,ADukeAMath.AJ.92A(1998),A593-603]Aの議論の精密化により主定理を証明した。有限群GAのK3曲面へのシンプレクティックな作用が引き起こすK3A格子Aへの作用を考える。まず、不変部分GAの直交補部分GA=A(G)Aを考える。金銅の補題[ibid.]Aにより、GAはある(負定値)NiemeierA格子NAでLeechA格子と同型ではないものに埋め込むことができる。GAのGAへの作用はNAへの作用にGA=ANGAとなるように拡張できる。このとき、NAのある基本ルート系RAがあって、RAはGAの作用で安定である。従って、GAの作用をRAに対応するDynkinA図形の対称性と考えることができる。このGAのDynkinA図形への作用が満たすべき条件から、コンピュータを使うことで、NiemeierA格子NAとGAのNAへの作用の組(G;N)のリストを作ることができる。得られたリストから、GAとGAの格子としての同型類は5Aつの例外を除きGAの抽象群としての構造から一意に定まることがわかる。さらに、各GAについて、GAまたはGAの直交群からその判別形式の自己同型群への自然な射は全射であることもわかる:O(L)A→AO(q(L))Aは全射(LA=AGAorAG)。これは、2Aつの判別法(定値の場合と不定値の場合)を準備して、リストにそれらを適用することで証明される。これらの結果の帰結として、GAのAへの作用の一意性が従う。また、GAの交点行列などの具体的な情報も得られた。

審査要旨 要旨を表示する

橋本健治氏は博士課程においてK3曲面に関する研究、とくにK3曲面のシンプレクティックな有限自己同型に関する研究をおこないました。その結果としてえられた分類を博士論文「K3格子への有限シンプレクティック作用」として提出しました。これまでニクーリン、向井茂氏、金銅誠之氏らによる様々な研究がなされていましたが、その全体像を完全に決定するという、基本的でかつ重要な研究で以後のK3曲面の研究において様々な応用が見込まれる、画期的な研究です。

橋本氏の研究されているK3曲面とは、標準束が自明である閉じた複素曲面で、そのなかには代数的でないものも含まれます。この曲面のクラスは豊富な構造をもち、それらに対して成立するトレリの定理を通して、格子の理論やその数論とも密接な関係があります。ある程度の複雑さを持つ曲面でありながら、精密な議論が可能である魅惑的な研究対象です。これらの高次元化であるカラビーヤウ多様体は現在数理物理においても注目されている対象で、これらの研究における試金石としても重要な位置付けにあります。K3曲面の有限自己同型群は2 次の微分形式への作用を考えることにより、有限巡回群商とシンプレクティックな部分に分けて考察することができます。このうち、シンプレクティックな部分の作用には抽象群として考えただけでも多種多様で79種ものがあります。シンプレクティックな作用を考える際、2 次のコホモロジーへの作用における余不変部分への作用が大切となってきます。K3曲面に現れる余不変部分の階数は高い場合もあり、これらを扱うためには整数論で培われた二次形式に関する技術と工夫を必要とします。ちなみに代数的なK3曲面の場合には余不変部分は原始的代数的サイクルと一致するもので、これまでにシャオにより研究された、K3曲面の有理特異点としての情報を含むものです。

橋本氏の論文で使われている余不変部分を扱うための基本的道具としては、金銅氏の論文に端を発するニーマイアー格子を用いる議論があります。金銅氏の研究では自然にマシュー群の部分群がでてきますが、橋本氏の論文では抽象群のみではなく、2 次のコホモロジーへの作用も考えているので、別のニーマイアー格子の自己同型群への埋め込みなども補助的に考えるなどの精密な議論も必要です。さらに不変部分と余不変部分の同型の貼り合わせの議論は格子の自己同型群とディスクリミナント群の関係が必要で、そのためにアデール群上の直交群に関する近似定理を使っています。

これらの工夫により実際の分類を得て、その結果、5つの例外を除いて、抽象群としての構造だけでその作用が定まってしまうという結果を得ました。また、5つの例外の場合も、それらがどのような不変量で違いが判定できるか、ということも結果として得られています。この結果は幾何学的に言うと、K3のモジュライ空間の連結性を意味することになっています。これらを調べる過程では計算機の助けを必要とする部分が多くあるのですが、その際、実質的な計算が可能になる様に細かな工夫がなされています。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/52420