学位論文要旨



No 127193
著者(漢字) 原,隆
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,タカシ
標題(和) 総実代数体の羃指数p型非可換p拡大に対するp-進ゼータ関数の帰納的構成
標題(洋) Inductive construction of the p-adic zeta functions for non-commutative p-extensions of exponent p of totally real fields
報告番号 127193
報告番号 甲27193
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第374号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,雄
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 齋藤,秀司
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 准教授 志甫,淳
内容要旨 要旨を表示する

以下ではpは奇素数とする.非可換岩澤理論は,2004年にジョン・コーツ,深谷太香子,加藤和也,ラムドライ・スジャータ並びにオトマール・ヴェンヤコブが(虚数乗法を持たない) 楕円曲線の非可換岩澤主予想を楕円曲線の"非可換岩澤加群"(即ち楕円曲線のp 羃等分点の座標を基礎体に付け加えた非可換p-進リー拡大に付随するセルマー群のポントリャーギン双対,《代数的対象》)と"p-進ゼータ関数"(即ち楕円曲線のL-関数の特殊値を補間することで特徴付けられる局所化された岩澤代数のホワイトヘッド群の元,《解析的対象》)を代数的K-理論を介して結びつける予想として定式化したこと[CFKSV]を契機として,現在に至るまで目覚ましい発展を続けている整数論の先端分野のひとつである(なお,1 次元の場合にはリッター-ヴァイスにより独立に主予想が定式化されている).中でも最も単純なケースである総実代数体の非可換岩澤主予想に関しては,加藤和也[Kato],ユルゲン・リッター,アルフレッド・ヴァイス[RW1],マヘシュ・カクデ[Kakde1]及び学位申請者[H]によって様々な種類のp-進リー拡大に対して主予想が証明されている.本学位論文の主題は,これ等の先行研究とは異なる型のp-進リー拡大に対して非可換岩澤主予想を証明することである.

Fを総実代数体とし,F∞/FをFの円分Zp-拡大Fcyc/Fを含む総実なp-進リー拡大(即ちF∞/Fは総実な代数拡大で,拡大のガロワ群G=Gal(F∞/F) がp-進リー群となるようなもの)とし,高々有限個のFの素イデアルのみがF∞で分岐すると仮定する.また,F∞/F が或る種の"μ=0" 型の条件を満たすことを仮定する(例えば岩澤のμ=0 予想を仮定すれば条件は満たされる.詳細は論文第1節の条件(F∞-3)を参照).以上の設定の下で非可換岩澤主予想は定式化される(論文第1節参照).

本学位論文の主定理は以下の通りである;

主定理(論文Theorem 3.1). ガロワ群G=Gal(F∞/F) がGf=Gal(F∞/Fcyc)とΓ=Gal(Fcyc/F) =Zpの直積と同型で,さらにGf が羃指数pの有限p 群であると仮定する(即ちGfの任意の元gに対しgp=1が成り立つとする).このとき拡大F∞/Fに付随するp-進ゼータ関数ξF∞/F が存在し,拡大F∞/Fに対して非可換岩澤主予想が成立する.

主定理(非可換岩澤主予想)の直接的な帰結として,アルティン・ゼータ関数の臨界値に関する以下の結果が得られる(論文第3.2節参照).

系(論文Corollary 3.6). 拡大F∞/F が上記の条件を満たすとき,その任意の有限次正規部分拡大F&/F 及び負の整数1 -r (但しrはp -1で割り切れる自然数)に対して同変玉河数予想のp部分が成立する.

主定理の証明にはデイヴィッド・バーンズと加藤和也による「p-進ゼータ擬測度の〈貼り合わせ〉」の手法を用いる.以下,副有限群Pに対してそのZp 上の完備群環(岩澤代数)をΛ(P)で表すことにする.このときΛ(G)に対して標準オーレ集合と呼ばれる左右分母集合S が定まる([CFKSV, Theorem 2.4] 及び論文第1節参照).標準オーレ集合によるΛ(G)の局所化をΛ(G)Sで表す.さて,Gの開部分群でU=Uf×Γの形をしたもの(但しUfはGfの任意の部分群とする)に対し,その交換子群をVで表そう(これはGfの部分群となる).このような組(U, V)のなす族をFBで表す.以上の準備の下でFBの各元(U, V)に対し写像

θS,U,V : K1(Λ(G)S) → K1(Λ(U)S) → K1(Λ(U/V)S)=Λ(U/V)S×

を考える.但し最初の射は代数的K-理論に於けるノルム写像であり,二番目の射は標準射U → U/V から誘導されるK-群の射である.ここでU, VによるF∞の固定体をそれぞれFU, FVと表すとき,アーベル拡大FV /FUに付随するドリーニュ-リベの意味でのp-進ゼータ擬測度ξFV /FU がΛ(U/V)×Sの元として構成されること[DR]に注意すると,非可換拡大F∞/Fに付随するp-進ゼータ関数ξF∞/Fは全てのFBの元に対してθS,U,V (ξF∞/F)=ξFV /FUを満たすK1(Λ(G)S)の元として特徴付けることが出来る(「p-進ゼータ擬測度の〈貼り合わせ〉」,詳細は論文第2節参照).他方,非可換岩澤主予想は標準オーレ局所化Λ(G) → Λ(G)Sに付随するワイベル-ヤオの局所化完全系列の連結準同型∂ : K1(Λ(G)S) → K0(Λ(G), Λ(G)S)によってp-進ゼータ関数ξF∞/F が-[CF∞/F ]にうつされるという形で定式化される(CF∞/Fはネコヴァールのセルマー複体の双対複体.定義等は論文第1節参照).したがって主定理の証明は

θS,U,V (ξF∞/F)=ξFV /FU for all (U, V) ∈ FB,

∂(ξF∞/F)=-[CF∞/F ]

を満たす元ξF∞/Fを構成するという純粋に線形代数的な問題に帰着される.このような元の構成は主に以下の二つのステップを通じて実現されるであろうことが容易に観察される(実際には技術的理由からバーンズ-加藤のダイアグラム・チェイシングを用いた議論を展開する.論文第2節参照);

ステップ1, θS=(θS,U,V)(U,V)∈FB : K1(Λ(G)S) → Π(U,V)∈FBΛ(U/V)×Sの《像》ΨSの計算;

ステップ2, (ξFV /FU)(U,V)∈FB がΨSに含まれることの証明.

論文第4節-第7節がステップ1に,論文第8節,第9節がステップ2にそれぞれ相当している.

ステップ1はオリヴァー-テイラーの整対数準同型写像[Oliver]を用いてトレース写像の像をノルム写像の像に翻訳することにより実行され,結果としてθSの像を含む明示的に特徴付けられる群ΨS が得られる.ΨSの元は各成分同士のノルム関係式,共役関係式(以上は自明な関係式) 及び合同関係式(非自明な関係式)によって特徴付けられる(詳細は第7節参照.ΨSは殆どθSの像と一致すると期待される).

ステップ2では各p-進ゼータ擬測度ξFV /FU がΨSの元を特徴付けている関係式を満たすかどうかを確かめることになる.条件式のうちノルム関係式及び共役関係式はp-進ゼータ擬測度の補間性質による特徴付けを用いた形式的な計算で容易に確認出来るが,合同関係式は複雑な形をしており直接正当化することは困難であった.そこで本論文では帰納的な構成を行うことでこの困難を回避した(論文第9節).具体的には,Gfの非自明な中心元でGfの交換子群に含まれるものをとりG=G/とおくと,Gの有限部分の位数に関する帰納法によりK1(Λ(G)S)には非可換拡大F/Fに付随するp-進ゼータ関数ξF/F が既に構成されているとして良い.このξF/Fの存在を用いて合同関係式をより単純なものに帰着し,ドリーニュ-リベのq-展開原理[DR]を用いて単純化された合同関係式を証明すること(論文第8節)によってF∞/Fに付随するp-進ゼータ関数の構成は完成される.

なお,ステップ1の計算の中で対数写像を用いる関係上p-捩れ部分の不定性が生じてしまうので,上記の構成で得られるp-進ゼータ関数もp-捩れ部分の不定性を孕んでしまう.この不定性はリッター-ヴァイス型非可換拡大に付随するp-進ゼータ関数の存在[RW1]を用いて取り除くことが出来る(論文第9.3節).

因みに総実代数体の非可換岩澤主予想は円分Zp-拡大Fcyc/Fを含む任意の総実なp-進リー拡大に対してリッター-ヴァイス[RW2] 及びマヘシュ・カクデ[Kakde2]によって2010年に独立に証明されたが,その本質的な部分である1 次元副p p-進リー拡大に付随するp-進ゼータ関数の構成に関しては両者の結果とも帰納法を用いている.帰納法を用いることによってさらに複雑な拡大に対して段階的にp-進ゼータ関数を構成出来ることを明らかにした最初の結果が本論文(及び先行研究[H])であることを加味すると,本論文の主結果が一般の場合の証明の進展に果たした役割は少なくないと考えられる.

[CFKSV] John Henry Coates, Takako Fukaya, Kazuya Kato, Ramdorai Sujatha and Otmar Venjakob,The GL2 main conjecture for elliptic curves without complex multiplication, Publ. Math. Inst.Hautes ´Etudes Sci., 101 (2005) 163-208.[DR] Pierre Ren´e Deligne and Kenneth Alan Ribet, Values of abelian L-functions at negative integersover totally real fields, Invent. Math., 59 (1980) 227-286.[H] Takashi Hara, Iwasawa theory of totally real fields for certain non-commutative p-extensions,J. Number theory, 130, Issue 4 (2010) 1068-1097.[Kakde1] Mahesh Kakde, Proof of the main conjecture of noncommutative Iwasawa theory for totally real number fields in certain cases, preprint (2008) arXiv:0802.2272v2[math.NT], to appear in J. Alg. Geom.[Kakde2] Mahesh Kakde, The main conjecture of Iwasawa theory for totally real fields, preprint, arXiv:1003.3772v1[math.NT] (2010).[Kato] Kazuya Kato, Iwasawa theory of totally real fields for Galois extensions of Heisenberg type, preprint.[Oliver] Robert Oliver, Whitehead groups of finite groups, London Mathematical Society Lecture Note Series, 132 (1988) Cambridge Univ. Press.[RW1] J¨urgen Ritter and Alfred Weiss, Equivariant Iwasawa theory: an example, Doc. Math., 13 (2008) no. 4, 715-725.[RW2] J¨urgen Ritter and Alfred Weiss, On the 'main conjecture' of equivariant Iwasawa theory, preprint (2010) arXiv:1004.2578v2[math.NT].
審査要旨 要旨を表示する

原隆氏は,総実代数体Fの非可換岩澤主予想を,ガロア群がべき指数pの有限p 群の拡大の場合に,μ普遍量についてのある仮定のもとに証明した.この仮定はF が有理数体のアーベル拡大である場合には常にみたされる.また,この結果を総実代数体のArtin L 関数の特殊値についての非可換同変玉河数予想に応用した.

総実代数体Fの可換な岩澤主予想はFのL 関数の整数点での値のp 進的性質とFの円分拡大のイデアル類群のふるまいを関係付ける予想で,20年ほど前にA. Wilesにより完全に解決されている.代数体や楕円曲線の岩澤主予想を非可換ガロア拡大へ拡張する試みは,10年ほど前にCoates 氏によって始められ,2005年のCoates, Fukaya, Kato, Sujatha, enjakobの論文により予想の定式化が完成した.また総実代数体の場合には,同じく10年ほど前からRitterとWeissによる研究も独立に進められていた.

原氏の証明の手法は,A.Wilesにより解決されているガロア群が可換群の場合の岩澤主予想に帰着させるというものである.同様の手法による先行研究として,Ritter-Weiss, 加藤和也, Kakde, 原隆(修士論文)による特別な形の非可換拡大についての研究が知られていた.原氏は加藤和也のHeisenberg 型の拡大の場合の証明の手法を用いているが,一般の非可換p 群では,部分拡大のp 進L 関数達のみたすべき合同式をA進Eisenstein 級数の合同式から直接示すことはできない,という問題があった.原氏はガロア群の位数に関する帰納的な議論を新たに確立することによりこの困難を克服し,上記の研究成果を得ました.

原氏の研究は,群の大きさに関する帰納的議論により非常に一般的な群でも非可換岩澤主予想を可換な岩澤主予想から導きうることを初めて示した画期的なものである.よって,論文提出者 原隆は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51809