学位論文要旨



No 127196
著者(漢字) 山下,真
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,マコト
標題(和) トーラス同変なスペクトラル三つ組の変形
標題(洋) Deformation of torus equivariant spectral triples
報告番号 127196
報告番号 甲27196
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第377号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 准教授 緒方,芳子
 東京大学 准教授 小澤,登高
内容要旨 要旨を表示する

コンパクトリーマン多様体 M および 2-トーラス T2のなめらかな作用が与えられたとする。Connes--Landiは変形パラメータ θ ∈R / Zに対して Mの等スペクトル変形 Mθを非可換幾何の枠組における対象として定義した。

「非可換空間 Mθの上の滑らかな関数」の代数系 C∞ Mθは、線形空間としては Mの上の滑らかな関数の代数系 C∞ Mとして定義されるが、通常の各点での値の積の操作の代わりに以下のように変形された積 *θを考える。fとgとがそれぞれトーラスの作用に関してウェイト (m, n) および (m', n')の固有関数であるとき、それらの積は

と定められる。

多様体 M が 2-トーラス T2によって与えられ、T2の作用が群の推移作用によって与えられている場合、上の構成によって得られる代数系 C∞ Mθは、交換関係 u v=e^{2pi i θ}v uを満たす二つのユニタリ作用素 uとvとに関する急減少係数 Laurent 級数の環になる。

Connes--Landiはさらに、Mθのリーマン幾何(あるいはスピン幾何)を表すものとして、環 C∞ MθのHilbert 空間への表現および、C∞ Mθ が表す作用素に対して有界な交換子を持つようなコンパクトレゾルベントの非有界自己共役作用素からなるスペクトラル三つ組を与えた。

上記の構成は作用しているトーラスが一般次元で変形パラメータが歪対称行列 Jで与えられる場合にも Connes--Dubois-Violetteによって拡張されている。また、多様体へのトーラスの作用の代わりに、積の可換性を特に仮定しない環 A へのトーラスの作用から上のようにして積を変形した環 AJを構成することができる。具体的には非可換 n-トーラスの関数環 C∞ T^nJと、n-トーラスのゲージ作用を用いて A otimes C∞ T^nJを適切に完備したものへのT^nの直積作用に関する固定部分環をとることによって AJ が得られる。

このときさらに、(A, H, D) がスペクトラル三つ組であって A へのトーラス作用が H 上のDを不変にするユニタリ表現によって実現されているとする。このようなトーラス同変スペクトラル三つ組が与えられたとき、変形された環 AθのH への作用を定めて新たなスペクトラル三つ組 (AJ, H, D)を構成することができる。

このようにして構成される環の不変量にK-群 K*(AJ) や周期巡回コホモロジー群 HP^*(AJ) が、スペクトラル三つ組の不変量として Chern--Connes 指標 ch{(AJ, H, D)} ∈HP^*(AJ) が挙げられる。これらはそれぞれ、多様体 MのK-群 K^*(M)、de Rhamホモロジー群 H*(M) および Clifford 加群 Eに対応するホモロジー類 (hat{A}(RM) cup ch(E/mathbb{S}))cap[M]の類似になっている。Chern--Connes 指標と K-群との対合は Dに対応する Dirac 型作用素をベクトル束でひねったもののFredholm 指数を計算することに対応している。

まず、この論文では変形された環の不変量 K*(AJ) や HP^*(AJ) が変形パラメータ Jの値によらず自然に同型になることを示した。実は、環の積の変形に関しては、先行する Rieffelによる C^*-環へのR^nの作用に関する環の変形量子化の構成を滑らかな関数の代数系に置き換えて実行したものになっている。RieffelはRの作用に関する接合積の操作を繰り返して得られる AJと強森田同値な環の構成を与えている。同様の構成をを滑らかな関数の環を含む Fr'{e}chet 環のカテゴリーで行うことによって、K-群に関する Connes--Thom 同型や周期巡回コホモロジーに関する Elliott--Natsume--Nest 同型を適用して、それぞれの不変量に関する自然な同型が与えられる。

次に、Aの巡回コサイクルでトーラス作用に関して不変なものが与えられているとき、AとAJとの線形空間としての同一視をもとにして AJ 上の巡回コサイクルを得ることができる。とくに、巡回コサイクルがトーラス作用で不変なトレースによって与えられている場合、得られるものもトレースによって表されるコサイクルになる。

このような変形前後の環の線形空間としての同一視によって定まる不変コサイクルの対応と、Elliott--Natsume--Nest 同型によって得られる対応との差をトーラス作用の生成子の各方向成分 (Xj){j=1}^nのコサイクルへの作用 (i{Xj}){j=1}^nと変形パラメータの成分 (J{j, k}){j,k=1}^nによって記述した。具体的には、上記二つの方法で変形した環の上に得られる巡回コサイクルの差をElliott--Natsume--Nest 同型によって引き戻したものは

と表すことができる。もっとも簡単な 2-トーラスへの2-トーラス自身の推移作用と変形パラメータ θ ∈R / Zに関する変形を考える場合 C∞ T^2θ 上の正規化された不変トレースと K-群との対合の値の可能性は Z + θ Zであることが知られていたが、上記の式はこの状況の説明を与えている。

ここでの鍵となったのは、R 作用に関する不変トレースに関する接合積環上の双対トレースと、もとの環上での作用の生成子がトレースに作用して得られる巡回 1-コサイクルとの間の対応に関する Connesの結果を、一般の不変巡回コサイクルに拡張することだった。

トーラス同変なスペクトラル三つ組について、そのChern--Connes 指標はトーラス作用で不変な巡回コサイクルになる。また、もとのスペクトラル三つ組の指標と変形されたスペクトラル三つ組の指標との対応は、上記の不変巡回コサイクルの対応の特別な場合になっている。K-群に関する Connes--Thom 同型と合わせると、変形パラメータに連続に依存した巡回コサイクルで、K-群の元に対し常に整数を与えるようなものが得られることになる。したがって、Chern--Connes 指標が K-群の上でとる値は環の積の変形パラメータに依存しないことが従う。

審査要旨 要旨を表示する

本論文において,論文提出者は非可換幾何学における新たな具体例の構成法に関する興味深い研究を行った.

(乗法単位元を持つ) 可換なC* 環はコンパクトHausdorff 空間上の連続関数環と同一視される.また可換なvon Neumann 環は測度空間上のL∞ 関数環と同一視される.よって一般の非可換な作用素環は何らかの「非可換空間」上の関数環を表しているはずだ,という考えは古くからあり,これが非可換幾何学の源流となっている.しかし,コンパクトHausdorff 空間や測度空間には「幾何学」的な構造はあまりなく,真に通常の幾何学を「非可換化」するには(Riemann) 多様体を非可換化した概念が必要である.これを与えるのがConnesのスペクトラル三つ組である.これは,Hilbert 空間,その上の有界線形作用素のなす*環,その上の(通常非有界な) 自己共役作用素の三つからなり,ある種の微分可能性の公理を満たすものである.ここに現れる自己共役作用素は,スピン多様体上のDirac 作用素の概念を一般化したもので,この公理的枠組みにおいてもirac 作用素と呼ばれる.この公理的設定で,一つのスペクトラル三つ組は一つの「非可換多様体」にあたるものである.

そこでこのようなスペクトラル三つ組をどうやって構成するかが問題となり,これまでに多くの研究成果がある.本論文は,Connes-Landiの方法を一般化した新しい構成法を与えたものである.通常のRiemann 多様体にトーラスが作用しているときに,この作用を用いて関数の積演算を変形し,「非可換多様体」を構成するというのがConnes-Landiの有名な方法である.本論文ではこの方法を一般化し,もともと「非可換多様体」があって,そこにトーラスが作用しているときに,その作用を用いてさらにもとの「非可換多様体」を変形して新しい「非可換多様体」を構成する方法を与えた.そこでは「非可換多様体」の基本的な例である非可換トーラスの性質をうまく用いている.このアイディアはシンプルなものだが,もともとのConnes-Landiの構成法は通常の多様体から出発するという条件に大きく依存しており,これを「非可換多様体」から出発することに一般化することは技術的に容易ではない.論文提出者はこの技術的難点を克服し,明快な結果を得た.

また,幾何学において(コ)ホモロジー論の手法が大きな役割を果たしているが,非可換幾何学においても対応する重要な理論がある.それは,K-理論と巡回コホモロジー理論である.これらはかなり一般的な環に対して定義されるが,「非可換多様体」に対してこれらの不変量を研究することは,非可換幾何学における重要な問題であり,多くの研究者の関心を集めている.論文提出者は,Connes-Landiの方法の一般化において得られる「非可換多様体」について,K-理論と巡回コホモロジー理論を研究し,その構造についての理解を深めた.

これらはいずれも非可換幾何学における重要な成果であり,専門家たちから国際的に高く評価されている.よって,論文提出者山下真は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51812