学位論文要旨



No 127197
著者(漢字) 柳,青
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,チン
標題(和) 曲率流とハミルトン・ヤコビ方程式における特異問題
標題(洋) Singular Problems Related to Curvature Flow and Hamilton-Jacobi Equations
報告番号 127197
報告番号 甲27197
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第378号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 山本,昌宏
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 准教授 齊藤,宣一
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文は非線形偏微分方程式、特に曲率流方程式とHamilton-Jacobi方程式の特異問題を対象として考察する。ここでの特異問題は実際に最適制御、微分ゲーム、幾何運動、結晶成長など重要な応用と関連している。本研究では主に偏微分方程式の粘性解理論を用いて解析する。本論文は二つの部分から構成されている。第一部では微分ゲームによる手法で方程式の解の近似を行い、解の特異的性質を調べる。第二部では結晶成長に現れる非強圧的Hamilton-Jacobi方程式の解の漸近挙動を考察する。

【第一部・決定論的ゲームによる偏微分方程式の解の表現と解析】

ゲーム論的手法は近年注目されている。離散ゲームの値関数を用いて様々な方程式の解を近似することが証明されている。特に、最近は非常に一般的な二階楕円型方程式と放物型方程式の解もゲームの値関数で近似できることが分かってきた。本論文ではそのゲーム理論をさらに発展させ、解の新しい解析法を確立した。

平均曲率流方程式のNeumann問題に対してゲームによる解釈を与えた。従来の結果はCauchy問題やDirichlet問題に集中することが多く、Neumann境界値問題は考察されていない。我々は境界でのBilliard反射を使い、領域の境界で反射を許すゲームのルールを設定し、Neumann境界条件付きの問題に対する近似定理を証明した。さらに、一階方程式にもBilliardゲームを適用し、値関数の空間連続性を示した。

ゲーム理論により平均曲率流方程式の特異現象――level setの肥満現象(fattening phenomenon)の別証明を与えた。Level setの肥満現象は解析的にも幾何的にも重要であるが、実際に研究するのは困難であり、この現象が発生する必要十分条件はまだ把握されていない。特殊な8の字型の初期曲線に対しては、肥満現象の存在が放物型方程式の一般論により証明できることはよく知られているが、本研究では放物型方程式の一般論を一切利用せず、ゲーム理論だけで証明を行った。さらに、このfatteningの証明に用いられるゲームの戦略を利用し、平均曲率型の定常問題の弱比較定理の反例を構成した。一般的には、正曲率流方程式の粘性解にfattening現象が起きれば、定常問題の比較定理が成り立たないことも証明した。これにより、Kohn-Serfaty (2006)の比較原理に関する未解決問題を部分的に解決した。

保存則方程式の解の近似問題も考えた。今までのゲーム理論で扱える方程式は未知関数について単調であるので、方程式の粘性解が連続である場合がほとんどである。未知関数について単調でない方程式には通常の粘性解理論が適用できず、特異問題としてのゲーム理論による近似が大変興味深い問題となる。本論文はこの様な方程式の代表である保存則方程式に対して空間一次元の場合で離散スキームを試み、初期値が単調減少の場合に不連続な解の近似解を構成した。

【第二部・非強圧的Hamilton-Jacobi方程式の解の長時間挙動】

Hamilton-Jacobi方程式の初期値問題の長時間挙動に対する研究は1980年代から始まり、主に空間変数に依存しない形のHamilton-Jacobi方程式の場合に研究された。一般的なHamilton-Jacobi方程式については[Namah-Roquejoffre, 1999]に始まる。ここ十数年間で様々な研究があるが、ほとんどの論文はHamiltonianの強圧性を仮定している。その仮定によって空間一様に一定の速さで安定状態に近づくという解の長時間挙動が示されている。強圧性を仮定しない場合はあまり研究されていない。

本論文は結晶成長の現象を動機としたHamilton-Jacobi方程式を数学的に解析する。[Yokoyama-Giga-Rybka, 2008]は結晶成長を一次元化して考え、現れるDirichlet問題を初期値ゼロの場合で特性曲線の方法により解析を行った。その際、現象を記述する方程式は非強圧的なHamiltonianをもつ。本論文では、より一般の方程式を考え、その解の時間無限大での挙動について考察する。

典型的結果を簡単に述べる。非強圧的な方程式の解の漸近挙動が持つ特有な性質として有効領域と呼ばれる領域が存在することを発見した。この領域の中では、解の安定状態が存在し、解があるスピードで安定状態に収束する。一方で、領域の外では、より速い速度で解が変化する。また、方程式の強圧性がないため、解の時間と空間変数に対する一様なLipschitz連続性を失う。有効領域での定常問題を考えた時に、自然にNeumann型或いはDirichlet型特異境界条件が現れる。これらの特異問題に対し、比較定理と存在定理を証明した。一階方程式の場合、考察されていなかった新結果であり、この定常問題に関する結果を用いて、有効領域における収束を示すことにも成功した。

より詳しくは次の3つに要約される。まず、空間一次元のCauchy-Dirichlet問題を考察し、初期値ゼロの場合で得られた結果を一般化し、より精密な結果を得る事を試みた。定常問題について特異Neumann条件と特異Dirichlet条件両方で比較定理を示した。また、一般の初期値に対する適合条件を発見した。これは動機となった結晶成長の観察結果と整合している。次に研究したのは空間多次元の初期値問題である。この場合に考える定常問題の境界条件は特異Neumann型である。与えられたHamiltonianから有効領域とその領域での成長速度がどのように決まるかについて明らかにした。結晶成長のステップ源と対応するのはWeak KAM理論のAubry集合であることも分かった。最後に、より一般的なErgodic理論の観点から我々が示した長時間挙動に関する結果を分析し、有効領域の外での長時間挙動についても部分的な結果を与えた。

審査要旨 要旨を表示する

非線形偏微分方程式の解の性質を調べることは、自然科学・工学や社会科学にとって重要な課題である。しかし、一般には解を単純な式で表すことができず、そのため各分野での難題になっている。そのような状況の中で漸近解析の方法や、問題の特性を反映したさまざまな解の表現公式を導出することは可能であれば極めて有用で、どちらも非線形解析の重要な手法である。

本博士論文では、次の2つのテーマを扱っている。

(1)一般の非線形楕円型方程式について、その解の決定論的離散的微分ゲームによる近似表現とその応用

(2)非強圧的ハミルトン・ヤコビ方程式の解の長時間挙動の解析

第1のテーマで扱われている主要な方程式は平均曲率流方程式である。金属の焼きなまし時の粒界の動きを記述する平均曲率流方程式は、広く研究され等高面法による広義解の概念が確立されている。画像処理におけるノイズの除去などさまざまな分野への応用も広い。しかし、その等高面方程式の解に対して決定論的離散的微分ゲームの価関数で近似できることがわかったのは、ごく最近のことである。というのは、決定論的連続的微分ゲームを常微分方程式について考えても価関数は2階の微分方程式の解とはならないからである。本博士論文では、この問題にノイマン境界条件付の問題に対し、ビリアードを用いた決定論的離散的微分ゲームを考案し、その価関数によりもとの問題の解で近似可能であることを示した。境界条件付の問題のゲームによる解釈として注目される結果であった。

平均曲率流方程式は、その等高面法による広義解は一意的であるが曲面としての解は一般に一意性は成り立たない。等高面法的な考えでは曲面をゼロ等高面とする関数のゼロ等高面が内点を含む、いわゆる肥満現象に対応している。肥満現象が起きること自身はよく知られているが厳密な証明は非線形放物型方程式の一般論を用いる必要があった。本博士論文では、この方程式の解を決定論的離散的微分ゲームで近似し、その価関数をさまざまな戦略を考えることにより評価し、結果として肥満現象の存在を放物型方程式の一般論を用いずに、粘性解理論の枠組の中で証明することに成功した。また、対応する定常問題の比較原理の成立、不成立の問題が、この肥満現象と深く関係のあることを示した。これにより比較定理が成り立たない例のあることを示し、未解決問題を一部解決した。これらの結果は大変重要で既に論文に引用されるなど評価は高い。さらに保存則方程式のように粘性解理論では扱いにくい方程式に対して離散スキームを構成し、不連続解の近似解を構成した。このように第1のテーマに関しての成果は極めて独創性が高いと考えられる。

第2のテーマであるハミルトン・ヤコビ方程式の時間無限大での漸近挙動はハミルトニアンが強圧的な場合よく調べられていて先行結果も多い。しかし、結晶成長の問題ではハミルトニアンが非強圧的な場合を扱う必要に迫られる。強圧的な場合は周期境界条件を課した場合、一定の連度で安定な形状に近づくことが知られているが、非強圧的な場合は必ずしもそうはならない。

本博士論文では、非強圧的な方程式の解の漸近挙動の持つ特有な性質としてある領域の中では解は一定のスピードで安定状態に収束し、その他では、そうならない領域があることを発見した。このような領域を有効領域とよんでいる。有効領域での解の収束を示すには従来用いられていたリプシッツ評価を導くことによる証明は不可能で、全く異なる考え方が必要であった。また、極限の形状を決定する定常問題も有効領域の境界で特異ノイマン条件や特異ディリクレ条件を課された問題になっているので、その解の特徴づけ等従来ほとんど研究されていない境界値問題を考察する必要があった。

本博士論文では、空間1次元の初期値ディリクレ境界値問題を考察し、初期値ゼロの場合に得られた結果を一般化し、有効領域上での収束定理を得た。また、一般の初期値に対する適合条件を発見した。この結果は動機となった結晶成長学の問題に十分答えている。また空間多次元の場合の初期値問題も考察している。極限の形状の満たす方程式はこの場合特異ノイマン問題になる。この定常問題の解の比較定理を力学理論のオーブリー集合での比較を仮定することにより証明した。(オーブリー集合上での比較が無ければ一般に比較定理は成立しない。) これを用いて、解の漸近挙動を比較関数を巧妙につくることにより、有効領域上で証明することに成功した。

本博士論文は、離散的微分ゲームによる解の表現とその著しい応用に関して、この分野への重要な貢献であると考えられる。また、非強圧的なハミルトン・ヤコビ方程式の解の時間無限大の漸近挙動という新しい分野を切り拓くなど、先駆性も高い。よって論文提出者、柳青は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51813