学位論文要旨



No 127204
著者(漢字) 大前,宣昭
著者(英字)
著者(カナ) オオマエ,ノリアキ
標題(和) 第二世代重力波検出器用レーザーシステム
標題(洋) Laser System for Second-Generation Gravitational-Wave Detectors
報告番号 127204
報告番号 甲27204
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第651号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 三尾,典克
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 末元,徹
 東京大学 准教授 山本,剛久
 東京大学 准教授 大橋,正健
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

本研究では,日本の第二世代重力波検出器である大型低温重力波望遠鏡(Large-scale Cryogenic ravitational wave Telescope, LCGT)計画で必要とされるレーザーシステムの開発を行っている.重力波とは非常に小さな時空の歪みが光速で伝播する波動現象であり,その歪みをkm 級の大型かつ高性能な干渉計を用いて捉えることが,世界各地で試みられている.

LCGT 計画では,光が光子であることに起因することによる雑音に対して最適化を行うために,100 W 級の高出力レーザーを必要とする.もちろん,通常の干渉計測で必要とされる性能(周波数の安定度,強度の安定度,偏光,ビーム品質)に関しても,極限的な要求が課される.つまり,高出力と高性能という要求を同時に満たすレーザーシステムを必要とする.

本研究では,LCGT 計画のレーザーシステムに必要な技術の開発として,これまでに開発を進めてきた100 W・単一周波数Nd:YAGのレーザーの出力特性の向上,高出力レーザーの広帯域・高利得周波数制御技術,光共振器を用いたレーザーのRF 強度雑音の低減技術,LCGT 計画で必要とされる光変調技術,100 W 単一周波数Nd:YAG レーザーの第二高調波発生による高出力緑色光源の開発を行った.

2.100 W 単一周波数Nd:YAG レーザーの特性向上

100 W 以上の狭線幅単一周波数レーザーを得るために注入同期を用いる.注入同期とは,低出力ではあるが単一周波数発振するレーザーを主レーザーとして,多周波数発振ではあるが高出力な従レーザーに注入することで,主レーザーの周波数特性に追随するように従レーザーを発振させることである.これまでに,100 W,直線偏光(偏光比1:35),ほぼTEM00(M2 〓1.1)の単一周波数出力を実現していた.

さらなる特性の改善のために,従レーザーの構成を図1に示すものに変更した.変更点は,従レーザー共振器内に偏光選択素子としてブリュースター窓を挿入し,鏡の配置を反射特性のよい入射角(0 度,45 度)になるように配置し,注入同期のロッキングレンジの拡大のために結合鏡の反射率を85%→75%に変更した.これらの改良の結果,偏光比1:114,M 2 〓1.0,最大出力117 W(図2)と特性が向上した.

3.100 W 単一周波数Nd:YAG レーザーの広帯域・高利得周波数安定化

レーザーの周波数揺らぎは,重力波信号にとっての雑音となるため,十分小さく抑えなくてはならない.周波数安定度の要求値は100 Hzで10(-8)Hz/√Hzで,レーザーのフリーランでの周波数雑音は100 Hzでおよそ10(2) Hz/√Hzであるので,10 桁ほど周波数雑音を下げる必要がある.100 Hzで十分な制御ゲインを確保するためには,広帯域な制御を行う必要がある.

光共振器を周波数参照として,100 W 注入同期型Nd:YAG レーザーの周波数制御実験を行った(図3).高出力化による問題(レーザーの大型化による周波数制御ループ内での位相遅れ,高出力レーザー用電気光学変調器)を解決するために,MgO 添加定比組成LiNbO3(MgO:SLN)製の電気光学変調器の評価を行い,従レーザーの後に配置することで,制御帯域約800 kHzもの広帯域な周波数制御を実現した(図4 左).また,制御利得のブーストにより,100 Hzで300 dB,1 kHzで180 dBもの高利得制御を実現した(図4 右).100 Wを超えるレーザーでこのような周波数制御を実現させたのは本研究が最初である.

4.光共振器を用いたレーザーのRF 帯域での強度雑音の抑制

重力波検出器では制御のために,変調・復調法を用いる.その際,レーザーのRF 帯域での強度雑音は変調・復調を通して,重力波にとっての雑音となる.そのため,光共振器の透過光の性質を利用したパッシブな安定化により,RF 強度雑音の低減を行う.

しかし,LCGT 計画では高出力レーザーを用いることから,高フィネスな光共振器を用いることができず,RF 強度雑音低減性能を大きくできない.そこで,光共振器をダブルパス構成で使用することで,熱的に同条件のシングルパス構成と比較して,雑音低減性能を大きくとれることを提案した.実際にダブルパス構成で光共振器を使用することで,雑音低減性能が,シングルパス2 回分になることを確認した(図5).

5.LCGT 計画で必要とされる変調技術の開発

これまでの重力波検出器とは異なり,LCGTでは干渉計制御のための光変調技術として,位相変調だけでなく振幅変調も必要とする.しかし,従来の方法では振幅変調にはレーザーパワーの損失を伴い,レーザーの高出力化にとって問題となる.また,干渉計の感度特性の切り替えのために,位相変調-振幅変調の切り替えシステムを必要する.そこで,以下の変調技術の開発を行った.

5-1.位相-振幅変調の切り替えシステムの検証

マッハツェンダー干渉計の両腕に位相変調器を配置し,それらの変調信号間の位相を調節することで(電気信号の調節だけで),位相変調-振幅変調(-シングルサイドバンド)の切り替えができることを確認した(図6).

5-2.遅延コヒーレント加算による低損失・高変調効率の振幅変調システムの開発

従来の振幅変調法ではレーザーパワーの損失と,高効率な変調の両立はできない.しかし,図7に示すように本来捨ててしまう光を遅延させ,コヒーレントに足すことで,再利用をすることができ,低損失かつ高変調効率の両立を可能にする.図8左は,この方法で振幅変調を行った結果であり,従来の方法(図8の右3つ)と比べると,低損失で大きな1 次のサイドバンドを得ることができた.

6.第二次高調波発生を利用した高出力緑色光源の開発

重力波検出器の感度は,最終的に量子雑音(散射雑音・輻射圧雑音)で制限される.これらは,波長λとレーザーパワーPの比の平方根√p/λに,それぞれ比例・反比例して向上する.しかし,これまで輻射圧雑音は観察されておらず,散射雑音の改善のために,より高出力なレーザーが求められてきた.重力波検出器用の光源の波長は,レーザー高出力化や光学素子の性能から現在は1 μm 帯のレーザーが用いられている.

そこで,波長を短くすることによる散射雑音の改善として,第二次高調波発生を利用した,波長が半分の二倍波の光源の開発を行った.高効率な波長変換のために外部共振器で基本波を増強し,非線形結晶として損傷閾値の高いLiB3O5(LBO)結晶(3×3×20mm3)を共振器内に配置した構成で,第二次高調波発生を行った.図9にそのときの出力を示す.基本波111 Wのとき,最大88 Wの緑色(λ =532nm)出力を変換効率78%で得ることができた.この88 Wという出力は,連続波の緑色出力としては世界最高級の出力である.

また,図10は出力のビームプロファイルを測定したもので,M 2 〓 1.0という非常に高品質な出力を得ることができた.

7.まとめ

日本の第二世代重力波検出器である大型低温重力波望遠鏡(LCGT)のレーザーシステムで必要とされる,高出力単一周波数レーザー,高出力レーザーの広帯域・高利得周波数制御技術,RF 強度雑音低減のための光共振器のダブルパス構成の提案,変調状態の切り替えシステム,低損失かつ高変調効率な振幅変調システムの開発を行った.また,第二次高調波発生を利用して,波長532nmの高出力(88 W)かつ高品質な新しい光源の開発を行った.

図1.従レーザーの構成.

図2.注入同期出力.

図3.100 W 注入同期型レーザーの周波数安定化実験の構成.

図4.周波数制御のオープンループ伝達関数(左:初期の各ループの関係,右:初期と最終状態).

図5.光共振器の強度雑音に関する伝達関数(赤:ダブルパス,青:シングルパス).

図6.各変調状態の,(上)周波数解析,(下)強度の時間変動.

図7.遅延コヒーレント加算による低損失・高変調効率の振幅変調システム.

図8.振幅変調時の(上)強度の時間変動と(下)周波数解析.(左)遅延コヒーレント加算を用いた(右3つ)従来の方法での振幅変調.

図9.LBOを用いた100W 単一周波数Nd:YAG レーザーの外部共振器型第二次高調波発生出力と変換効率.

図10.88 W 緑色出力のビームプロファイル.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、日本の第二世代重力波検出器である大型低温重力波望遠鏡(Large-scale Cryogenic Gravitational wave Telescope、LCGT)計画で必要とされるレーザーシステムの開発の成果をまとめたものである。LCGT 計画では、光が光子であることに起因することによる雑音に対して最適化を行うために、100 W 級の高出力であると同時に高安定なレーザーを必要とする。本論文は、LCGT 計画のレーザーシステムに必要な技術の開発に関して、7つの章と3つの補遺を用いて述べている。緒言(第1章)に始まり、これまでに開発を進めてきた100 W・単一周波数Nd:YAGのレーザーの出力特性の向上として10%以上の出力の増大、偏光特性の改善を述べた後(第2章)、高出力レーザーの広帯域・高利得周波数制御技術の開発として、1MHz 弱の制御帯域と300dBを超える制御ゲインの実現を示した(第3章)。さらに、光共振器を用いたレーザーのRF 強度雑音の低減技術(第4章)、LCGT 計画で必要とされる光変調技術(第5章)、100 W 単一周波数Nd:YAG レーザーの第二高調波発生による高出力緑色光源の開発(第6章)が述べられている。第7章は、本論文のまとめとして結論が述べられている。本論文の内容は、極限性能を持つ実験装置の開発という視点から見て、世界的なレベルにある。特に、第5章の変調技術の開発では申請者のオリジナルのアイデアとして、ほとんど光を損失しない方策を実現したものであり、この分野で最も進んだものとなっている。さらに、第6章では、光源技術として一般に応用可能な第2 次高調波発生技術に取り組み、波長532nmで88Wという連続波として世界最高級の出力を実現した。

これらの研究は、三尾、森脇、竹野、高山らとの共同研究であるが、論文提出者の寄与は極めて大きいと判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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