学位論文要旨



No 127250
著者(漢字) 乾,正幸
著者(英字)
著者(カナ) イヌイ,マサユキ
標題(和) ガスハイドレートを利用した海底下二酸化炭素貯留の実現可能性に関する研究
標題(洋) Feasibility Study on CO2 Subseabed Storage in the Form of Gas Hydrate
報告番号 127250
報告番号 甲27250
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第697号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 准教授 島田,荘平
 東京大学 准教授 増田,昌敬
 成蹊大学 教授 山崎,章弘
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

現在、地球温暖化による地球環境の大きな変動が世界的に懸念されている。2006年のLondon Protocol 1996 附属書Iの改正から2008年と2009年にはEUでのEmissions Trading System指令の改正およびCarbon Dioxide Capture and Storage(以下、CCS)指令の公布と続き、世界的に見ても地球温暖化対策の一つとしてCCSが大きく注目されている。我国では、CO2帯水層貯留をCCSの主流と位置付けているものの、二酸化炭素(以下、CO2)漏洩リスクを考慮した場合、貯留規模が大きく制限されること、また低水深海域を貯留対象としているため漁業保障といった社会受容性の問題を解決しなければならない。

そこで、本研究では、我国におけるCCSポテンシャルの拡大、また地中貯留における漏洩リスクの低減および社会受容性の向上を図ることを目的として、ガスハイドレートを利用した新たなCO2地中貯留方法(以下、CO2ハイドレート貯留)を提案し、提案した貯留法の実用化に向け、本貯留法の技術的問題点を解決し、貯留規模および経済性といった貯留ポテンシャルを明らかにすることで本貯留法の実現可能性を検討する。

2. CO2ハイドレート貯留の閉塞予想モデルの開発

本研究では、本貯留法の技術的問題点であるハイドレート生成に起因する貯留層内での閉塞について、その回避方法にCO2+N2混合ガスを用いることを提案している。まず、閉塞メカニズムを解明するために、ハイドレート生成を伴った砂層における気液二相流動のモデル化を実施し、鉛直方向一次元のCO2ハイドレート貯留シミュレータを構築した。

モデル化において、既往の研究では考えられていない(1)式に示す砂表面積を基にした砂層での水表面積を導入し、この水表面において(2)式に示すハイドレート生成を考慮した。水表面には一定の割合でハイドレート膜に覆われていない新規気液界面が出現しながら気液二相流動が生じるものとし、(2)式の右辺第1項は新規気液界面から生じるハイドレート生成を表し、また第2項は水表面を覆ったハイドレート膜をCO2が拡散することで生じるハイドレート生成を表している。ハイドレート生成による流動抵抗の変化は、砂層の絶対浸透率が変化するものとし、(3)式を用いて算出した。(3)式のNは既往の研究を参考にして24.5とした。

水飽和砂層へのCO2圧入実験で確認した閉塞現象(差圧上昇)について、構築した貯留シミュレータを用いて感度解析を実施し、全水表面に対する新規気液界面の割合xを0.0015、反応管への熱伝達係数htを313 W/m2/Kとすることで、Fig. 1に示す計算結果が得られた。Fig. 1は、内径0.05 m、長さ0.2 mの反応管内部に作成した水飽和砂層に上端よりCO2を300 Nml/minで圧入した際のハイドレート生成による反応管の差圧変化および反応管下端からの排出水量変化の実験結果と計算結果を示している。また、Fig. 2には、同条件においてCO2圧入から約19 min後の砂層での水・ハイドレート飽和率分布と差圧分布の計算結果を示す。ハイドレート生成による差圧上昇、排出水量および平均ハイドレート飽和率(0.17)の実験結果と計算結果はほぼ一致し、本モデルの妥当性が確認された。数値シミュレーションより、閉塞現象は、移動するガスフロントにおいて、新規気液界面から生じるハイドレート生成に起因し、流動する間隙水から大量のハイドレートが局所的に生成することで差圧が大きく上昇することが明らかとなった。

次に、N2混入による閉塞回避方法について、CO2+N2圧入シミュレーションを実施し、その効果を確認した。Fig. 3に、CO2+N2圧入から約70 min後の砂層でのハイドレート飽和率分布、差圧分布および気相CO2濃度分布の計算結果を示す。N2混入により、反応管下端に向けてハイドレート飽和率が極端に減少し、差圧が大きく上昇しないことが確認できた。これは、CO2溶解およびハイドレート生成に気相のCO2が消費されることで気相CO2濃度に分布ができ、ガスフロントに向けて熱力学的生成阻害剤となるN2の高濃度領域が形成されたためである。N2濃度が高くなることでハイドレートの平衡圧力がより高圧側へシフトし、閉塞の原因となるガスフロントにおけるハイドレート生成が極端に抑制されることが分かった。よって、N2混入による閉塞回避の妥当性を確認することができた。

Ai :Surface area of water per unit volume [m2 /m3 ], As: Surface area of sand per unit volume [m2 /m3 ],

f(eq)(CO2) : CO2 fugacity at hydrateequilibrium condition [Pa],f(eq)(CO2): CO2 fugacity in gas phase[Pa],

khd : Diffusion coefficient of CO2 in hydratefilm 〔mol/m/Pa/s〕,

kif : Kinetic constant of hydrateformation at interface [moll/m2/Pa/s],

ks: Absolutepermeability of sand [m2 ], kso: Absolutep ermeability of sand without hy drat e[m2 ],

Lih : Hydratethickness at interface [m], m: Multip lierof water surface area [-],

N: Reduction index of absolute permeability [-], n: Multip lierof water surface area [-],

n(hyd)(CO2) : Mole of CO2 consumed for hy drateformation per unit volume at interface [mollm3],

Sh : Hydratesaturation [-], Si: Water saturation [-], t: Time [sec], x: Ratio of fresh interface to total water surface [-],

a: Coefficient of water surface area [-]

3. CO2ハイドレート貯留システムの基本設計

600 MW級石炭火力発電所1基から排出される20年間分のCO2排出量を水深1000 mの海域にハイドレートとして貯留することを想定し、本貯留法に適したCO2回収、CO2輸送およびCO2圧入の三つのシステムについて基本設計を行った。基本設計を実施するにあたり、ハイドレート生成に起因する閉塞を回避するためにCO2+N2混合ガスを用いることを前提としている。

CO2回収システムでは、火力発電所からの排ガスの一部をアミン系吸収液による化学吸収法で回収したCO2にバイパスし、CO2+N2混合ガスを得ることを想定した。次に、CO2輸送システムでは、水深1000 mの海底まで200kmの海底パイプラインで混合ガスを液化せずに輸送することを想定した。最後に、CO2圧入システムでは、水深1000 m以上でも適用可能なSPARを海上プラットフォームに用いて混合ガスを海底から深度500 m以内の海底堆積層に圧入することを想定した。

4. CO2ハイドレート貯留の貯留規模評価

容積法より、(4)式に提案する貯留規模概算式を用いて、日本周辺海域に卓越したタービダイト砂泥互層の砂層部分にハイドレートとして貯留可能なCO2貯留量を概算した。貯留層面積は水深約1000 mの海底の分布面積とし、また貯留層厚さは水深1000 m以上でも液化しないようN2濃度40-50%の混合ガスを圧入することを想定した際のハイドレートの生成可能な深度から0.25kmとした。南海トラフ海域で実施された基礎試錐より、砂層分布率を5-20%、砂層間隙率を45-55%、砂真密度を2.65-2.75 g/cm3、含水比を10-20%、ハイドレート水和数を7.3、CO2ケージ占有率を0.85、CO2貯留率を1として、日本周辺海域における本貯留法の貯留規模は19.6-199 Gt-CO2と概算された。これは、2008年度の我国におけるCO2排出量(1.3 Gt-CO2)の15年分以上を貯留できる規模である。

帯水層貯留の貯留規模は、低漏洩リスクの帯水層で30.1 Gt-CO2、日本周辺海域における全帯水層で146 Gt-CO2と評価されている。よって、本貯留法は、帯水層貯留と比較しても、同等以上の貯留規模を持つことが明らかとなり、十分な貯留規模を有することが示唆された。

AR : Area of CO2 hydratereservoir [km2], Ds: Distribution of sand layer in CO2 hydratereservoir [%], Fco2 : Storage factor [-]:

LR: Thickness of CO, hydratereservoir [km], MC02 /MH20 : Molarmass of CO2/H20 [gfmol], N1, : Hydrationnumber [-],

Qco2 : Amount of CO2 sequestrated in the form of gas hydrate[Gt-CO2 ], Ws: Water content in sand layer[%],

eco2 : Cage occupancy of CO2 in hydrate[-], ps : True density of sand [g/cm ],φ:Porosity of sand[%]

5. CO2ハイドレート貯留の経済性評価

貯留システムの基本設計を基に、各システムでの初期投資費用と年間運転費用を概算し、1 t-CO2あたりのコストを算出して経済性評価を行った。

CO2回収コストは5400-5800円/t-CO2(N2濃度40-50%)となり、帯水層貯留では6600円/t-CO2となる概算結果が得られた。本貯留法の回収コストは帯水層貯留より12-18%安くなることが分かった。CO2輸送コストは2900-3300円/t-CO2(N2濃度40-50%)となり、帯水層貯留ではCO2液化輸送を想定し3300円/t-CO2(CO2液化コスト1000円/t-CO2)となる概算結果が得られた。本貯留法の輸送コストは帯水層貯留より最大約12%安くなることが分かった。CO2圧入コストは2200-2400円/t-CO2(N2濃度40-50%)となり、帯水層貯留では1600円/t-CO2となる概算結果が得られた。帯水層貯留では、低水深に適した安価なFPSを用いることで固定費が削減され圧入コストが安くなる結果となった。本貯留法の圧入コストは帯水層貯留より37-48%高くなることが分かった。

以上の結果より、本貯留法のCO2貯留コストは、N2濃度増加によるCO2回収コストの減少分とCO2輸送コストの増加分がほぼ等しくなり、N2濃度によらず、約11000円/t-CO2となることが分かった。帯水層貯留では約11500円/t-CO2となり、本貯留法は帯水層貯留とほぼ同等の貯留コストとなる結果が得られた。Fig. 4より、全体の貯留コストの内、CO2回収システムでの蒸気供給費と全固定費がそれぞれ約30%を占めることが分かった。余剰蒸気を利用し、年経費率が低い条件では、貯留コストは6200-6600円/t-CO2(N2濃度40-50%)となる結果が得られた。よって、本貯留法は、帯水層貯留と比較して、同等の経済性を有することが分かり、経済的に実現可能性が十分高いことが示唆された。

6. 結論

本研究では、本貯留法の技術的問題点である閉塞について、数値シミュレーションより、そのメカニズムを明らかにし、またN2混入による閉塞回避の妥当性を確認した。また、本貯留法の貯留規模および経済性について評価し、現在我国で計画中の帯水層貯留と同等以上の貯留ポテンシャルを有することが明らかとなった。よって、本研究で提案するCO2ハイドレート貯留の実現可能性は、技術的にも経済的にも十分高いことが示唆された。

今後の課題としては、本研究で構築したCO2ハイドレート貯留シミュレータを三次元に拡張し、実際の貯留海域を模擬した大規模貯留シミュレーションを実施して、貯留規模および経済性の評価を改めて行う必要がある。

Fig. 1 水飽和砂層へのCO2圧入における実験結果と計算結果

(a) 反応管の差圧

(b) 反応管下端からの排出水量

(初期温度 : 275.15 K、初期圧力 : 3.1 MPa、圧入流量 : 300 Nml/min)

Fig. 2 水飽和砂層へのCO2圧入における計算結果(圧入から約19 min後)

(a) 水・ハイドレート飽和率分布

(b) 差圧分布

(初期温度 : 275.15 K、初期圧力 : 3.1 MPa、圧入流量 : 300 Nml/min)

Fig. 3 水飽和砂層へのCO2+N2圧入における計算結果(圧入から約70 min後)

(a) ハイドレート飽和率分布と差圧分布

(b) 気相CO2濃度分布

(初期温度 : 275.15 K、初期圧力 : 4 MPa、圧入流量 : 105 Nml/min)

Fig. 4 N2濃度40%のCO2+N2混合ガスを用いた場合の本貯留法のCO2貯留コストの内訳

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は緒言として、現在世界的に温暖化対策として注目されているCO2分離回収・貯留法(CCS)につき、我が国が主流と位置づけている海域帯水層貯留は、CO2漏洩リスクの低減化を考慮すると貯留規模が大きく制限されること、対象が低水深海域であるため地域の社会的受容性の問題があることを述べ、我が国のCCSポテンシャルの拡大のため、新たに、ガスハイドレートを利用した海底下CO2貯留法(以下、本貯留法)を提案し、その技術的・経済的実現性を評価するという、本論文の背景と目的について述べている。

第2章は、本貯留法の技術的課題であるハイドレート生成による貯留層内の流動閉塞につき、新たに開発したハイドレート生成を伴う多孔質中気液二相流動シミュレータにつき説明している。海底下砂層内での流動する気液二相状態からのハイドレート生成のモデル化では、ハイドレート非被覆気液界面からの生成、被覆界面でのハイドレート膜内をCO2が拡散して生じる生成、間隙水内の溶存CO2による生成の三パターンを考慮している。計算結果を、砂層温度、反応管差圧および排出水量に関する実験結果と比較検証した結果、このシミュレータの妥当性が確認された。また、計算結果より、閉塞現象は、移動するガスフロントにおける新規気液界面でのハイドレート生成の量に起因するという閉塞メカニズムを明らかにした。また、N2を混入した場合の結果から、CO2溶解およびハイドレート生成で気相中のCO2が消費されることで、熱力学的に生成阻害剤となるN2の濃度がガスフロント付近で高くなり、ガスフロントにおけるハイドレート生成が極端に抑制されることを確認した。これにより、N2混入による閉塞回避の妥当性を確認している。

第3章では、600 MW級石炭火力発電所1基から排出される20年間分のCO2量を水深1,000 mの海域にハイドレートとして貯留することを想定し、CO2+N2混合ガスを用いることを前提条件として、CO2回収システム、輸送システムおよび圧入システムの三つに別けて、基本コンセプトを設計している。

第4章では、日本周辺海域で卓越したタービダイト砂泥互層の砂層部分にハイドレートとして貯留可能なCO2量を概算している。南海トラフ海域での基礎試錐データを参考に必要パラメータを見積もり、我が国における本貯留法の貯留規模は19.6-199 Gt-CO2と概算した。これは、2008年度の日本のCO2排出量の15-150年分に相当する。これより、本貯留法が帯水層貯留と比較しても同等以上の貯留規模を有することを明らかにしている。

第5章では、第3章の基本設計を基に、各システムでの初期投資費用と年間運転費用を概算し、経済性評価を行っている。その結果、CO2回収コストは、5,400-5,800 yen/t-CO2、輸送コストは2,900-3,300 yen/t-CO2、圧入コストは、2,200-2,400 yen/t-CO2となることを示した。全体のコストは、N2濃度増加によるCO2回収コストの減少分とCO2輸送コストの増加分がほぼ相殺し、N2濃度によらず約11,000 yen/t-CO2となることを明らかにした。また、全体のコストの内、回収システムにおける蒸気供給費と全体の固定費がそれぞれ約30%を占めることから、余剰蒸気を利用できれば6,200-6,700 yen/t-CO2となることも示唆している。同様の計算で帯水層貯留は約11,500 yen/t-CO2であり、本貯留法は、帯水層貯留と同等の経済性を有することを明らかにした。

第6章は結論で、上記をまとめた上で、本論文で提案するCO2ハイドレート貯留の実現可能性は、技術的にも経済的にも十分に高いと結論付けている。

以上のように、本論文は、ガスハイドレートを利用した海底下CO2貯留法というCO2大規模削減策を新たに提案し、その技術的課題のメカニズムを解明し、解決策を提示し、さらに貯留規模および経済性の評価を実施して、この手法の実現可能性を明示している。提案した手法とハイドレートの生成モデルに新規性があり、科学技術的にはもちろん、社会的・政策的にも価値の高い論文であると言える。

尚、本論文第2章の一部は、佐藤徹、駒井武、影本浩、鎌田直樹、平林紳一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となってモデルの構築、実験結果との検証、計算結果の分析を行ったもので、その寄与は十分であると判断する。また第4章の一部は、佐藤徹との共同研究であるが、論文提出者が主体となって貯留ポテンシャルおよび経済性評価を行ったもので、その寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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