学位論文要旨



No 127273
著者(漢字) 田代,雄介
著者(英字)
著者(カナ) タシロ,ユウスケ
標題(和) 双対アプローチを中心としたスウィング・オプションの価格評価法
標題(洋)
報告番号 127273
報告番号 甲27273
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第311号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 教授 駒木,文保
 東京大学 教授 藤井,眞理子
 東京大学 准教授 牧野,和久
 東京大学 准教授 寒野,善博
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,双対アプローチを中心としたスウィング・オプションの価格評価法について論じる.

現代社会では,多くの金融商品が取引されている.その代表的な一つにオプションが挙げられる.オプションとは,定められた期日に定められた価格で原資産の売買を行う権利である.例えば,1ヶ月後に100円で株を購入することができる権利は株を原資産とするオプションの一種である.オプションを売買する際に問題となるのは,オプションの購入時にいくら支払うべきかという点である.適切な価格を決定する問題をオプションの価格付け問題という.オプションの価格付け問題はファイナンスにおける一大分野として長年研究され続けている.

本論文における評価対象であるスウィング・オプションは,電力やガスといったエネルギーを原資産とするオプションで,エネルギー市場で取引される.このオプションの買い手は,将来のいくつかの時点でエネルギーを固定量,固定価格で購入する契約を売り手との間に結んでいる.オプションを買うことで,この買い手は購入するエネルギー量を変更できる権利を得る.エネルギーの購入時点ごとに,オプションの買い手は購入量を変更するかどうかの意思決定を行う.ただし,変更量には様々な制約が付与され,その制約を満たす範囲でしか変更できない.また,制約の種類に応じてスウィング・オプションには多様な種類が存在する.本論文では,典型的制約つきのものを含めた数種類のスウィング・オプションについて論じる.

オプション価格評価法には様々なものが存在するが,本論文では特に双対アプローチに注目する.双対アプローチはモンテカルロ法による価格評価法の一種であり,最適停止問題として定式化されたオプション価格付け問題の双対問題を評価する.双対アプローチの特徴は,得られる近似解(価格)が価格付け問題の最適値に対して正のバイアスをもつことである.この正のバイアスをもつ近似解(価格の上界)を,モンテカルロ法による別手法で得られる負のバイアスをもつ近似解(価格の下界)と組み合わせることで,オプション価格の信頼区間を評価することができる.双対アプローチはRogers (2002)とHaugh--Kogan (2004)によって独立に提案され,それ以降いくつかのオプションに対して拡張されてきた.本論文の主題は,この双対アプローチをいくつかのスウィング・オプションの価格評価に対して拡張することである.

本論文の主要な結果の1つは,変更量として2値のみが選択可能なスウィング・オプションに対する双対アプローチの拡張である.Meinshausen--Hambly (2004)をはじめとするいくつかの先行研究では,オプション価格の差分を利用することにより双対アプローチを複雑なオプションに拡張している.だが,スウィング・オプションは,権利行使において量の自由度をもつため、これらの手法では価格評価が行えない.そこで本論文では,オプション価格の2階差分を用いて価格を評価する手法を提案している.この手法では,オプション価格を2階差分に分解し,その個々の2階差分を評価する最適停止問題をうまく定義することで,オプション価格のタイトな上界を与える式を導いている.また,いくつかのオプションに対して価格評価を行った数値例も与えている.

本論文では,各期の変更量制約,変更量の和に対する制約がついた典型的なスウィング・オプションに対しても,双対アプローチによる価格評価を拡張している.このオプションに対しては,2種類の価格評価法を提案している.1つは,上で述べた拡張で得られる2値選択制約つきスウィング・オプションの価格を用いて価格評価を行う方法である.もう1つは,オプション価格の3階差分を用いる方法である.この手法は上で述べた手法の拡張となっている.いくつかのオプションの価格評価を行った数値例では,2値選択制約つきオプションの価格を用いる方法によって得られる価格の方が,多くの場合においてバイアスが小さくなることが確認される.

さらに,各期の変更量制約が時変であるスウィング・オプションに対しても,双対アプローチによる価格評価を拡張している.これは,2値選択制約つきオプションに対する結果と並ぶ,本論文の主要な結果である.このオプションの権利行使戦略は上で拡張を行ったオプションのものよりも複雑であり,そのためオプション価格の差分を利用した手法の拡張は難しい.そこで本論文では,オプション価格付け問題に対して,変更量を表す変数に関する双対問題を導く.次に,先行研究を利用して,その双対問題に対して権利行使タイミングを表す変数に関する双対問題を導く.そして,その双対問題の最適解の近似解を求める2種類のアルゴリズムを提案している.いくつかのオプションの価格評価を行った数値例では,バックワードアルゴリズムによって得られる近似解のバイアスが小さいことが確認される.

また本論文では,数理計画を用いた典型的制約つきスウィング・オプションの価格評価についても論じている.数理計画を用いてオプション価格評価を行う際には,期間の増加にともなう問題サイズの増加が問題となる.そこで本論文では,問題サイズを小さくできるシナリオ格子モデルにおける価格評価を考えている.まず,典型的制約つきスウィング・オプションにおける最適変更量がある特徴をもつことを示す.そして,その特徴を利用して,シナリオ格子上での価格付け問題を線形計画として定式化している.また,設定を不完備市場に拡張した場合についても価格付け問題を定式化し,単純なオプションについて価格を計算した数値例を与えている.

審査要旨 要旨を表示する

現代社会においては多くの金融商品が取引されているが、その価格を合理的に定めるために確率論や最適化理論に基づく高度に数理的な方法が用いられている。代表的な金融商品であるオプションの合理的な価格を決定する問題は、1970年代のBlack-Scholes公式の導出や1980年代の無裁定価格理論の確立など、ファイナンスの分野における一つの主要なテーマとなってきた。さらに、最近では、電力やガスのようなエネルギーを原資産とするスウィング・オプションに関する研究が主に海外において活発に行われるようになってきている。オプション価格評価には様々な数理的な手法が用いられているが、その中に2000年代初頭に考案された双対アプローチと呼ばれる手法がある。この手法は、オプション価格付け問題の双対問題をモンテカルロ法によって近似的に解くもので、オプション価格に対する上からの近似値を与えるという特徴がある。双対アプローチは、当初アメリカンオプションに対して考案されたものであるが、近年いくつかのオプションに対して適用され、その有効性が認められてきた。

本論文は、スウィング・オプションのいくつかの変種に対して、双対アプローチと数理計画を用いた価格評価法を提案するものである。特に、典型的な制約をもつスウィング・オプションに対して、双対アプローチによる新たな価格評価法を提案している。また、典型的制約よりも広いクラスである時変制約つきのスウィング・オプションに対して、双対アプローチを利用した効率的な価格評価アルゴリズムを提案している。

本論文は「双対アプローチを中心としたスウィング・オプションの価格評価法」と題し、7章からなる。

第1章「はじめに」では、スウィング・オプションの価格評価に関連したオプション価格評価の歴史ならびに先行研究を概観した後に、本論文の構成を記述している。

第2章「基本事項」では、まず、本論文に登場するオプションの定義をはじめとする数学的な議論の準備を行っている。次に、本論文で用いる双対アプローチと数理計画によるオプション価格評価の先行研究についてまとめ、最後に本論文の目的や位置づけを説明している。

第3章「2値選択制約つきスウィング・オプションに対する双対アプローチ」では、変更量として2値のみが選択可能なスウィング・オプションに対して、双対アプローチによる価格評価法を拡張している。スウィング・オプションは権利行使において量の自由度をもつため、先行研究における手法ではその価格評価を行うことができない。そこで本章では、オプション価格の権利行使回数に関する2階差分に着目し、2階差分を評価することによって価格を評価する手法を提案している。さらに、いくつかのオプションに対して価格評価を行った数値例を与えることにより、提案手法の近似精度を評価している。

第4章「典型的制約つきスウィング・オプションに対する双対アプローチ」では、各期の変更量に対する上下限制約と変更量の総和に対する制約がついた典型的なスウィング・オプションに対して、双対アプローチによる価格評価法を2種類提案している。第一の方法は、第3章の提案手法で得られる価格を用いた方法である。第二の方法は、オプション価格の権利行使回数に関する3階差分を用いる方法である。数値例を通じて、前者の方法で得られる価格の方が小さなバイアスをもつ場合が多いことが示されている。

第5章「時変制約つきスウィング・オプションに対する双対アプローチ」では、各期の変更量の上下限制約が時変であるスウィング・オプションに対して、双対アプローチによる価格評価を拡張している。時変制約は第3章、第4章で扱ったオプションの制約を一般化したものであるが、第3章、第4章で提案された価格の差分を利用する手法の拡張は困難である。本章では、オプション価格付け問題に対して、変更量を表す変数に関する双対問題を導出している。さらに、その双対問題の近似解を求めるアルゴリズムとして、初期時点から前向きに許容解を構成する方法と満期から後ろ向きに構成する方法の2つを提案し、数値例によって、後者のアルゴリズムの方が近似解のバイアスが小さくなることを報告している。

第6章「シナリオ格子上での数理計画によるスウィング・オプションの価格評価」では、典型的制約つきスウィング・オプションに対する数理計画を用いた価格評価法について論じている。数理計画を用いたオプション価格評価では、期間の増大に伴う問題サイズの急激な増大が問題となる。本章では、最適変更量がもつ性質を明らかにし、この性質を利用することによって、サイズの小さいシナリオ格子上での価格付け問題を導き、これを線形計画として定式化している。さらに、問題設定を不完備市場に拡張した場合の価格評価法について論ずるとともに、数値例を与えている。

第7章「まとめ」では、本論文の成果を纏めると共に、今後の課題について述べている。

以上を要するに、本論文は双対性を利用していくつかのスウィング・オプションに対する価格評価法を提案したものであり、数理情報学の発展に大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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