No | 127773 | |
著者(漢字) | 森本,高裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリモト,タカヒロ | |
標題(和) | 2次元電子系およびグラフェン量子ホール系における光学応答の理論 | |
標題(洋) | Theory of optical responses in the ordinary and graphene quantum Hall systems | |
報告番号 | 127773 | |
報告番号 | 甲27773 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5776号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1980 年に発見された整数量子ホール効果は、2次元電子系において研究がなされ長年の歴史をもつ。これまでは主に、電極をつけたときどのような伝導を示すかという静的な輸送の性質が調べられてきたが、光応答に焦点を当てた研究はまだあまりなされてきていない。それでは、量子ホール系に(レーザー)光を当てるとどう応答するだろうか。整数量子ホール効果はDC ホール伝導度が量子化し平坦な構造(プラトー構造)を示す効果であり、理論的にはトポロジカルな不変量としての位置づけが可能であったが、DC ホール伝導度の光学領域への拡張版である光学ホール伝導度がどのような振る舞いを示すか、静的応答のときの量子ホール効果に類似した効果を示すかは興味がもたれる。また、光のエネルギー帯としては、量子ホール系のエネルギー・スケールはテラヘルツ光領域に当たる。近年、テラヘルツ光の実験技術は長足の進歩をしているので、量子ホール系の光応答を議論することが現実的になってきた。 一方で、最近、物性物理の分野でハイライトの一つとなっているのはグラフェンであり、これは蜂の巣格子をなす炭素原子であり、3 次元的なグラファイトから原子一層をはがしたものである。半導体においては、2次元電子系(2DEG) は界面にできるが、グラフェンでは原子一層という2次元系であるが、より重要なこととして、グラフェンでは、フェルミ・エネルギー近傍の有効ハミルトニアンが、質量ゼロのディラック粒子と同じ形となり、様々に特異な物性が発生し、現在基礎物理として一大分野を拓きつつある。実際、質量ゼロのディラック粒子や蜂の巣格子系における整数量子ホール効果が、通常とは異なる異常なものであることは以前から理論的には知られていたが、現実の試料は2004-2005 年にイギリスのガイム(Geim) の研究グループが初めて作成に成功し、異常な量子ホール効果も観測された。グラフェンのランダウ準位は、通常とは異なり、ランダウ指数n ではなく√n に比例(不等間隔)であり、磁場の強さB ではなく√B に比例する。このようなディラック粒子の特異な物性が光学ホール伝導度がどのように反映されるかにも興味がもたれる。 そこで本論文では、2DEG 及びグラフェン量子ホール系の光応答、特に光学ホール伝導度が興味深い物理量であることを示し、 1. 2DEG 及びグラフェン量子ホール系におけるファラデイ回転、 2. 量子ホール系のプラトー転移の動的スケーリング解析、 3. AC 領域におけるσxx(ω) - σxy(ω) ダイアグラム、 4. 多層グラフェンにおけるファラデイ回転 を初めて明らかにした。 ・ 2DEG およびグラフェン量子ホール系の光学ホール伝導度の理論 2DEG 及びグラフェン量子ホール系において光学ホール伝導度は、量子ホール効果を示す静的なホール伝導度の光学版であるため、量子ホール効果のような特異な物理現象があらわれるか興味が持たれる。そこで我々は、二次元電子系(2DEG) 及びグラフェン量子ホール系の光応答(光学ホール伝導度)を理論的に調べた。[1] 具体的な方法としては、不純物ポテンシャルを含んだ磁場中の系のハミルトニアンから厳密対角化により、波動関数とエネルギーを数値的に計算し、久保公式から光学ホール伝導度を求めた。この操作を数千のランダムに生成した不純物ポテンシャルについて行い平均化することによって、不純物下での光学ホール伝導度をえた。静的な量子ホール効果は微分幾何学的な理由付け(トポロジカルな理論と呼ばれる)が可能であるが、これはAC ホール効果には適用できない。つまり、量子ホール効果は光(AC) でゆさぶると壊れそうに一見思えるのに、理論計算の結果、段の高さはAC においては量子化値からずれるものの、意外なことに、階段状の構造(プラトー)が光学ホール伝導度に現れることが予言された。また、我々はグラフェンにおいても光学ホール伝導度の理論計算を行った。プラトー構造は、AC 領域でもやはり顕著に現れ、但し、サイクロトロン共鳴周波数は、グラフェン・ランダウ準位構造を反映した位置に現れることが見いだされた(図1)。 実験的には光学ホール伝導度は透過光の偏光回転角、ファラデイ回転として測定できる。磁場もしくは系の電子密度を変えながらファラデー回転の大きさを測定すると、階段状のプラトー構造があらわれ、この跳びの段差が、低周波数領域では微細構造定数程度となることが予言される。実際にAC プラトー構造は、我々の理論的提案の後、池辺、島野らによるテラヘルツ(THz) 領域でのファラデイ回転測定によって2 DEG に対して観測された。 ・ グラフェン量子ホール系の動的スケーリング解析 我々は、光学ホール伝導度においてプラトー構造をみいだしたが、TKNN 公式のようなトポロジカル不変量としての議論は直ちには適用できない。そのためAC におけるプラトー構造の起源に対する理解を深めるために、不純物によるアンダーソン局在の観点から動的スケーリング解析をおこなった。通常の量子ホール効果が生じる理由は、不規則性のために散乱された電子の波が干渉して動けなくなってしまうというアンダーソン局在の理論へと遡る。磁場中2次元電子系では、殆どの状態が局在して伝導に寄与しなくなるが、各ランダウ準位の中心に非局在状態が残るために、階段構造が発生する。プラトー構造が光領域にまで拡張されることは予想されていなかったが、局在の効果を光学ホール伝導度に対して考察することにより、見出された階段状の振舞いが物理的に理解される。 具体的には、不純物下で系のサイズを変えながら2DEG 及びグラフェン量子ホール系において光学伝導度を計算し、系のサイズと周波数に対してプラトー転移の幅W(ω,L) に対する動的スケーリング解析を行った(図2)。スケーリング仮説がよく当てはまり、電子の局在の長さスケールと入射光の周波数が決める動的な長さスケールのかねあいで、AC でのプラトー構造を理解できることがわかった。周波数を上げていくと、系のサイズが光学応答を決めるDC領域から、周波数が系を支配するAC 領域へのクロスオーバーが見いださた。光の周波数が、サイクロトロン周波数の1/10 程度にも及ぶ領域でも、AC 領域のスケーリングの性質からプラトーがのこることがわかり、実験的に観測されたTH z領域のプラトーの物理的な意味を明らかにした[2]。 ・ AC領域におけるσxx(ω) - σxy(ω) ダイアグラム 量子ホール系のDC 応答におけるアンダーソン局在を議論するには、ホール伝導度と縦伝導度の2パラメータダイアグラムの繰り込みの流れをみるPruisken の方法がよく知られている。σxx - σxy の組が系のサイズを大きくしていった時に、金属的な固定点から量子ホール絶縁体を表す固定点へと流れていくという量子ホール効果の物理的な意味づけで、どんな初期状態から出発しても熱力学極限へとむかうにつれて、全て量子ホール固定点に流れ込んで行くためプラトー構造が現れるという描像である。 そこで我々は動的スケーリング解析に加え、AC 領域におけるプラトー構造を物理的に理解するため、グラフェン量子ホール系において光学ホール伝導度と光学縦伝導度を計算することで、AC 領域でのσxx(ω) - σxy(ω) の2パラメータスケーリングをおこなった(図3) [3]。AC領域においても定性的にはDC と同じような固定点の振る舞いや、繰り込みの流れをみいだした。また周波数ω を変えたときの流れの変化は動的スケーリングから理解できることを示した。この振る舞いがAC でも光学ホール伝導度のプラトーが強固たりえる物理的な基盤であると考えられる。 ・ 多層グラフェンにおけるファラデイ回転 単層グラフェンの光学応答について議論したが、2層グラフェンや3層グラフェンもそれぞれに特異な低エネルギー有効理論が実現しており、また実験的にも測定可能になってきたため興味が持たれる。2層グラフェンにおいてはパラボリックなバンド構造を示すが、trigonal warpingというバンドの歪みの効果から、低エネルギーでリフシッツ転移をおこし、4つのディラックコーンがあらわれる。3層グラフェンについてはABA とABC という2種類の積層構造があり、それぞれ異なるバンド構造を示す。そこで我々は2層及び3層グラフェンの量子ホール系に対して初めて光学ホール伝導度をしらべた。2層グラフェンについては光学ホール伝導度にもリフシッツ転移の影響が現れ、trigonal warping のために多彩な共鳴の構造が現れることを示した。3層グラフェンの光学ホール伝導度については、ABA の場合は実効的に単層及び2層グラフェンの寄与の重ね合わせで理解できることを示し、ABC の場合はB32 に比例するサイクロトロンエネルギー(2DEG では∝ B)を持つ共鳴の連なりが現れることを見いだした。 以上、本論文において2DEG およびグラフェンの量子ホール系において、光学ホール伝導度について理論的研究をおこなった。これにより量子ホール系のファラデイ回転を中心とした光学応答という新しい領域を拓いた。 Figure 1: (左)ファラデイ回転の概念図、(右)グラフェン量子ホール系の光学ホール伝導度σxy(εF , ω) の理論結果をεF , ω に対してプロット。 Figure 2: 光学ホール伝導度の動的スケーリング Figure 3: σxx(ω) - σxy(ω) ダイアグラム | |
審査要旨 | 量子ホール効果の発見以来、磁場中の二次元電子系について多くの研究が行われており、最近でもグラフェンの量子ホール効果が発見されるなど活発な研究が継続して行われている。一方、テラヘルツ領域の光を用いたファラデー回転の実験が行われるようになり、光学ホール伝導度を直接測定する実験手法として最近になって注目を集めている。すでに量子ホール効果状態に対していくつかの光学ホール伝導度の測定が行われている一方で、量子ホール状態の光学伝導度についてはこれまであまり理論研究が行われていなかった。本学位請求論文では、二次元電子系およびグラフェン系の量子ホール効果状態に対する光学ホール伝導度に着目し、主に数値計算の手法を用いてさまざまな視点から理論研究が行われた。 本論文は英語で7章よりなる。まず第1章では、量子ホール効果やグラフェンに関するこれまでの研究が紹介された。グラフェンを記述する有効模型およびそのランダウ準位が説明されたのち、トポロジカル不変量およびアンダーソン局在などの基本概念が説明された。最近の光学ホール伝導度測定の実験についてもまとめられた。第2章では、本論文の計算で用いられる久保公式および数値計算手法が説明された。 論文の主要な結果は、第3章から第6章にまとめられている。 第3章では、磁場中の二次元電子系および単層グラフェンに対し、ポテンシャルの乱れを導入した有効モデルを厳密対角化によって解析することで、光学伝導度の周波数依存性が議論された。二次元電子系については、通常の直流ホール伝導度と同じように、有限の振動数においてもホール伝導度にプラトー構造が現れることが示された。ただし量子化はされず、光学ホール伝導度の大きさは直流のものからずれる。ポテンシャル乱れの強さに対するプラトーの安定性も議論され、現実の実験状況でも光学ホール伝導度にプラトー構造が現れる可能性があることが指摘された。この結果は、最近の二次元電子系に対するファラデー回転の実験で観測された。さらにグラフェンに対する同様の計算が行われ、やはり光学ホール伝導度にプラトー構造が現れることが示された。ただしこの場合には、グラフェンの特異なバンド構造を反映して、光学ホール伝導度の周波数依存性は二次元電子系のものに比べて複雑になる。さらにグラフェンを記述するハニカム格子のタイトバインディング模型も調べられ、カイラル対称性を破らない乱れに対して粒子正孔対称点で生じるプラトー間遷移が非常に鋭くなることが、数値計算の範囲内で示された。 第4章では光学ホール伝導度のプラトーの安定性についてより詳しい知見を得るために、プラトーの長さに関する臨界現象が研究された。二次元電子系・グラフェンともに、局在長の臨界指数νは2.1±0.2、動的臨界指数zは1.8±0.2と得られ、拡散領域の局在現象としてこれまで知られている指数と矛盾しない結果を得た。第5章では2パラメータスケーリングによる解析が行われ、数値計算結果から周波数ωは繰り込みのフローの始点をずらす効果を持つことが示唆された。これらの解析を通して、光学ホール伝導度の周波数依存性は周波数に対応する特徴的な長さLωとサンプルサイズLの間の大小関係によってよく理解できることを明らかにした。 第6章では、多層グラフェンの光学ホール伝導度が調べられた。多層グラフェン中の次近接ホッピングの効果(trigonal warping効果)によって、単層グラフェンで観測されるサイクロトロン振動数に加えて、新しい選択則に対応する光学応答が得られることが示された。 最後の第7章では得られた結果がまとめられた。 以上、各章の紹介と共に本論文で得られた知見を解説した。本論文は、量子ホール効果の光学ホール伝導度に関する先駆的理論研究として意義あるものと認められる。光学ホール伝導度におけるプラトーの存在を明らかにしただけではなく、局在やスケーリングなどの視点から多面的に研究が行われている。また第6章では直流伝導度では観測が難しいtrigonal warping効果を、光学伝導度によって検証する新しい実験方法を提案している点が評価される。量子ホール効果の動的応答についてより深い理解を得ることは今後の重要な課題であるが、本論文はその理論研究の端緒となるものと期待される。以上の評価により、審査員全員が学位論文として十分なレベルにあり、博士(理学)の学位を授与できると判断した。 なお、本論文の第3章と第4章の内容は、Physical Review Letter誌およびPhysical Review B誌で公表されている。この論文は、論文提出者が主体となって計算および結果の解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。またこの件に関して、共同研究者の青木秀夫氏、初貝安弘氏、Yshai Avishai氏から同意承諾書が提出されている。 | |
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