学位論文要旨



No 127915
著者(漢字) 髙谷,雄太郎
著者(英字)
著者(カナ) タカヤ,ユウタロウ
標題(和) 実験的手法に基づく鉱物トラッピング進行速度の定量的評価
標題(洋)
報告番号 127915
報告番号 甲27915
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7683号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,泰浩
 東京大学 教授 登坂,博行
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 六川,修一
 慶應義塾大学 教授 鹿園,直建
内容要旨 要旨を表示する

近年,地球温暖化が様々な形で顕在化する中,省エネルギー化や新エネルギーの開発へ向けた研究が盛んに行われている.しかし,温暖化の主要因とされるCO2の排出量は依然として増加を続けている.このような中,即効性のある地球温暖化緩和策として注目されているのがCO2の地中貯留技術である.特に帯水層をターゲットとするCO2の貯留は,帯水層の地質学的遍在性と,予測されるCO2貯留ポテンシャルの莫大さから,今後温暖化対策の切り札となることが期待され,我が国においても大規模な実現が望まれている

帯水層貯留の安全性は主に,物理的トラッピングと地化学トラッピングによって規定される.物理的トラッピングはさらに構造的トラッピング,グラビテイショナル・トラッピング,残留ガストラッピングに分けられ,いずれも貯留層内に注入されたCO2を物理的に補足するメカニズムである.上記の物理的トラッピングが主に貯留の短期的安全性をコントロールするのに対し,長期的には化学反応を伴う地化学トラッピングの重要性が増す.貯留層内に液体,もしくは超臨界状態で注入されたCO2は,まず地層水に溶解しイオン化する (溶解トラッピング).その後,CO2の溶解によって酸性化した地層水と周囲の岩石 (ケイ酸塩鉱物) が反応し,カチオンを溶出するとともにpHを緩衝する反応が進む.これらの反応により,カチオン濃度,重炭酸イオン濃度が増加すると,ケイ酸塩鉱物から溶出してきた2価のカチオンと地層水中の重炭酸イオンが反応して炭酸塩鉱物を形成・沈殿する反応 (鉱物トラッピング) が進行する.CO2はイオン化すると,pHや温度の急激な変化を伴わない限り,一度に多量に気化する恐れはない.また,炭酸塩鉱物化が進めばその安定性はさらに向上し,半永久的なCO2の固定が可能になる.このように,地化学トラッピングは注入されたCO2がより安定な相へ移行していく化学反応系列であるため,その進行速度の定量的な評価は貯留の長期的な安全性評価に直結する.

そこで,本研究では,CO2帯水層貯留の長期安全性を規定する地化学トラッピングの進行速度を決定することを目的に岩石の溶解実験を実施した.溶解実験には本研究で新たに構築した半開放系の実験システムを用いた.本実験システムでは,実験期間を通じて一定のCO2分圧を保ち,反応により消費されるCO2が持続的に反応系内に供給されるだけでなく,岩石から溶出したカチオンは反応溶液中に蓄積され二次鉱物の沈殿までを再現できるようになっており,従来の実験システムでは不可能であったCO2貯留層内における [CO2-水-岩石] 3成分系の反応を極めて厳密に再現することが可能となっている.反応実験は二行程からなり,その第一行程ではCO2貯留層内における長期的な反応進行特性を明らかにすることを目的に,第二行程では各岩石試料からの元素溶出速度の算出を目的に行った.研究試料には,現在鉱物トラッピングの有力なターゲット層とされている玄武岩に加え,国内におけるCO2貯留候補地の選定を目的に,国内より採取した凝灰質砂岩,津川層グリーンタフ,牛切層グリーンタフ,台島層グリーンタフを用いた.また,求められた岩石の溶解速度 (カチオンの溶出速度) からCO2貯留層内における鉱物トラッピング進行速度をシミュレーションにより推定した.

第一行程の反応実験は津川層グリーンタフを用いて行った.8ヶ月におよぶ反応実験の結果,CO2貯留層内における [CO2-水-岩石] 3成分系の反応は,長期的には溶解と沈殿が釣り合うポイントに地層水の組成が収れんし,岩石の溶解反応や二次鉱物の沈殿反応は,一定の地層水組成条件下で進行することが明らかとなった.このことから,貯留層内における長期的な反応進行を予測するためには,上記の一定の地層水条件下における岩石試料の溶解速度を算出する必要のあることが明らかになった.

第二行程の反応実験は全ての岩石試料に対して行った.反応温度の影響を明らかにするため,まず25℃の温度条件下で玄武岩,凝灰質砂岩,津川層グリーンタフに対して,次に50℃の温度条件下で玄武岩,津川層グリーンタフ,牛切層グリーンタフ,台島層グリーンタフに対して実験を行った.各岩石試料からの元素溶出速度を算出した結果,ケイ酸塩鉱物の溶解速度を示すSiの溶出速度は25℃の温度条件下で玄武岩が11.0 × 10-2 mmol/kg-rock/day,凝灰質砂岩が6.65 × 10-2 mmol/kg-rock/day,津川層グリーンタフが3.82 × 10-2 mmol/kg-rock/dayと求められた.また50℃の温度条件下では,玄武岩が29.8 × 10-2 mmol/kg-rock/day,津川層グリーンタフが7.77 × 10-2 mmol/kg-rock/day,牛切層グリーンタフが5.44 × 10-2 mmol/kg-rock/day,台島層グリーンタフが33.1 × 10-2 mmol/kg-rock/dayと求められた.この結果,貯留応内においては25℃から50℃の温度上昇でケイ酸塩鉱物の溶解が約2~3倍程度に促進され,地化学トラッピングの進行速度には反応温度が極めて大きな影響を持つことが明らかとなった.

各岩石試料の元素溶出速度から,長期的なCO2固定効率 (鉱物トラッピング) の進行速度を推定するにあたり,岩石に初生的に含まれる炭酸塩鉱物の影響を除去するため,反応実験の第三行程として炭酸塩鉱物を除去した試料を用いて岩石の溶解実験を実施した.炭酸塩鉱物溶解による影響を除去した後の各元素溶出速度 (Si,Mg,Ca,Fe) はTable 1のようになった.

CO2固定効率を算出するためには,上記の元素溶出速度を野外の系に適用する必要があるが,この際に問題となるのが室内実験と野外における溶解速度の相違である.本研究では,この相違の最大の原因となる比表面積見積もりの不確実性を排除するため,反応表面積ではなく,岩石の粒度をパラメータとする考え方を適用した.これは,室内実験で使用した岩石試料の平均粒度と,実際の帯水層における岩石の平均粒度が同程度であれば,単位質量当たりの岩石から溶出する元素量は同じ量になる,という仮定に基づいている.そのため,本研究では実際の帯水層を構成する岩石粒度を反映させ,実験に用いた粉体岩石試料の粒度を75 - 150 μmとしている.また,岩石の溶解速度を大きく撹乱する要因となる微粒子の混入を防ぐため,実験試料は75 μmのふるいの上で超音波洗浄にかけ,規定粒度以下の鉱物粒子を完全に洗い流すようにした.

本研究では炭酸塩鉱物を形成しやすいMg,Ca,Feの3元素の溶出速度からCO2の鉱物トラッピングの速度を予測する.なお,これら3元素の溶出速度は,White and Brantly (2003) によって求められたケイ酸塩鉱物の平均的溶解速度 (化学的風化速度)

R (t) = (3.1 × 10-13) × t-0.61 [mol m-2 s-1]

時間t [year]

から,その時間変化率 [t-0.61] を引用し,約45年で10分の1になるとして計算を行った.

CO2の固定効率算出モデルは以下の通りとする.まず,CO2注入レートは,1日当たり2000トンのCO2 (年間73万トン-CO2) とし,注入期間は50年とした (総注入量3,650万トン-CO2).これは,現在商業的レベルで実施されているCO2の地中貯留は年間100万トン程度が主流であるためである.ターゲットとなる帯水層の深度は約800 m,間隙率は20%とした.CO2の密度は上記の帯水層深度から,その温度・圧力条件 (8 MPa,40℃) 考慮し500 kg/m3とした.反応領域は,注入されたCO2量に比例するとし,反応系内におけるCO2と地層水の容積比を1:2として計算を行った.なお,この時反応領域となる帯水層容積は約1.1 km3であり,比較的小規模な岩体でも貯留のターゲットとなることを示している.シミュレーションは注入開始から200年間 (ワンステップ0.1年を2000ステップ) で行った.また,本シミュレーションでは,溶出したMg,Ca,Feは,全てが炭酸塩鉱物を形成するものとした.

シミュレーションの結果をFig. 1, 2に示す.25℃の温度条件下で,玄武岩質帯水層では注入された3,650万トンのCO2が注入開始から約70年で全て鉱物化すると計算された.また,凝灰質砂岩層,津川層グリーンタフを母岩とする帯水層内部では注入開始から200年でそれぞれ約1,200万トン (全注入量の約32%),約380万トン (約10%) のCO2が鉱物化すると計算された.また,50℃の温度条件下では,玄武岩質帯水層で,注入開始から約180年で3,650万トンのCO2が全て鉱物化すると計算された.さらに,津川層グリーンタフ,牛切層グリーンタフ,台島層グリーンタフでは注入開始から200年でそれぞれ約510万トン (約14%),約2,200万トン (約61%),約390万トン (約11%) のCO2が鉱物化すると計算された.この結果から,貯留層内における鉱物トラッピングは,従来考えられていたよりもはるかに速い速度で (102年の時間スケール) で進行する可能性のあることが明らかになった.また,CO2の鉱物化に伴う貯留安全性の向上が,超長期 (103年~) のみならず短・中期的 (~102年) な時間スケールでも期待され,鉱物トラッピングの進行度が貯留候補地の選定に向けて極めて重要な指標となる可能性が示唆された.

CO2固定効率の計算結果から,玄武岩層や安山岩質のグリーンタフ層,凝灰質砂岩層内においては,100年程度の時間スケールでCO2の鉱物トラッピングが貯留層内における主要なCO2トラッピングメカニズムとなる可能性が明らかとなり,これらの岩層では鉱物トラッピングを有効に利用することができると示唆された.これを貯留候補地選定の指標とすると,国内においては,本研究で岩石試料を採取・使用した葉山層群内の凝灰質砂岩層,牛切層のグリーンタフ層に加え,秋田県由利原地域の玄武岩類や秋田市周辺地域のグリーンタフ層 (大又層),内村・諏訪地域のグリーンタフ層 (内村層),これに加え蛇紋岩岩体などが有力なCO2貯留候補地となると考えられる.

Table 1 Initial cation release rate under a certain formation water composition from each rock sample uesed in CO2 fixation efficiency calculation.

Fig. 1 Transition of the amount of CO2 fixed as carbonate minerals in 200 years at 25℃.

Fig. 2 Transition of the amount of CO2 fixed as carbonate minerals in 200 years at 50℃.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,CO2帯水層貯留の安全性評価と貯留候補地の選定を目的に,貯留層内におけるCO2-水-岩石反応を再現するための実験システムの作製,反応実験およびCO2鉱物トラッピング (CO2の鉱物化) のシミュレ-ションが行われた.これら一連の研究において,岩石試料については透過顕微鏡による組織および構成鉱物の観察,XRDによる構成鉱物同定,マッフル炉による灼熱減量の測定,XRFによる主成分元素分析が行われ,反応溶液に関してはICP-MSによる主成分・微量元素分析が行われた.得られた分析結果に基づき,貯留層内のCO2-水-岩石反応進行について詳細な検討がなされた.そして,CO2貯留層内においては,[CO2-水-岩石] の3成分系が平衡に至らない限り,溶液組成が一定の状態を保ったまま岩石の溶解および二次鉱物の沈殿反応が進行すること,CO2鉱物トラッピングが~102年の時間スケ-ルで支配的なCO2トラッピングメカニズムとなり得ることを示した.

まず,貯留層内における長期的な反応進行特性を明らかにすることを目的として,8ヶ月におよぶ溶解実験が実施された.その結果,CO2貯留層内における [CO2-水-岩石] 3成分系の反応は,長期的には溶解と沈殿が釣り合うポイントに地層水の組成が収斂し,岩石の溶解反応や二次鉱物の沈殿反応は,一定の地層水組成条件下で進行することが明らかとなった.長期的な反応進行予測には,上記の一定の地層水条件下における岩石試料の溶解速度を算出する必要があったため,反応溶液が一定の組成に至るまでの反応が詳細に再現され,各岩石試料に特有の"一定の地下水組成条件下"における岩石からの元素溶出速度が算出された.なお,本研究では,先行研究において最大の問題点であった室内と野外実験における反応速度の不一致を解決するため,岩石試料の正確な粒度分けに加え,規定粒度以下の微小粒子の除去が極めて厳密に行われている.岩石試料の粒度と実際の帯水層を構成する岩石の粒度を一致させ,室内実験において反応速度,そして反応比表面積の見積もりを大きく撹乱する規定粒度以下の微粒子が完全に除去されている.その結果,単位質量当たりの岩石から溶出する元素量を正確に議論することが可能となった.

本研究ではさらに,実験により求められたMg,Ca,Feの溶出速度を用いてCO2固定効率の算出シミュレ-ションが行われた.この際,初生炭酸塩鉱物の影響を除去するため,上記3元素の溶出速度は,炭酸塩鉱物を予め除去した試料を用いた実験により溶出速度の補正が行われた.本シミュレ-ションでは,溶出したMg,Ca,Feの全てが炭酸塩鉱物を形成するとし,これらの溶出速度は,先行研究で求められているケイ酸塩鉱物の平均的溶解速度 (化学的風化速度) の時間変化率から,約45年で10分の1になると仮定して計算が行われた.その結果,CO2注入レートを1日当たり2,000トン (年間73万トン-CO2),注入期間を50年 (総注入量3,650万トン-CO2),帯水層の間隙率を20%,CO2の密度を500 kg/m3,反応系の温度を50℃,反応系内におけるCO2と地層水の容積比を1:2とした場合には,例えば玄武岩質帯水層で,注入開始から約180年で3,650万トンのCO2が全て鉱物化すると計算された.

本研究によるシミュレーションの結果は,従来考えられていたよりもはるかに速い反応速度 (~102年の時間スケ-ル) でCO2の鉱物化が進行する可能性があることを示す.また,CO2の鉱物化に伴う貯留安全性の向上が,超長期 (103年~) のみならず短・中期的 (~102年) な時間スケールでも期待され,鉱物トラッピングの進行度が貯留候補地の選定に向けて重要な指標となることが示された.本研究結果から,玄武岩層に加え,安山岩質の凝灰質砂岩層および凝灰岩層が国内における有力なCO2貯留候補地となることが判明した.

申請者は,貯留層内におけるCO2-水-岩石反応を再現するために,先行研究の実験手法を詳細に検討し多くの改善・工夫を施すことにより,半開放系の実験システムを独自に構築した.この新規の実験システムにより,CO2鉱物トラッピングのメカニズムを詳細に把握することに成功した.審査委員会では,実験システムの新規性と詳細なメカニズムの解析が高く評価された.さらに,注入したCO2が超臨界状態で長期にわたって存在した場合の鉱物トラッピングの有効性,玄武岩を粉砕して粒度を調整した岩石試料を用いた実験と実地でのCO2貯留との整合性,地層の浸透率とCO2注入速度の問題,エネルギー収支から見た際のCO2地層処分の有効性等,多岐にわたった質疑がなされたが,それに対して申請者は適切に応答した.また申請者は,自身を筆頭著者とする査読論文3報の他に,共著の査読論文4報,国際会議報告(筆頭4,共著3)など外部発表の実績が高く評価された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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