学位論文要旨



No 127923
著者(漢字) 西田,俊介
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,シュンスケ
標題(和) 予冷ターボジェットエンジンのアフターバーナにおける水素燃焼に関する研究
標題(洋)
報告番号 127923
報告番号 甲27923
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7691号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 津江,光洋
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 准教授 姫野,武洋
 東京大学 准教授 中谷,辰爾
 東京大学 准教授 岡本,光司
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

極超音速旅客機用エンジン或いは2段式スペースプレーンの第1段機体用エンジンとして有力視されているものの一つに、予冷ターボジェットエンジン(PCTJ)がある。極超音速域に於いては、流入空気全温が1300K程度となるため、既存の材料を用いた通常のジェットエンジンサイクルは成立し得ない。予冷ターボジェットエンジンは、コアエンジンの前方に予冷器を置き、極低温の冷媒を用いて流入空気を冷却することで、既存材料でも極超音速域で十分な推力を得られるよう設計されている。JAXAでは、2025年までに極超音速実証機を完成させることを目標とし、液体水素を燃料及び冷媒として使用する予冷ターボジェットエンジンの開発のため、各要素の性能取得試験が行われてきた。

JAXAの製作したサブスケールエンジンのアフターバーナに於いては、予冷効果を最大にするため、当量比2.5程度の水素過濃燃焼をするよう設計されている。本研究では、予冷ターボジェットエンジンのアフターバーナの一部を切り出した形態の供試体を製作し、要素燃焼試験を行った。本研究の第一の目的は、エンジン性能の向上のため、燃料噴射形態と燃焼効率の関係を取得することとした。

予冷ターボジェットエンジンは、水素を燃料としているため二酸化炭素を排出せず、環境適合性の高いエンジンといえる。しかし、特にアフターバーナにおいては燃焼温度が高温となるため、窒素酸化物が多く生成される恐れがある。より低環境負荷なエンジンとするためには、窒素酸化物の生成特性を取得する必要がある。そこで、本研究では、アフターバーナでの燃焼ガスをノズル出口で採取し、水素過濃燃焼における窒素酸化物の生成挙動を把握することを第二の目的とした。

2. 実験装置及び計測系

2.1 実験装置

アフターバーナの要素燃焼実験を行なうためには、コアエンジンからの排気を模擬できるような高温高圧の空気を供給する設備が必要である。東京大学柏キャンパスにある極超音速高エンタルピー風洞は最大1200K, 0.9MPaの空気流を供給可能であり、本実験に適している。

サブスケールエンジンのアフターバーナは、75[mm]×120[mm]の矩形断面を持ち、6本の燃料噴射器を備えている。本研究では、風洞から供給可能な空気流量や水素使用に関する安全性を鑑み、燃料噴射器1本分を切り出した要素実験用燃焼器を製作し、燃焼試験を行った。実験時は風洞よりコアエンジン排気を模擬した高温空気を供給し、燃焼器内にガス水素を噴射することによって燃焼させた。実験条件は、最も性能への影響が大きいと考えられる巡航状態の条件に準じることとした。Table1に概念設計におけるPCTJの巡航時の条件と燃焼試験での設計点を示す。

実験用燃焼器は32[mm]×48[mm]の矩形断面の流路を持ち、長さは340[mm]、外壁がステンレス製で内側に耐熱コンクリートをキャストした。

また、燃焼場における様子を明らかにするため、1面に石英ガラスをはめ込んだ水冷可視化燃焼器を製作し、カメラで直接撮影を行った。

燃焼器内圧力を設計点である0.3MPaまで上げるため、ノズルを燃焼器下流に装着した。

燃料噴射器(インジェクタ)は、サブスケールエンジンに用いられるものと同形状のものを製作し使用した (Fig.1)。水素は上流側,下流側の二列で噴射するようになっており、この噴射の間の角度(噴射角)をパラメタとした数種のインジェクタを用いて実験を行った。

燃焼ガス採取のためのサンプリングプローブは、高温に耐えるために常時水冷している(Fig.2)。プローブを燃焼ガスに採取時以外晒さないために、二つのエアシリンダーによって燃焼中だけノズル出口中央に挿入できる機構となっている。プローブは真空容器内のサンプリングバッグに繋がり、電子弁操作により燃焼ガスのみを取り込むことができる。

Fig.3に供試体の概略図を示す。

2.2 計測系

水素流量は流調弁によって制御し、流調弁前後圧ならびに流調弁開度から流量を算出した。燃焼器には圧力計及びB種熱電対を取り付け、燃焼圧,燃焼温度を計測した。風洞には空気流量計が取り付けられているが、構造上急激な流量変化には追随できないため、燃焼中の空気流量はノズル断面積と燃焼温度,燃焼室圧力から算出した。

計測系センサーからの信号はアンプ等を経由し、A/D変換器を通じて風洞傍の計測用PCに収録した。実験中は安全のため全員が制御室に退避して行なうこととし、操作や計測・収録は遠隔操作で行った。

採取したガスのNOx濃度測定には、化学発光方式NO-NO2-NOx分析計MODEL42S(サーモエレクトロン社製)を用いた。分析計は一回の測定で数リットルのサンプリングガスを必要とする。そのため、捕集したガスを1000倍に希釈した上で分析を行った。また計測毎に179.7ppmの標準ガスを測定し、計測器の感度及び希釈率の精度評価を行っている。

3. 実験結果及び考察

3.1 燃焼効率

過濃燃焼時の、噴射角と燃焼効率の関係をFig.4に示す。横軸に上流噴射角,縦軸に燃焼効率をとり、各プロットは下流噴射角(90deg or 120deg)および千鳥配置を示している。下流噴射角120degの場合でみると、上流噴出角が60 deg の場合は燃焼効率が低く、90~240degでは上流噴射角の違いによる燃焼効率の違いは小さいが、わずかながら90degで燃焼効率最大となっている。

下流噴射角90degの場合には、各ケースとも下流噴射角120degの場合に比べて15%程度燃焼効率が低下している。

後述する可視化の結果によると、過濃燃焼においては、上流噴射孔から噴射された水素がインジェクタ両側で保炎しており、下流噴射孔から噴射された水素はほとんど燃焼していない。しかし、下流噴射孔からの水素噴流のすぐ下流で火炎は大きく横に広がっており、この位置より下流での燃料と空気の混合には影響しているとみられる。主流に対し垂直な流れが渦を誘起するため、下流噴射が180degに近いほど空気と上流噴射孔から噴射された燃料の混合が促進されると考えられる。

また、千鳥配置の場合には燃焼効率が大きく向上している。千鳥配置では、上流噴射孔と下流噴射孔が互い違いに配されているため、上流噴射と下流噴射が干渉せず、上述のような問題が起きないと思われる。

3.2 燃焼振動

本研究の燃焼実験で、燃焼振動という現象が発生した。本研究における燃焼振動とは、燃焼が安定せず継続して非定常状態が続く,気柱振動を伴うなどの現象を伴う燃焼状態のことであり、主に当量比が3以下の比較的理論混合比に近い過濃燃焼時に多く生じ、希薄燃焼時には殆ど観察されなかった。燃焼振動が生じている際には、温度履歴,排出火炎の形,NOx濃度に変化が生じた。また、燃料にCO2を添加すると振動が大幅に抑制された。

燃焼振動時には燃焼効率が10~15%程度低下した。

3.3 NOx生成挙動

Fig.5は燃焼温度と窒素酸化物の濃度の関係を、希薄燃焼,過濃燃焼,不安定な過濃燃焼という3つの燃焼形態で区別して整理したものである。

いずれのケースにおいても温度上昇と共にNOxの濃度が増加している。特に、希薄燃焼においては、1800K付近より高温の領域で急激にNOx濃度が上昇しており、thermal NOの生成特性をよく示している。一方、過濃燃焼(通常)では、希薄燃焼と比べて全般的にNOx濃度が低く、特に高温領域においてNOx生成が大きく抑えられている。燃焼振動がみられた過濃燃焼については、通常モードでの過濃燃焼と比較して全般的にNOx濃度が高く、希薄燃焼とほぼ同様の生成特性となっている。

過濃燃焼時には、H2が多く存在するため、燃焼器内が還元雰囲気となっていると推測され、O2やOがH2やHとの反応で消費しつくされるために、窒素を酸化する反応が起きにくくなり、NOxの生成が抑えられている可能性がある。

一方で、thermal NOは高温の反応帯で多量に生成されるため、例えば局所的な高温部が過濃燃焼では少ないなど、希薄燃焼と過濃燃焼で火炎構造が異なるためにNOx生成量に違いが出ている可能性もある。

この2つの要因についてより詳細を調べるため、燃焼場の可視化および数値計算を行った。

3.4 可視化燃焼試験

Fig.6は希薄燃焼,過濃燃焼それぞれの場合の燃焼場を直接撮影したものである。希薄燃焼時はインジェクタすぐ下流の再循環領域で明るく輝いており、その範囲を中心に保炎している。希薄燃焼時には、燃料の質量流量が少ないため、燃料が持つ運動量が小さい。従って、燃料の貫通高さが低くなり、主流空気に流され、再循環領域に燃料が多く流れこむと考えられる。

一方、過濃燃焼時はインジェクタの両側からその下流にかけて保炎しており、インジェクタ下流の再循環領域は低温となっている。保炎位置とインジェクタ側面との間には少し隙間があり、これは燃料流速が速い場合の拡散火炎にみられる浮き上がり火炎の構造である。また、下流噴射孔から噴射された水素は火炎中に黒い筋となって現れており、ほとんど燃焼していないとみられる。過濃燃焼では、燃料流量が多いため、噴射動圧が高くなり、貫通高さが高くなる。また、上流噴射孔からだけでも燃焼に十分な量の水素が噴射されているため、上流噴射孔からの燃料噴流と主流空気との剪断層で混合し、保炎していると考えられる。

3.5 数値計算

実験の結果から、希薄燃焼時と比べて過濃燃焼時にはNOx生成が抑制されることがわかった。より簡単なモデルによる数値計算を行ない特に化学反応に焦点を当てて考察した。

Fig.7に各化学種の濃度ならびに温度の計算結果を示す。希薄燃焼では、反応帯の付近、特にOラジカルが多く存在する領域でNOが盛んに生成している。一方、過濃燃焼においては、反応帯付近で一度多くNOが生成しているものの、下流で減少し、最終的な排出量は希薄燃焼の場合と比較して少なくなっている。

4. まとめ

予冷ターボジェットエンジンのアフターバーナを模擬した水素過濃燃焼実験ならびに数値計算を行った結果、以下の知見が得られた。

(1)燃焼効率は、実験を行った範囲では上流噴射角90deg,下流噴射角120degのとき最大となった。上流噴射角は90deg以上では影響は小さく、下流噴射角の影響が大きい。また、噴射孔を千鳥配置とすることにより、燃焼効率が向上した。

(2)過濃燃焼時にはしばしば燃焼振動がみられ、燃焼振動が発生すると燃焼温度が低下し、NOx濃度が高くなった。

(3)CO2やArを燃料に添加すると、燃焼振動が抑制された。

(4)過濃燃焼においては、希薄燃焼と比較して排気ガス中のNOx濃度が低くなる。特に、1800Kを超えるような高温域においてその傾向が顕著であった。

(5)可視化により、希薄燃焼時ではインジェクタすぐ下流の再循環領域で保炎し、過濃燃焼時ではインジェクタ両側面付近で浮き上がり火炎となって保炎していることがわかった。

(6)数値計算の結果では、過濃燃焼においても反応帯付近でNOが多く生成するが、その下流で減少していることがわかった。

1. 田口秀之,二村尚夫,柳良二,舞田正孝『宇宙航空機に適用する予冷ターボエンジンの性能解析』(宇宙航空研究開発機構研究開発報告,2005年)2. 新岡嵩,河野通方,佐藤純一『燃焼現象の基礎』(オーム社,2001年)

Table 1 Experimental condition of PCTJ's cruise and combustion test

Fig.1 Schematic of an Injector

Fig.2 Cross-section of Sampling Probe

Fig.3 Schematic of test equipment

Fig.4 NOx formation behavior

Fig6. Comparison of flame holding between lean and rich combustion

Fig7. 数値計算結果(左:当量比0.5,右:当量比3.0)

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)西田俊介提出の論文は、「予冷ターボジェットエンジンのアフターバーナにおける水素燃焼に関する研究」と題し、8章から成っている。

マッハ5クラスの極超音速旅客機を実現するため、予冷ターボジェットエンジンが研究開発されている。本エンジンは、インテーク、予冷器、コアエンジン、アフターバーナ、ノズルから構成され、液体水素を燃料とする。マッハ5での飛行状態においては、流入空気全温が1300K程度にも達するため、通常のジェットエンジンの作動は困難となる。本エンジンは圧縮機の上流に予冷器を設け、流入空気と燃料である液体水素との間で熱交換を行うことにより、静止状態から極超音速域まで作動可能としたものである。本エンジンのアフターバーナにおいては、システム設計上予冷効果を最大とするため、当量比2.2程度の燃料過濃燃焼が選択されているという点が、既存のジェットエンジンのアフターバーナとは大きく異なる。本エンジンの実用化,性能向上のためには、過濃状態における水素燃料の燃焼特性、特に燃焼効率に関する基礎的な知見の蓄積が必要である。また、水素燃料の適用は二酸化炭素を排出しないという利点を有するものの、特にアフターバーナにおいては燃焼温度が高温となる傾向にあるため、窒素酸化物排出による地球大気環境への影響が懸念されている。そのため、燃料過濃燃焼において燃焼効率を最大化し、同時に窒素酸化物の生成を抑制するような燃焼の実現が要求されている。

本研究では、このような背景から、既存の高エンタルピー風洞において実施可能な要素燃焼実験系を構築し、主に実験により燃焼特性の取得を行った。燃焼効率改善のために、燃料噴射方法と燃焼効率の関係を要素燃焼実験により取得するとともに、可視化により過濃燃焼における保炎状態を確認することを目的としている。また、直接サンプリング法により排気中の窒素酸化物濃度を計測し、当量比および燃焼温度との関係を調べている。

第1章は序論であり、極超音速推進システムとしての予冷ターボジェットエンジンの特徴と位置づけ,ならびにアフターバーナに要求される事項を説明している。

第2章では、要素燃焼実験用小型燃焼器、ノズル、インジェクタ、燃焼ガスサンプリングプローブなどの実験供試体、および燃料供給系統や計測方法などの実験系の概要について述べている。インジェクタは主流方向に対して上流側および下流側の2列で噴射する方式であり、上流側および下流側の各々について噴射角度および噴口径の異なる数種類のものが供試されている。

第3章では、実験の方法と手順を示している。特に、水素燃料を用いた燃焼実験のために考慮された安全手順などについて説明されている。

第4章では、実験条件と実験結果の解析方法が示されている。実験条件の選定理由、燃料および主流空気の流量計算方法,燃焼効率の計算方法について説明されている。

第5章では、排気中の窒素酸化物濃度の計測方法について述べられている。使用した濃度測定器の原理と仕様、および少量の採取ガスで濃度計測を行うために製作した希釈装置および計測手法などが説明されている。

第6章では、実験結果と考察が述べられている。本実験により得られた燃焼効率と燃料噴射方法との関係を示し、過濃燃焼においては、燃焼に主として寄与する上流側の水素噴流と下流側で噴射される過剰な水素噴流を干渉させないことが燃焼効率向上のために重要であると結論づけている。また、当量比および燃焼温度と窒素酸化物濃度の関係から、同様な燃焼温度条件下で、過濃燃焼時の窒素酸化物濃度が希薄燃焼時よりも小さいことを示し、その理由が燃焼場の還元雰囲気と火炎構造に起因していると推測している。また、燃焼場の可視化により火炎構造を観察し、過濃燃焼と希薄燃焼での保炎状態の違いについて考察している。

第7章では、簡易な燃焼場を対象として、素反応モデルを用いた数値計算を行い、窒素酸化物排出挙動を調べている。その結果、過濃燃焼において窒素酸化物生成が抑制される傾向が計算結果においても示されており、過濃燃焼における窒素酸化物排出抑制に関して、化学的な観点からさらに詳細な検討が必要であると述べている。

第8章は結論であり、本論文において得られた結果を要約している。

以上要するに、本論文は、予冷ターボジェットエンジンのアフターバーナを対象とした要素試験装置の構築を行うとともに、エンジンの高性能化および低環境負荷化に資する水素過濃燃焼特性および窒素酸化物排出特性を実験により明らかにしたものであり、航空宇宙推進工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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