学位論文要旨



No 127989
著者(漢字) 池田,将啓
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,マサヒロ
標題(和) 異種触媒を用いた協奏的不斉合成反応の研究
標題(洋) Studies on Cooperative Asymmetric Reactions Using Distinct Catalysts
報告番号 127989
報告番号 甲27989
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7757号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 西林,仁昭
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 橋本,幸彦
 東京農工大学 教授 田中,健
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

近年、有機化学の分野において、従来の単一触媒系では不可能であった反応を実現するために異なる複数の触媒を協奏的に用いる反応の研究が行われる様になってきている。協奏的触媒反応とは、二種類の異なる触媒がそれぞれ独立して異なる基質を活性化して、生成した中間体同士が反応することで目的物生成物を与える反応である(Scheme 1)。二種類の触媒が共存した時のみ特異的に進行する協奏的触媒反応は、単一の触媒系では実現できなかった反応を可能にするだけでなく、化学量論量の反応活性剤を必要としないので、副生成物の生成を最小限に抑えることができ、有機合成化学的に極めて有用である。しかしながら、協奏的触媒反応は、二種類の触媒をそれぞれの反応性を互いに阻害することなく、適切に制御することは容易ではないため、その成功例はこれまで極めて限られている。

その一方で、触媒的プロパルギル位置換反応は、位置選択性制御等の困難さにより開発が遅れていた。2000年に当研究グループは、触媒量の硫黄架橋二核ルテニウム錯体存在下、末端アルキン部位を有するプロパルギルアルコールと種々の求核剤を反応させることで、対応するプロパルギル位置換生成物が高収率で得られることを見いだした。さらに2005年に、光学活性硫黄架橋配位子を有する二核ルテニウム錯体を触媒に用いることで、アセトンを求核剤とする高エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応を達成した。これは、高エナンチオ選択的不斉プロパルギル位置換反応を達成した世界初の成功例である。しかしながら、これらの反応において、用いることのできる求核剤には制限があった。そこで、本研究において、協奏的触媒反応の概念を導入することで、従来の単一の触媒系では用いることの出来なかった求核剤による新たなエナンチオ選択的プロパルギル位置換反応の開発に取り組み、詳細な検討を行った。

2. 有機触媒及び遷移金属触媒による協奏的不斉合成反応:プロパルギルアルコール及びアルデヒドによるエナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応

二核ルテニウム錯体を用いたプロパルギル位アルキル化反応において、アルデヒドと光学活性アミンとから系中で生成したエナミン中間体を求核剤に用いることで、アルデヒドによるエナンチオ選択的不斉プロパルギル位アルキル化反応を検討した。触媒量の光学活性アミン(3a)及びルテニウム錯体(4a) 共存下、種々のプロパルギルアルコール(1)と3等量の種々のアルデヒド(2)をトルエン溶媒中、室温で90時間反応させ、生成物のアルデヒド(5)を系中でより取り扱いの容易なアルコール(6)に還元して単離を行った(Scheme 2)。その結果、対応するアルキル化生成物が二種類のジアステレオマー混合物として最高93%収率で得られ、シン体が優先的に生成し、最高99% eeと両ジアステレオマーともに高いエナンチオ選択性で得られた。また、3aもしくは4aのいずれかを用いただけでは反応が進行しないことを別途確認している。

ルテニウム-アレニリデン錯体を用いた化学量論反応、触媒反応の結果及び、内部アルキン部位を有するプロパルギルアルコールを反応基質として用いると、対応するプロパルギル位アルキル化生成物は全く得られなかった結果より、本反応がルテニウム-アレニリデン錯体を鍵中間体として進行していることを示している。

以上の様に、触媒量の硫黄架橋二核ルテニウム錯体と光学活性アミン共存下、プロパルギルアルコールとアルデヒドとの反応による不斉プロパルギル位アルキル化反応を検討したところ、高収率且つ最高99% eeの高エナンチオ選択的にプロパルギル位アルキル化生成物を得ることに成功した。本反応は、有機触媒とルテニウム錯体を同時に共存させた時にのみ特異的に進行する協奏的不斉合成反応であり、単一の触媒系では達成できなかった、アルデヒドを求核剤として用いた炭素-炭素結合生成反応を可能にした。

3. 有機触媒及び遷移金属触媒による協奏的不斉合成反応:α,β-不飽和アルデヒドのエナンチオ選択的γ位プロパルギル化反応

α,β-不飽和アルデヒドと光学活性アミンは系中でジエナミン中間体を生成し、アルデヒドのγ位で求電子試薬と反応することが知られている。得られる生成物は様々な官能基へと変換可能なα,β-不飽和アルデヒドを有することから有機合成化学的に有用である。しかし、ジエナミン中間体を求核剤に用いた高エナンチオ選択的な反応は極めて限られている。本節では、α,β-不飽和アルデヒドと光学活性アミンとから系中で生成したジエナミン中間体を求核剤として用いて、エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応を検討した。その結果、対応するアルキル化生成物を二種類のジアステレオマー混合物として最高74% eeのエナンチオ選択性で得た(Scheme 3)。

4. 有機触媒及び金属触媒による協奏的不斉合成反応:内部アルキン部位を有するプロパルギルアルコールによるエナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応

前節までに示した様に、ルテニウム錯体と光学活性アミンを用いた協奏的触媒反応により、種々の高エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化生成物を得ることに成功している。しかし、それらの反応はアレニリデン錯体を鍵中間体として進行するため、内部アルキン部位を有するプロパルギルアルコールを用いることはできなかった。本節では触媒量のルイス酸と光学活性アミンを用いることで、プロパルギルカチオンとエナミン中間体との反応により高エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応を検討した。その結果、対応するプロパルギル位アルキル化生成物を二種類のジアステレオマー混合物として高収率且つ最高98% eeの高エナンチオ選択的に得た(Scheme 4)。

5. 異種遷移金属触媒による協奏的不斉合成反応:β-ケトエステルを求核剤に用いたエナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応

ルテニウム錯体を用いたエナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応の更なる開発を目指し、従来では適応できなかった β-ケトエステルを求核剤に使用するため、異なる二種類の遷移金属触媒を協奏的に用いる反応系を検討した。触媒量のルテニウム錯体(4b)及び光学活性ビスオキサゾリン配位子(13a)を有する銅錯体共存下、様々なプロパルギルアルコ-ル1と種々の1.5等量の β-ケトエステル(12)をTHF溶媒中、-10 ℃で45時間反応させた結果、対応するアルキル化生成物(14)が二種類のジアステレオマ-混合物として最高99%収率で得られ、主生成物のアンチ体が最高95% eeと高エナンチオ選択的に得られた(Scheme 5)。なお、ルテニウム錯体もしくは銅錯体単体のみでは反応が進行しなかったことも別途確認している。

また、求核剤である種々の β-ケトエステルを用いてプロパルギル位アルキル化反応を検討したところ、本反応おいて高エナンチオ選択的に目的物を得るには、β-ケトエステルのケトン部位にアリ-ル基の存在が必須であったが、種々の β-ケトエステルが求核剤として適応可能であった。ルテニウム-アレニリデン錯体を用いた化学量論反応、触媒反応及び内部アルキン部位を有するプロパルギルアルコ-ルを反応基質として用いた反応結果より、本反応がルテニウム-アレニリデン錯体を鍵中間体として進行していることを示している。

以上、触媒量の硫黄架橋二核ルテニウム錯体と光学活性なオキサゾリン配位子を有する銅錯体共存下、プロパルギルアルコ-ルとβ-ケトエステルとの反応により、高収率且つ最高95% eeの高エナンチオ選択的にプロパルギル位アルキル化生成物を得ることに成功した。

5. まとめ

これまで、当研究グル-プでは光学活性硫黄架橋配位子を有するルテニウム錯体を触媒に用いることで、様々なエナンチオ選択的プロパルギル位置換反応を達成してきた。本研究は、ルテニウム錯体とは異なる触媒を共存させることにより求核剤を活性化する協奏的触媒反応という概念を導入することで、従来用いることの出来なかったアルデヒドやβ-ケトエステルを求核剤として用い、エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応を達成した。本研究は新たな不斉プロパルギル位置換反応を達成しただけでなく、成功例も限られている異種触媒共存下でのみ特異的に進行する協奏的不斉合成反応の新たな成功例を示したものであると考えている。

Scheme 1. Cooperative catalytic reactions using distinct catalysts.

Scheme 2. Enantiaselective prupargylic alkylation of propargylic alcohols 1 with aldehydes 2.

Scheme 3. Enantioselective propargylic alkylation of prapargylic alcohol lb with aldehyde 7.

Scheme 4. Enantioselective propargylic alkylation of propargylic alcohols 9 with aldehydes 2.

Scheme 5. Enantiosetective propargylic alkylation of propergylic alcohols 1 with β-ketoesters 12.

審査要旨 要旨を表示する

学位論文研究において「異種触媒を用いた協奏的不斉合成反応の研究」を題材として研究を行った。

第一章では、異種触媒を用いた協奏的触媒反応及びプロパルギル位置換反応について概観し、本論文の研究背景について述べている。近年、有機化学の分野において、従来の単一触媒系では不可能であった反応を実現するために異なる複数の触媒を協奏的に用いる反応の研究が行われる様になってきている。協奏的触媒反応とは、二種類の異なる触媒がそれぞれ独立して異なる基質を活性化して、生成した中間体同士が反応することで目的物生成物を与える反応である。しかしながら、協奏的触媒反応においては、二種類の触媒をそれぞれの反応性を互いに阻害することなく、適切に制御することは容易ではなく、その成功例はこれまで極めて限られている。一方で、2000年に当研究グループでは、触媒量の硫黄架橋二核ルテニウム錯体存在下、末端アルキン部位を有するプロパルギルアルコールと種々の求核剤を反応させることで、対応するプロパルギル位置換生成物が高収率で得られることを見いだした。さらに2005年に、光学活性硫黄架橋配位子を有する二核ルテニウム錯体を触媒に用いることで、アセトンを求核剤とする高エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応を達成した。これは、高エナンチオ選択的不斉プロパルギル位置換反応を達成した世界初の成功例である。しかしながら、高エナンチオ選択的プロパルギル位置換反応の成功例は今日まで極めて少なく、これらの反応において、用いることのできる求核剤には多くの制限があった。そこで、本研究において、従来用いることの出来なかった求核剤であるアルデヒドとβ-ケトエステルを使用することを目的として、協奏的触媒反応の概念を導入することで新たなエナンチオ選択的プロパルギル位置換反応の開発に取り組んだ。

第二章では、触媒量の硫黄架橋二核ルテニウム錯体と光学活性アミン共存下、プロパルギルアルコールとアルデヒドとの反応により、高収率且つ最高99% eeの高エナンチオ選択的にプロパルギル位アルキル化生成物を得ることに成功した研究成果について述べている。本反応は、プロパルギルアルコールによるアルデヒドの不斉プロパルギル化を達成した初めての例であり、有機触媒とルテニウム錯体を同時に共存させた時にのみ特異的に進行する協奏的不斉合成反応である。遷移金属触媒であるルテニウム錯体とプロパルギルアルコールから系中で生成したアレニリデン錯体と、有機触媒である光学活性アミンとアルデヒドとから系中で生成したエナミンとの反応が鍵となっており、単一の触媒系では達成できなかった、アルデヒドを求核剤として用いた炭素-炭素結合生成反応を可能にした。

第三章では、ルテニウム錯体と有機触媒を用いた協奏的触媒反応によって、ジエナミン中間体を求核剤としたa,β-不飽和アルデヒドのエナンチオ選択的プロパルギル化反応を達成した研究成果について述べている。得られた生成物は様々な官能基へと変換可能な末端アルキン部位及びa,β-不飽和アルデヒド部位を有していることから有機合成化学的に有用である。

第四章では、触媒量のルイス酸と光学活性アミン共存下、内部アルキン部位を有するプロパルギルアルコールとアルデヒドとの反応により、高収率且つ最高98% eeの高エナンチオ選択的にプロパルギル位アルキル化生成物を得ることに成功した研究成果について述べている。これまでのルテニウムアレニリデン錯体を鍵中間体とする反応系では用いることの出来なかった、内部アルキン部位を有するプロパルギルアルコールを基質に用いた高エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応である。

第五章では、硫黄架橋二核ルテニウム錯体と光学活性なオキサゾリン配位子を有する銅錯体共存下、プロパルギルアルコールとβ-ケトエステルとの反応により、高収率且つ最高95% eeの高エナンチオ選択的にプロパルギル位アルキル化生成物を得ることに成功した研究成果について述べている。本反応はこれまでとは異なり、ルテニウム錯体と銅錯体という異種金属触媒共存下でのみ特異的に進行する協奏的不斉合成反応であり、成功例も限られている異種金属触媒を用いた協奏的不斉合成反応の新たな手法を提示したものである。

第六章では本論文の総括と今後の展望について述べている。

以上本論文では、ルテニウム錯体とは異なる触媒を共存させることにより求核剤を活性化する協奏的触媒反応という概念を導入することで、従来用いることの出来なかったアルデヒドやβ-ケトエステルを求核剤として用い、エナンチオ選択的プロパルギル位アルキル化反応を達成した。本研究は新たな不斉プロパルギル位置換反応を達成しただけでなく、成功例も限られている異種触媒共存下でのみ特異的に進行する協奏的不斉合成反応の新たな成功例を示したものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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