学位論文要旨



No 128326
著者(漢字) 川口,充康
著者(英字)
著者(カナ) カワグチ,ミツヤス
標題(和) NPP family を標的とした創薬化学研究
標題(洋)
報告番号 128326
報告番号 甲28326
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1421号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 准教授 横島,聡
 東京大学 講師 千原,崇裕
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

タンパク質は生命を構成する基本分子であり、ヒトゲノム解析が完了した現在においてその構造・機能解析が益々重要である。タンパク質の機能解析研究において、以前から特異的に活性を制御する有機小分子阻害剤が活用されてきた。近年、生命科学の基礎研究においてはKO mouseやRNAiを用いたknockdownが活用の幅を広げているが、瞬時に作用を発現する有機小分子阻害剤の役割は臨床の現場を含めて一段と重要になってきている。

本研究ではHTSを利用した創薬化学研究を大学において行っているが、その意義は多くの製薬会社が手を出せない未開の創薬ターゲットを標的とする点にある。残された未解析のタンパク質機能を解明し、新たな創薬ターゲットの提案を行うことは薬学アカデミア研究における責務である。

本研究では、NPP familyと呼ばれる細胞外における核酸やリン脂質の代謝に関与するエクト型加水分解酵素を標的として選択した(Fig.1)。その中で、nativeな基質がLPC(lysophosphatidyl-choline)と共通であり、酵素活性も類似するNPP2/lysoPLDとNPP6/lysoPLCに着目し、それらの特異的かつ高感度活性検出系の構築および阻害剤の開発を行った。

【本論】

1.NPP6活性検出高感度蛍光プローブおよび阻害剤開発1

NPP6はcholineを特異的に認識しIysoPLC活性を示す加水分解酵素であるが、その機能や生理的意義に関する研究は現在までにほとんど報告がない。私は、NPP6活性が測定できる高感度な蛍光プローブおよびNPP6特異的阻害剤が開発できれば、NPP6の機能解析に関する研究が大きく前進すると考えた。

NPP6はNPP2と類似する酵素活性を示すため、それを精確に見分けることが必須である。従って、NPP6のみを基質として認識する酵素認識部位を探索すべく報告のある基質の構造を検討した結果、phosphorylcholine(PC)が最適であると予想された。そこで、PCをNPP6認識部位として持つTG-mPCをNPP6活性検出蛍光プローブとして分子設計した。TG-mPCは、Fig.2(A)に示すようにlysoPLcとlysoPLDの酵素活性に基づいて反応した結果、反応生成物が異なることが想定され、NPP6の基質になった場合のみ大きな蛍光上昇を示すと予想した。

TG-mPCを5 stepsで合成しNPP family(NPPI-7)との反応性を検討した結果、NPP6特異的に大きな蛍光強度上昇を示すことが明らかになった(Fig.2(B,c))。また、生細胞を用いて特異的にNPP6活性をイメージングすることにも成功した。

物)を行った。ヒット化合物の中から、選択性・阻害活性から特にTPC-009に着目し構造活性相関を検討した(Fig.3(A))。その結果、リンカーの長さやアミンの置換基が阻害活性に大きな影響を与えることが明らかとなり、最適化されたcompound1がpotentかっselectiveな競合的NPP6阻害剤として得られた(Fig.3(B,C))。

TG-mPCはlysoPLCとlysoPLD活性を正確に見分けられる高感度蛍光プローブであり、compound1は世界初のNPP6阻害剤である。

2.NPP2活性検出高感度蛍光プローブおよび阻害剤開発

NPP2/Autotaxinはがん細胞における細胞遊走活性化因子として同定され、現在では血中でLPCからlysophosphatidic acid(LPA)を産生する酵素と考えられている。産生されたLRAはLPA受容体を介して細胞内に様々なシグナルを伝達することで多岐に渡る生理的・病理的機能を担っている。特に、がんの転移や浸潤に関与することが強く示唆されていることから、その阻害剤は新たな作用機序に基づく抗がん剤になる可能性が高いと考えられる。そこで、私は新規骨格を持つNPP2阻害剤の開発を目的に研究に着手した。

まず、先述のNPP6活性検出プローブの開発戦略に倣い、新たなNPP2活性検出蛍光プローブの開発を行った(Fig.4(A))。開発したTG-mTMPはNPP2活性を高感度に検出することが可能であった。そこで、TG-mTMPを用いて大規模スクリーニング(81,600化合物)を行うことによりNPP2阻害剤骨格を探索した。その結果、10μMにおいて90%以上阻害する化合物が17化合物見出され、その中から特にcompound 6(IC50=180nM)に着目した(Fig.4(B))。

compound 6とNPP2の複合体の結晶構造解析を行った結果、compound 6はNPP2のhydrophobicpocketに結合していることが分かったが、同時にNPP2活性中心のZn2+およびThr209と相互作用していないことも分かった(Fig.4(c))。この知見を基に構造活性相関を検討し、より強い阻害活性を示す3BoA(IC50=13nM)の創製に成功した(Fig.4(8))。3BoAは結晶構造解析より狙い通りZn2+およびThr209に配位、結合することが示された(Fg.4(C))。さらに、3BoAは報告されているNPP2阻害剤(PF8380,HA155)と比較して、ヒト血清中におけるLPA産生をより強く抑制した(Fig.4(D))。

【結論】

本研究で、NPP familyを標的としてその酵素活性を高感度に検出する蛍光プローブおよび阻害剤の開発に成功した。今後、これらの強力なツールを用いてNPP familyの機能解析が大きく進展することが期待される。特に、NPP2の阻害剤は報告されている中で最も強い阻害剤であり、がん等の疾患治療薬へ繋がる。

1Kawaguchi, M., et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 12021-12030.

Figure 1. Domain structures and functions of NPP family.

Figure 2. (A) Strategy to selectively detect NPP6 activity.(B, C) Reactivity and selectivity of TG-mPC toward recombinant NPP family.

Figure 3. (A) SAR study of TPC-009 analogues as NPP6 inhibitors.(B) Selectivity of compound 1 toward NPP family.(C) Lineweaver-Burk plots, showing competitive inhibition by compound 1.

Figure 4. (A) Strategy to detect NPP2 activity.(B) SAR study of compound 6 analogues.(C) Active site structures of NPP2-compound 6 or 3BoA complexes.(D) Inhibition of LPA production.

審査要旨 要旨を表示する

タンパク質は生命を構成する基本分子であり、ヒトゲノム解析が完了した現在においてその構造・機能解析の重要度が高まっている。タンパク質の機能解析研究において、以前から特異的に活性を制御する有機小分子阻害剤が活用されてきた。近年、生命科学の基礎研究においてはKO mouseやRNAiを用いたknockdownが活用の幅を広げているが、瞬時に作用を発現する有機小分子阻害剤の役割は臨床の現場を含めて一段と重要になってきている。本研究は、このような有機小分子阻害剤の探索・開発を目的とした創薬化学研究であり、その最大の意義は、多くの製薬会社が手を出せない未開の創薬ターゲットを標的とする点にある。残された未解析のタンパク質機能を解明し、新たな創薬ターゲットの提案を行うことは薬学アカデミア研究における責務である。

申請者川口充康は、本研究において、NPP familyと呼ばれる細胞外における核酸やリン脂質の代謝に関与するエクト型加水分解酵素を標的として選択し、その中で、nativeな基質がLPC (lysophosphatidyl-choline) と共通であり、酵素活性も類似するNPP2/lysoPLDとNPP6/lysoPLCに着目し、それらの特異的かつ高感度活性検出系の構築および阻害剤の開発に成功した。

1. NPP6活性検出高感度蛍光プローブおよび阻害剤開発

NPP6はcholineを特異的に認識しlysoPLC活性を示す加水分解酵素であるが、その機能や生理的意義に関する研究は現在までにほとんど報告がない。川口は、NPP6活性が測定できる高感度な蛍光プローブおよびNPP6特異的阻害剤を開発することにより、NPP6の機能解析に関する研究が大きく前進すると考え、本研究に着手した。NPP6はNPP2と類似する酵素活性を示すため、それを精確に見分けることが必須である。従って、NPP6のみを基質として認識する酵素認識部位を探索すべく報告のある基質の構造の検討を行い、phosphorylcholine (PC) が最適であると予想した。そして、PCを認識部位として持つNPP6活性検出蛍光プローブとしてTG-mPCを分子設計し、5 stepsで合成した。NPP family (NPP1-7) との反応性を検討した結果、NPP6特異的に大きな蛍光強度上昇を示すことが明らかとなった。更に、本プローブを用いることにより、生細胞イメージングにおいても、NPP6の活性を特異的に検出することが可能であることが確かめられた。

次に、NPP6阻害剤の創製を行うためにTG-mPCを用いた大規模スクリーニング (80,000化合物) を行い、ヒット化合物の中から、高い選択性・阻害活性を有するTPC-009という化合物に着目し、構造活性相関を検討した。その結果、リンカーの長さやアミンの置換基が阻害活性に大きな影響を与えることを明らかにし、最適化されたcompound 1をpotentかつselectiveな競合的NPP6阻害剤として得ることに成功した。

以上の研究の結果開発されたTG-mPCはNPP6の活性を選択的に検出できる高感度蛍光プローブであり、compound 1は世界初のNPP6阻害剤である。

2. NPP2活性検出高感度蛍光プローブおよび阻害剤開発

NPP2/Autotaxinはがん細胞における細胞遊走活性化因子として同定され、現在では血中でLPCからlysophosphatidic acid (LPA) を産生する酵素であると考えられている。産生されたLPAはLPA受容体を介して細胞内に様々なシグナルを伝達することで多岐に渡る生理的・病理的機能を担っている。特に、がんの転移や浸潤に関与することが強く示唆されていることから、その阻害剤は新たな作用機序に基づく抗がん剤になる可能性が高い。そこで、川口は新規骨格を持つNPP2阻害剤の開発を目的として研究を行った。まず、先述のNPP6活性検出プローブの開発戦略に倣い、新たなNPP2活性検出蛍光プローブの開発を行った。開発したTG-mTMPはNPP2活性を高感度に検出することが可能であり、このTG-mTMPを用いて大規模スクリーニング (81,600化合物) を行うことによりNPP2阻害剤骨格を探索し、10 .Mにおいて90%以上阻害する化合物を17化合物見出した。その中から特にcompound 6 (IC50 = 180 nM) に着目し、compound 6とNPP2の複合体の結晶構造解析を行った結果、compound 6はNPP2活性中心のZn2+およびThr209と相互作用せず、近傍のhydrophobic pocketに結合していることが明らかとなった。この結果を受けて、更に構造活性相関の検討を行い、hydrophobic pocketに加えてZn2+およびThr209に配位、結合することでより強い阻害活性を示す3BoAを創製した。3BoAは分子設計どおりcompound 6よりも更に強いNPP6阻害活性 (IC50 = 13 nM) を有し、ヒト血清中においても、NPP2によるLPA産生を強力に抑制することが確かめられた。その阻害活性は現在までに報告されているNPP2阻害剤の中で最も強いものであり、がん等の疾患治療薬へ繋がることが強く期待される。

以上にまとめる本研究において、川口はNPP familyを標的としてその酵素活性を高感度に検出する蛍光プローブおよび阻害剤を開発することに成功した。本研究成果は、NPP familyの活性の異常が観察されるがん等の疾患の治療薬開発に対する非常に有用な指針を与えるものであり、今後、これらの強力なツールを用いてNPP familyの機能解析が大きく進展することが期待される。これらの成果は博士(薬学)にふさわしい成果と審査委員会で評価された。

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