学位論文要旨



No 128328
著者(漢字) 坂部,雅世
著者(英字)
著者(カナ) サカベ,マサヨ
標題(和) 分子内閉環・開環反応を蛍光制御原理に用いた新規プロテアーゼ活性検出蛍光プローブの開発および臨床診断への応用
標題(洋)
報告番号 128328
報告番号 甲28328
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1423号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 准教授 折原,裕
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 講師 千原,崇裕
内容要旨 要旨を表示する

第一章序論

プロテアーゼはタンパク質やペプチド内の特定のアミノ酸のペプチド結合を加水分解する酵素であり、生体内で様々な役割を果たしている。また、プロテアーゼにはがんの転移や炎症など疾患に関係するものが多く、これらの活性を評価することは医療および創薬において非常に重要となる。このようなプロテアーゼの研究において、酵素活性を蛍光強度の変化で検出する機能性分子 (蛍光プローブ) は感度の高さや簡便性の点から、多くのin vitro アッセイやイメージングに活用され、機能解明に大きく貢献している。現在、プロテアーゼ活性検出蛍光プローブとして7-amino-4-methyl-coumarin (AMC) およびRhodamine Green (RG) を母核にしたものが市販されている。しかしながら、AMC は紫外領域に励起波長を有するため光毒性を有すること、そしてRG は活性化に2 段階の酵素反応を必要とするため、感度に乏しいという欠点があった。そこで、本研究では、がんや消化作用など様々な生理機能に関わるプロテアーゼに着目し、プロテアーゼ活性検出蛍光プローブを新たに開発することで、生化学的な研究や臨床診断にも応用可能な蛍光イメージング手法の確立を目的とした。

第二章閉環開環制御を蛍光制御原理に用いたプロテアーゼプローブの開発

新たなプロテアーゼ活性検出蛍光プローブの開発にあたり、分子内閉環・開環反応を利用した蛍光制御に着目した。RG のカルボキシ基をより求核性の高いハイドロキシメチル基に変換した新たな誘導体HMRG およびそのアミノ基の一方をアセチル化したacetyl-HMRG を合成し、分光学的特性を精査した。その結果、HMRG およびacetyl-HMRG は、両者とも塩基性pH にて閉環構造を取り、吸収が消失するが、閉環・開環平衡において異なるpH 依存性を示すことが明らかとなった (Fig.1a)。すなわちpH 7.4 の生理的条件下では、HMRG は開環構造を取り、強蛍光性を示すのに対し、acetyl-HMRG は閉環構造を取り、無蛍光性となることが明らかとなった (Fig.1b)。ここから、acetyl-HMRG は生理的条件下でアミド結合が切断され、HMRG へと変換されると蛍光増大を示すことが期待された。

実際に、本特性を利用して肝機能評価酵素であるロイシンアミノペプチダーゼ(LAP) 活性を標的とした蛍光プローブ、Leu-HMRG を合成したところ、Leu-HMRG は水中pH 7.4 で閉環構造を取るため無蛍光性であったが、LAP によりアミド結合が加水分解されることでダイナミックな蛍光強度変化を示した (Fig.1c)。本蛍光プローブ設計法は他のプロテアーゼに対しても応用可能であり、開発したプローブは、光毒性の少ない可視光で励起され、1 段階の酵素反応で活性化されるため、既存の手法と比較してプロテアーゼ活性を高感度に検出できると考えられる。

第三章 γ-グルタミルトランスペプチダーゼ活性検出蛍光プローブの開発とがんイメージング

がんは、1981 年以来日本人の死因第一位となっている疾患であり、治療法の一つに病変の切除といった外科手術があげられる。より多くの病変部位を的確に切除することによって予後が改善することが知られているが、従来のイメージング手法では、イメージング剤の一部ががん組織に分布するため、がん組織と正常組織とのコントラスト (S/N) は乏しく、微小ながんの識別は困難である。これに対し、蛍光を用いたイメージング技術は、高時空間分解能、高感度であること、そして標的部位においてイメージング剤のシグナルをOFF からON へとスイッチできるなど様々な長所を有していることから大きな注目を集めている。そこで、第三章ではがんに過剰発現しているプロテアーゼを標的とし、プロテアーゼと反応することでシグナルがON となる蛍光プローブを開発することで、微小ながんを可視化する高感度ながん検出法の確立を目的とした。

次に、がんイメージングの標的酵素として、卵巣がん、肺がん、胆管がん、肝細胞がんなどで過剰発現が報告されているγ-グルタミルトランスペプチダーゼ (GGT) に着目した。GGT はグルタチオンなどのγ-グルタミルペプチドを加水分解する膜結合型酵素で、がんの転移に関わることが知られている。先に示した設計原理の下、GGT 活性検出蛍光プローブgGlu-HMRG を合成したところ、gGlu-HMRG はGGT との反応により吸光および蛍光が400 倍以上増大した (Fig.2a)。続いて、ヒトがん由来の4 種類の細胞株、SHIN3 (卵巣がん)、A549 (肺がん)、HuCCT1 (胆管がん) およびHepG2 (肝細胞がん)、そして、正常細胞株としてHUVEC (臍帯静脈内皮細胞) を用いて蛍光イメージングを行った。gGlu-HMRG 添加により、HUVEC では蛍光が観察されなかったが、4 種類すべてのがん細胞において蛍光増大を観察した(Fig.2b)。

さらにSHIN3細胞を用いて、腹膜播種モデルマウスを作製し、がんinvivoイメージングを行った。外科手術への適用を模して、gGlu-HMRG投与5分後にマウスを開腹し、蛍光画像を取得したところ、腹腔内の1mm以下の微小がんまで特異的に検出することに成功した(Fig.2c)。次に、実際のがん診断への応用を念頭に、麻酔下のがんモデルマウスの腹腔内へ蛍光内視鏡を導入し、腹腔内観察を行ったところ、蛍光プローブを患部に噴霧してわずか数分で、白色光観察下では識別が困難ながんをリアルタイムに描出できた(Fig.2d)。

gGlu-HMRGを応用し、がんイメージングを行った。HCCは、病変が単発であれば、基本的に肝切除術が採用される。本実験では、肝切除直後の肝切片(がん部位と非がん部位を含む)にgGlu-HMRG を添加し、5 分後に蛍光画像を取得した。その結果、蛍光プローブ添加から5 分で、HCC のがん部位の形状を描出することに成功した (Fig.3)。また、GGT 特異的阻害剤の処理により、蛍光強度が減少したことから、gGlu-HMRG はHCC サンプルのGGT 活性を特異的に検出していると考えられる。さらに、GGT 抗体を用いた免疫染色より、GGT 染色パターンとがん部位の蛍光強度が相関性を示すことも確認した。

第四章キモトリプシン活性検出蛍光プローブの開発と膵液イメージング

膵臓がんや胆管がんはそれぞれ年間1 万5000 人以上が死亡しており、死亡者数は年々増加している。このようながんを根治させる唯一の治療法として、がん部位の外科的切除が挙げられ、多くの場合、発生場所の関連で、がん部位と膵臓の同時切除が行われる。しかしながら、このような膵切除術の場合、術後に膵断面から膵液が腹腔内にもれる「膵液漏」が一定の頻度で起こることが知られている。膵液漏が起こると、細菌感染や膵液の自己消化作用により血管が消化され大出血を起こし、死に至る危険性がある。このため膵液漏は膵切除術における最も重要な合併症となっている。現在、膵液漏を防ぐために様々な膵切除法が検討されているものの、膵液漏の完全な防止は困難である。その要因として、正常な膵管が同定しづらいため結紮が困難であること、そして無色透明な膵液の漏出を確認できないといった点が挙げられる。このため、手術中に膵管を同定し、膵液の漏出を迅速かつ的確に確認する手法の開発が強く望まれている。そこで、第四章では膵液中のプロテアーゼ活性をターゲットにした蛍光プローブを開発し、迅速かつ高感度な膵液イメージングを達成することを目的とした。

まず、膵液中に存在するプロテアーゼの中で、キモトリプシンに着目した。キモトリプシンは前駆体で膵液中に分泌され、小腸でトリプシンによって活性体へと変化する。そこで、第二章の知見を基にキモトリプシン活性検出蛍光プローブ (gPhe-HMRG) を合成した。gPhe-HMRG はキモトリプシンの基質となり、蛍光および吸収が数百倍速やかに上昇した (Fig.4a and 4b)。

次に、患者から取得した膵液を用いてアッセイを行った。なお、キモトリプシンは前駆体で膵液中に分泌されるため、トリプシン添加により活性体へと変化させた後に測定している。その結果、膵液の添加によってgPhe-HMRG の蛍光強度が上昇し、また、キモトリプシン阻害剤で処理すると蛍光強度の上昇が有意に抑制された。このことからgPhe-HMRG はヒト膵液中のキモトリプシン活性を特異的に検出していることが分かった。そして、その蛍光強度変化は、膵液漏判定の一つの指標となる糖分解酵素のアミラーゼ活性値とある程度の相関性を示した。

最後に、術後直後の切除した膵臓を用いて、膵離断面から漏出した膵液のイメージングに着手した。具体的には、膵離断面を、拭きタオル (手術現場で用いられている) および実験用ろ紙 (紙の自家蛍光が少ない) を接着させ、膵液の付着を確認した後にgPhe-HMRG およびトリプシンの混合溶液を噴霧してイメージングを行った。その結果、プローブ溶液を噴霧して、わずか5分程で膵液が付着した部分を可視化することに成功した(Fig.5)。

第五章総括

本研究では、第二章で分子内閉環・開環反応を制御した新たな蛍光プローブ設計原理を確立し、LAP活性検出蛍光プローブ(Leu-HMRG)、GGT活性検出蛍光プローブ(gGlu-HMRG)、そしてキモトリプシン活性検出蛍光プローブ(gPhe-HMRG)を開発した。第三章では細胞イメージングおよび、がんモデルマウスを用いた検討から、gGlu-HMRGによるGGT特異的ながんの検出特性を実証し、HCC患者から得られた肝切除サンプルにおいてがん部位のGGT活性を高感度に検出することで、微小ながんの検出に成功した。さらに、第四章では、膵液中に含まれるキモトリプシンに着目し、膵離断面から得られた膵液にgPhe-HMRGを噴霧することで膵液の可視化を試みた。その結果、主膵管から付着した膵液をわずか数分で検出することに成功した。gPhe-HMRGは膵液の漏出を可視化することで、膵液漏の防止を可能にすると期待できる。

Fig.1 (a) pH profiles of HMRG derivatives in aqueous solution at various pH values. (b) Structures ofHMRG and acetyl-HMRG at pH 7.4. (c) Reaction scheme of Leu-HMRG with LAP.

Fig.2 (a) Enzymatic reaction scheme, and absorption and fluorescence emission spectra of gGlu-HMRG with GGT. (b) Confocal imaging of living cancer cell lines (SHIN3, A549, HuCCT1, HepG2) and a normal cell line (HUVEC) in response to gGlu-HMRG. Scale bar represents 50 Rm. (c) Fluorescence imaging of mouse model of peritoneal metastasis at 5 min post-treatment with gGlu-HMRG. Scale bar represents 1 cm. (d) Detection of tumors by fluorescence endoscope.

Fig.3 Fluorescence imaging of HCC patient sample with 50 μM gGlu-HMRG. Scale barrepresents 1cm.

Fig.4 (a) Enzymatic reaction scheme of gPhe-HMRG. (b) Absorption and fluorescence spectra of gPhe-HMRG in 0.1 M sodium phosphate buffer (pH 7.4) before and after addition of chymotrypsin.

Fig.5 Fluorescence imaging of pancreatic juice with 50μM gPhe-HMRG and 52.6 BTEE munits trypsin.

審査要旨 要旨を表示する

プロテアーゼはタンパク質やペプチド内の特定のアミノ酸のペプチド結合を加水分解する酵素であり、生体内で様々な役割を果たしている。また、プロテアーゼにはがんの転移や炎症など疾患に関係するものが多く、これらの活性を評価することは医療および創薬において非常に重要となる。このようなプロテアーゼの研究において、酵素活性を蛍光強度の変化で検出する機能性分子 (蛍光プローブ) は感度の高さや簡便性の点から、多くのin vitroアッセイやイメージングに活用され、機能解明に大きく貢献している。現在、プロテアーゼ活性検出蛍光プローブとして7-amino-4-methyl-coumarin (AMC) およびRhodamine Green (RG) を母核にしたものが市販されている。しかしながら、AMCは紫外領域に励起波長を有するため光毒性を有すること、そしてRGは活性化に2段階の酵素反応を必要とするため、感度に乏しいという欠点があった。

ここで坂部雅世さんは、様々な生理機能に関わるプロテアーゼに着目し、生細胞イメージングに適用可能なプロテアーゼ活性検出蛍光プローブを新たに開発することで、生化学的な研究や臨床診断にも応用可能なライブ蛍光イメージング手法の確立を目的として、研究に着手した。

新たなプロテアーゼ活性検出蛍光プローブの開発にあたり、分子内閉環・開環反応を利用した蛍光制御に着目した。RGのカルボキシ基をより求核性の高いハイドロキシメチル基に変換した新たな誘導体HMRGおよびそのアミノ基の一方をアセチル化したacetyl-HMRGを合成し、分光学的特性を精査した。その結果、HMRGおよびacetyl-HMRGは、両者とも塩基性pHにて閉環構造を取り、吸収が消失するが、閉環・開環平衡において異なるpH依存性を示すことが明らかとなった。すなわちpH 7.4の生理的条件下では、HMRGは開環構造を取り、強蛍光性を示すのに対し、acetyl-HMRGは閉環構造を取り、無蛍光性となることが明らかとなった。ここから、acetyl-HMRGは生理的条件下でアミド結合が切断され、HMRGへと変換されると蛍光増大を示すことが期待された。

実際に、本特性を利用して肝機能評価酵素であるロイシンアミノペプチダーゼ (LAP) 活性を標的とした蛍光プローブ、Leu-HMRGや以下に紹介するγ-グルタミルトランスフェラーゼに対するgGlu-HMRGなど数多くの蛍光プローブの開発に成功した。例えば、Leu-HMRGは水中pH 7.4で閉環構造を取るため無蛍光性であったが、LAPによりアミド結合が加水分解されることでダイナミックな蛍光強度変化を示した、以上のように開発に成功したプローブは、光毒性の少ない可視光で励起され、1段階の酵素反応で活性化されるため、既存の手法と比較してプロテアーゼ活性を高感度に検出できると考えられる。

次に外科手術時に的確ながん部位切除ができるように、がんをin vivoで選択的に蛍光可視化するイメージングプローブの開発を目指し、がん細胞で亢進しているアミノペプチダーゼに対する蛍光プローブの開発を開始した。がんは、1981年以来日本人の死因第一位となっている疾患であり、治療法の一つに病変の切除といった外科手術があげられる。より多くの病変部位を的確に切除することによって予後が改善することが知られているが、従来のイメージング手法では、イメージング剤の一部ががん組織に分布するため、がん組織と正常組織とのコントラスト (S/N) は乏しく、微小ながんの識別は困難である。これに対し、蛍光を用いたイメージング技術は、高時空間分解能、高感度であること、そして標的部位においてイメージング剤のシグナルをOFFからONへとスイッチできるなど様々な長所を有していることから大きな注目を集めている。具体的ながんイメージング標的酵素として、卵巣がん、肺がん、胆管がん、肝細胞がんなどで過剰発現が報告されているγ-グルタミルトランスペプチダーゼ (GGT) に着目した。GGTはグルタチオンなどのγ-グルタミルペプチドを加水分解する膜結合型酵素で、がんの転移に関わることが知られている。先に示した設計原理の下、GGT活性検出蛍光プローブgGlu-HMRGを合成したところ、gGlu-HMRGはGGTとの反応により吸光および蛍光が400倍以上増大した。続いて、ヒトがん由来の4種類の細胞株、SHIN3 (卵巣がん)、A549 (肺がん)、HuCCT1 (胆管がん) およびHepG2 (肝細胞がん)、そして、正常細胞株としてHUVEC (臍帯静脈内皮細胞) を用いて蛍光イメージングを行った。gGlu-HMRG添加により、HUVECでは蛍光が観察されなかったが、4種類すべてのがん細胞において蛍光増大を観察した。

さらにSHIN3細胞を用いて、腹膜播種モデルマウスを作製し、がんin vivoイメージングを行った。外科手術への適用を模して、gGlu-HMRG投与5分後にマウスを開腹し、蛍光画像を取得したところ、腹腔内の1 mm 以下の微小がんまで特異的に検出することに成功した。次に、実際のがん診断への応用を念頭に、麻酔下のがんモデルマウスの腹腔内へ蛍光内視鏡を導入し、腹腔内観察を行ったところ、蛍光プローブを患部に噴霧してわずか数分で、白色光観察下では識別が困難ながんをリアルタイムに描出できた。最後に、肝細胞がん(Hepatocellular carcinoma, HCC) 患者から切除したがん組織片にgGlu-HMRGを応用し、がんイメージングを行った。肝切除直後の肝切片 (がん部位と非がん部位を含む) にgGlu-HMRGを添加し、5分後に蛍光画像を取得したところ、HCCのがん部位の形状を描出することに成功した。また、GGT特異的阻害剤の処理により、蛍光強度が減少したことから、gGlu-HMRGはHCCサンプルのGGT活性を特異的に検出していると考えられる。さらに、GGT抗体を用いた免疫染色より、GGT染色パターンとがん部位の蛍光強度が相関性を示すことも確認した。以上の結果は、gGlu-HMRGが術中イメージングプローブとして機能しうることを示しており、現在より広範なヒト摘出がんサンプルへの適用を開始している。

次に膵液イメージングプローブの開発を行った。膵臓がんや胆管がんは、がん部位と膵臓の同時切除が行われることが多く、このような膵切除術の場合、術後に膵断面から膵液が腹腔内にもれる「膵液漏」が一定の頻度で起こることが知られている。膵液漏が起こると、細菌感染や膵液の自己消化作用により血管が消化され大出血を起こし、死に至る危険性がある。このため膵液漏は膵切除術における最も重要な合併症となっている。そこで、膵液中のプロテアーゼ活性をターゲットにした蛍光プローブを開発し、迅速かつ高感度な膵液イメージングを達成することを目指した。具体的には、膵液中に存在するプロテアーゼの中で、キモトリプシンに着目した。キモトリプシンは前駆体で膵液中に分泌され、小腸でトリプシンによって活性体へと変化する。そこで、既述したHMRGを基本骨格とするキモトリプシン活性検出蛍光プローブ (gPhe-HMRG) を合成した。gPhe-HMRGはキモトリプシンの基質となり、蛍光および吸収が数百倍速やかに上昇した。次に、患者から取得した膵液を用いてアッセイを行った。なお、キモトリプシンは前駆体で膵液中に分泌されるため、トリプシン添加により活性体へと変化させた後に測定している。その結果、膵液の添加によってgPhe-HMRGの蛍光強度が上昇し、また、キモトリプシン阻害剤で処理すると蛍光強度の上昇が有意に抑制された。このことからgPhe-HMRGはヒト膵液中のキモトリプシン活性を特異的に検出していることが分かった。そして、その蛍光強度変化は、膵液漏判定の一つの指標となる糖分解酵素のアミラーゼ活性値とある程度の相関性を示した。最後に、術後直後の切除した膵臓を用いて、膵離断面から漏出した膵液のイメージングに着手した。具体的には、膵離断面を、拭きタオル (手術現場で用いられている) および実験用ろ紙 (紙の自家蛍光が少ない) を接着させ、膵液の付着を確認した後にgPhe-HMRGおよびトリプシンの混合溶液を噴霧してイメージングを行った。その結果、プローブ溶液を噴霧して、わずか5分程で膵液が付着した部分を可視化することに成功した。

以上のように坂部さんは、分子内閉環・開環反応を制御した新たな蛍光プローブ設計原理を確立し、LAP活性検出蛍光プローブ (Leu-HMRG)、GGT活性検出蛍光プローブ (gGlu-HMRG)、そしてキモトリプシン活性検出蛍光プローブ (gPhe-HMRG) の開発に成功した。さらにこれらのプローブを活用したin vivo迅速がん部位検出や膵液漏イメージングにも成功した。いずれもプローブの局所噴霧後わずか数分で、 1 mm以下の微小がん部位や膵液漏箇所の検出が可能であり、その医療技術としての実用性は極めて高く、実用化が熱望される技術である。このように、高感度、高選択的、可視光励起新規蛍光プローブ群を開発し、in vivoでその場で酵素活性をリアルタイムに計測することによる新たなイメージング医療技術を確立した本研究は、博士(薬学)の授与に値するものであると判断された。

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