No | 128331 | |
著者(漢字) | 塚田,真介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツカダ,シンスケ | |
標題(和) | 官能基に基づくアダマンタン誘導体の植物変換の差異に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128331 | |
報告番号 | 甲28331 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1426号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 分子薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 生物を用いた化合物の変換は生物変換と呼ばれ、中でも植物を用いた生物変換は植物変換と呼ばれている。現在までに多くの植物変換の報告例があり、植物変換の適応範囲がモノテルペンからトリテルペン、フラボノイドなど骨格を限定しない汎用性の高いものであることが示されている。しかしながら、これまでの植物変換研究は、変換の対象が植物由来の天然物基質に限られたものであった。植物由来の天然物の多くは水酸基・ケト基を有する。そのため、植物変換研究の結果は、基質は違えど炭素骨格への水酸化、水酸基とケト基への反応である酸化・還元、配糖化反応に集約され、他の官能基に対する変換反応は未だに解明されていない。私は、他の官能基を有する化合物の植物変換研究により、各種官能基の違いに基づいた未知の植物変換反応の発見を期待できると考えた。 これまでの変換研究による知見から、植物変換では多段階の反応が進行することが考えられた。天然物を始めとする非対称性の基質の変換では、反応点となる炭素が多数存在するため変換物数が増大し、変換物個々の量が少なくなることで、変換物の追跡が困難になることが予想される。その一方で、対称性化合物を変換の基質とすることにより、基質の骨格に基づく構造異性体の生成を防ぐことができる。私は修士課程において、多くの植物変換研究がなされているツキヌキユーカリ(Eucalyptus perriniana)懸濁培養細胞を用いて、高対称性化合物アダマンタンとその代謝中間体であるアダマンタノール(I)の変換実験を行い、同培養細胞が天然物基質同様に非天然物アダマンタンを植物変換可能であることを示している(Table 1)。そこで、官能基に基づいた変換反応の差異の解明を目的として、対称化合物アダマンタンを基本骨格に据えた各種官能基誘導体の植物変換研究に着手した。 【方法】 2週間培養したツキヌキユーカリ懸濁培養細胞に、グルコース水溶液と基質のエタノール溶液を無菌的に投与した。1週間の培養後に収穫し、細胞メタノール抽出物と培養液についてクロロホルムで低極性化合物を洗浄後、HP20カラムにて糖とアミノ酸、NH2カラムによりユーカリ細胞由来の酸性化合物を除去し、分析用サンプルとした。分析用サンプルを基質無添加のものとHPLC、1H-NMRによって比較後、変換物が見られたものは大量培養後、HP20、ポリアミド、ODS、NH2カラム、HPLCを用いて精製し、各種NMRスペクトルとHR-MSを用いて変換物の構造を決定した。さらに、得られた変換物の構造と収量に基づいて変換経路を推定した。 【結果】 1.アセトアミド・ニトリル基誘導体の変換 アセトアミド誘導体1からは2~4が、ニトリル基誘導体5からは6~14の変換物が得られた(Table 2, 3)。微生物変換では、アセトアミド基はアミンとカルボン酸に、ニトリル基はアミドを経由しカルボン酸とアミンに変換されることが数多く報告されており、植物変換においても官能基自体への反応が予想された。しかし、本研究においては予想されていた両置換基に対する還元反応は起こらず、アダマンタン骨格の水酸化後、水酸基がグルコース配糖化された。水酸化は基質1、5のそれぞれ3位、4位に優先的に起こり、その後配糖化されるが、極性の低いニトリル誘導体では単糖、二糖配糖体が得られるのに対し、極性の高いアセトアミド基誘導体では単糖配糖体のみが得られた。以上のことから、ニトリル、アセトアミド基誘導体は骨格の水酸化と配糖化により変換され、官能基は、自身の立体障害とその極性により、水酸化を受ける位置と配糖化するグルコースの数に影響を与えるものと考えられる。 2.カルボキシル基誘導体の変換 カルボキシル基誘導体15の投与実験の結果、カルボキシル基配糖体16~23と15とゲンチオビオース(Glc6'-Glc)のエステル化合物24、 25が得られた(Table 4)。主な変換経路は、アダマンタノール(I)の変換と同様に、カルボキシル基の配糖化によって単糖配糖体16が生じ、16が水酸化やさらなる配糖化を受けることで17~23が生成すると推測される。また、エステル化合物24、 25は配糖体17を水または有機溶媒条件下におくことで非酵素的なアダマントイル基転位により生成する副産物であることが判明した。このアダマントイル基転位は、グルコース1糖目2'位水酸基が結合に用いられている18、19では起こらないことが確認されたことから、隣接水酸基に転位することで1糖目の1'位~4'位水酸基までを移動するものであると言える。 3.チオール基誘導体の変換 3-1. 変換結果 チオール基誘導体26を投与したところ、S-配糖体28、29とSにアミノ酸由来と思われるC3ユニットが結合したスルフィド、スルホキシド、スルホンおよびその配糖体30~37が得られた(Table 5)。総収率は29.6%であり、培養液には基質であるアダマンタンチオールが残存していたため、1週間では反応が完結していないことがわかった。 3-2. アミノ酸構造の由来 チオール誘導体の主変換物群30~37に見られる、Sに結合したC3ユニットの由来を解明するために、当該部と構造の近いアミノ酸である(L-)アラニン、セリン、システインそれぞれと基質26との共投与実験を行い、変換物の量をHPLCにて比較した。その結果、アラニン、セリンの共投与群では変換物由来ピークの増大は確認されず、システイン投与群にて変換物30、34由来ピークの増大が確認されたことから、システインがC3ユニットの由来であると考えた。さらに、L -[U-13C3,15N]システインの共投与実験により、変換物34のC3ユニット全ての炭素に標識システインの取り込みが確認されたことから、チオール基誘導体主変換物群のC3ユニットはシステイン由来であると決定した(Figure 1)。さらに、アミノ基を有する変換物36において、C3ユニットに加えてアミノ基にも15Nの取り込みが確認された。以上のことから、チオール基誘導体26の変換では、まずチオールへのシステインC3ユニットの付加が起こり、その後早期に脱アミノ化を受けた場合は、C3ユニットのケト基の還元により生じる水酸基の配糖化、アダマンタン骨格の水酸化、スルフィドの酸化により、30、32~35を生じると推測される。骨格の修飾が脱アミノ化に先んじて起こった場合には、アダマンタン骨格の水酸化を経由して36、そして酸化的脱アミノ化により37が生成するものと予想される。 4.オキシム基誘導体の変換 オキシム誘導体38の投与実験の結果、オキシム酸素原子にグルコシル基が結合した、オキシム-O-配糖体39~42と、オキシムが変換されず骨格が水酸化後に配糖化された43、オキシムの加水分解によって生じるアダマンタノン、さらに還元された2-アダマンタノールの変換物44~57が得られた(Table 6)。上記のことから、オキシム基は酸素原子が配糖化を受ける他に、加水分解を受けることでケト基、さらには水酸基へと還元されていくものと考えられる。 5.アミノ基、スルホ基、イソチオシアニル基誘導体の変換 アミノ基(58)、スルホ基(59)誘導体の投与実験の結果、変換物は得られなかった。両誘導体は培地中で容易に塩となる化合物であり、前述の変換反応が水溶性を獲得する方向に進んでいることから、水溶性化合物は変換しにくいと予想される。一方で、極性の低いイソチオシアニル基誘導体(60)を投与した場合にも変換は進まず、基質が残存する結果となった。イソチオシアニル基に関しては、P450阻害活性を有する化合物が複数報告されていることから、本基質にも同様の活性があるが故に、変換の最初のステップである、P450による水酸化が進行しないのではないかと予想している。 【結論・今後の展望】 本研究においてアセトアミド、ニトリル、カルボキシル、チオール、オキシム基誘導体が植物変換可能であることを証明した。前者2基質はアダマンタン骨格のそれぞれ異なる位置を水酸化・水酸基への配糖化により修飾し、置換基の立体障害と極性が、修飾部位と配糖化する糖の数に影響を与えることを示唆した。後者3基質では官能基をそれぞれ異なる経路で変換し、官能基の存在により、植物の行う変換反応が大きく異なることが明らかになった。チオールに対するシステインのC3ユニットの付加、オキシム基の加水分解、アセトアミド・ニトリル基存在下における基質骨格の水酸化は本研究が初の報告となる。今後もアダマンタンをはじめとした対称性基質を用いた変換研究を進めることにより、ニトロ、シリル基といった他の官能基誘導体に対する未知の変換反応の発見と、変換反応に関与する基質側の構造ファクターの解明が期待できる。本研究は主に2つの展望が考えられる。1つ目は、植物変換の変換反応の多さを活かした点である。当初の懸念通り、アダマンタンの様な単一かつ対称性の高い基質からも数多くの変換物が得られることが明らかになった。得られた変換物は、非天然の骨格に糖やアミノ酸構造を有する、ハイブリッド化合物とも呼ぶべき新規化合物群である。このことを利用し、様々な有機化合物(特に非天然物)についての投与実験を行い、新規化合物が含まれる変換物ミクスチャーを活性スクリーニングに用いることで新規医薬品シーズを探索するという、創薬支援方面への活用である。そしてもう1つは、化合物代謝に関わる酵素・遺伝子同定に利用することである。植物には非常に多くのP450の存在が認められているが、その機能が同定されているものはごく僅かである。内因性化合物の生合成に関わるものは徐々に同定されていくものと考えられるが、外来異物の代謝に関する酵素とその遺伝子については、まず先立つ変換反応が示されなければ酵素が単離されることも、遺伝子が同定されることも期待できない。ゲノム配列が解読されている、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)やミヤコグサ(Lotus japonicus)について本研究の様な植物変換研究を行うことで、機能未知の酵素に手掛かりを提供することができるものと考えている。 Table 1. Biotransformation products of 1-adamantanal (I) Table 2. Biotransformation products of 1-acetamidoadamantane (1) Table 3. Biotransformation products of 1-adamantanecarbonitrile (5) Table 4. Biotransformation products of 1-adamantancarboxylic acid (15) Table 5. Biotransformation products of I -adamantanethiol (26) Figure 1. Incorporation of 13C 15N-labeled(・) L-Cysteine Table 6.Biotransformation products of 2-adamantanone oxime (38) Figure 2. The structures of 1-aminoadamantane (58), 1-adamantanesulfonic acid (59) and isothiocyanic acid 1-adamantyl ester (60) | |
審査要旨 | 生物を用いた化合物の変換は生物変換と呼ばれ、中でも植物を用いた生物変換は植物変換と呼ばれている。現在までに多くの植物変換の報告例があり、植物変換の適応範囲がモノテルペンからトリテルペン、フラボノイドなど骨格を限定しない汎用性の高いものであることが示されている。しかしながら、これまでの植物変換研究は、変換の対象が植物由来の天然物基質に限られたものであった。植物由来の天然物の多くは水酸基・ケト基を有する。そのため、植物変換研究の結果は、基質は違えど炭素骨格への水酸化、水酸基とケト基への反応である酸化・還元、配糖化反応に集約され、他の官能基に対する変換反応は未だに解明されていない。塚田は、他の官能基を有する化合物の植物変換研究により、各種官能基の違いに基づいた未知の植物変換反応の発見を目指した。 これまでの変換研究による知見から、植物変換では多段階の反応が進行することが考えられた。天然物を始めとする非対称性の基質の変換では、反応点となる炭素が多数存在するため変換物数が増大し、変換物個々の量が少なくなることで、変換物の追跡が困難になることが予想される。その一方で、対称性化合物を変換の基質とすることにより、基質の骨格に基づく構造異性体の生成を防ぐことができる。塚田は修士課程において、多くの植物変換研究がなされているツキヌキユーカリ(Eucalyptus perriniana)懸濁培養細胞を用いて、高対称性化合物アダマンタンとその代謝中間体であるアダマンタノール(I)の変換実験を行い、同培養細胞が天然物基質同様に非天然物アダマンタンを植物変換可能であることを示した(Table 1)。そこで、官能基に基づいた変換反応の差異の解明を目的として、対称化合物アダマンタンを基本骨格に据えた各種官能基誘導体の植物変換研究に着手した。 1.アセトアミド・ニトリル基誘導体の変換 アセトアミド誘導体1からは2~4が、ニトリル基誘導体5からは6~14の変換物が得られた(Table 2, 3)。微生物変換では、アセトアミド基はアミンとカルボン酸に、ニトリル基はアミドを経由しカルボン酸とアミンに変換されることが数多く報告されており、植物変換においても官能基自体への反応が予想された。しかし、本研究においては予想されていた両置換基に対する還元反応は起こらず、アダマンタン骨格の水酸化後、水酸基がグルコース配糖化された。水酸化は基質1、5のそれぞれ3位、4位に優先的に起こり、その後配糖化されるが、極性の低いニトリル誘導体では単糖、二糖配糖体が得られるのに対し、極性の高いアセトアミド基誘導体では単糖配糖体のみが得られた。以上のことから、ニトリル、アセトアミド基誘導体は骨格の水酸化と配糖化により変換され、官能基は、自身の立体障害とその極性により、水酸化を受ける位置と配糖化するグルコースの数に影響を与えるものと考えられる。 2.カルボキシル基誘導体の変換 カルボキシル基誘導体15の投与実験の結果、カルボキシル基配糖体16~23と15とゲンチオビオース(Glc6'-Glc)のエステル化合物24、 25が得られた(Table 4)。主な変換経路は、アダマンタノール(I)の変換と同様に、カルボキシル基の配糖化によって単糖配糖体16が生じ、16が水酸化やさらなる配糖化を受けることで17~23が生成すると推測される。また、エステル化合物24、 25は配糖体17を水または有機溶媒条件下におくことで非酵素的なアダマントイル基転位により生成する副産物であることが判明した。このアダマントイル基転位は、グルコース1糖目2'位水酸基が結合に用いられている18、19では起こらないことが確認されたことから、隣接水酸基に転位することで1糖目の1'位~4'位水酸基までを移動するものであると言える。 3.チオール基誘導体の変換 3-1. 変換結果 チオール基誘導体26を投与したところ、S-配糖体28、29とSにアミノ酸由来と思われるC3ユニットが結合したスルフィド、スルホキシド、スルホンおよびその配糖体30~37が得られた(Table 5)。総収率は29.6%であり、培養液には基質であるアダマンタンチオールが残存していたため、1週間では反応が完結していないことがわかった。 3-2. アミノ酸構造の由来 チオール誘導体の主変換物群30~37に見られる、Sに結合したC3ユニットの由来を解明するために、当該部と構造の近いアミノ酸である(L-)アラニン、セリン、システインそれぞれと基質26との共投与実験を行い、変換物の量をHPLCにて比較した。その結果、アラニン、セリンの共投与群では変換物由来ピークの増大は確認されず、システイン投与群にて変換物30、34由来ピークの増大が確認されたことから、システインがC3ユニットの由来であると考えた。さらに、L -[U-13C3,15N]システインの共投与実験により、変換物34のC3ユニット全ての炭素に標識システインの取り込みが確認されたことから、チオール基誘導体主変換物群のC3ユニットはシステイン由来であると決定した(Figure 1)。さらに、アミノ基を有する変換物36において、C3ユニットに加えてアミノ基にも15Nの取り込みが確認された。以上のことから、チオール基誘導体26の変換では、まずチオールへのシステインC3ユニットの付加が起こり、その後早期に脱アミノ化を受けた場合は、C3ユニットのケト基の還元により生じる水酸基の配糖化、アダマンタン骨格の水酸化、スルフィドの酸化により、30、32~35を生じると推測される。骨格の修飾が脱アミノ化に先んじて起こった場合には、アダマンタン骨格の水酸化を経由して36、そして酸化的脱アミノ化により37が生成するものと予想される。 4.オキシム基誘導体の変換 オキシム誘導体38の投与実験の結果、オキシム酸素原子にグルコシル基が結合した、オキシム-O-配糖体39~42と、オキシムが変換されず骨格が水酸化後に配糖化された43、オキシムの加水分解によって生じるアダマンタノン、さらに還元された2-アダマンタノールの変換物44~57が得られた(Table 6)。上記のことから、オキシム基は酸素原子が配糖化を受ける他に、加水分解を受けることでケト基、さらには水酸基へと還元されていくものと考えられる。 以上まとめると,塚田はアセトアミド、ニトリル、カルボキシル、チオール、オキシム基誘導体が植物変換可能であることを証明した。前者2基質はアダマンタン骨格のそれぞれ異なる位置を水酸化・水酸基への配糖化により修飾し、置換基の立体障害と極性が、修飾部位と配糖化する糖の数に影響を与えることを示唆した。後者3基質では官能基をそれぞれ異なる経路で変換し、官能基の存在により、植物の行う変換反応が大きく異なることが明らかになった。チオールに対するシステインのC3ユニットの付加、オキシム基の加水分解、アセトアミド・ニトリル基存在下における基質骨格の水酸化は植物変換における初の報告となる。 本研究で明らかになった植物変換経路は天然物化学に貢献するだけではなく,創薬という面では新規化合物ライブラリーを構築するツールとしても利用可能であり、博士(薬学)の学位を授与するのに相応しいと判断した。 | |
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