学位論文要旨



No 128335
著者(漢字) 二田原,達也
著者(英字)
著者(カナ) ニタバル,タツヤ
標題(和) anti 選択的触媒的不斉ニトロアルドール、ニトロマンニッヒ型反応の開発及び抗インフルエンザ薬Zanamivir 合成への応用
標題(洋)
報告番号 128335
報告番号 甲28335
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1430号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 横島,聡
 東京大学 准教授 杉田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

anti 選択的触媒的不斉ニトロアルドール、ニトロマンニッヒ型反応の開発

【背景・目的】ニトロアルドール反応は、アルデヒドとニトロアルカンからプロトン移動のみでvic-ニトロアルコールを与える、高い原子効率と生成物の有用性を兼ね備えたC-C 結合形成反応である。syn 選択的な触媒的不斉ニトロアルドール反応が数例報告されている一方1、anti 選択的な反応の実現は困難を伴い、現在においてもその成功例は非常に限られている2。anti 型の生成物より容易に合成される光学活性vic-anti-アミノアルコール群は、医薬品合成における重要なキラルビルディングブロックとして期待される。そこで、多核金属触媒を駆使する基質の協奏的活性化機構を基盤に、anti 選択的触媒的不斉ニトロアルドール反応の開発に着手した。

【結果・考察】金属触媒を用いた反応における、ニトロアルドール体(syn、anti)を生成する反応遷移状態は、単核金属触媒を用いると環状遷移状態を経てsyn 体の生成が優先すると想定されるのに対し(Figure 1.A)、2 つの異種金属(M1、M2)を用いてアルデヒドとニトロアルカンを独立に活性化すると、anti 体を優先する開いた遷移状態を経由すると期待できる(Figure 1.B)。両金属(M1、M2)を適度に剛直なアミド骨格を有する不斉配位子が保持することで、先の遷移状態が実現可能であると予想した。

そこで、ベンズアルデヒドとニトロエタンの触媒的不斉ニトロアルドール反応を詳細に検討した結果、配位子L1-L4 に対して希土類金属(Nd)とアルカリ金属(Na)を配した異種2 核金属錯体を触媒として用いた際に、anti 体が優先して得られることを見出した(Table 1)。アミドN-H と芳香環上のC-F 間の水素結合により、配位部の自由回転が制限されているL2、L4 で有意に高いanti 選択性が見られ、L4 を用いた際に不斉収率は84% ee に達した。

配位子L4 を用いた触媒調製過程において、再現良く沈殿が生じ、その沈殿はTHF あるいはニトロエタンに不溶で、遠心分離可能である。上清と沈殿の触媒活性を精査したところ、沈殿の方がはるかに高い反応成績を与えることを突き止めた。種々の分光学的手法を駆使して本固体触媒の解析を行ったところ、活性本体である沈殿中には、Nd、Na、及び配位子L4 がおよそ1/2/1 の比率で含まれており、ESI-TOF MS によりNd/Na/配位子L4/ニトロエタンからなるフラグメントピークが多数観測されたことから、単位錯体同士が多数連なった構造体からなる異種二核不均一触媒を形成していることが明らかとなった。本不均一触媒系は種々の芳香族アルデヒド、脂肪族アルデヒド、ニトロアルカンに対して有効で、良好なanti 選択性、エナンチオ選択性を発現した2)。

また、本配位子L4 をN-Boc-イミンを基質とするニトロマンニッヒ型反応に適用したところ、希土類金属.アルカリ金属の組み合わせとしてYb/K を用いることで、中程度の選択性ながら望みのvic-anti-ニトロアミンを得ることに成功した3。触媒量は10 mol %用いることが必須であり、-60 度 以上の温度に昇温すると触媒を介さないバックグラウンド反応が顕著に進行する。また、得られるニトロアミン体の絶対配置は、ニトロアルドール反応から想定される配置とは逆であり、理由としては、アルデヒドとBoc 基の配位形式の違い、触媒がオリゴメリックな構造体を形成している可能性、が挙げられる。

抗インフルエンザ薬Zanamivir の全合成

【背景・目的】Zanamivir(relenza(R))は、ノイラミニダーゼのX 線結晶構造解析により得られた立体構造と、そのポケットに結合するシアル酸様化合物(DANA)から合理的に分子設計された医薬品である4。そのためZanamivir の基本骨格はシアル酸に酷似しており、現在報告されている合成法は、シアル酸及びその類似化合物を出発原料とするものである5。そこで私は、先に開発したanti 選択的触媒的不斉ニトロアルドール反応を用い、Zanamivir の純化学合成を目的として研究に着手した。

【逆合成解析】Scheme 3 に逆合成解析を示す。Zanamivir は既知中間体である2 から合成可能であり、2 は3 のアリル位酸化反応により合成できるものと考えた。3 は、4 の脱保護体への分子内環化から、4 は5 のHorner-Wadsworth-Emmons(HWE)反応により構築できると推察される。5 のアルデヒド部位はオレフィンの酸化開裂、水酸基はアリルアルコールの立体選択的エポキシ化、続く開環反応により導入できるとするとニトロアルコール6 へ導かれる。6 のキラリティーは先に開発したニトロアルドール反応により制御できると考え、合成研究を開始した。

【結果・考察】まず、Nd/Na 異種二核不均一触媒を用いるanti 選択的触媒的不斉ニトロアルドー反応の検討を行った。アルデヒド7 と4-ニトロ-2-ブテン(8)を基質とし、-60 度の低温下に反応させることで、良好なanti 選択性、ee にてニトロアルコール9 を得た。続いて、ニトロ基の亜鉛による還元と生じるアミンのBoc 保護、水酸基とカルバメートをアセトニドとして保護し、DDQを用いてPMB 基の除去を行うことでアリルアルコール誘導体10 を得た。得られた10 をSharplessの不斉エポキシ化反応により、低選択性ながら望みの立体化学を有するエポキシアルコール11 へと導いた。さらに、アセトニトリル-水の混合溶媒中にてTBAF を作用させることで、エポキシアルコールの位置選択的な開環反応を行った後、トリオールをBn 基で保護することで、Zanamivir側鎖に対応する水酸基を有する中間体12 を合成した。この段階で、エポキシ化反応で生じたジアステレオマーの分離が可能となった。次に酸処理にてアセトニド及びBoc 基を除去し、Zanamivirに対応させたN-アセチル化を行い、生じた水酸基をTBS 基で保護し13 とした。13 の末端オレフィンをオスミウム酸化に続く過ヨウ素酸ナトリウム処理によりアルデヒドとし、ホスホネート14とのHWE 反応を経て環化前駆体15 へ導いた。15 に対し、TBAF、BF3.OEt2 を作用させTBS 基の脱保護を行いヘミケタール体とした後、水素添加によるBn 基の除去とアセチル化、続く酸処理によりエステルα位のアセトキシ基の脱離反応が進行しジヒドロピラン体16 を高収率にて得た。16は種々のアリル位酸化反応に対して不活性であったが、臭化銅を用いたラジカル酸化反応が進行し、低収率ながらベンゾエート体17 を与えた。最後に、得られた17 を硫酸で処理することにより、既知中間体2 とした。最後に、既知の変換法に従い中間体2 をZanamivir(1)へと導くことで、全合成を達成した6。

1) (a) Sasai, H.; Tokunaga, T.; Watanabe, S.; Suzuki, T.; Itoh, N.; Shibasaki, M. J. Org. Chem. 1995, 60, 7388. (b) Sohtome,Y.; Hashimoto, Y.; Nagasawa, K. Eur. J. Org. Chem. 2006, 2894. (c) Arai, T.; Watanabe, M.; Yanagisawa, A. Org. Lett.2007, 9, 3595. 2) (a) Uraguchi, D.; Sakaki, S.; Ooi, T. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 12392. (b) Nitabaru, T.; Nojiri, A.;Kobayashi, M.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 13860. 3) Nitabaru, T.; Kumagai, N.; Shibasaki, M.Molecules 2010, 15, 1280. 4) Itzstein, M.; Wu, W-Y.; Kok, G. B.; Pegg, M. S.; Dyason, J C.; Jin, B.; Phan, T. V.; Smythe, M.L.; White, H. F.; Oliver, S. W.; Colman, P. M.; Varghese, J. N.; Ryan, D. M.; Cameron, J. M.; Penn, C. R. Nature 1993, 363,418. 5) (a) Itzstein, M.; Wu, W-Y,; Jin, B. Carbohydr. Res. 1994, 259, 301.(b) Chandler, M.; Bamford, M. J.; Conroy, R.;Lamont, B.; Patel, B.; Patel, V. K.; Steeples, I. P.; Storer, R.; Weir, N. G.; Wright, M.; Williamson, C. J. Chem. Soc. PerkinTrans. 1 1995, 1173. (c) Liu, K-G.; Yan, S.; Wu, Y-L.; Yao, Z-J. Org. Lett. 2004, 6, 2269. 6) Nitabaru, T.; Kumagai, N.;Shibasaki. M. Angew. Chem., Int. Ed. in press. DOI: 10.1002/anie.201108153.

Figure 1.

Table 1. Ligand Screening

Scheme 1. Summary of anti-Selective Nitroaldol Reaction

Scheme 2. Summary of anti-Selective Nitro-Mannich Type Reaction

Scheme 3. Retrosynthetic Analysis

Scheme 4. Total Synthesis of Zanamivir

Reagents and conditions: (a) Nd(OiPr)3, NaHMDS, L4, -60 ℃, 71%; (b) Zn, HCl, MeOH, 0 °C; (c) Boc2O, Et3N, CH2Cl2,53% (2 steps); (d) BF3・OEt2, 2,2-dimethoxypropane, 87%; (e) DDQ, CH2Cl2, H2O, 85%; (f) Ti(OiPr)4, (+)-DET, TBHP,CH2Cl2, -20 °C, 95% (dr = 3.7/1); (g) TBAF, MeCN, H2O; (h) NaH, BnBr, DMF, 80% (2 steps, dr = 3.4/1); (i) HCl,dioxane; (j) Ac2O, Et3N, EtOAc, 84% (2 steps); (k) TBSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, -20 °C, 85%; (l) OsO4, NMO, acetone,H2O, then NaIO4 98%; (m) 14, LiHMDS, THF, -20 °C, 6% (E/Z = 14/1); (n)TBAF, AcOH, THF; BF3・OEt2, MeCN; Pd/C,H2, MeOH, THF; Ac2O, DMAP, pyridine; Ph3P.HBr, MeCN, 55 °C, 77%; (o) CuBr, BzO2tBu, CH2Cl2, reflux; (p) H2SO4,Ac2O, AcOH, 33% (2 steps); (q) TMSN3, tBuOH, reflux, 84%; (r) Lindlar's cat., H2, tOH; (s) 19, THF, 86% (2 steps); (t)NaOMe, MeOH; TFA, CH2Cl2, 44%.

審査要旨 要旨を表示する

二田原達也は、「anti選択的触媒的不斉ニトロアルドール反応、ニトロマンニッヒ型反応の開発及び抗インフルエンザ薬Zanamivir合成への応用」というタイトルで、以下に述べる3種類の研究を行った。

(1) anti選択的触媒的不斉ニトロアルドール反応の開発

ニトロアルドール反応は、アルデヒドとニトロアルカンからプロトン移動のみによりvic-ニトロアルコールを与える、高い原子効率と生成物の有用性を兼ね備えた反応である。近年同反応の不斉化が多数試みられているが、anti選択的な反応の開発例は限られていた。この課題に対し二田原は、アミド骨格を要する不斉配位子を用いることで克服しようと模索した。アミド型配位子は近年開発されてきた不斉配位子であり、その適度に剛直なアミド骨格が作り出す不斉空間は、様々な反応に転写することを可能にしている。二田原は、anti選択性発現のためには、「開いた」遷移状態を構築する必要があると推察し、配位子水酸基の置換位置や電子的、立体的要因を左右する置換基を導入する検討を行った。その結果不斉配位子1(Figure 1)を見出した。

配位子1はアミノ酸を不斉中心とし、両側にフェノール性水酸基を配した骨格からなる。不斉誘起の要因は、配位子左側フェノール部位にフッ素原子が置換することで、隣接するアミド基との水素結合が可能となり、配位子1の配座を固定していることが提唱される。

また、NdO1/5(o'Pr)13/5/配位子1/NaHMDSから構成される触媒は、不均一系を形成することが明らかとなった。得られる触媒溶液を遠心分離により、沈殿と上清と分けて触媒活性を精査した結果、沈殿を用いた反応において、上清や分離前の触媒溶液を用い場合よりも有意に高い立体選択性を発現することを突き止めた。そこで、この沈殿を触媒としてニトロアルドール反応の基質一般性の検討を行った(Scheme 1)。種々のアルデヒドやニトロアルカンに対して高いジアステレオ及びエナンチオ選択性にて反応は進行し、触媒量は1mol%まで減じることが可能であった。

(2)anti選択的触媒的不斉ニトロマンニッヒ型反応の開発

次に、先に開発した触媒が、ニトロマンニッヒ型反応に対して有効であるか適用したが、立体選択性は満足できるものではなかった。そこで、希土類金属とアルカリ金属を再度検討し直し、Yb(o'Pr)3とKHMDSを用いることで比較的高い立体選択性を与えることを見出した(Scheme 2)。触媒量は10mol%用いることが必須であり、-60℃以上の温度に昇温するとバックグラウンド反応が顕著に進行する。また、得られるニトロアミン体の絶対配置は、ニトロアルドール反応から想定される配置とは逆である。理由として、アルデヒドとBoc基の配位形式の違い、触媒がオリゴメリックな構造体を形成している可能性、が考えられる。

(3)抗インフルエンザ薬Zamamivir合成への応用

Zanamivir(relenza(R):2)は、ノイラミニダーゼを阻害することにより薬効を発揮する化合物である。その基本骨格はシアル酸に酷似しており、現在報告されている合成法は、シアル酸及びその類似化合物を出発原料とするものである。これに対し二田原は、先に開発したanti選択的触媒的不斉ニトロアルドール反応を用い、Zanamivirの純化学合成を目的として研究を行った(Scheme 3)。アルデヒド3とニトロブテン4から、触媒反応によりニトロアルコール5を高立体選択性にて合成し、エポキシ化と続く開環反応、末端二重結合の増炭反応を経て、望みの立体を有する水酸基の構築を行っている(化合物7)。更なる変換反応により得られるジヒドロピラン8を、銅関与のアリル位酸化反応と続く硫酸処理により既知中間体10へと導いた。最後に、10を既知法によりZanamivir2へと変換し、不斉全合成を達成した。

以上のように、二田原の業績は新しい不斉触媒反応の開発と医薬品等の生物活性化合物の触媒的不斉合成に貢献しており、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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