学位論文要旨



No 128376
著者(漢字) 孫,娟娟
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ジュアンジュアン
標題(和) ODE/IM対応を用いたq指標の多項式関係
標題(洋) Polynomial relations for q-characters via the ODE/IM correspondence
報告番号 128376
報告番号 甲28376
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第384号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 坂井,秀隆
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 准教授 斉藤,義久
 東京大学 准教授 白石,潤一
 立教大学 教授 神保,道夫
内容要旨 要旨を表示する

Uq(g) をX(1)n 型量子アフィン代数(X = A,B,C,D), Uq(b) をそのBorel 部分代数とする。この論文では, 量子可積分モデルにおけるODE/IM 対応を手がかりとして, Uq(b) のあるクラスの表現に対し, それらのq 指標が満たす多項式関係の予想を提出する。

まず動機と背景について説明する。量子可積分系においてBaxter のQ 作用素という重要な概念がある。Q 作用素の固有値はBethe 根の母関数であり, 転送行列はQ 作用素の有理関数として表示できる。この意味でQ 作用素はモデルのスペクトルの研究にもっとも基本的な役割を果たす。XXZ モデルなどのいわゆるtrigonometric なモデルでは, Q 作用素は量子アフィン代数の普遍R 行列から代数的に構成されるが(Bazhanov et al.1997), 転送行列の場合と異なって, 量子アフィン代数の有限次元表現の代わりにBorel 部分代数の無限次元表現が用いられる。

Uq(g) のKirillov-Reshetikhin(KR) 加群に対応する転送行列はT system と呼ばれる関係式を満たす。これらはq 指標の関係式として定式化され証明されており(Nakajima 2003,Hernandez 2006), さらにGrothendieck 環の定義関係式であることも明らかにされている(Inoue et al. 2010)。これらの事情を考えると, Q 作用素, あるいはそれに対応するBorel 部分代数のq 指標(Hernandez et al. 2011) の満たす関係式を研究することは基本的な問題と思われる。A(1)n 型の代数の場合にはquantum Wronskian と呼ばれる関係式がわかっているが,一般の場合に系統的な研究はなされていない。本論文ではその第1歩として, X(1)n 型の場合に自明でない関係式を探すことを問題とする。

関係式を探る手がかりとして, 我々はいわゆるODE/IM 対応に着目する。共形場理論において, Virasoro Verma 加群の各次数の部分空間に働く作用素としてQ 作用素を実現することができる。このとき真空ベクトルにおけるQ 作用素の固有値が, ある2階シュレディンガー作用素のスペクトル行列式(原点と無限遠のあいだの接続係数) に一致する(Dorey et al.,Bazahnov et al. 1999)。Q 作用素の固有値と常微分方程式の接続係数のあいだのこのような対応はODE/IM 対応と呼ばれる。Affine Gaudin モデルの枠組みでの解釈(Feigin et al. 2005)も提案されているが, その本質は未解明である。Dorey et al. 2007 はODE/IM 対応をX(1)n型アフィン・リー代数の場合に拡張し, 接続係数の関係式がBethe 方程式を再現することを示した。我々はこの論文の方法を整理拡充し, Uq(b) のq 指標の関係式について予想を立てるために利用する。

以下, 本論文の内容を述べる。上述のとおりg をX(1)n 型アフィン.リー代数とし, Langlands双対Lg の基本表現をV (a) とする(a は対応する単純リー代数Lg のDynikin 図形のnode,V (a) はLg の基本表現を最高成分とするLg の有限次元既約表現である)。本論文では次のことを行う:

(1) 基本表現V (a) の各ウエイトに対し, 形式級数Q(a)J,z 或はR(a) ε,z を対応させる。(J, ε などはV (a) のウエイトのindex である。論文のSection 4 を参照) 簡単な因子を除いて,これらはUq(b) の既約最高-ウェイト表現のq 指標であることを期待する。

(2) 形式級数Q(a)J,z とR(a)ε,z をODE/IM 対応における接続係数と対応させ, 後者の満たす関係式から前者の間の多項式関係を予想する

(3) (2) の関係式について, A(1)n 型の場合に証明を与える。他の場合については特殊な場合の証明, 計算機による検証, および指標に特殊化した関係式の証明を与える

(1) について説明する。まずベクトル表現V (1) の場合に, KR 加群のq 指標のtableaux 表示から適当な極限をとることにより, V (1) の各ウェイトi に対して形式級数Q(1)i,z の具体形を与える。最高または最低ウェイトについては, 簡単な因子を除きこれらが既約q 指標を与えることがわかっている(Hernandez et al. 2011)。一般の基本表現V (a) については, 'スピン表現'の場合(g = C(1)n , a = n またはg = D(1)n , a = n ― 1, n) を除き形式級数Q(a)J,z をQ(1)i,z の行列式で与える。'スピン表現' の場合に(C(1)2 , D(1)4 を除き) 対応する形式級数R(a) ε,z は, 具体形を知る手段がないため, 対応するべき最高ι-ウェイトの規則だけを提出する。なおC(1)n 型の場合には本論文で与えるQ(a)J,z の定義は暫定的なものである(論文のExample 4.3, Remark 5.9を参照)。

(2) について, 上述の形式級数Q(a)J,z とR(a)ε,z のみたすべき関係式を説明する。〓 はxi のあるmonomial である(Section 5 又は(5.4))。

最後に(3) について説明する。(ii) は直接の計算により, Appendix B で証明する。(iii)-(v)の予想については, q 指標を指標に特殊化したとき成立することをAppendix C-D で証明する。(iii) の予想はg = B(1)2 の時, 直接の計算で証明した。またg = B(1)3 の場合, 計算機である次数まで確認している。(v) についても, g = D(1)4 の場合に計算機による確認を行った。(iv)についてはC(1)2 の場合B(1)2 の式に帰着するので正しいが, それ以外の場合については, 級数の具体形を持っていないため計算機による検証はできていない。

審査要旨 要旨を表示する

孫娟娟さんは、ODE/IM 対応を用いたq指標の多項式関係という論文を学位論文として提出しました。以下、周辺の研究状況の説明、論文内容の説明,論文の意義についての解説から、簡単にさせていただきます。

量子アフィン代数の有限次元表現論において、通常の指標の精密化であるq指標が重要な役割を果たしています。中島啓とHernandezはKR加群のq指標に対しT-sytemと呼ばれる関係式を証明しました。井上、伊山、国場、中西、鈴木は、さらに、T-systemが表現環の定義関係式であることを明らかにしています。元来、T-systemは量子可積分系における転送行列の満たす関係式として発見されたものです。より基本的な対象であるBaxterのQ行列は量子アフィン代数のボレル部分代数の表現に対応しており、その間の関係式を調べることは重要な課題ですが、A型の代数を除くと、ほとんど手がつけられていませんでした。

他方で、共形場理論におけるQ行列の固有値が、ある種の常微分方程式の接続係数と一致する、というODE/IM対応というものが知られています。孫娟娟さんは、この対応を手がかりにして、A型およびB, C, D型のボレル部分代数に対し、基本表現のq指標に対する多項式関係式の予想を立て、階数の低い場合の(手計算あるいは計算機による)検証と、指標へ特殊化した場合の証明を行いました。

証明がつけられている部分は全体の構想に比して大きいものではなく、数学的には未完成ともとれる仕事ですが、新しい問題意識に一歩を踏み出した結果になっていると思われます。とくに、ボレル部分代数の表現論の研究はそれほど進んでいるといえる状況ではなく、量子アファイン代数の表現論で普通に使われているような手法が使えない場合が多く、研究の困難を生み出しています。そのような問題に解答を与えるような結果への道のりはまだまだ長いものがあると思われますが、ボレル部分代数の表現論が重要な応用を持っていることを示すような、新しい方向を提示したという意味でも、高い評価に値すると考えます。

よって論文提出者 孫 娟娟 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があるものと認めます。

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