学位論文要旨



No 128388
著者(漢字) 横山,聡
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,サトシ
標題(和) ある変分問題から導かれる二次元確率ナビエ・ストークス方程式
標題(洋) Two-dimensional stochastic Navier-Stokes equations derived from a certain variational problem
報告番号 128388
報告番号 甲28388
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第396号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 吉田,朋広
 早稲田大学 教授 柴田,良弘
内容要旨 要旨を表示する

オイラー方程式は粘性係数が0 である流体の運動を記述する偏微分方程式として知られている。この方程式は、以下のような変分原理から導くことも可能である。Rn 上の体積を保存する微分同相写像に値を取る関数Φ(t), t ∈ [0; 1] に関し、次のような汎関数(action functional), J:

〓を考える。この汎関数J の条件Φ(0) = Ψ0 かつΦ(1) = Ψ1 の下での下限を与えるΦ を求める変分問題を考える時、その停留点Φ(t) に対して、速度場(velocity field) u(t) をu(t) :=@ Φ(t)@tで定義すれば、u がオイラー方程式を満たすことはV.I. Arnold ([1]) の結果としてよく知られている。一方、Φ(t) に、あ√る確率空間(Ω;F; P) で定義されたn 次元ブラウン運動B(t; !) = (B1(t; !); ・ ・ ・ ;Bn(t; !)) の効果2μB(t; !), μ> 0 を付加した時の対応するランダムな変分問題についてはInoue, Funaki ([2]) で議論された。[2] では、そのランダムな臨界点Φ(t; x; !) から与えられるランダムな速度場u(t; x; !) は、非粘性ではなく粘性を持ったあるランダムな方程式を満たすと考えられ、実際、形式的には次のような確率ナビエ・ストークス方程式を満足すると述べている。

〓初期値u0 がランダムでないベクトル場で、かつ、W1;2(Rn;Rn)-値であるような確率ナビエ・ストークス方程式(1) の初期値問題に対して、弱解u(t; x; !) が存在すると仮定すれば、u(t; x; !) の平均値u(t; x) =∫Ωu(t; x; !)P(d!) が次のようなレイノルズ(Reynolds) 方程式(2) を満たすことは、平均の線型性と確率積分のマルチンゲール性に注意すれば容易に確かめられる。

〓しかしながら、(1) の弱解の存在については[2] で議論されていない。しかも方程式(1) の特徴は、確率ナビエ・ストークス方程式の弱解の構成時に通常必要とされる強圧的条件(coercivity condition) を満たしていないため、このタイプの方程式の弱解の存在についてはこれまでのところ知られていない。強圧的条件を満たす場合の弱解の存在についてはFlandoli, Gatarek([3]) の結果などよく知られている。本論文では強圧的条件が満たされていない(1) の弱解の構成を試みる。強圧的条件を満たさない3次元以上の場合は弱解の構成は難しい。しかしながら、2次元の周期境界条件、および、2次元全空間の場合には弱解が存在することを示す。弱解の一意性に関しては本論文では扱わない。本論文の構成は以下の通りである

1. 第1章は序文である。

2. 第2章は2次元周期境界条件の場合の(1) の弱解の存在を証明する。

3. 第3章はWilhelm Stannat 氏との共同研究であり、2次元全空間R2 の場合の(1) を考察し、その弱解が存在することを示す。

1 2次元トーラス上の確率ナビエ・ストークス方程式の弱解の構成

2次元トーラスT2 において(1) の弱解を構成する。Hilbert 空間Hを〓、Sobolev 空間V をV =W1;2(T2;R2) ∩H と定義する。解の定義は、弱解、すなわち、適当な関数空間の試験関数との積分で表されたweak form として定義され、かつ、確率空間(Ω;F; P) とその上に定義されたu(t) およびブラウン運動B(t) を求めることとする。主定理を述べる。

定理1.1. 初期値u0 がV に属していれば、(1) の弱解が存在する。

証明は次のような4段階で進められる。

第1段階.Galerkin 近似による有限次元確率微分方程式の解の存在、一意性の証明

第2段階.アプリオリ評価の実施

第3段階.確率分布のtightness の証明

第4段階.極限以降による解の構築

2次元周期境界条件と限らない場合の方程式(1) は強圧的条件を満足しない。そこで、粘性係数μ を2+_2 μ, δ > 0 とした同条件を満たす修正された方程式を考えれば、第2段階で伊藤の公式により、_ > 0 に関するL2(Ω;L2(0; T;H)) の一様評価のみ得ることができる。従ってL2(Ω;L2(0; T;H)) における強収束部分列の存在を期待することはできず、第4段階で移流項(convection term) の収束を論じるには上述の一様評価では弱すぎる。しかしながら、2次元周期境界条件の場合は、δ > 0 に関してL2(Ω;L2(0; T;V))での一様評価を得ることができ、その結果、解を構成することが可能である。

2 R2 上の強圧的でない確率ナビエ・ストークス方程式の弱解

本章では、(1) を全空間R2 で考える。弱解の定義は2次元周期境界条件の場合とほぼ同様であるが、試験関数のクラスは、発散ゼロであり、かつ、R2 上での積分が0 であるコンパクトな台をもつC1 級ベクトル場全体と定義する。ここで積分が0 の条件は、弱解を構成する手法で必要とされるものである。理由は、周期2l; (l ∈ N) の周期境界条件をもつ方程式の弱解を考え、周期解に関する評価からR2 全空間での弱解を構成する手法を取っているためである。Hilbert 空間H(R2) を、〓。Sobolev 空間V(R2) をV(R2) =W1;2(R2;R2) ∩H(R2) と定義する。主定理を述べる。

定理2.1. 初期値u0 がコンパクトな台をもち、かつV(R2) に属していれば、(1) の弱解が存在する。

証明の手順は、定理1.1 の方針に基本的に従うが、領域がR2 全体でコンパクトでないため工夫を要する。周期2l, l ∈ N の周期境界条件を持つ方程式の弱解を考える。さらに、半径R ∈ N の球BR = {x ∈ R2||x|≦ R} 上では1、B2R の外側では恒等的に0 となる[0; 1]-値C1-級cutoff 関数xRを上述の弱解に作用させる。2次元周期境界条件の場合の手法を利用することで、cutoff された弱解のL2(Ω;L2(0; T;V(R2))) ノルムの2乗が、初期値u0 のV(R2) ノルムの2乗で上から評価できる。我々の目的とする弱解は、l およびR の極限を取り構成できる。

[1] Arnold, V.I., Sur la g´eometri´e diff´erentielle des groupes de lie de dimension infinie et ses applicationsa l'hidrodynamique des fluides parfaits, Ann. Inst. Fourier 16 (1966), 316-361.[2] Inoue, A., Funaki, T., On a new derivation of the Navier-Stokes equation, Comm. Math. Phys.65 (1979), 83-90.[3] Flandoli, F., Gatarek, D., Martingale and stationary solutions for stochastic Navier-Stokes equations,Probab. Theory Related Fields 102 (1995), 367-391.
審査要旨 要旨を表示する

氏名横山聡論文提出者横山聡は,乗法的なホワイトノイズ項を持つNavier-Stokes方程式を2次元ユークリッド空間R2上で考え,周期境界条件の下,さらに全空間において,その弱解の存在を示した。確率的Navier-Stokes方程式の研究は多数知られているが,ラプラシアンに起因する強圧性を持つ場合の研究が殆どである。論文提出者が扱った方程式は,見かけ上はNavier-Stokes方程式に近いにもかかわらず,強圧性を持たず,しかも乗法的ノイズは解の空間微分にかかっている。これらは,数学的には本質的な困難となる。なお,V.I.Arnoldは体積を保存する微分同相写像の流れにエネルギーを導入し,その最小解から非粘性流体のEuler方程式を導いているが,論文提出者が扱った確率的Navier-Stokes方程式は,エネルギーにBrown運動による揺動項を付加して得られる変分問題の定常解から自然に導かれるものである。

2次元周期境界条件の場合の解の構成は,4段階を経て行われる。第1段階ではGalerkin近似を用いる。すなわち,方程式を有限次元確率微分方程式で近似し,それを時間大域的に解き近似解の列を構成する。第2段階では第1段階で求めた近似解のアプリオリ評価を求めている。通常のNavier-Stokes方程式と異なる点は,確率項を含むため,時間に関する正則性が必要となるところである。非線形項の収束を言うために,アプリオリ評価はソボレフノルムについて示す必要がある。強圧性があれば,そのような評価は割合容易に得られるが,その欠如を補うために,2次元空間でしか成立しないある恒等式を用いている。したがって本論文においては,2次元という仮定は本質的である。第3段階で近似解の分布列のコンパクト性を示し,第4段階で極限分布が求める弱解を与えることを示している。

また,2次元ユークリッド空間全体では,まず上記の方法により正方形上の周期解を構成し,次に正方形のサイズを大きくする極限を取ることにより,弱解を構成している。

証明の流れは,通常のNavier-Stokes方程式と並行した議論を行う部分もあるが,確率偏微分方程式としての考察が本質的に必要であり,高い解析力を必要とする。また確率項を含むNavier-Stokes方程式を始めとする非線形偏微分方程式の研究は十分に行われているとは言えず,この論文で与えられた手法は今後の研究に一つの方向を与える重要なものと認められる。流体現象は一般に極めて複雑であり,通常のNavier-Stokes方程式により記述できない現象も多くあると思われる。確率項を含むNavier-Stokes方程式の研究は,このような意味で,流体現象解明の数学的アプローチにおいて極めて重要な役割を果たすと期待される。

このように論文提出者が得た確率項を持つNavier-Stokes方程式に関する結果は,流体現象の数学的研究において新しい視点を開くものとして大変興味深い。

以上のような理由により,論文提出者横山聡は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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