学位論文要旨



No 128420
著者(漢字) 包,明久
著者(英字)
著者(カナ) ツツミ,アキヒサ
標題(和) ショウジョウバエDicer-1の基質認識
標題(洋)
報告番号 128420
報告番号 甲28420
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第779号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 泊,幸秀
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 准教授 伊藤,耕一
 東京大学 准教授 富田,野乃
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

microRNA (miRNA) は22塩基程度の短い非コードRNAである。ゲノムにコードされた内在性の因子であり、自身と不完全に相補的な配列を持つmessenger RNA (mRNA) の不安定化または翻訳抑制を誘起する。線虫から哺乳類に至るまで進化的に広く保存されており、ヒトでは1200種以上が報告されている。全遺伝子の3分の1以上がmiRNAによる制御を受けているとも言われ、いくつもの重要な生物学的機能を制御している。

miRNAとよく似た小さなRNAとしてsmall interfering RNA (siRNA) が知られている。siRNAはmiRNAと同様に22塩基程度のRNAで、自身と完全に相補的な配列を持つmRNAの切断を行う。

miRNAの生合成過程では、miRNAを含む転写産物(pri-miRNA)からヘアピン型の前駆体pre-miRNAが切り出され、細胞質に輸送される。続いてRNaseIIIファミリータンパク質Dicerによって切断 (dicing) を受け、短い二本鎖RNAとなる。この二本鎖RNAはArgonauteタンパク質などと共にRNA-induced silencing complex (RISC) と呼ばれる複合体を形成し、標的mRNAに作用する。一方siRNAは、ウィルス感染や遺伝子導入等に起因する、長い二本鎖RNAを前駆体とする。この長い二本鎖RNAもdicingにより短い二本鎖RNAが切り出され、RISCを形成する(図1)。

ヒトやマウス等の哺乳類や線虫では、一つのDicerがどちらの前駆体も認識し切断する。その一方、ショウジョウバエをはじめとする昆虫は、二つのDicerパラログ、 Dicer-1とDicer-2を持ち、Dicer-1がpre-miRNAを、Dicer-2が長い二本鎖RNAをそれぞれ特異的に切断する(図1)。 最近、Dicer-2が無機リン酸やパートナータンパク質R2D2によってpre-miRNAの誤切断を回避していること、Dicer-2はヘリケースドメインでATPの加水分解により長い二本鎖RNAのうえを移動し、連続的に切断することなどが報告された。一方で、Dicer-1の基質特異性に関する分子基盤はほとんど明らかにされていない。pre-miRNAは共通の配列を持たないが、 構造的には二本鎖状のステム、2塩基の3´-overhang、一本鎖のループといった特徴を共有している(図2)。従って、Dicer-1はpre-miRNAの塩基配列ではなく、構造を認識しているものと考えられる。

以上より本研究は、Dicer-1に効率よく切断を受けるために必要なpre-miRNAの構造的特徴と、その特徴を認識するDicer-1のドメインを明らかにすることを目的とした。

[手法]

Dicer-1を用いたin vitro dicingアッセイ及びゲルシフトアッセイを行い、基質ごとの切断効率、Dicer-1との結合能を定量的に評価した。Dicer-1は、精製タグ付きの野生型、あるいはヘリケースドメイン欠損型組み替え体を、ショウジョウバエS2細胞株を用いて発現・精製した。基質RNAは、代表的なmiRNAであるlet-7の前駆体pre-let-7を選択し、ステム長やループの大きさを段階的に変化させた変異体や、ステムのミスマッチを持たない変異体などを系統的にデザインした。 基質は5´端を放射性同位体32Pにより放射標識して使用した。

[結果]

1. Dicer-1は基質の両端の距離を測る

精製されたSBP-Dicer-1は野生型の基質を効率よく切断した(図3a)。また、二本鎖状ステム中のミスマッチをなくした基質(図3b)や、ミスマッチを一つだけ導入しなおした基質は野生型の基質と同等の切断効率を示し、ミスマッチの位置や個数はDicer-1による切断反応には影響を与えないものと考えられた。

一方、3´-overhangを持たない基質(図3c)やループが小さい基質(図3d)ではDicer-1による切断活性が大幅に減少したことから、Dicer-1は3´-overhangとループを認識していることが明らかになった。さらに、このループ構造を中央で切断した"二本鎖+一本鎖"型のY字型の基質もヘアピン型の基質と同じ程度に切断された(図3e)。このY字型の基質もヘアピン型同様、一本鎖部分が短くなると切断されにくくなった。

ステム部分の構造変異体を使用した実験では。ヘアピン型とY字型のどちらの基質でもステムが長くなるとDicer-1に切断されにくくなった(図3f, g)。さらに、 Y字型の基質と同じ長さの"二本鎖+一本鎖+二本鎖"型の基質を作製したところ、3´-overhangと一本鎖RNA領域との距離がより近い"二本鎖+一本鎖+二本鎖"型の基質のほうがDicer-1に切断されやすかった(図3g, h)。この事実は、Dicer-1が基質RNAの3´-overhangから一本鎖RNA領域までの長さを測っていることを示唆していた。

以上の切断されにくい基質RNAは、いずれもゲルシフトアッセイによってDicer-1との結合能が著しく低下していることが確認された。

これらの結果から、Dicer-1は基質の3´-overhangと「一本鎖の」ループを認識しており、これらの距離が適切な場合にのみ基質と結合し切断する、というモデルが考えられた。

また、ステムが長い基質の場合でも、切断産物の長さに変化はなかった。鞭毛虫Giardia intestinalisのDicerの結晶構造から、切断産物の長さは3´-overhangを認識するPAZドメインと、切断活性をもつ二つのRNaseIIIドメインとの距離によって決定されることが報告されている。従って、これらのドメインは基質の構造によってその位置を変化させず、これら以外のドメインが基質の構造、すなわちループの位置を認識するものと考えられた。

2. Dicer-1は、そのヘリケースドメインで基質のループを認識している

Dicerファミリータンパク質は巨大なマルチドメインタンパク質であり、そのN末端側にDEXDcドメイン及びHELICcドメインと呼ばれる、二つのヘリケースドメインを有する。これらは協調的に一つのRNAヘリケースとして機能することが知られている。ショウジョウバエDicer-1のヘリケースドメインは、ショウジョウバエDicer-2、ヒトDICER1のヘリケースドメインに比べアミノ酸配列の保存性が非常に低い、という特徴を持つ(図4)。したがって、pre-miRNAに特化したDicer-1の特徴的な基質認識は、特徴的なヘリケースドメインによってもたらされると仮定した。そこで、これらのドメインを欠損したDicer-1を作製し、野生型と同様のアッセイを行い結果を比較した。

その結果、 Dicer-1が二つのヘリケースドメインのどちらか一方、あるいは両方を欠損した場合、野生型pre-let-7に対する切断効率が、ステムが長い基質、ループが小さい基質とほぼ同等にまで低下することが明らかとなった。これら全ての基質との結合能も低下しており、野生型Dicer-1に比べて基質間の結合能の差が小さかった。

これらの結果は、Dicer-1の基質認識にはヘリケースドメインと基質の一本鎖RNA領域の結合が必要であることを示唆している。Dicer-1の二つのヘリケースドメインのどちらか一方でも欠損するとこの機能が失われる事実も、これらのドメインが協調的に一つの機能単位としてはたらくこととよく合致している。

以上をまとめると、Dicer-1が基質を認識する仕組みとして、次のようなモデルが考えられる。Dicer-1は基質の3´-overhang構造をPAZドメインで、一本鎖ループ領域を二つのヘリケースドメインでそれぞれ認識している。これらのドメインの距離を分子定規としてpre-miRNAの長さを測り取り、Dicer-1の構造にフィットする典型的な構造のpre-miRNAのみと効率的に結合し、切断する。また、このときpre-miRNAを切断する二つのRNaseIIIドメインとPAZドメインの位置も固定されているため、常に「正しい」構造のpre-miRNAから「正しい」長さのmiRNAが切り出されるのである(図5)。

[まとめ]

本研究により、ショウジョウバエDicer-1の基質認識機構を初めて明らかにした。Dicer-1は、基質pre-miRNAの3´-overhangと一本鎖ループを認識し、それらの距離が適切な場合に効率的に結合し切断する。また、一本鎖ループの認識は、機能未知であったヘリケースドメインがおこなっていることが示唆された。

ヘリケースドメインがどのようにして一本鎖RNAの認識に特化したのか、また一般的にDicerファミリーはその切断反応とヘリケースドメインの機能をどのようなメカニズムで協調させているのか、といった分子基盤は今後明らかにされるべき課題である。

Tsutsumi A, Kawamata T, Izumi N, Seitz H, Tomari Y Recognition of the pre-miRNA structure by Drosophila Dicer-1 Nature Structural & Molecular Biology 18, 1153-8 (2011)

図1 miRNAとsiRNAの生合成経路

図2 pre-miRNAの構造

図3 本研究で使用した基質

図4 Dicerファミリータンパク質のドメイン構造

図5 Dicer-1による基質認識モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、様々な生命現象を緻密に制御することが知られているsmall interfering RNA (siRNA)やmicroRNA (miRNA)などの小分子RNAが生合成される過程において、最も重要なステップの一つであるDicingに着目し、特にショウジョウバエDicer-1が基質であるmiRNA前駆体のヘアピン構造を特異的に認識し切断するメカニズムを明らかにしたものである。

miRNAは長い一次転写産物として転写された後、核内においてDroshaと呼ばれる酵素によって切り出されmiRNA前駆体が作られる。miRNA前駆体は細胞質に輸送された後、Dicerにより再度切断されることにより、miRNA/miRNA*二本鎖が作られ、これがArgonauteタンパク質に取り込まれ一本鎖化することにより、初めて標的mRNAの発現を抑制できる。

ヒトを初めとする多くの生物においては、一種類のDicerがmiRNA前駆体からのmiRNA/miRNA*二本鎖の切り出しと、長い二本鎖RNAからのsiRNA二本鎖の切り出しの両方を行うが、ショウジョウバエを初めとする昆虫では、Dicer-1とDicer-2のパラログが、それぞれsiRNAとmiRNAの生合成に特化している。miRNA前駆体は、その配列こそ多様であるものの、3'突出末端、二十数塩基程度の二本鎖状のステム部分、一本鎖状のループ部分からなる特徴的なヘアピン型の構造をもつ。本研究では、代表的なmiRNA前駆体であるpre-let-7種々の構造的変異を導入した基質RNAを用いた生化学的解析により、ショウジョウバエのDicer-1はヘアピンの両端にあたる3'突出末端と一本鎖ループ部分を認識し、その距離を正確に測ることで、全体として正しい「形」を持ったmiRNA前駆体のみを認識し切断することが明らかとなった。

さらに、種々の欠失変異体を用いた解析から、N末端に存在する機能未知であったヘリカーゼドメインが、一本鎖ループ部分の認識に直接関与している可能性が強く示唆された。一方で、ヒトのDicerは、ショウジョウバエDicer-1の様な厳密な「形」の認識を行っていないことが確認された。

以上の結果は、Dicerタンパク質の性質を明らかにし、miRNAが作り出されるしくみの基礎的な理解を深めるものである。特に、ヘリカーゼドメインの構造機能と、Dicerの多様な基質認識機構との間に強い相関があることを見いだしたことは、今後のDicerの機能構造解析の基盤となる知見であると評価できる。同時に、本研究は、今後様々な生物において人工的なmiRNAを設計する際の指針となるものである。

なお、本論文においてDicer-1のノックダウン実験およびpre-let-7の細胞内発現コンストラクトの作成は、東京大学分子生物学研究所の泉奈津子博士、miRNA前駆体構造の統計的解析はフランストゥールーズ大学のHerve Seitz博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の理由から、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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