学位論文要旨



No 128553
著者(漢字) 田中,聡
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,サトシ
標題(和) ヒト化マウスを用いたミエロイド系細胞の分化・機能の解析
標題(洋) Development of functional myeloid subsets in humanized mice
報告番号 128553
報告番号 甲28553
学位授与日 2012.06.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第810号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 准教授 佐藤,均
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

免疫学は、20世紀後半、遺伝子組換えマウスを用いて飛躍的な発展を遂げた。その成功をもとに、マウスの研究から得られた知見をさらにヒト免疫学へと発展させ、臨床・創薬への還元を目指す試みがなされている。免疫系ヒト化マウスは、ヒトから直接得ることのできない組織(骨髄・脾臓・胸腺・リンパ節・消化管・呼吸器・皮膚など)において、ヒトの免疫細胞がどのように分化、機能するかを解析するための研究手段として開発された。

重度複合免疫不全のC.B-17-SCIDマウスを用いた1988年のSCID-huシステムの報告以来、ヒト細胞を免疫不全マウスに生着させる試みがなされてきた。SCID-huシステムでは、ヒト胎児肝臓および胎児胸腺等の同時移植が行われたが、残存するマウスの自然免疫系によりヒト造血・免疫細胞の生着はまだ僅かであった。その後、自然免疫系に障害を持つI型糖尿病モデルであるNODマウスと戻し交配したNOD/SCIDマウスを用いて、ヒト免疫細胞の分化の解析が行われた。このNOD/SCIDマウスにおいても、T細胞が分化しない、B細胞の分化や成熟に障害がみられる、ミエロイド系細胞の分化に障害が見られる、という問題が残されていた。

その後、さらにIL-2受容体γ鎖変異を持ちNK細胞を欠失したNOD/SCID/IL2rγKO(NOGやNSG)マウスの開発により、より高率なヒト細胞の生着が実現した。我々は、新生仔NSGマウスに経静脈的にヒト造血幹細胞を移植するシステムを確立した。本システムにおいては、ヒト造血幹細胞からヒトT細胞やB細胞が分化・成熟し、T細胞の細胞傷害活性やヒト免疫グロブリンの産生など機能性を有している。しかしながら、これらリンパ球系細胞に関する研究と比較し、新規ヒト化マウスにおける自然免疫系、特にミエロイド系細胞の生着・分化における知見は限られたものしかない。このような背景に基づいて、私は、ヒト化マウスにおいて、多岐にわたるヒトミエロイド系細胞の中でどのサブセットが分化し、どの程度の機能を発揮するか、さらにどのような研究領域に応用できるかについて研究を行った。

【研究方法・結果】

1. ヒト化マウスの作製および造血・免疫細胞の再構成

ヒト化マウスの作製は、共同研究者の石川らが開発した新生仔NOD/SCID/IL2rγKO(NSG)マウスへの移植モデルを用いた。本方法ではヒト臍帯血よりフローサイトメトリーによって高度に純化したCD34+CD38-Lineage- ヒト造血幹細胞を新生仔マウスに移植することで、GVHDを誘導することなく高効率でヒト造血幹細胞を生着させることが出来ることから、長期にわたって造血・免疫細胞の分化と免疫系のダイナミクスを解析することが可能となった。私は、このヒト化マウスのシステムを用い、ヒト造血・免疫細胞の再構成においてこれまで詳細な検証のされていない、自然免疫系に属するミエロイド系細胞の分化・機能の解析を行った(図1)。

2. マルチカラー解析系の確立によるミエロイドサブセットの同定

ミエロイド系細胞には、好中球、好酸球、好塩基球、単球/マクロファージ、古典的樹状細胞(conventional dendritic cell : cDC)、形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cell : pDC)、および、マスト細胞等のサブセットが含まれる。まず、ヒト化マウスにおいて、表面抗原に基づくヒトミエロイド系細胞の同定方法を10カラーフローサイトメトリーによって検討した。その結果、NSGマウスにおいて、移植されたヒト造血幹細胞より分化したミエロイド系細胞を微量サンプルより同定し、かつ、単離することを可能とした(表1)。

次に、実際にヒト化マウスの骨髄、脾臓における、ヒトミエロイド系細胞の分化を解析した(図2A)。骨髄では、脾臓や末梢血と比較して、ヒトミエロイド系細胞が高頻度に分化していることが確認された。それらヒトミエロイド系細胞の構成を比較すると、骨髄においてはCD33(low)CD15+ HLA-DR-の好中球系の細胞が多く、一方、脾臓には多くのCD33+CD203c+HLA-DR-のマスト細胞の存在が判明するなど、これらはヒトの生理的分化を再現していると考えられた。また、これら表面マーカーに基づき骨髄細胞のソーティングを行い、単離した細胞をメイギムザ染色することにより、形態的にもヒト化マウスにおいてミエロイド系細胞が再構成されていることが確認された(図2B)。

さらに、これまでの当研究室の実績に基づいて、呼吸器系粘膜免疫の再構築ついて検討を加えた。その結果、肺組織おけるミエロイド系細胞においては、マクロファージおよび樹状細胞が主要サブセットであることが確認された(図3A,B)。肺においては、肺胞マクロファージおよび樹状細胞が外界に対峙して働く細胞として多くの侵入物に対する免疫系の最前線であり、ヒト化マウスにおいても呼吸器系粘膜免疫の再構成を確認できたことで、感染免疫などの研究領域へ応用が期待される結果を得ることができた。

3. ヒト化マウスにおけるミエロイド系細胞の機能解析

以上のように、ミエロイド系細胞の分化および再構成を確認したことから、私はさらにヒト免疫細胞の機能解析を行った。

まず、マウス体内で造血幹細胞から分化したヒトミエロイド系細胞のサイトカインに対する反応性を解析した。ミエロイド系細胞に作用するサイトカインとしてG-CSF, GM-CSF, IFN-γなどが知られており、これらサイトカインによる単個細胞レベルでのシグナル伝達分子のリン酸化をフローサイトメトリーにて評価した。その結果、in vitroでのサイトカイン刺激によるミエロイド系細胞の応答として、IFN-γによるStat1, 3, 5のリン酸化シグナル、G-CSFおよびGM-CSFによるStat3, 5のリン酸化シグナルの活性化が示唆された(図4A)。さらに、in vivoにおける動態としては、G-CSF投与により骨髄で分化したヒトミエロイド細胞の末梢血への動員が確認され、細胞・個体レベルにおいて的確なサイトカイン応答を示すことが確認された(図4B)。

次に、自然免疫系細胞において、微生物に由来する抗原を認識するセンサーとなるToll like受容体(TLR)の発現を解析した。TLR2, TLR4のタンパクレベルでの発現をフローサイトメトリーによって解析し、ヒト化マウス体内で分化した単球や樹状細胞等においてもこれら受容体の発現が確認された。TLR4に対するアゴニストであるLPSをヒト化マウスに投与したところ、TNF、IL-6、IL-8などヒトの炎症性サイトカインが血清中で上昇することが確認された(図4C)。従って、ヒト化マウスのミエロイド系細胞の再構築が、ヒトの炎症性疾患、感染性疾患の研究に応用できる可能性が示唆された。

さらに、マクロファージの貪食能について、蛍光標識粒子を用いて解析を進めた。ヒト化マウスの骨髄および肺より採取した細胞を、1μmまたは 2μmの蛍光標識粒子とともに培養することで、ヒトCD45+CD33+ミエロイド細胞は、効率よく蛍光粒子を取りこむことが確認された (図5A)。また、それら蛍光粒子は共焦点イメージングでの解析により、確かにヒトマクロファージの細胞内に取り込まれていることが示された (図5B)。これら貪食能を用いた感染実験において、ヒト化マウスの骨髄で分化したヒトマクロファージは、IFN-γの刺激により、貪食したサルモネラ菌に対する殺菌能を向上させることが確認された(図5C)。

【結論】

本研究では、ヒト化マウスというin vivoの評価系を用いることで、マウスという実験動物体内において、ヒト造血幹細胞からリンパ球系だけでなく、様々なミエロイド系細胞が分化できることを証明した。また、骨髄、脾臓、肺における解析より、マウス体内においてもヒトミエロイド系細胞が組織特異的に再構成されることを確認した。これらヒトミエロイド系細胞は、表面抗原や形態学的な特徴を維持するだけでなく、サイトカインによる特異的なリン酸化シグナル応答や貪食能を持つことを実験的に証明した。また、ヒトミエロイド細胞のTLRの発現とその応答や感染制御反応の解析から、ヒト化マウスが、ヒトの粘膜免疫や自然免疫応答、in vivo 感染モデルの解析において、分子レベル、細胞レベル、そして個体レベルにおける免疫機構の解明を可能とする有用なシステムであることを示唆することができた。

図1. ヒト化マウスにおけるヒト造血・免疫細胞の再構成

表.1 ミエロイドサブセット同定に用いる表面マーカー

図2. ヒト化マウスにおけるヒトミエロイド系細胞の再構成

図3. ヒト化マウスにおける呼吸器粘膜免疫系の再構成

図4. ヒト化マウスにおいて分化したヒトミエロイド系細胞の機能

図5. ヒト化マウス(骨髄)ミエロイドサブセットにおける貪食能の解析

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、新規免疫不全マウスであるNOD/SCID/IL2rγKO (NSG) マウスを用い、ヒト化マウスにおけるヒトミエロイド系細胞の分化および機能解析を試みた。NSGマウスはIL-2受容体γ鎖の欠失により、NOD/SCIDマウスにおいて課題であった移植片拒絶に関与するNK細胞が存在せず、ヒト免疫細胞の高率な生着を可能とした。このNSGマウスを用いたヒト免疫系の再構築において、ヒト造血幹細胞の移植よりT細胞やB細胞が分化し、細胞傷害活性やヒト免疫グロブリン産生能が再現されヒト化していることが報告されている。一方、自然免疫系、特にミエロイド系細胞の分化・機能に関する詳細な検証はなされていない。論文提出者は、NSGマウスへのヒト造血幹細胞移植より、自然免疫応答能を有するヒトミエロイド系細胞が組織特異的に再構成されることを示し、ヒト免疫機構の解明におけるヒト化マウスの有用性を明らかにした。以下にその要旨を示す。

1.ヒト化マウスは、セルソーターにより高度に純化したCD34+CD38-Lineage-のヒト造血幹細胞を、新生仔NSGマウスへ移植することで作製された。移植後4ヶ月のNSGマウスを解析し、ヒトCD45+細胞の存在率が、骨髄において約80%、脾臓では約90%、末梢血では約70%と高率にヒト免疫細胞へ置き換わることを示した。さらに、CD3+T細胞、CD19+B細胞、CD56+NK細胞などヒトリンパ球系細胞だけでなく、CD33+ヒトミエロイド系細胞の分化を見いだした。

2.CD33+分画に含まれる多様なミエロイド系細胞を同定するため、3本のレーザーを搭載したフローサイトメトリーを用いることで、最大10カラーを駆使した各種細胞サブセットの同時解析系を構築した。この系を用い、ヒト化マウスにおいて好中球、好酸球、好塩基球、単球/マクロファージ、樹状細胞(cDCとpDC)およびマスト細胞が分化することを表面抗原および形態学的解析より明らかにした。

3.各組織の解析より、骨髄では免疫応答で末梢へ動員される好中球および単球が蓄積され、脾臓では分化過程で骨髄より移行するマスト細胞が多く存在し、肺では進入物に対峙するマクロファージおよび樹状細胞が主要サブセットであるなど、マウス体内においてヒト免疫細胞が組織特異的に再構成されることを明らかにした。

4.免疫応答能の検証において、ヒト化マウスにおけるヒトミエロイド細胞は、IFN-γ、G-CSF、GM-CSFおよびM-CSF受容体の発現が、正常ヒト臍帯血のミエロイド細胞と同等であることを示した。これらサイトカイン受容体を介した細胞レベルでの応答として、IFN-γ刺激によるSTAT1、G-CSFによるSTAT3、GM-CSFによるSTAT5のリン酸化を証明し、サイトカイン刺激に応じたシグナル伝達系が働くことを示した。さらに、in vivoにおける免疫細胞の動態として、G-CSF投与により骨髄で分化したヒトミエロイド細胞が末梢血へと動員されることを確認し、細胞および個体レベルにおいてヒト化マウスのヒトミエロイド細胞が的確なサイトカイン応答能を有することを明らかにした。

5.次に種々の微生物を認識するセンサーとなるToll like受容体 (TLR) の発現解析より、ヒト化マウス体内で分化したヒト単球や樹状細胞等においてTLR2、TLR4の発現を確認した。また、TLR4に対するアゴニストであるLPSのヒト化マウスへの投与により、マウス血漿中において、ミエロイド系の炎症性サイトカインであるヒトTNF、ヒトIL-6、ヒトIL-8の上昇を確認し、個体レベルでの感染免疫応答解析におけるヒト化マウスの応用の可能性を示唆した。

6.さらに、自然免疫系において重要な機能である貪食能を蛍光粒子の取り込みにより評価し、ヒト化マウスの骨髄および肺におけるミエロイド細胞は、効率よく蛍光粒子を細胞内に取りこむことを確認した。貪食能を用いたサルモネラ菌の感染実験において、ヒト化マウスの骨髄で分化したヒトマクロファージは、IFN-γの刺激により、貪食したサルモネラ菌に対する殺菌能を向上させることを示した。

以上、本論文は、ヒト化マウスというin vivoの評価系において、ヒト造血幹細胞より組織特異的にヒトミエロイド系細胞が分化し、機能することを明らかにした。これにより獲得免疫系だけでなく、感染応答初期に重要な役割を果す自然免疫系においても、ヒト化マウスが分子レベル、細胞レベル、そして個体レベルでのヒト免疫機構の解明において、有用なシステムであること明らかにした。

なお、本研究は数名研究者との共同で行ったものであるが、論文提出者が主体となって実験計画立案・推進および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できるものと認める。

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