学位論文要旨



No 128560
著者(漢字) 穀山,渉
著者(英字)
著者(カナ) コクヤマ,ワタル
標題(和) 回転式宇宙空間ねじれ型アンテナによる低周波重力波探査
標題(洋) Spaceborne Rotating Torsion-Bar Antenna for Low-Frequency Gravitational-Wave Observations
報告番号 128560
報告番号 甲28560
学位授与日 2012.06.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5867号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川村,静児
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 横山,順一
 東京大学 准教授 山崎,典子
内容要旨 要旨を表示する

低周波重力波によるサイエンス

重力波とは,時空の歪みが波となって伝わる現象である。重力を表現する理論として現在広く信じられている一般相対性理論から予想されている。重力相互作用の弱さのためその直接検出は非常に難しく,2012 年現在,直接検出がなされたとの報告はない。今後数年内には,現在世界で建設がすすむ大型レーザー干渉計型検出器によって,100 ~ 1000 Hz 帯の重力波が初検出されるだろうとの期待が高まっている。

一方,低周波数帯(10(-4) ~ 1 Hz 程度)にも,とても興味深い科学観測対象があると予想されている。例えば中間質量から巨大ブラックホールの連星合体を観測することによる銀河の進化過程の解明,質量比が大きな連星合体の観測による重力理論の検証,宇宙加速膨張の重力波による(電磁波によらない)計測,宇宙背景重力波の直接検出によるインフレーションの物理モデルの決定,などといった電磁波では成しえない科学的成果が考えられている。しかし,残念ながらこの周波数帯では従来の地上レーザー干渉計重力波検出器では感度が十分でない。パルサーからの電波や宇宙マイクロ波背景放射を利用した低周波重力波観測も行われているが,周波数が10(-6) Hz 以下と,超低周波数帯しか観測できない。よってこの周波数帯での重力波探査はあまり進んでいないというのが現状である。

そのような,地上検出器では到達できない帯域の重力波へアプローチする方法として,三つの方向性が考えられる。一つは,宇宙空間に検出器を打ち上げるという方法である。宇宙空間は基線長を非常に長くできるため重力波に対する感度が向上し、大きな検出器雑音をもつ低周波帯の観測が可能となる。それとともに,地球上には地面の振動や重力場変動などといったノイズが存在するため,それらを避けられるという極めて大きな利点もある。実際に,レーザー干渉計スペースアンテナ(LISA)計画といった宇宙空間重力波望遠鏡が提案・検討されている。二つめは,地上検出器でも低周波数重力波に感度を持つように,検出法を工夫するという考え方である。後に述べるねじれ型アンテナ(TOBA)は,そのために提案された。三つめは,重力波の周波数変換である。低周波数の重力波を,一般に検出器ノイズの少ない高周波数帯での信号に変換することができれば,観測が容易になるというわけである。この方法は今回著者らが実現した回転TOBA によって行われた,新規の手法である。

ねじれ型アンテナ:TOBA

ねじれ型アンテナ(Torsion-Bar Antenna, TOBA)とは,低周波重力波の探査を目的とした新しいタイプの重力波検出器である[Ando, et al. Physical Review Letters, 2010]。これはレーザー干渉計型や共振型の検出器とは異なり,重力波による潮汐力が剛体の回転変動として現れる効果を利用する。そのため,小型ながら低周波に感度のある検出器が実現できると期待されている。実際に実験室でのプロトタイプ検出器も開発されており,それを用いた0.1 Hz 帯重力波の試験的観測も行われてきた[Ishidoshiro, et al. Physical Review Letters,2011]。

回転TOBA による周波数変換とその利点

TOBA は剛体の試験質量を用いているため,検出器全体を回転させることが可能である。このような装置を回転TOBA と呼ぶ。著者らは,この回転TOBA による重力波の周波数変換観測法を提案した。具体的には,検出器の回転によって重力波に見かけの周波数変調がかかり,非常に低い周波数の重力波が検出器にとっては回転周波数の二倍近くの周波数の信号として見えるというものである。周波数変換時の,信号に含まれる重力波の関係を示しているのがFigure 1 である。観測周波数は,検出器の回転周波数をw(rot) とすると,その2 倍の周辺となる。この時,観測中心周波数(2w(rot))より少し低い側には,Figure 1 の左側のように,円偏光が検出器の回転と揃う場合(これをフォワードモードと呼んでいる)の重力波を受ける。一方少し高い側には,Figure 1 の右側のように,逆回転の円偏光の重力波(これをリバースモードと呼ぶ)が入ってくる。重力波は通常はプラス,クロスの二つのモードで表されることが多いが,それらを基底変換したものが円偏光モードである。

この回転TOBA がもつ,通常の重力波検出器にはない新しい利点は,以下の三点である。まずひとつは,前述したように周波数変換観測が可能となることである。周波数が低くなるにしたがい,一般に検出器の電気系や外乱雑音などさまざまなノイズが急激に大きくなる。さらに,支持系の共振周波数以下では検出器が重力波に応答しなくなる(自由質点系でなくなる)ため,重力波信号を高周波に変換できるというのは画期的な利点となる。加えて,回転周波数を変化させ観測信号帯域を自由に調整することで狭帯域ノイズを回避するという新たな手段も考えられる。

二つ目は,検出器から得られる重力波の情報が通常の検出器の二倍になるというものである。これは検出器信号のうち二つの周波数領域(フォワードモード,リバースモードに対応する)を同じ重力波の観測帯域とするためであり,一台の検出器が二台分の観測をしていることに相当する。ここで,通常の重力波検出器一台は,電磁波観測に例えると「一つの検出素子」でしかない。つまり,複数台の同時観測を行わなければ指向性を持たせることが難しく,波源の方向・強度・偏光を決められない。ところが,回転TOBA の場合は,同じ情報量を得るために半分の台数で良くなるという利点を持つこととなる。

最後は,Figure. 1 で示されているように,直接円偏光重力波に対する感度をもっているという点である。これは,回転運動によって空間の回転対称性がやぶられているからであるともいえる。この性質を利用すれば,連星系からの重力波の円偏光を直接観測し,軌道パラメータ決定に用いることができるだろう。さらに,円偏光そのものの基礎物理的重要性も,理論的に予想されている。例えば,宇宙初期にパリティ対称性の破れが存在した場合,宇宙背景重力波の円偏光モードの一方にエネルギーが偏っていると予想されている。さらに,弦理論や量子重力理論などの効果で(現在の)重力相互作用がパリティ対称性を破っている場合,重力波の左右の円偏光に進行速度の違いがある可能性が指摘されている。

宇宙空間回転TOBA による重力波観測

著者らは,SWIM(μv) と呼ばれる小型のTOBA を製作し,宇宙航空研究開発機構(JAXA)の開発した小型人工衛星SDS-1 に搭載した。Figure 2 にSWIM(μv) とその内部の試験質量を,Figure 3 にSDS-1 衛星の写真を示す。衛星がスピン安定状態の時に観測を行うことで,SWIM(μv) が回転TOBA を実現した。2009 年1 月に打ち上げられたSWIM(μv)は,1年半に及ぶ運用に成功し,動作確認,制御状態への移行,ノイズレベルの測定,キャリブレーションなどを順次行った。2010 年6 月と7 月には,地球を延べ3 周回するほどの時間(延べ360 分間)の観測運転を実施した。観測時は衛星をスピン安定(回転の周波数は46.5 mHz)させ,その回転軸は天の川銀河中心方向に指向させた。その際,機器から得た実験データが一部破損するというトラブルが発生したが,データ転送を工夫し修復措置を施すことで解決した。

観測データの統計的解析によって,宇宙背景重力波の臨界エネルギー密度に対する比(Ωgw)の,フォワード・リバース各モードについての上限値を算出した。解析にあたっては,頻度主義的上限値とベイズ的上限値の二種類の評価法を用いた。まず,統計誤差のみを考慮した95 %有意水準上限値(観測周波数18 mHz, 帯域幅4.5 mHz)を求めた。さらにこれを踏まえ,検出器の系統誤差が200 %であるとした保守的上限値を算出した。良好な結果を得た頻度主義的手法を選択したところ,最終的な結果をΩ(FW)(gw) < 1.7 x 10(31) (フォワードモード),Ω(RE)(gw) < 3.1x10(30) (リバースモード)と得た。SWIM(μv) は小型軽量な実証機であるため,他の観測法と比較すると感度が良いわけではない。しかし,この結果は円偏光モードについての背景重力波の上限値を定めた初めての例である。ここで,二つのモードに上限値の違いが生じているが,これはモードごとに検出器信号周波数が異なりノイズレベルに差があるからであって,違う振幅の重力波を検出しているわけではないということに留意する必要がある。

意義と今後の展開

宇宙空間における回転TOBA を実現したことで,先述した低周波重力波観測へ向けた3つのアプローチ(宇宙空間検出器,TOBA,周波数変換)をいずれも実施したといえる。また,技術的な側面からも,SWIM(μv) によって単体として初めての軌道上重力波検出器を製作・運用することができたと同時に,リソースの少ない小型衛星を用いた成果をあげられたという重要性がある。将来の展開として,全長4m 程度の宇宙空間回転TOBA(H-IIA ロケットのフェアリングに収まるサイズである)でノイズを十分に低減したものが実現すれば,104 ~ 107 太陽質量のブラックホール連星合体の観測などの科学的成果を得られると考えられる。このように,回転TOBA が低周波重力波天文学の重要な手段の一つとなる可能性もある。今後SWIM(μv) の成果が,現在は困難である低周波重力波検出の最初の試みとして,発展していくことが期待される。

要約

「回転式ねじれ型アンテナ」という低周波重力波観測のための新しい手法を提案した。宇宙に小型装置を打ち上げ,その観測手法を適用した。これは,現在の検出器では困難な低周波重力波検出の試みの第一歩となったといえる。

Figure. 1: Separation of two polarization modes using a rotating TOBA

審査要旨 要旨を表示する

論文提出者は、回転式ねじれ型重力波アンテナ(回転式Torsion-Bar Antenna; 回転TOBA)を提案し、宇宙用の小型回転TOBAであるSWIMμvを製作し、それを、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の開発した小型人工衛星SDS-1に搭載した。2009 年1 月に打ち上げられたSWIMμvは,1年半に及ぶ運用に成功し、2010 年6 、7 月には,延べ360 分の観測運転を実施した。観測データの統計的解析によって、観測周波数18 mHz(帯域幅4.5 mHz)において、宇宙背景重力波の臨界エネルギー密度に対する比(Ωgw)の上限値(Ωgw < 1.7×10(31)(フォワードモード)、Ωgw < 3.1×1030(リバースモード))を算出した。

本論文は全9章からなる。第1章は、イントロダクションであり、重力波検出の紹介や、本論文のテーマであるSWIMμvの意義が述べられている。第2章は、重力波の基礎についてまとめられている。重力波の導出、物質に対する影響、生成等を記述したあと、検出方法について、レーザー干渉計をはじめとして共振型、パルサータイミングについての現状を簡単に紹介し、最後に、考えられる重力波源についてまとめている。第3章は、TOBAについて述べられている。まず、TOBAの原理について説明し、レーザー干渉計や共振型との違いについても述べ、TOBAで達成できる感度や主な雑音源について詳細な考察を行っている。次に、回転TOBAの原理とその特徴について説明している。回転TOBAには、重力波観測の周波数帯をアップコンバートできる点、信号の情報が通常の2倍取れる点、円偏光の2つのモードに独立に感度がある点の3つの利点があるが同時にそれらの限界もある。第4章は、宇宙用に製作したSWIMμvについて述べられている。SWIMμvのテストマス、センサー、アクチュエーター、制御システムなどについてその構成及び仕様を説明した後、実現可能な設計感度を記述している。SWIMμvを搭載する小型人工衛星SDS-1についても、バス、姿勢制御、打ち上げ、軌道などについて説明している。第5章では、SWIMμvの実際の運用に関して述べられている。特に、達成された雑音レベルに関して、その原因について詳細な評価がなされ、その結果、観測周波数帯域においてはデータ処理にともなう量子化雑音が感度を制限していると結論付けている。また較正方法に関しても説明をして、最終的にフォワードモードとリバースモードに対して重力波のストレイン感度として、それぞれ1×100 Hz-1/2と 5×10-1 Hz-1/2が得られている。設計感度と実際の感度の差についての考察も行っている。第6章では、まず、データ取得システムについて説明し、データ取得中に起こった3つのエラー(パケットロス、ビットフリッピング、ソフトのバグ)について、説明とその対策を説明している。なお、データ復旧方法の詳細はAppendixに述べられている。第7章では、背景重力波に対するデータ解析について述べられている。まず、背景重力波の特徴やこれまでに得られた上限値について簡単に説明した後、得られたデータを使って、FrequentistとBayesianの2種類の解析手法を行い、結果的に、観測周波数18 mHz(帯域幅4.5 mHz)において、宇宙背景重力波の臨界エネルギー密度に対する比(Ωgw)の上限値(Ωgw < 1.7×10(31)(フォワードモード)、Ωgw < 3.1×10(30)(リバースモード))を算出した。第8章では、まず、SWIMμvで得られた科学的成果と次回につなげるための貴重なレッスンがまとめられたのち、次のステップとして、10mサイズの地上回転TOBAと4mサイズの宇宙回転TOBAで期待できる感度とサイエンスが記述されている。第9章は、サマリーと結論が述べられている。

以上の様に、本論文は、新しいタイプの重力波検出器を考案し、それを宇宙に打ち上げ、地上の検出器ではアクセスできない低周波領域において、重力波観測を試み、背景重力波の2つの円偏光に対して上限値を与えたものである。宇宙実験という非常に困難な研究の主要部分をほぼ一人で推進し、数々のアクシデントに対処しながら、人類初のスペース重力波アンテナの運用を成功させ、背景重力波に対する上限値を求めたことは、これ自体新しい知見であるばかりでなく、非常に興味深い結果であり高く評価できる。これらは今後の重力波検出実験に大きく貢献する成果であるといえる。

なお本論文は複数の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発、研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、審査委員の全員一致により合格と判定し、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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