学位論文要旨



No 128625
著者(漢字) 高橋,大介
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ダイスケ
標題(和) 非一様な一次元非線形シュレーディンガー系における無反射流および線形化励起の透過特性の解析的研究
標題(洋)
報告番号 128625
報告番号 甲28625
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1173号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,雄介
 東京大学 教授 佐々,真一
 東京大学 教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 准教授 鳥井,寿夫
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文では,一次元非線形Schrodinger (Nonlinear Schrodinger, NLS) 系における,ポテンシャル障壁に対する無反射な超流動解(超伝導系のJosephson 効果に倣い,Josephson 超流動解と呼ぶ) や,線形化励起(Bogoliubov 励起,Bogoliubov フォノンとも呼ぶ) の透過特性,そしてこれらの物理現象に見られる臨界現象やスケーリング則に関する,主に解析的計算によって得られた理論的結果を報告する.NLS 系は,可積分系,力学系,量子多体系,特にBose-Einstein 凝縮体(BEC),超伝導体や磁性体のGinzburg-Landau 理論,非線形光学など,実験物理と理論物理の両面で多種多様な適用例を持っており,研究の歴史は非常に深く長い.系の基礎方程式が一般化された形(例えば多成分系となる,非線形項が高次になる等)で現れることも多くあり,これらの拡張された系の研究は,一成分かつ三乗の非線形項を持つ最も基本的なNLS 系ほどは進んでいない.また,特に力学系として見た場合の分岐現象やそれに伴うスケーリング則は,比較的単純な設定の系ですら,数値実験による観測は多くあれど,解析的な証明に関しては未解決であるものが多い.それは,NLS 系を数学的に扱うことの難しさによるものである.本博士論文では,これらの問題に対していくつかの数理的理解を提示する.

論文はイントロダクションである第1 章,先行研究と基礎理論のレビューを行う第2 章と第3 章,筆者本人によるオリジナルな研究結果を報告する第4 章から第7 章,そして全体のまとめとなる第8 章によって構成されている.以下に各章の概要を述べる.

第1 章はイントロダクションであり,本博士論文の研究の背景となるNLS 系の理論的および実験的な先行研究について概観する.特に理論的側面としては,古典可積分系としてソリトンの理解で重要な役割を果たしてきたこと,力学系として分岐現象やスケーリング則の理解に貢献してきたことを紹介し,また実験的側面としては,1995 年に冷却原子気体系で実現されたBEC およびこの系の制御性の高さについて紹介する.

第2 章は本論文で解析する方程式系の基礎理論に関する概説である.特に,本論文の解析で中心的役割を果たすBogoliubov 方程式については,古典波動の線形化方程式としての側面,量子系の(平均場理論によって導かれる) 近似的な励起状態としての側面の両方について導出・解説を行う.また,近年冷却原子気体系で活発に研究が行われているスピン自由度を持つBEC(スピノルBEC) の平均場理論およびその線形化励起についてもレビューする.なお,このスピノルBEC のレビューの中には,スピン-2 のBEC から作られるスカラー量が満たす不等式など,オリジナルな結果も一部含まれている.

第3 章では,本論文と最も関連の深い先行研究である,ポテンシャル障壁の存在するNLS 系におけるJosephson 超流動解の構築,Bogoliubov フォノンのトンネリング問題の結果(特にゼロエネルギーのフォノンが示す異常トンネリング),そして,これらの物理の背後にあるスケーリング則,そしてその起源である,NLS 系の示す力学系としての分岐現象について,筆者自身の仕事も交えつつ,レビューする.また,Bogoliubov フォノンのトンネリング問題を解く時に威力を発揮する二乗Jost 解を用いた解法についても述べる.

以降の章はオリジナルな研究結果であり,本論文の主要部分をなす.

第4 章では,ポテンシャルステップ差のあるNLS 系において,Josephson 超流動解が存在することを実際に解を構成することで示す.さらに,この状態のもとでBogoliubov フォノンのトンネリング問題を解き,透過係数はゼロエネルギーにおいて部分透過となることを示す.これは,ゼロエネルギーのBogoliubov フォノンが,必ずしもBose 凝縮体の超流動性を受け継ぐわけではないという一つの重要な反例を与えており,特にいくつかの先行研究に見られた,両者を混同した物理的考察に対して警鐘を鳴らしている.

第5 章では,非線形項を一般化したNLS 系において,ダークソリトンとフォノンの散乱問題を解析的に解く.そして,ソリトンが不安定化する臨界速度状態において,ゼロエネルギーのフォノンの反射係数が特異的になること,および,臨界速度状態の近傍においては,反射係数がサドルノード分岐を示す力学系で普遍的に見られるスケーリング則に従うことを証明する.また,これらの解析的結果の正当性を,三乗・五乗NLS (cubic-quintic NLS, CQNLS) 系における数値シミュレーションによって確かめる.本章の結果は,(a) 結果の一般性(非線形項の具体形に依らない),(b) 証明の技術の開発(複数のパラメータ微分の差を取ることに依るゼロエネルギー解の構成),(c)分岐現象に由来するスケーリング則の厳密な導出,等々の点から,本博士論文で得られた結果の中でも特に価値が高いと考える.

第6 章では,1 成分BEC の場合の二乗Jost 解の方法を拡張することで,可積分なスピノルBEC系におけるBogoliubov 方程式の解法を与える.具体例として,可積分なスピン-1 のBEC のダークソリトン解に対するBogoliubov 方程式の解を与える.

第7 章では,スピン-1 BEC 系において,スピノルBEC が持つ基本的な対称性をヒントに,定常解の定義を拡張し,この新たな定常解の範囲で,線形安定性を満たすようなスピン波解が存在することを証明する.更に,話を可積分点に限定して,ポテンシャル障壁に対して無反射なスピンのJosephson 超流動解を構築し,多位相へと拡張されたJosephson 関係式を提唱する.また副産物として,このスピン波解のもとでは,通常の対称性の破れの議論からは説明の付かないギャップレスモードが出現することも示す.

第8 章は全体のまとめであり,得られた研究結果の意義と今後の展望を述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章、第2章では非線形シュレーディンガー方程式(グロス・ピタエフスキー方程式)とボゴリューボフ方程式についての基本事項と先行研究の成果がまとめられている。 第3章では本論文の後半部で述べられている研究に関連した話題に関する概説が与えられており、ボース・アインシュタイン凝縮系を非線形シュレーディンガー方程式で記述した場合のジョゼフソン接合系の先行研究と、凝縮体の素励起(ボゴリューボフ励起)の透過特性に関する先行研究(いわゆる異常トンネル効果を呼ばれる現象に関する理論研究)についてまとめられている。第4章から第7章までに申請者による研究成果が述べられている。 第4章にはボース・アインシュタイン凝縮系にポテンシャルステップが存在する場合のボゴリューボフ励起の透過特性に関する研究成果が記述されている。第5章には非線形シュレーディンガー方程式におけるダークソリトンを散乱体としたときのボゴリューボフ励起の透過特性についての研究成果、第6章にはスピンを内部自由度として持つボース・アインシュタイン凝縮系に関連する可積分非線形シュレーディンガー方程式とその定常解周りのボゴリューボフ励起に関する成果、第7章には、スピン1の内部自由度を持つボース・アインシュタイン凝縮系に対する多成分非線形シュレーディンガー方程式に関する成果が述べられている。第8章にはまとめと今後の展望が述べられている。

非線形シュレーディンガー方程式は、特に空間一次元の系に関しては可積分系の一つとして数多くの研究がすでになされている。超伝導体、磁性体、量子光学、冷却原子系のボース・アインシュタイン凝縮体と関連するという意味において、物理や工学の文脈においても非線形シュレーディンガー方程式の解の導出とその性質の吟味、方程式の一般化は重要である。非線形シュレーディンガー方程式をボース・アインシュタイン凝縮体の時間発展を記述する方程式とみなしたとき、定常解まわりの微小振動、あるいは素励起を記述するのがボゴリューボフ方程式である。 本論文は非線形シュレーディンガー方程式とボゴリューボフ方程式に関する理論的研究をまとめたものである。

第4章で述べられているポテンシャルステップのボース・アインシュタイン凝縮体のボゴリューボフ方程式の透過特性については、これまではポテンシャルステップがある系においてボース・アインシュタイン凝縮体も部分反射を受け、ボゴリューボフ方程式の透過特性(低エネルギー極限での部分透過)もそれとの関連で理解できると議論されてきた。高橋氏はポテンシャルステップがある系において凝縮体もポテンシャル差の値によっては完全に透過する(無反射透過)ことを示した。ボゴリューボフ励起の透過特性に関する先行研究の物理的解釈に批判を与えた点に本章で述べられた成果の意義が認められる。

第5章で述べられているソリトンを散乱体とみなした状況におけるボゴリューボフ励起の透過係数のエネルギー依存性の結果の意義は、非線形項をより一般化した非線形シュレーディンガー方程式に関する結果であること、またソリトンが非自明な臨界速度を持つ場合、臨界速度近傍におけるボゴリューボフ励起の透過反射特性に、非線形方程式の分岐点近傍に現れる動的スケーリング則が成り立つことを見出したこと、の2点である。

第6章における可積分な多成分非線形シュレーディンガー方程式の再定式化とそれに関連したボゴリューボフ励起の解析的表現の導出については、ボゴリューボフ方程式のスピン1のボース・アインシュタイン凝縮体のダークソリトンの解の周りでの一般解を導出した点が高橋氏のオリジナルな寄与と認められる。

第7章におけるスピン1のボース・アインシュタイン凝縮体を記述する非線形シュレーディンガー方程式については、質量流とスピン流がともに存在する場合の定常解を構成し、その安定性条件を得た点、それをもとに障壁を導入したジョゼフソン接合系におけるスピン流と質量流がともに存在するジョゼフソン定常流解を構成した点に高橋氏のオリジナルな寄与があると認められる。

本論文の研究成果は5章, 6章についてはそれぞれPhysica D誌、Journal of the Physical Society of Japan誌に単著論文として既に報告されており、4、7章の成果については投稿準備中である。

なお、本論文で述べられている結果のうち、7章については新田宗土氏との共同研究の成果である。しかし論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(学術)の学位を授与できると認める。

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