学位論文要旨



No 128684
著者(漢字) 清水,秀治
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ヒデハル
標題(和) 高性能高信頼性ULSI-Cu配線システム構築を目指した材料・薄膜形成技術の設計
標題(洋) Design of thin-film materials and their processing for highly reliable, high-performance ULSI Cu interconnect systems
報告番号 128684
報告番号 甲28684
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7858号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 霜垣,幸浩
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 小関,俊彦
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 教授 大場,隆之
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

集積回路(ULSI)を初めとするデバイスシステムは、マイクロスケールからナノスケールへの微細化により性能を向上させてきた。しかしながら、原子サイズに近づくにつれて、従来材料は限界を迎え、微細化と高性能化の両立、三次元集積化、ゆらぎ制御、量子効果による多値化などを実現するには、新規マテリアルの採用とその製造プロセスの確立が必須となる。基礎科学分野からは日々新しい機能を有したマテリアルが創出され、マテリアルの選択肢は広がり続けている。このような中、効率的なマテリアルおよび製造プロセスの設計指針確立は、新デバイス開発にかかる物質資源有効利用、開発投資収益性向上、人材の適切配置および安全衛生の予防的確保のためにも不可欠である。

ULSIの多層配線製造においても、配線幅22nmのデバイス開発・設計から、さらに16nmのデバイス研究の段階にあり、同様の問題に直面している。ULSIの微細化は、トランジスタの高集積化、高速化等の恩恵と同時に、配線の抵抗および容量に由来する信号遅延増加という問題ももたらす。そのため、90nm以降の多層配線には、信号遅延増加を防ぐため、層間絶縁膜にSiOCH膜(比誘電率:k=2.5)によるLow-k膜が導入されてきた。Low-k膜中はCuが拡散しやすいため、Cu配線上部にはSiN膜やSiCN膜からなるキャップ層、Cu配線側面および底面には物理気相成長法(PVD)-Ta/TaNのバリヤメタルがCu拡散防止を目的に用いられてきた。

しかしながら、拡散防止材料については微細化と高性能化の両立のため、新たな材料が求められている。従来キャップ層SiN膜やSiCN膜は、それぞれ7.0、4.8と高い比誘電率を有する。配線における実効誘電率低減のため、キャップ層にはCu拡散防止性を備えたまま低誘電率化することが求められる。また、バリヤメタルに関して、更なる微細化に際し、Cuの相対体積減少による抵抗率増大が予測されている。従来バリヤメタルPVD-Ta/TaNは、二層膜である上に、スパッタリングによる製膜であるため段差被覆性に劣る。そのため、薄膜化が困難であり抵抗増大を引き起こす。そこで、化学気相成長法(CVD)または原子層堆積法(ALD)によるバリヤメタル形成プロセスの開発が求められていた。

本研究では、「バリヤ性を備えたLow-kキャップ層」ならびに「薄膜化のための密着性とバリヤ性を兼ね備えた単層バリヤメタル」の開発をテーマとした。両テーマに共通して、初めに所定の特性実現のための理想的構造・組成を固体物理や金属組織学の知見に基づいて予測した。次に、それらの構造・組成を実現のための製膜原料(本研究では「プリカーサ」と呼ぶ)および製膜プロセスを反応速度論に基づいて設計・開発した。そして、開発した薄膜について、各種特性を確認すると同時に、製膜プロセスの解析、ナノ構造と物性との相関関係の解明をおこなった。これらの情報を、プリカーサ選定・プロセス設計にフィードバックすることで、薄膜特性・構造の制御や製膜プロセス開発の方法論確立を目的とした。以下に各テーマの概要を記す。

1.Low-kキャップ層

初めにLow-kキャップ層の材料設計にあたり、絶縁膜におけるCu拡散要因を検討した結果、低空隙率によりバリヤ性が確保されることが予測された。SiCNやSiN、SiCH膜といった低空隙率材料の中でも、空隙率を増大させることなく低誘電率化が可能と考えられるSiCH膜をLow-kキャップ層の研究対象とした。とりわけSi-CH2-SiやSi-C2H4-Siのネットワーク構造からなる高炭素組成(C/Si比:3~4)のSiCH膜を目標とした。

次に、Si-C2H4-Siなどのネットワーク構造形成のためのプリカーサを設計した。プリカーサの解離エネルギーおよび重合反応の活性化エネルギーを量子化学計算によって求めることにより、図1の4つの候補プリカーサ(iBTMS, DiBDMS, SSN, DVScP)を設計した。これらを従来の原料であるテトラメチルシラン(4MS)と比較した。

これらを用いてプラズマCVDによりSiCH膜を製膜し、iBTMS, DiBDMSはk=3.0まで、SSN, DVScPはk=2.7まで低減が可能となった。これらのSiCH膜が高炭素組成であることを確認し(図2)、さらにはSSNやDVScPにおける高炭素組成がSi-C2H4-Siのネットワーク形成によるものであることを確認した。これら高炭素組成SiCH膜では密度低下を抑制できるため、iBTMS, DiBDMSではk=3.5まで、SSN, DVScPではk=3.0まで、バリヤ性を損なうことなくk値の低減に成功した。また、同一誘電率では、高炭素組成SiCH膜中ほどサブナノメートルサイズの空隙が少ないことを陽電子消滅分光法によって確認し、当初の材料設計通り空隙率を制御することに成功した。

以上の結果、Cu/Low-k配線用キャップ層用材料として、Cu拡散バリヤ性を備えた非誘電率3.0のSiCH膜実現に加え、量子化学計算によるプリカーサ設計方法を確立し、バリヤ性確保のための材料設計指針の妥当性を実証した。

2.単層バリヤメタル

本研究では、Cuとの密着性に優れる材料を母材とし、バリヤ性を付与することを検討した。それを、CVDまたはALDでの製膜手法を開発することで、薄膜化可能な単層バリヤメタルの実現を目指した。

材料設計において、金属物性・構造の観点から密着性を検討し、母材としてCoを選定した。しかしながら、Co膜はPVD-TaNに比べてバリヤ性で劣る。薄膜中の原子の拡散は、拡散が生じやすい結晶粒界の分布や原子置換に要するエネルギーによって左右されると考えられる。そこで、前者の拡散要因の観点から、微量不純物を添加することでアモルファス化や結晶粒界スタッフィングによるバリヤ性改善を狙った。さらに、後者の拡散要因の観点から、微量不純物として高融点金属であるタングステンの添加により、原子配置の置換にエネルギーを要するようになり、バリヤ性を改善できると考えた。上記検討に基づき、W添加Co膜[Co(W)膜]をCVDまたはALDにより製膜することで、単層でCuとの密着性とバリヤ性を兼ね備えたULSI配線用材料の開発を目指した。

プロセス設計では初めに、酸素含有のカルボニルプリカーサを用いたCo(W)の製膜プロセスを確立した。W添加によるCu拡散バリヤ性の向上を確認したが、プリカーサ由来の酸素による抵抗率の著しい増大が判明した。

そこで、酸素非含有のメタロセンプリカーサを用いたCo(W)製膜プロセス設計をおこなった。従来減圧下での製膜が難しかったメタロセンプリカーサに対し、NH2ラジカルが有効な還元剤となりうることを量子化学計算により見出した。熱フィラメントによるNH3の分解によりNH2を発生させ、プリカーサと交互に供給することでCoおよびCo(W)の製膜を可能とした。メタロセンプリカーサを用いたCo(W)膜においてもW添加によってバリヤ性が向上し、さらにCu拡散係数活性化エネルギーの1.3 eVから1.9 eVへの増大を見出した(図3)。酸素非含有であり、25-90 μΩ-cmの抵抗率まで低減することに成功した。さらに、Co(W)膜とCuとの優れた密着性を接触角評価により確認した。酸素非含有Co(W)膜が単層でCuとの密着性とバリヤ性を兼ね備えた次世代ULSI配線用材料となることを示した。

また、新規の酸素非含有プリカーサであるアミディネートプリカーサを用いたCo(W)膜についてもプロセス設計および材料評価をおこなった。プロセス設計において、NH3がH2に比べて有効な還元剤であることを量子化学計算により見出し、CoおよびCo(W)のCVDおよびALDによる製膜に成功した。これらのCo(W)膜についても、W添加によるバリヤ性改善および拡散係数活性化エネルギー向上に成功し、40-90 μΩ-cmの低い抵抗率を確認した。

バリヤ性改善の要因を探るため、メタロセンおよびアミディネートプリカーサを用いたCo(W)膜について、W元素分布を透過電子顕微鏡により調べた。その結果、図4の模式図のようにCo(W)の液滴縁辺部または結晶粒界部にWが集まり、表面拡散もしくは粒界拡散が抑制されることを確認した。このように、Co(W)膜において、当初想定したスタッフィング構造を形成し、それによる拡散係数活性化エネルギーの向上に成功した。

以上の結果、次世代Cu/Low-k配線用として、Cuとの密着性を兼ね備えた単層バリヤメタル材料およびプロセス開発の成功に加えて、量子化学計算によるプロセス設計方法を確立し、密着性やバリヤ性発現のためのマテリアル設計・プリカーサ選定指針の妥当性を実証した。

以上のように、本研究ではバリヤ材料およびプロセスの開発にあたり、バリヤ性の要因推定およびプロセス設計における量子化学計算等各種シミュレーションの適用方法を確立し、それらを用いたプリカーサ設計・プロセス設計手法を実証した。本研究のマテリアル・プロセス設計手法は、配線システムに限らず、ナノスケール電子デバイスシステムの開発を進める上で必須となる新規のマテリアルおよび製造プロセス開発指針を与えるものである。電子デバイス開発の効率化をもたらすだけでなく、デバイス高性能化に対するマテリアル工学の新たな方法論を提示しており、マテリアル工学の発展に貢献したものと理解できる。

図1 SiCH膜用プリカーサ

図2 SiCH膜中の炭素量

図3 メタロセンによるCo(W)膜中のCu拡散係数

図4 Co(W)膜中のスタッフィング構造模式図

審査要旨 要旨を表示する

半導体集積回路(ULSI)はスケーリング則に従った微細化により,素子の動作速度向上と低消費電力化を達成するとともに,高集積化による多機能化を実現してきた。さらなる微細化の結果,デバイス構成薄膜の膜厚が原子サイズに近づき,材料の物理化学的限界の影響が深刻化している。さらなる微細化と高性能化を両立させるには新規マテリアルの導入とそれらを作製する新規プロセス構築が必須となっている。ULSI-Cu多層配線では,微細化に伴い信号伝達遅延時間の増大が深刻な問題となるととともに,電流密度増大によるエレクトロマイグレーション(EM)起因の断線不良顕在化などが課題として挙げられ,これらを解決する新規マテリアルプロセスの創製が待望されている。

本論文は,"Design of thin-film materials and their processing for highly reliable, high-performance ULSI Cu interconnect systems"(高性能高信頼性ULSI-Cu配線システム構築を目指した材料・薄膜形成技術の設計)と題し,ULSI-Cu多層配線を形成する低誘電率Cuキャップ膜,および,低抵抗Cu拡散防止膜(バリヤメタル)としてのCo(W)合金膜の材料および薄膜形成プロセス設計を目指したものであり,全部で5章からなる。

第1章は序論であり,ULSI配線形成工程(バックエンドプロセス)のこれまでの歴史的展開と微細化に伴う課題,また,それに対応するためのマテリアルとプロセスの現状についてまとめている。特に低誘電率Cuキャップ層の必要性と要求事項についてまとめ,低誘電率かつCuおよび酸素拡散防止性能の高いSiCH膜の合成を研究課題とすることを示している。また,もう1つの検討課題であるバリヤメタルに関しても,現状のTa/TaNに代わる低抵抗・高信頼性バリヤメタルとして,Co(W)合金薄膜が単層バリヤメタルとして有望であることを示し,その作製プロセス設計を本研究の目的とすることを述べている。

第2章は本論文の研究戦略についてまとめている。次世代ULSIに要求される低誘電率Cuキャップ膜およびCo(W)単層バリヤメタルの合成に際して,要求事項を達成するための基本的な考え方と,薄膜の構造・機能設計,さらにはそれらを実現するプロセス設計の基本方針を示している。

第3章では,低誘電率Cuキャップ層作製プロセス開発について詳述している。まず,Cuや酸素などの拡散を阻止する性能(バリヤ性)を保ちつつ,誘電率を低下させるには,Si-CH2-SiおよびSi-C2H4-Siネットワーク構造を持つ高炭素組成SiCH膜が有望であることを示している。このような構造を形成するためのプラズマCVD用原料ガス分子に対して量子化学計算により分子の解離エネルギーや重合反応の活性化エネルギーを検討し,4つの候補分子を選定した。実際にこれら4つの原料ガスを用いてSiCH膜を作製したところ,従来の原料ガスであるテトラメチルシランを利用したプロセスよりもいずれも誘電率が低くバリヤ性を持ったSiCH膜の合成が可能であった。また,予測通り高炭素組成ほど低誘電率化し,膜中のナノサイズ空隙が少ないことを陽電子消滅分光法により明らかにしている。

第4章では,Cu配線のバリヤメタルとして,従来のTa/TaN二層構造に代わり,Co(W)合金単層膜が低抵抗かつCuとの密着性に優れ,拡散バリヤ性も良い高信頼性配線システム用材料として有望なことを各種冶金学的考察から明らかにし,これを作製する手法としてCVD/ALD法を提唱している。その原料ガスとしてすでに実績のあるカルボニル化合物を用いた場合には,カルボニル基由来の酸素によりWが酸化され低抵抗Co(W)合金膜が形成できないことから,酸素非含有原料ガスの採用が必須であることを示し,メタロセン化合物を原料として採用することを提唱した。メタロセンは安定物質であり,その分解を促進するにはNH2ラジカルが有効であることを量子化学計算から示した。NH2を供給する手法として,ホットワイヤーALDプロセスを新規に構築し,実際に低抵抗Co(W)薄膜の合成に成功した。また,アミディネート化合物によるCo(W)合金膜のALD合成にも成功した。これらのCo(W)合金膜はWの添加によりCu拡散活性化エネルギーが増大し,W添加によってCo粒界にWが偏析して表面・粒界拡散を抑制したことを示した。また,TEM観察による微細構造解析により,バリヤ性を発揮させる所望の構造が構築されたことを確認している。

第5章はまとめであり,上記検討の結果からULSI-Cu配線の微細化に伴う高抵抗化や低信頼性化などの諸問題を今回開発したマテリアルプロセスにより解決可能であることを示すとともに,実際にCuダマシン配線を形成し,量産プロセスに供することが可能であることを示している。

このように,本論文では,所望のデバイス性能を実現するための機能・構造制御を検討し,量子化学計算や冶金学・反応工学的知識をもとに新規マテリアルプロセス設計手法を確立しており,マテリアル工学の進展に多大な貢献をしている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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