学位論文要旨



No 128700
著者(漢字) 高見,公彰
著者(英字)
著者(カナ) タカミ,キミアキ
標題(和) 機能性モノマーの新規合成を基盤としたポリウレタンバイオマテリアルの創製
標題(洋)
報告番号 128700
報告番号 甲28700
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7874号
研究科 工学系研究科
専攻 バイオエンジニアリング専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 教授 吉田,亮
 東京大学 教授 高井,まどか
 東京大学 特任准教授 金野,智浩
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

わが国においては超高齢社会に突入したことに伴い医療に対する関心が高まり、様々な新規医療技術の開発が期待されている。特に外傷や急性疾患のような緊急時の機能回復は人工臓器の使用によってのみ延命、治癒が可能であることから、様々な人工臓器の開発が進められている。このうち、人工心臓や人工血管のように生体内へ埋め込む医療機器や、人工腎臓のように血液に触れる医療機器には、耐久性に優れ、生体に適合する機械的特性を持ち、血液適合性に優れるバイオマテリアル開発が必要である。このような社会的背景を受けて、上記の特性を持ち、埋め込み型医療器具に応用されるポリマーマテリアルの合成方法を確立することを本研究の目的とした。これまで、機械的強度と血液適合性のような材料表面の機能性を併せ持ったポリマーマテリアルは十分に検討されてこなかったが、筆者らは(1)マイケル型付加反応を通じて、機能性官能基を持つメタクリル酸エステルを官能基変換し、ヘテロ原子ポリマー用のモノマーを合成する (2)得られたモノマーを重合し、機能性セグメントを得る (3)機能性セグメントを鎖延長によって重合し、マルチブロックポリマー化する ステップを経ることで、そのようなポリマーマテリアルが得られるという発想に至った。本論文では第二章において、マイケル型付加反応を応用したモノマー合成について、第三章においてそれらを用いた機能性セグメントの合成について、第四章において機能性セグメントを複合化することで得られる機械的強度と機能性を併せ持ったポリマーマテリアルの特性について論ずる。

第二章 マイケル型付加反応を利用したビニル化合物の化学種変換

メタクリル基はその立体障害によって求核付加反応を受けづらいため、マイケル型付加反応を引き起こす条件が限られていたが、本研究において、求核剤にチオールを、触媒に二級アミンを用いることで速やかに付加反応が起きることが確認された(Scheme 1)。さらに本反応は、アミンの塩基性度とメタクリル酸エステルのe値によってその反応速度が制御されることが見出された。チオール化合物の中にはヒドロキシル基やアミノ基などのヘテロ原子ポリマー用のモノマーとなりうる反応性官能基を持ったものが市販されている。これらと任意の官能基を持つのメタクリル酸エステルを常温常圧下で反応させることで、機能性官能基を持ったヘテロ原子ポリマー用のモノマーユニットを得ることができる。本研究では、メタクリル酸エステルとして生体適合性官能基を持つ2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC) 、フッ化アルキル基を持つ2,2,2-トリフフオロエチルメタクリレート 、低級アルキル鎖を持つn-ブチルメタクリレート を選択し、ヒドロキシル基を分子内に二カ所持つα-チオグリセオール をチオール化合物として両者を付加反応させる事でメタクリレートをジオール化した(Table 1)。ジオールはポリウレタンやポリエステルのモノマーとして応用可能であるため、得られたジオールはそれらに、機能性官能基を導入する方法として有効であると考えられた。

第三章 メタクリル酸エステル付加ジオールを用いたヘテロ原子ポリマーの合成

第二章において得られた種種のメタクリル酸エステルを付加したジオール化合物をモノマーとして用い、ポリウレタンを合成した(Table2)。得られたポリウレタンはメタクリル酸エステル由来の官能基の特性を反映していた。特に、MPCを用いて材料表面へのタンパク質吸着を抑制する特性を持つ官能基であるホスホリルコリン基(PC基)を導入したポリウレタン(MPCU)はその導入量にしたがって、その材料表面へのアルブミンの吸着を抑制することが確認された(Figure 1)。アルブミンをはじめとする血漿タンパク質の材料表面への吸着は、生体内における異物反応トリガーであることから、MPCUは異物反応を回避するセグメントとして有用であることが示唆された。

第四章 機能性官能基含有へテロ原子ポリマーを用いた複合ポリマーマテリアルの創製

MPCUを鎖延長することでSPUを、市販のポリウレタンとブレンドすることでブレンドポリウレタンを調製し、タンパク質の非特異的吸着の抑制と機械的強度を併せ持った材料の創製を目指した。PC基を含むSPU表面の親水性はPC基の導入量にしたがって上昇する傾向が見られたが有意な差は見出せなかった。一方、同表面上へのアルブミンの吸着量はPC基の導入量にしたがって低下した。SPUはその重合条件上の問題からPC基の導入量が仕込みよりも低下したため、親水性の向上は限定的であったが、PC基を持つセグメントが凝集し、ミクロ相分離構造をとったために、少ないPC基含有量にもかかわらず、タンパク質の吸着を抑制したものと考えられた。MPCUと市販のポリウレタンを混合して得られたブレンドポリウレタン表面は、MPCUの混合比にしたがって有意にその親水性が向上し、表面へのタンパク質の吸着を抑制した(Figure 2, Figure 3)。さらに、MPCUを25wt%混合したブレンドポリウレタンは、そのマトリックスポリウレタンであったBionate 80Aの機械的特性を損なわなかった。これは、マトリックスポリウレタンとMPCUの化学構造が類似しているために、相溶性が高く、高い割合でのブレンドを可能にしたためであると考えられた。以上のことから、機械的特性とタンパク質の非特異的吸着抑制の特性を併せ持ったポリマーマテリアルをMPCUをセグメントとした材料設計によって達成されることが期待される。

第五章 結論

本研究の成果は、膨大なビニル化合物のライブラリから任意に選択された化合物の持つ官能基を、自由にヘテロ原子ポリマーに導入する簡便な手法を開発した点にある。これまで、その重合のメカニズムから、ヘテロ原子ポリマーを構成するための、化学的に活性な官能基をもつモノマーの合成が困難であったため、任意の構造を持つモノマーを入手することはできなかった。そのため、ヘテロ原子ポリマーは高い機械的強度を持つ優れたマテリアルであるにもかかわらず、その応用範囲は限定的であった。しかし本研究ではマイケル型付加反応を通じたビニル基の官能基変換によってこの問題を解決し、ヘテロ原子ポリマーマテリアル設計の自由度を飛躍的に向上させることに成功した。その結果、これまでにない特性を併せ持ったポリマーマテリアルの創製が可能になったといえる。第三章以降では上記の成果を応用し、埋め込み型医療器具に用いる機械的強度が高く、かつ優れた生体適合性を発揮するマテリアルの設計、合成を行った。さらに、本研究はその他の分野へも広く応用可能である。メタクリル酸エステルの選択による応用範囲について述べると、例えば、第二章で合成したMPTS-diolを用いることで、ガラスや金属などの表面と共有結合で結合するポリウレタンを得られると考えられるし、TFEM-diolを用いた疎水性ポリウレタンは高い撥水性を持つ材料表面を得られるであろう。このように様々な機能を持ったメタクリル酸エステルをポリウレタン、ポリエステルへ導入することが本研究で見出した1つの合成経路を通じて可能になる。さらに、用いるチオールを選択することでジオールのみならず、アミノ酸や、ジカルボン酸、アミンなどへPC基を付加することが可能である。アミノ酸からはポリペプチドが、ジカルボン酸からはポリアミドやポリエステルが、アミンからはポリアミンが得られる。これらのヘテロ原子ポリマーは全て鎖延長法を用いることで、マルチブロックポリマーのセグメントとして用いることができ、特に機械的特性や生体吸収性などの機能を付与することのできるモノマーユニットとして有用である。工学のミッションは工業化のための可能性を提示することである。本研究ではポリマーマテリアルに持たせることのできる構造の範囲を大きく拡大した。新たな構造を持った材料の創製は構造解析、分析、デバイスとしての応用などの様々な分野における新規な学術研究を創製する。このような観点から、本研究は極めて大きな可能性を提示したといえ、工学としての有意義な成果を示せたと考える。今後の研究、および産学間での取り組みから、埋め込み型医療器具をはじめとしたバイオエンジニアリングとしての新たな価値が創造されることが期待される。

Scheme 1. チオグリセロールとメタクリル酸エステルの反応経路

Table 1. メタクリル酸エステル付加ジオール化合物の合成

Figure 1. ポリウレタン表面へのタンパク質の吸着量

Table2. メタクリル酸エステル修飾ジオール化合物を用いたポリウレタン合成結果

Figure 2. MPCU / Bionate80Aブレンドポリウレタンの動的接触角

Figure 3. MPCU / BIonate80Aブレンドポリウレタン表面へのBSA吸着量

審査要旨 要旨を表示する

長期間にわたり生体内に埋植して使用する医療器具の創製には、破断強度や弾性率などの機械的特性と、生体との反応を確実に制御できる表面特性を同時に有するバイオマテリアルが不可欠である。本研究では、ヘテロ原子を主鎖骨格に満足するポリマーに対して、様々な官能基を側鎖に導入するためのモノマー分子の新規合成法の開拓と、これを利用したポリウレタンの創製を実践した。従来、ヘテロ原子ポリマーの分子修飾も行われてきているが、その多くは複雑な反応経路と特殊な反応条件を必要とするものであり、高い安全性や加工性を求められるバイオマテリアルには適用が困難であった。そこで、官能基の種類が多く、また入手が容易なメタクリル酸エステルを、ヘテロ原子ポリマーの原料モノマーとして適用できる有機反応を考案することで、安定した特性を有するバイオマテリアル創製を目指している。本学位請求論文は以下の五章から構成されている。

第一章は研究概念と研究の動機が説明されている。安全に利用できる医療器具の製造に必要なマテリアルの要求性能と、未解決の問題点およびこれを解決するための方法論が述べられている。すなわち、優れた機械的特性を発現するためには、分子間の相互作用が強く、かつ、高い生体親和性を発現する官能基を表面に配向させることが必要であることを示している。これを実践するために、ポリウレタンのようにヘテロ原子を主鎖骨格とするポリマーに、種々の官能基を簡便に導入する設計論を提案している。このためには、現在、その種類が少ないモノマーの新規合成法の創出が大切であるとの考えで、一般に付加重合のモノマーとして利用されるメタクリル酸エステルと反応性官能基を持つチオール化合物とのマイケル型付加反応を解説している。これによりメタクリル酸エステルを重付加・重縮合のモノマーとして転用する可能とする事で、工業的規模での応用性を示すとともに、本研究の独創性と先進性について述べている。

第二章ではメタクリル酸エステルとチオール化合物を出発物質としたマイケル型付加反応について、その反応条件に関する研究成果について述べられている。これまで、メタクリル酸エステルと求核反応性化合物の間のマイケル型付加反応の反応条件については研究がなされていなかった。本研究では、種々の官能基を有するメタクリル酸エステルを利用し、側鎖置換基に影響されたメタクリロイル基の電子密度と、マイケル型付加反応に必要な触媒であるアミン化合物の塩基性度によって、反応速度と反応率が大きく影響されることを見いだしている。中でも、分子内に2つの反応性水酸基を有するチオグリセロールとメタクリル酸エステルを付加反応することで、様々な機能性官能基を持つジオール化合物を得るため反応条件について詳細に検討し、常温にて反応率が90%以上となる高効率反応を実現している。

第三章では、合成した種々の機能性ジオール化合物を一つのモノマーとして使用し、重縮合・重付加反応が進行し、ポリウレタンおよびポリエステルが得られることを示している。特にポリウレタンについて、X線光電子分光測定および静的接触角測定により、導入した機能性官能基の機能を反映した表面特性を持っていることを確認している。さらに、この特性が、生体反応を誘起する第一段階であるタンパク質吸着と相関することを明らかとしている。種々のポリウレタンを比較したところ、リン脂質極性基の一つであるホスホリルコリン(PC)基を導入することで、タンパク質吸着が抑制され、またこの効果がPC基の導入率に関連していることを見いだしている。

第四章では、PC基を有するポリウレタン(MPCU)の機械的特性の向上を目指して、MPCUを一つのセグメントとし、鎖延長によるマルチブロック化およびMPCUと他のポリウレタンとのポリマーアロイ化について検討している。これにより、いずれの方法によっても、高いフィルム形成能と十分な機械的強度を保持するポリマーマテリアルの創製に成功している。このマテリアル表面ではMPCUの導入量にしたがって親水性が増加し、これに対応して血漿タンパク質の吸着量が低下することを明らかとしている。

第五章は総括である。本研究において、機械的特性と生体親和性を併せ持つバイオマテリアルの創製が、様々な官能基を側鎖に有するヘテロ原子ポリマーによりされている。その過程において、モノマーレベル、ポリマーレベル及びマテリアルレベルでの解析を遂行し、従来得ることが困難であったポリマーマテリアルを、簡便かつ迅速に合成する方法を論じている。これは、今後の医療器具の創出に、バイオマテリアルを提供するという観点から工業的にも有用であり、広くバイオエンジニアリング分野の発展に貢献すると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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