学位論文要旨



No 128743
著者(漢字) 前原,貴憲
著者(英字)
著者(カナ) マエハラ,タカノリ
標題(和) 数値的手法による代数的対称性をもつ行列の分解法に関する研究
標題(洋) A Numerical Method for Simultaneous Decomposition of Matrices with Algebraic Symmetry
報告番号 128743
報告番号 甲28743
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第400号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 准教授 牧野,和久
 東京大学 准教授 寒野,善博
 東京大学 准教授 松尾,宇泰
 東京大学 講師 平井,広志
内容要旨 要旨を表示する

本論文では行列の同時ブロック対角化問題とよばれる問題を扱う.これは同じサイズの複数の実(または複素)正方行列が与えられたとき,それらを同時にブロック対角化する直交(またはユニタリ)行列を求める,という問題であり,数学・工学・物理などの様々な分野で研究・応用されている基本的かつ重要な問題である.

本論文の目的は,この問題に対する幅広い応用問題へと適用可能な数値的な手法の構築を行うことである.この目的のためには分解の細かさに関する理論保証を与えること,入力が数値誤差を含むことを,理論・手法の段階で考慮すること,そして上に述べた2つの条件を満たしながら現実的な計算時間で動作することの3つの条件を満たす手法の構築が必要となる.

同時ブロック対角化問題に対する数値的手法は,これまでに数値計算分野,信号処理分野,最適化分野の3つの分野で研究されていたが,数値計算分野と信号処理分野の手法は分解の細かさに関する理論保証がなく,より細かく分解できるものであっても,そのような分解を求めるとは限らない手法であった.一方,最適化分野の手法は最細性の保証はあるものの,入力が数値誤差を含みうることは考慮されていなかった.代数的な議論では,入力が数値誤差を含む場合は,それ以上分解できない,という結果が正しいのであるが,具体的な問題に応用するためには数値誤差を含む場合にも何かしらの有用な出力を与える必要があるのである.

本論文では1,2の課題の解決のため行列*代数とその交換子代数の理論と,線形代数的な不等式評価を組み合わせた手法を提案する.そして,この手法を大規模行列の固有値問題に帰着し,固有値計算法としてよく知られたLanczos法を適用することによって3の課題を解決する.提案手法と従来用いられてきた同時ブロック対角化手法について具体的な数値例で比較することにより,提案手法が理論だけでなく実用的にも有用であることを示す.また,提案手法を5つの具体的な応用問題に対して適用し,提案手法が実際の問題に対しても有用な手法であることを示す.

審査要旨 要旨を表示する

行列は、理工学のあらゆる分野において利用される基本的な数学的道具である。その数学理論は線形代数学として既に確立されているが、行列の数値計算法は情報処理の基本技術としての重要性を増しつつ進展を続けている。行列を適当な変換によって分解することにより、その行列によって記述される工学システムや情報処理過程の構造が明らかになる。その最も単純で典型的な例は、与えられた行列を相似変換によって対角化する問題、すなわち固有値問題である。近年、最適化や信号処理などのいくつかの応用分野において、与えられた複数の行列を直交相似変換によって同時にブロック対角化する問題の必要性が認識されて活発な研究が行われ、それぞれの分野で独自の計算手法が提案されている。群表現論における基本的な知見として、行列の同時ブロック対角化はシステムの対称性と深い関わりをもつ。したがって、近年発展してきた手法は、与えられた行列の同時ブロック対角化を通じて、その行列が記述する工学システムや情報処理過程に潜在する代数的な対称性を抽出する手法であると位置づけられる。

本論文は、与えられた複数の行列を一つの直交相似変換によって同時にブロック対角化するという基本的な問題に対して、行列*代数に立脚した理論的健全性と数値誤差に対する実用上の頑健性を兼ね備えた手法を提案するものである。数値線形代数における技術を十分に利用することによって計算量を軽減することにも成功している。さらに、信号処理や最適化など様々な応用の文脈において、理論的考察と数値実験によって、提案手法の意義と有効性を評価している。

本論文は「数値的手法による代数的対称性をもつ行列の分解法に関する研究」と題し、7章および「結言」からなる。

第1章「序論」では、行列の同時ブロック対角化の問題を定義し、従来手法の問題点と解決すべき課題を指摘した後に、本論文の構成を記述している。

第2章「応用分野における同時ブロック対角化手法」では、行列の同時ブロック対角化を行う数値的手法が、従来、数値線形計算、信号処理における独立成分分析、最適化における半正定値計画法の3つの応用分野で研究されてきた経緯を踏まえて、当該各分野における研究の動機、および、各分野で独自に発展した同時ブロック対角化手法の特徴を記述している。

第3章「数学的基礎」では、複数の行列の同時ブロック対角化に関する数学的基礎事項として、群の表現論と行列*代数の理論についてその概要を説明している。本論文で展開される手法の基礎となるWedderburn-Artinの構造定理に重点がおかれ、係数体が複素数の場合と実数の場合の両方を記述している。

第4章「数値誤差を含まない問題に対する手法」では、室田・寒野・小島・小島によって考案され、前原・室田によって完成された行列*代数に基づく同時ブロック対角化手法(MKKKM法)を詳細に記述している。とくに、実数体上の分解では、線形代数の技法を巧妙に利用している。この手法は本論文における提案手法の直接的な動機となったものである。

第5章「数値誤差を含む問題に対する手法」では、信号処理や構造解析などの応用においては行列が数値誤差を含む場合にも有効な同時ブロック対角化手法が必要であるとの問題意識を示し、数学的に健全でかつ工学的に有用な手法を提案している。誤差を含む行列は同時ブロック対角化不能であるという原理的困難を克服すべく、問題そのものに新たな定式化を与え、行列*代数における双対性を利用してアルゴリズムを構築している。

第6章「アルゴリズムの実装」では、提案手法を実現するための数値線形計算上の工夫を示し、アルゴリズムを実装して数値実験によって従来手法との比較を行ない、その有効性を報告している。

第7章「同時ブロック対角化手法の諸問題への応用」では、本論文の提案手法が、半正定値計画、独立成分分析、同時特異値分解、対称性に基づく誤差推定、近似対称性の抽出などの応用分野においてどのように利用できるかを議論している。

最後に「結言」において、本論文の成果をまとめるとともに、今後の課題について述べている。

以上を要するに、本論文は行列*代数の理論を基礎として、数値誤差のある状況における行列の同時ブロック化の理論を構築した上で具体的なアルゴリズムを提案し、その広範な適用例を提示したものであり、数理情報学の発展に大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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