学位論文要旨



No 128866
著者(漢字) 古谷,昌大
著者(英字)
著者(カナ) フルタニ,マサヒロ
標題(和) アミノ酸側鎖と第11族金属の相互作用に依拠した機能性分子の開発
標題(洋) Development of Functional Molecules Based on Interaction of Amino Acid Side Chains with Group 11 Metals
報告番号 128866
報告番号 甲28866
学位授与日 2013.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7902号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 准教授 橋本,幸彦
 東京大学 准教授 北條,博彦
 東京大学 准教授 西林,仁昭
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

アミノ酸は,不斉炭素に直結するアミノ基およびカルボキシ基と,多様な側鎖官能基から構成される.アミノ酸はそのままで,ペプチドとして,あるいは化合物の一部分の形で機能性分子として用いられる.その応用範囲は広く,医薬・食品分野から工業分野までの様々な方面で活用が考えられている.生理活性やpH調整など様々なアミノ酸の機能がある中で,金属との相互作用(配位,還元,吸着)は,多くの分野で基礎となる特に重要な機能である.中でも,第11族金属(銅Cu,銀Ag,金Au)は経済的にも物理・化学的にも実用性が高い金属群であり,これらのカチオン,ナノ粒子,バルクに作用する機能性分子の開発が盛んである.

金属と相互作用する機能性分子としてのアミノ酸の利用は,触媒や電子材料の分野で検討されてきたが,これらはペプチドを範として,あるいはペプチドの一部を切出して発想したものである.しかしながら,一般にペプチドにおいて配列の長さと機能性は相反関係にある.特に,アミノ酸側鎖の機能性を引出そうとすると,ペプチドは長くならざるを得ず,そのような分子群は実用になる可能性が高いとは言えない.そこで本研究では,高次構造など複雑な立体構造に頼らずに,少ない数と種類のアミノ酸を用いて機能を出すという理念の下,簡便に合成でき,かつ,金属と相互作用するアミノ酸側鎖の機能性を最大限引出すような,基本分子骨格を提案することを目的とした.

2. C2対称環状ジペプチドを用いた不斉金属触媒の開発

まず,簡単なアミノ酸誘導体化合物を金属への配位子として用いた,不斉触媒の開発を目指した.Cu(2+)に対して(4-)イミダゾリル基を介して配位することが知られるヒスチジン(His)から成るC2対称環状ジペプチドはCu(2+)に配位する際,大員環ではあるもののジケトピペラジン環を含む剛直なキレート構造を形成し,α炭素の不斉情報がCu(2+)近傍に効率的に伝わると期待した.

Hisのメチルエステルを原料としてcyclo[-His-His-]2aを合成し,次いでトリチル(Tr)基を導入して2bとした(Figure 1).

アクリロイル-2-オキサゾリジノンとシクロペンタジエンのCu(2+)触媒不斉Diels-Alder反応(0℃,2.5 h)において,2bを不斉配位子として用いたとき収率76%,35%eeのエナンチオ選択性が得られたのに対し,ジケトピペラジン環を持たない2c(収率43%,2%ee)や2d(Cu(2+)に対し2当量,収率49%,1%ee),イミダゾリル基を1つしか持たない2e(収率67%,8%ee)では低いエナンチオ選択性であった.これは有意な差であり,ジケトピペラジン環の剛直な構造が不斉環境形成に必要であること,また,ジケトピペラジン環のカルボニル部位ではなく,2つのイミダゾリル基が共にCu(2+)に配位していることが示唆された.その後2bを用いて反応条件,基質の検討を行なったところ,エナンチオ選択性は最高60%eeまで向上した(収率70%).

環状ジペプチドは元々溶解性が低いため,配位子骨格の候補としては見送られてきたが,Tr基の導入により溶解性を増すことで,その剛直な環構造を採用し有意な選択性を確認したのは本研究が初めてである.

3. C2対称環状ジペプチドを用いた錯体超分子およびナノ粒子の調製

前章ではジケトピペラジン環を不斉源として用いたが,中程度のエナンチオ選択性にとどまった.そこで次に,環状ジペプチドの難溶性の原因と考えられるジケトピペラジン環を介した分子間水素結合に着目し,金属カチオンを並べるためのテンプレートとして応用することを着想した.メチオニン(Met)のC2対称環状ジペプチドであるcyclo[-Met-Met-]3a(Figure 2)において,Au+に配位し得るメチルチオ基が2つ,ジケトピペラジン環を介して存在する.3aは,分子集合体を形成した場合にAu+の高密度配置が期待できる.

3aのクロロホルム懸濁液に塩化金(I)(AuCl)メタノール溶液を加え,3aに対し2当量のAuClを混合すると白色固体が得られた一方で,側鎖に配位点を持たない3bやイミダゾリル基を持つ2aを用いたときは,混合中に褐色沈殿が生じる結果となった.元素分析やDTG測定の結果より,3aを用いて得られた白色固体は(Au+)2(Cl-)2(C(10)H(18)O2N2S2(=3a))の組成を持つ錯体であることがわかった.1H NMR測定における化学シフトから,Au+はジケトピペラジン環ではなくメチルチオ基と相互作用していることがわかった.

得られた錯体をDMFに溶解し,これに貧溶媒として4倍体積量の酢酸エチルを加えたところ,沈殿が析出した.これをSiウェハ上に取り光学顕微鏡で観察すると,幅1 μmほどのファイバーが観察され,さらにSEMおよびAFMで観察するとナノオーダーの微細構造体が見られた.

次に,得られた錯体超分子の30 mMカテコール酢酸エチル溶液による還元を行なった.還元時間4 hの試料についてSEM観察を行なったところ,当初見られたファイバーはなく,ナノ粒子列が観察された.同試料のEDS測定によりCl成分が検出されなかったことから,Au+はAu0に還元されていると考えられた.S成分についてXPS測定を行なったところメチルチオ基由来のピークのみが得られたことから,酸化還元反応はAu+とカテコールとの間で起こったものと考えられた.特定の1個のナノ粒子(直径100 nm)について小刻みにエッチングしながらAES測定した結果より,Au成分はナノ粒子内で偏って存在することが示唆された.

金属ナノ粒子を調製する目的で,金属源を超分子形成後に加えるのではなく予め組込む方法は今回初めて見出された.また,錯体超分子をカテコールで還元した際,テンプレートがファイバー状の原型を留めるのではなく,偏った組成分布を持つAuナノ粒子列に変換するという,これまでにない材料の創製に至った.

4. アミノ酸由来シロキサンの光パターニング,それに続く微細金属パターンの作製

導電性や熱伝導性など,バルク金属にはナノ粒子とは違った魅力的な性質がある.しかし,前章のように環状ジペプチド存在下金属を還元すると有機-金属界面が曖昧になり,バルク金属の生成は望めない.これを踏まえバルク金属と相互作用する機能性分子を設計する際,アミノ酸は高分子に固定し金属部と混合しないようにする必要があると考えた.極性側鎖を持つアミノ酸は,三官能性分子として用いることが可能である.そのうち2つの官能基「官能基ペア」を残り1つの官能基で高分子主鎖に固定して用いることとし,システイン(Cys)から誘導されるアミノ酸由来のシロキサンモノマー4aを設計した(Figure 3).分子中に導入したトリエチルシリル基による加水分解重縮合が進行すれば,還元性化合物であるシスタミン(HS(CH2)2NH2)がカルボキシ基を介して高分子(シロキサンポリマー)に固定されることになる.Cys側鎖のチオール基は塩基性条件下でチオラートとして,金属カチオンAg+に配位するだけでなく同カチオンを還元することが期待される.

重縮合は光塩基発生剤から発生するアミンを触媒として行なうことで,光パターニングできるようにした.感度向上のため,モノマーではなくプレポリマー4a-ppを用いることとした.プレポリマーは酸触媒加水分解重縮合により合成し,その過程で4aのTr基は脱離した.4a-ppはTHFやクロロホルムに可溶で,スピンコート法によりSi基板上に薄膜を調製した.光が照射された部分が重縮合で高分子量化し,基板に固定された.

9-フルオレニルメチル基を脱保護した後,ジアンミン銀(I)([Ag(NH3)2]+)塩水溶液(pH 11)に浸漬し,60℃で13 h加温するとパターン上へのAg化合物の析出が確認された.4b-ppを用いた同様の実験では,十分な析出は観察されなかった.

アミノ酸1分子当たり何個のAg原子が析出したかを見積もるためQCM測定を行なったところ,Ag0以外のAg化合物がチオール基とは無関係に吸着・析出していることが示唆された.析出したAg化合物の化学状態を確かめるため,Ag析出後の試料についてエッチングを伴うXPS測定を行なったところ,金属パターン表面はAg2O,内部はAg0であることがわかった.さらに,Ag析出過程におけるN成分およびS成分の化学状態についてもXPS測定により調べた結果,N原子やS原子を介したAg化合物との相互作用や,ジスルフィド結合の生成が確認された.

これまでに報告されてきた酸-塩基のペアではない,還元能を持つ「官能基ペア」を本研究では開発した.還元剤のパターンへの固定は本研究で初めて達成され,金属が効果的にパターン上にのみ析出することを見出した.

5. 結論

相互作用の対象として第11族金属のカチオン,ナノ粒子,バルク全てに順に対応していく形で,極性側鎖を持つアミノ酸の化学構造を有効活用した機能性分子を開発し検証した.本研究は,特に金属に作用する機能性分子に関して,省エネルギー・省資源と高機能性の両立実現への道筋を示した.今回見出されたC2対称環状ジペプチド(2章および3章)およびアミノ酸由来シロキサン(4章)は,用意するアミノ酸の種類も合成ステップ数も少なくて済む上,前者はジケトピペラジン環,後者は「官能基ペア」というペプチドには無い化学構造を含むものである.

Figure 1. Chemical structures of C2-symmetric cyclic dipeptide ligands 2a and 2b, and control ligands 2c-2e.

Figure 2. Chemical structures of C2-symmetric cyclic dipeptide 3a and 3b for fabrication of supramolecular fibers.

Figure 3 Chemical structures of siloxane monomers bearing with amino acids (4a and 4b), and their prepolymers (4a-pp and 4b-pp).

審査要旨 要旨を表示する

アミノ酸は,生体に不可欠な物質というだけでなく,分子内に複数の官能基を合わせもつことから,機能性材料の合成素子という側面ももつが,そのような観点からの研究は限られている。一方,第11族金属は優れた物理的・化学的性質を持つ元素群であり,窒素あるいは硫黄官能基と親和性があることが知られている。これらの背景より,第11族金属と窒素/硫黄官能基をもつアミノ酸分子の相互作用を利用した機能性材料の開発に興味が持たれる。これまでにペプチドと第11族金属との組み合わせでの報告例はあるが,より簡単な構造のアミノ酸誘導体でこれを実現することは,工学的な見地から重要である。本論文は,アミノ酸由来の化合物と第11族金属の相互作用に着目した機能性分子の開発に関するものであり,全部で5章からなる。

第1章は序論であり,本論文の研究背景,目的,分子設計戦略および構成について述べている。

第2章では,アミノ酸2分子からなるジケトピペラジン環の剛直性,およびヒスチジン側鎖の銅カチオンに対する配位性を利用した,C2対称不斉配位子の開発について述べている。まず,ヒスチジンを出発原料とした二座配位子が簡便に合成できること,その際イミダゾリル基のt位窒素原子へのトリチル基の導入が配位子の有機溶媒への溶解性改善に有効であることを示している。次に,UVならびにCDスペクトルおよびFABMS測定の結果から,配位子1分子がカチオン1個に二座配位しているとの知見を得ている。その上で,同配位子をジクロロメタン中におけるシクロペンタジエンと種々のジエノフィルとの銅(II)触媒不斉Diels-Alder反応に応用し,中程度のエナンチオ選択性を得ている。さらに,対照実験との比較により,環構造,二座配位性といった構造要素の有効性を明らかにしている。

第3章では,ジケトピペラジンの分子間水素結合およびメチオニン側鎖のスルフィド官能基と金の親和性を利用した,1次元配列した金ナノ粒子の作製について述べている。まず,メチオニン二分子から調製されたジケトピペラジンが金(I)イオンと1:2錯体を形成することを,1H NMR,FABMS,元素分析および熱重量分析から明らかにしている。次に,同錯体のDMF溶液を4倍体積量の酢酸エチルと混合することで,ジケトピペラジン環の多重水素結合によって錯体が1次元的に連なったファイバー状構造体が得られることを,光学顕微鏡,SEMおよびAFM観察,ならびにIRスペクトルにより確認している。さらに,このファイバーをカテコールで還元処理すると一次元配列した金ナノ粒子に変換されることを見出し,その過程の化学的変化についてUV,X線光電子分光(XPS)およびエネルギー分散型X線分光の測定結果から考察している。また,TEM観察およびオージェ電子分光から,生成した金ナノ粒子の内部構造に関する知見を得ている。さらに金ナノ粒子列の形成過程をSEM観察によって明らかにしている。

第4章では,システイン側鎖チオール基の銀に対する親和性および還元作用を利用した,機能性光パターニング材料の開発について述べている。システインのカルボキシ基を重縮合活性なトリエトキシシリル基の導入部位として,またチオール基およびアミノ基を配位性/還元性官能基と捉えてモノマーを設計,合成している。モノマーを予めプレポリマー化して感光特性を向上させ,これと光塩基発生剤を組み合わせることで光によるネガ型の潜像形成を達成している。パターン形成後,窒素上の保護基を除去し,続いて60℃の銀(I)アンミン錯体水溶液で13時間処理することで,露光部分にのみ高密度で銀を析出させることに成功している。その際,チオール基とアミノ基の「官能基ペア」の存在が銀析出に有効であることを,対照実験を通じて明らかにしている。また,析出した金属銀中に酸化銀(I)が含まれることを,QCMおよびXPS測定の結果から結論している。さらに,銀析出過程におけるチオール基,アミノ基およびアミド結合の役割についてXPS測定の結果から考察している。

第5章は総括であり,今後の展望と併せて述べている。

以上要するに,本論文は第11族の金属種と相互作用するアミノ酸誘導体の開発を通じて,機能性材料の構成素子としてのアミノ酸分子の新たな可能性を示したものであり,今回得られた知見は,有機機能材料分野の発展に寄与するところ大と考えられる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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