学位論文要旨



No 128893
著者(漢字) 飯島,雄大
著者(英字)
著者(カナ) イイジマ,ユウダイ
標題(和) 心配を予測・維持させる要因に関する心理学的研究
標題(洋) Psychological Investigation of the Factors Predicting and Maintaining Worry
報告番号 128893
報告番号 甲28893
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1204号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹野,義彦
 東京大学 教授 石垣,琢麿
 東京大学 教授 長谷川,寿一
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 講師 齋藤,慈子
内容要旨 要旨を表示する

第1章:序論

心配は,われわれが日常的に経験する思考である。心配はネガティブな感情を伴う,否定的な結果が予測される問題を解決するための思考方略であるが(Borkovec et al., 1983),過剰な心配は心理的不適応を引き起こす。心配は,不安障害,うつ病,統合失調症など様々な精神疾患でみられる。さらに全般性不安障害は過度の心配がその主症状とされ,患者は心配を統制不能であると感じている(American Psychiatric Association, 2000)。この統制不能感は病理的な過度の心配の中核となる性質である。

こうした病理的な過度の心配の発生・維持を説明するために,いくつかの認知モデルが提案されている。Borkovec et al.(1995)は,心配には不安を喚起させるイメージを回避する役割があり,心配性者は不安を回避するために積極的に心配を利用すると考えている。

Dugas et al.(1995)の不確実性忌避モデルでは,心配性者は将来の不確実な状況を苦痛と感じており,積極的に心配することによってその状況を解消しようと試みると考えられている。

Wells(1995)は,心配に関する信念を軸としたメタ認知モデルを提唱している。心配に対してポジティブな信念を持つ者は,問題が発生した際に解決方略として心配を選択するが,心配が解消されない場合,今度は心配に関するネガティブな信念が活性化され,病理的な心配が発生すると考えられている。

この代表的な3つの認知モデルはそれぞれ異なった側面に着目して,心配の発生・維持を説明しようとしているが,いくつかの要素を共有している。それが心配に関するポジティブな信念と認知的回避である。本研究は一般の大学生を対象に,この2つの要因が心配を予測,維持させるのかどうか検討をおこなった。

第 2章:心配に関するポジティブな信念

心配の認知モデルでは,「心配は役に立つ」,「心配は将来のネガティブな結果を回避してくれる」といったような心配に関するポジティブな信念(以下ポジティブな信念)が心配を促進させるということが指摘されている。ポジティブな信念と心配の関連について検討した先行研究の多くは,質問紙による横断調査か臨床群と健常群を比較した研究である(e.g., Borlovec & Roemer, 1995)。このような横断的手法による関連性の検討には限界がある。そこで第2章ではポジティブ信念と心配の関連を,研究1では縦断調査によって,研究2では経験サンプリング(Csikszentmihalyi & Larson, 1987)によって検討した。

研究1

縦断調査によってポジティブな信念と心配の関連について検討した先行研究では,仮説に反してポジティブな信念は心配を予測しなかった(Sica et al., 2007)。しかしこの研究では,ポジティブな信念の直接的な効果しか検討していない。心配の認知モデルによると,心配の対象となる出来事が発生した際に,ポジティブな信念が方略としての心配の使用を選択させる。つまり,ポジティブな信念は,方略選択の調整要因であると考えられる。しかし,このようなポジティブな信念の調整効果については検討されていない。そこで研究1では,縦断調査によって,ポジティブな信念が調整要因として心配に及ぼす影響について検討をおこなった。

方法 大学生194名を対象に縦断調査を実施した。1回目の調査ではポジティブな信念,心配の程度について測定を行い,4週間後の2回目の調査では心配の程度およびその4週間に経験したストレスイベントについて測定した。

結果と考察 2回目の心配の程度を従属変数とした階層的重回帰分析の結果,ポジティブな信念とストレスイベントの交互作用が有意であり,ポジティブな信念はストレスイベントが心配に及ぼす影響を調整していることが明らかになった。下位検定の結果,ポジティブな信念が高い者(Β = 1.51, SE = 0.28, t = 5.43, p < .001)は,低い者(Β = 0.53, SE = 0.25, t = 2.14, p < .05)よりもストレスイベントがより強く心配の程度を予測することが明らかになった(Figure 1)。つまり,ポジティブな信念が高い者は,嫌な出来事を経験した際に,より解決方略として心配をしやすいと考えられ,認知モデルを支持する結果が得られた。

研究2

研究1では,縦断調査を用いてポジティブな信念の心配への調整効果について検討した。しかしこうした質問紙による調査では,想起バイアスなど回答にバイアスが出る可能性がある。そこで研究2では,こうしたバイアスを防ぎ,より生態学的妥当性を高めるために,経験サンプリングを用いてポジティブな信念が日常生活における心配に及ぼす影響を検討した。経験サンプリングとは,日常生活における行動や思考などの体験を,小型のデバイスや携帯電話を用いてその場で測定する方法である。さらにこの方法を用いて,日常的な心配の積み重ねが,心配の病理的な側面,すなわち統制不能感予測するか検討をおこなった。

方法 大学生44人を対象に携帯電話による経験サンプリングを6日間実施した。参加者には平均90分の間隔で,回答用のURLが記載されたメールを1日に10回送信した。参加者はメールを受信後すぐにその時の心配,ストレスイベントおよび不安感情について回答した。

結果と考察 マルチレベルモデリングの結果,ポジティブな信念とストレスイベントの交互作用が有意であった。下位検定の結果,ストレスイベントを経験した際に,ポジティブな信念が高い者(B = 0.45, SE = 0.08, t = 5.95, p < .001, for duration; B = 0.33, SE = 0.04, t = 7.50, p < .001, for intensity)は,低い者 (B = 0.21, SE = 0.08, t = 2.75, p < .001, for duration; B = 0.17, SE = 0.04, t = 3.82, p < .001, for intensity)と比べて心配がより長く,より強くなることが示された(Figure 2)。

また心配の累積が,統制不能感を予測することが示された(B = 0.20, SE = 0.10, t = 2.02, p < .05)。これらのことから,ポジティブな信念が心配を促進させ,それが持続することで心配のネガティブな側面が強まると考えられる。研究1,2ともにポジティブな信念が心配を促進させる働きが示され,認知モデルを支持する結果が得られた。

第3章:思考抑制と心配

心配の認知モデルでは,心配を制御するために認知的回避方略がとられるが,方略が不適切な場合にさらに心配が悪化してしまうと考えられている(Dugas et al., 1995; Wells, 1995)。不適応的な思考制御方略の一つに望まない思考を考えないよう頭から締めだそうとする思考抑制がある。思考の抑制はその意図に反して,対象となる思考の侵入を増加させてしまうことが知られている(Wegner et al., 1987)。しかし,心配を対象に抑制の効果を検討した研究は少ない。そこで第3章では,思考抑制と心配の関連を,研究1では縦断調査を用いて,研究2では思考サンプリング(Hurlburt, 1979)を用いた実験によってそれぞれ検討した。

研究1

思考抑制と心配の関連について検討した多くの研究は,横断的調査研究であり,縦断的な手法による検討はまだされていない。そこで研究1では縦断調査を用いて,思考抑制が心配に与える影響について検討をおこなった。

方法 大学生164名を対象に縦断調査を実施した。1回目の調査では思考抑制傾向,心配の程度について測定を行い,8週間後の2回目の調査では心配の程度およびその8週間に経験したストレスイベントについて測定した。

結果と考察 2回目の心配の程度を従属変数とした階層的重回帰分析の結果,主効果のみのモデルが得られ,思考抑制傾向がストレスイベントとは独立に心配を予測することが示された(Β = 0.59, SE = 0.19, t = 3.02, p < .001)。このことから,思考を抑制することで心配が持続してしまうと考えられる。

研究2

研究1の質問紙による検討では思考抑制がどのように心配に影響を与えるのかは検討できない。そこで研究2では,抑制後に思考が増大するというリバウンド効果に着目した。課題中に思考を測定する思考サンプリングによって抑制中の心配を測定し,抑制がどのように心配に影響を与えるのかを検討した。

方法 大学生47名を対象に心配を抑制する実験を実施した。参加者は10分間ベースラインの心配を測定し,その後の10分間心配を抑制した。さらにその後の10分間心配を測定した。課題中,平均1分に一回合図が出され,参加者はその時考えていた思考を記述した。

結果と考察 重回帰分析の結果,心配性傾向と抑制中の思考頻度の交互作用が有意であった。下位検定の結果,心配性者は,心配を抑制している最中の侵入確率が高いほど,リバウンド効果が顕著に表れることが明らかになった(B = 1.91, t = 3.49, p < .01)。しかし,心配性傾向が低い者にはこの傾向は見られなかった(B = -0.65, t = -1.80, ns;Figure 3)。このことから,心配性者は心配の抑制に失敗することで心配を持続させ,増加させてしまうことが示唆された。

第4章:総合考察

本研究の結果から心配に関するポジティブな信念や思考抑制が心配の発生・維持に関わっていることが示された。つまり,ポジティブな信念には心配を促進させるような役割があり,思考抑制は心配を持続させるように働くと考えられる。こうした結果は,認知モデルを支持するとともに,心配に対する介入法にも示唆を与えると考えられる。

Figure 1. Conditional associations between the WDQ scores at Time 2 and Stressful events for high and low levels of positive beliefs about worry.

Figure 2. Conditional effects of stressful event on each duration and intensity of worry as a function of positive beliefs about worry.

Figure 3. Conditional associations between probabilities of target thought in the mention and suppression phases for high and low levels of trait worry.

審査要旨 要旨を表示する

「心配」は、否定的な結果が予測される問題を解決するための方略と考えられるが、それが過剰になると心理的不適応を引き起こす。臨床心理学からみると、心配はさまざまな精神疾患でみられ、さらに全般性不安障害においては「過度の心配」ということが診断の基準とされている。こうした病理的な心配の発生・維持を説明するために、いくつかの認知モデルが提案されてきた。これらの認知モデルに共通する要因が、「心配に関するポジティブな信念」と、「思考抑制」などの認知的回避である。心配に関するポジティブな信念とは、心配は有益なものであるという信念の事であり、こうした信念が強い者は、問題解決の方略として積極的に心配を用いると考えられている。また、思考抑制は対象の思考を増大させることが知られており、心配を制御するための思考抑制によって、より心配が持続してしまうと考えられている。

本論文は大きく2部に分けられ、第1部では、心配に関するポジティブな信念が心配に及ぼす影響について検討し、第2部では、思考抑制と心配の関係について検討した。

第1部の研究1では、縦断調査を用いて、心配に関するポジティブな信念が心配に及ぼす影響について検討をおこなった。その結果、心配に関するポジティブな信念から心配への直接的な効果は確認されなかったが、ストレスイベントとの交互作用が確認され、心配に関するポジティブな信念は心配を調整要因であることが示された。つまり、心配に関するポジティブな信念が高い者ほどストレスイベントを経験した際に心配するということが示唆された。

第1部の研究2では、ESMを用いてポジティブな信念が日常生活における心配に及ぼす影響を検討した。ESMとは、日常生活における行動や思考などの体験を、小型のデバイスや携帯電話を用いてその場で測定する方法であり、生態学的妥当性の高い測定法である。ESMによって、日常生活における心配、ストレスイベントについて測定を行った。その結果、研究1と同様に、心配に関するポジティブな信念とストレスイベントの交互作用が確認され、心配に関するポジティブな信念が高い者は、ネガティブライフイベントに遭遇した際により長く、より強く心配することが示された。さらに、日常的な心配の積み重なりが、心配の病理的な側面である統制不能感を予測することが明らかになった。

第2部の研究1では、縦断調査を用いて、思考抑制が心配に及ぼす影響について検討した。その結果、思考抑制は、ストレスイベントとは独立に心配を予測することが示され、思考を抑制することで心配が持続してしまうことが示唆された。

第2部の研究2では、思考抑制がどのように心配を持続させるかを抑制のリバウンド効果に着目して検討した。リバウンド効果とは、思考抑制を試みた後に対象となる思考の侵入が増大することである。心配を抑制する実験を実施し、抑制中および抑制前後における心配の発生頻度を測定した。その結果、心配性傾向と抑制中の心配の発生頻度の交互作用が有意に抑制後の心配の発生頻度を予測した。下位検定の結果、心配性者は、心配を抑制している最中の侵入確率が高いほど、リバウンド効果が顕著に表れることが示された。しかし、心配性傾向が低い者においてはこの傾向は見られなかった。このことから、心配性者は心配の抑制に失敗することで心配を持続させ、増加させてしまうことが示唆された。

本論文においては、以下の諸点が高く評価された。

1.心配の発生・維持に関する認知モデルに基づき、実証データに裏付けられた確実な議論を行ったこと。本研究により、心配に関するポジティブな信念には心配を促進させるような役割があり、思考抑制は心配を持続させるように働くことが明らかとなった。

2.研究の方法論において、先行研究では横断調査による検討に留まっていたため、因果関係の検討が不十分であったが、本研究では、先行研究の限界を補うために、縦断調査の手法を取り入れた。これにより因果関係に踏み込んだ検討をおこなうことができた。また、実験室における検討だけではなく、経験サンプリング(ESM)の手法など生態学的妥当性を高めた方法を取り入れ、多様な手法を用いて心配を取り巻く現象を検討している。こうした方法論的な面も評価された。

3.本研究は、臨床場面から得られたモデルを出発点として、それを健常な大学生を対象とした研究に応用したものであり、本研究の知見は、大学生の精神健康の予防において示唆するところが大きい。また、本研究で得られた実証的で確実な知見は、臨床場面における認知モデルを支持し、また心配を主症状とする全般性不安障害などに対する介入法にも確実な示唆を与える。こうした実践的な点でも高く評価された。

以上の研究の実施にあたって、倫理的な配慮は十分になされており、第1部の研究2および第2部の研究2は、本学の倫理審査委員会において承認を得ている。

なお、第2部の研究2は専門誌Personality and Individual Differenciesに公表済みである。

以上の成果により、本論文は博士(学術)の学位に値するものであると、審査員全員が判定した。

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