No | 128937 | |
著者(漢字) | 小林,伸吾 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コバヤシ,シンゴ | |
標題(和) | 冷却原子気体におけるトポロジカル現象に関する理論的研究 | |
標題(洋) | Theoretical Study on Topological Phenomena in Ultracold Atomic Gases | |
報告番号 | 128937 | |
報告番号 | 甲28937 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5914号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 私はトポロジカル励起に潜むトポロジカル不変量を明らかにすることを目的としホモトピー理論の拡張について研究を行なってきた。本学位論文では、冷却原子系を具体例として、トポロジカル励起とトポロジカル不変量の関係性について議論する。トポロジカル励起とは量子渦や点欠陥、スカーミオンなどのトポロジカル不変量を持った励起状態のことであり、冷却原子系に限らず、超流動ヘリウムや液晶など自発的対称性の破れを伴う系において普遍的に現れる概念である。対称性の破れ後の秩序状態は、秩序変数によって特徴づけることができる。今、対称性G を持つ系を考える。自発的対称性の破れにより、系の持つ対称性がG からH に変化したとする。ここでH はG の部分群である。このとき縮退している秩序変数の集合は剰余空間G/H で与えられる。この秩序変数の縮退度G/H は秩序変数空間と呼ばれ、トポロジカル励起の分類において重要な役割を果たす。なぜならば、トポロジカル励起は秩序変数が空間的に変化し、欠陥やテクスチャーなどの非自明な構造を作り、トポロジカル不変量によって保護された状態である。ここで「保護された」とは縮退した自由度の中では、他のトポロジカル不変量を持つ状態へ移れないことを意味する。従って、トポロジカル励起の安定性は、秩序変数空間のトポロジーを調べれば知ることができる。この秩序変数空間のトポロジーを解析する手法として、ホモトピー群が有用である。なぜならば、ホモトピー群はトポロジカル励起のトポロジカル不変量を与えるだけではなく、2 つのトポロジカル励起の結合則も決定するからである。 例えば、量子渦の場合、量子渦の十分遠方を一周回ったとき、その軌跡は秩序変数空間上でループを描く。このループが秩序変数空間上で何回巻きついているか見ることで量子渦のトポロジカル不変量が定義される。このループの集合のホモトピー同値類は基本群(第1 ホモトピー群)π1(G/H) を構成する。 同様に点欠陥は、点欠陥を囲む閉曲面を考え、秩序変数空間における被覆の回数を数えることでトポロジカル不変量が定義される。この閉曲面の集合のホモトピー同値類は第2 ホモトピー群π2(G/H) を構成する。以上の考察より、一般のd 次元空間中のν 次元のトポロジカル欠陥はπ(d−ν−1)(G/H) により分類される。 さらに、ホモトピー理論を用いたトポロジカル励起の分類は以下のような発展を遂げている。 (a) 相対ホモトピー群を用いた系の表面上(例えば超流動ヘリウムが入っている円筒容器の表面上)に形成されるトポロジカル励起の分類 (b) 渦芯近傍まで秩序変数空間を拡張し、渦芯の密度がゼロか有限かの判定 (c) ホモトピー完全系列を用いた、ある秩序相から別の秩序相へ転移する過程におけるトポロジカル励起の安定性解析 このようにトポロジカル励起の分類は様々な方面に発展している。しかし、これらの分類や判定法はまだ未完成であり、基本的な問題を残している。私は以下の2 つの問題点を指摘した。一つは渦芯構造の分類である。(b) による判定法では渦芯の密度がゼロか有限かを決めることができるが、渦芯の具体的な状態を決めることはできない。二つ目は、異なる次元を持つトポロジカル励起が共存した場合の分類である。従来のホモトピー群の分類は、固定された次元数を持つトポロジカル励起のみが存在する場合を暗に仮定している。本論文では、これらの問題点を、ホモトピー理論を拡張することで解決する。また拡張したホモトピー理論をスピン自由度を持ったボース-アインシュタイン凝縮体(BEC) であるスピノルBEC に適用し、実験との比較や物理的な解釈も説明する。以下に各章の要点について述べる。 1 章では、本論文の概要について述べる。トポロジカル励起の分類の歴史的背景について述べ、現在に至るまでの理論の発展とその経緯についてレビューする。また本論文の主要内容である5、6、7 章について、研究の動機とその重要性、さらには研究方針を説明する。 2 章では、冷却原子気体系の実験と理論のレビューを行う。Sec. 2.2 ではスピノルBEC における基底状態を平均場理論に基づいて説明する。Sec. 2.3 では冷却原子系中のトポロジカル励起に関する実験と理論の先行研究を紹介する。 3 章では、本論文で用いるホモトピー理論について説明する。Sec. 3.1 では、基本群や高次のホモトピー群、相対ホモトピー群の定義を説明する。また後半の章で用いるホモトピー完全系列やHurewicz 同型定理、n-連結、n-単純などの定理や概念もここで説明する。Sec. 3.2 では、ホモトピー群の一般化として安倍ホモトピー群[M. Abe, Jpn. J. Math. 16 (1940)] の定義と満たす定理を説明する。安倍ホモトピー群を用いたトポロジカル励起の分類は本論文の主要な研究結果の一つである。 4 章では、トポロジカル励起の分類に関するレビューを行う。Sec. 4.1 では、秩序変数空間の定義を述べ、Secs. 4.2-4.5 では、量子渦、点欠陥、スカーミオン、渦芯なしの量子渦の分類法について説明する。また各節において具体例としてスピノルBEC の場合を説明する。 5 章から7 章では、私が行ってきた研究について説明する。以下に各章の要点をまとめる。 5 章: 量子渦の渦芯構造の分類法 この研究は上で述べた(b) 渦芯の密度の判定法の発展として位置づけられる。先行研究では渦芯の密度の有無を決定したが、私が着目したのは渦芯の密度が有限の場合である。なぜならば、渦芯の密度が有限である場合には、渦芯に様々な構造が出現するからである。この章では、拡大した秩序変数空間を定義し、対称性に基づいた分割法を導入する。さらには渦芯に至るまでのトポロジカル不変量の変化を写像を用いて解析する。私はこの分類法をスピン1 BEC に対して適用し、渦芯に局在する無数の励起状態が存在することを示す。さらには、対称性から導いた渦芯構造は実験結果[L. E. Sadler et al. Nature, 443 (2006)] やGross-Pitaevskii 方程式による数値計算結果と両立していることを示す。 6 章: 量子渦共存下でのトポロジカル励起の分類 この章では従来のホモトピー群πn(G/H) を用いた分類を安倍ホモトピー群κn(G/H) を用いた分類へと拡張する。ここで、κn(G/H) はπn(G/H) を部分群として含んでおり、自然な拡張となっている。またκn(G/H) はπ1(G/H) とπn(G/H) の半直積に同型である。これは安倍ホモトピー群が量子渦と高次のトポロジカル励起が共存した場合の分類を与えることを意味し、さらには、半直積構造は量子渦と高次のトポロジカル励起の間にトポロジカルな影響の存在することを意味する。ここで「トポロジカルな影響」とは、例えば量子渦と点欠陥の共存系を考えたとき、+1 のトポロジカル不変量を持つ点欠陥が量子渦の周りを回ると−1 の不変量に変化する現象のことである。このトポロジカルな影響は1976 年と1977 年にVolovik らとMermin により指摘されていた1 次元と2 次元の不変量間の影響と同値である。従って、安倍ホモトピー群は不変量間の影響を含んだ分類になっている。Sec. 6.2 では、トポロジカルな影響を計算するためにEilenberg の理論をレビューする。Subsec. 6.2.1 では、この計算法に基づいてスピノルBEC におけるトポロジカルな影響と安倍ホモトピー群の計算を行う。 7 章: 保存則とトポロジカルな影響の関係 6 章の結果を保存則がある場合に応用する。なぜならば、冷却原子系のような孤立系では全体のトポロジカル不変量は保存されていからである。他方、トポロジカルな影響下では、点欠陥のトポロジカル不変量が+1 から−1 へ変化する。保存則がある場合、この終始のトポロジカル不変量の変化量1 − (−1) = 2 の行先が問題となる。私は保存則とトポロジカルな影響を両立されるために、トポロジカルな反作用が影響を与える量子渦自身にも存在することを示す。Sec. 7.1 では、非可換量子渦に働くトポロジカルな影響とその反作用を議論する。また不変量の遷移が基本群の交換子群[π1, π1] で記述されることも示す。Sec. 7.2 では、量子渦と高次のトポロジカル励起との間の不変量の遷移について議論し、不変量の遷移が一般に交換子群[π1, πn] で決定されることを示す。Subsec. 7.2.1 では、Bucher らの宇宙紐に関する計算をスピノルBEC へ応用し、トポロジカルな反作用を計算する。Subsec. 7.2.2 では、トポロジカルな反作用が量子渦の捻じれに対応していることを示す。 最後に8 章では、各章のまとめと今後の研究としてトポロジカル励起間の非可換統計性の問題があることを述べる。 | |
審査要旨 | 本論文は本文8章、付録3章よりなる。第1章は、論文全体の導入と動機の説明である。第2章では、冷却原子系の力学についての基礎が解説されており、ボーズ・アインシュタイン凝縮相での秩序変数の構造について明快な記述がなされている。第3章では、秩序変数の空間が非自明であることに伴うソリトンの分類に使われる数学の道具であるホモトピー理論についての解説がなされている。特に、これまで物理では使われてこなかった、アベのホモトピー群という数学的概念の詳しい解説がある。第4章では、第2章でわかった秩序変数空間に第3章の概念が適用され、冷却原子系におけるさまざまなソリトンの分類が説明されている。ここまでがほぼ既存研究のレビューである。 以後が論文提出者の研究に基づくものである。第5章では、ソリトンの芯の構造のトポロジカルな構造を解析している。ソリトンは遠方で秩序変数空間に場の配位が巻き付いていることにより安定化しているが、逆に言えば芯では必ず場の配位がエネルギーを使って秩序変数の空間の外に多少でる。この効果を取り入れた、「拡張した秩序変数空間」という概念を導入し、拡張された秩序変数空間をどのように場の配位が移動していくかによって芯構造を分類したものである。第6章は、渦のまわりを別のソリトンが一周した際になにが起こるかを調べたもので、渦を記述する基本群がまわるソリトンを記述する高次ホモトピーに如何に作用するかを解析することになる。これが自然にアベのホモトピーで記述できることを論文提出者は見いだした。第7章では、別のソリトンが渦を一周したためソリトンの種類が変わった場合に、その反作用として渦になにが起こるかを決定したものである。第8章は全体のまとめとなっている。 これらの結果は、トポロジカルなソリトン間の相互作用を記述する上で基本的な数学的構造を抽出しており、冷却原子系のみならずソリトンが関与する物理のさまざまな分野に応用が可能な手法を論文提出者は見いだしたということが出来る。なお、本論文第5章は川口由紀、新田宗土、上田正仁3氏との共同研究、第6章は小林未知数、川口由紀、新田宗土、上田正仁4氏、第7章は Nicolas Tarantino と上田正仁2氏との共同研究であるが、どの論文に関しても論文提出者が要となって考察、議論を完成したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |