学位論文要旨



No 128959
著者(漢字) 家中,信幸
著者(英字)
著者(カナ) イエナカ,ノブユキ
標題(和) 高銀緯雲における銀河拡散光
標題(洋) Diffuse Galactic Light in a high Galactic latitude cloud
報告番号 128959
報告番号 甲28959
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5936号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 海老沢,研
 宇宙科学研究所 教授 松原,英雄
 東京大学 教授 郷田,直輝
内容要旨 要旨を表示する

Diffuse Galactic Light (DGL) とは星の光が銀河系内の星間ダストによって散乱されたものである。DGLは1930 年代から可視光において散乱星雲として観測されており、その後、遠赤外線観測で発見された「赤外線シラス」の対応天体であることが明らかになった。星間ダストを可視散乱光と遠赤外線熱放射の両方の波長で観測することによって、我々はダストの性質や星間放射場についての情報を得ることができる。しかしながら拡散光(いわゆるdiffuse な光)の観測には通常の星や銀河などの点原の観測とは異なる解析手法が必要であり、これまでのDGL の観測例は少ない。過去の観測からDGL と遠赤外線の間には線形の相関がみられることが報告されている。しかし、はっきりとした線形の相関を示した観測例は4例(Laureijs et al. (1987),Witt et al. (2008), Matsuoka et al. (2011), Brandt & Draine (2012))のみであり、このうちLaureijs etal. (1987) 以外は複数の分子雲の観測結果、あるいは全天の数分の一にわたる広い観測領域を平均して得られた結果である。1平方度程度の領域内におけるDGL と遠赤外線の相関を調べた研究としては、Laureijs etal. (1987) の他に、Guhathakurta & Tyson (1989) およびZagury et al. (1999) があるが、どちらも観測された領域内でDGL と遠赤外線の間にはっきりとした線形の相関をみることはできなかった。DGL の観測を困難にしている原因は、DGL よりも圧倒的に強い前景放射の存在である。地上からの観測では大気の夜光(Airglow)、黄道光(Zodiacal light)、星の光が前景放射の成分となる。これまでの観測において線形の相関がみられなかった原因として、これらの前景放射の除去における誤差の影響が考えられる。

本論文では我々が東京大学木曽観測所105cm シュミット望遠鏡と、それに搭載された可視撮像装置2KCCDをもちいて行ったDGL の観測の結果について報告する。この観測の目標は、一つの分子雲の領域においてこれまでで最も精度よく可視拡散光の強度を測定し、遠赤外線との相関関係について調べることである。さらに、この観測で得られた結果を、過去の観測結果およびDGL の理論モデルと比較することで、相関の傾き(DGL と遠赤外線の比)とダストの光学的厚みの関係、Extended red emission(ERE) と呼ばれるダストのphotoluminescence の存在について考察を行った。

我々はまず高銀緯ダスト雲MBM32 の一部および周辺領域を含む45' × 40' の領域について、B, g, V,R-band での撮像観測を行った。DGL などの拡散光成分の輝度を測定する際には、星の測光のように周辺の領域をもちいたsky-subtraction ができないため、地球大気の光を差し引くことが必要となる。1平方度程度の領域内では地球大気の光の空間変動はほぼ無視できるため、この成分は観測領域内で定数とみなすことができるが、フラットフィールディングの誤差によって画像に傾斜ができてしまうような場合には、結果としてDGL の測定値に大きな影響が生じることになる。そのため拡散光成分の輝度を測定する際には精度の良いフラットフィールディングが必要不可欠である。そこで我々は、実際の観測に先立ってフラットフィールディングの評価・補正を行った。評価の結果、木曽観測所105cm シュミット望遠鏡で通常用いられているフラット画像には1 度あたり約1% の勾配をもつ線形の傾斜があることが明らかになった。この傾斜を補正することによって、我々の観測ではフラットフィールディングの誤差は0.2% 程度に抑えられている。観測画像からDGL のみを抽出する過程においては、観測画像から星像のテンプレート(Point spread function)を作成し、このテンプレートをもちいて星像の裾野までを覆うようにマスクを施し、その後、IRAS/DIRBE 100μm マップ(Schlegel et al. 1998) と同じ分解能となるようにbinning を行った。最終的に得られた可視拡散光の輝度Sν(λ) の測定誤差(1σ) は全てのバンドにおいて1kJy sr(-1) 以下であり、これはこれまでの同種の観測と比較してもっとも小さい誤差である。

観測から得られた可視拡散光の輝度Sν(λ) とIRAS/DIRBE 100 μm の輝度Sν(100μm) の間には 図1 のような相関が得られた。この図に直線をフィットすることで得られた線形相関の傾きb(λ) =ΔSν(λ)/ΔSν(100μm) は、B, g, V, R-band においてそれぞれ(1.6 ± 0.1) × 103 , (2.2 ± 0.1) × 103 , (4.0 ±0.3) × 103 , and (3.4 ± 0.2) × 103であった。これは、一つの分子雲の領域において同一の手法でb(λ) を複数の波長で求めた、すなわちb(λ) のスペクトルを得た、初めての結果である。

さらに、我々は過去の同種の観測結果を図2のようにまとめた。図2から、b(λ) の値が観測によって2 倍程度ばらついていることが分かる。我々はこのばらつきの原因を、視線方向の光学的厚さ、ダスト温度、視線方向の銀経・銀緯という3 つの面から調査した。

このうち、光学的厚さの影響については、b(λ) とS(ave)ν (100μm)(相関の傾きを求めた場所での100 μm 輝度の平均的な強度) の間に図3のような関係が見られた。b(λ) とS(ave)ν (100μm は逆相関の関係が見られる。これは、光学的に厚いダスト雲ほどb(λ) の値が低くなることを意味している。モデル計算の結果、観測されているb(λ) のばらつきは、光学的厚さとダストアルベドの変化によって説明可能であることも分かった。b(λ)とS(ave)ν (100μm) が相関しているということは、DGL と遠赤外線の関係が観測されている遠赤外線強度の範囲で線形から外れていることを示唆しており、DGL をExtragalactic background light (EBL) 測定のために除去しようとする際にはこの非線型の効果を考慮しなければならない。実際に光学的厚みの効果を考慮して2次の曲線でDGL と遠赤外線の相関をフィットした結果、すべての波長において線形の相関を仮定した場合よりもEBL が小さく見積もられる方向へ結果が変化することが分かった。ダスト温度および銀経・銀緯については、サンプルの少なさの影響もあるが、相関はみられなかった。

ERE に関しては、これまでその存在を主張する大きな理由は、モデルによって予想されるDGL のカラーが観測されるDGL よりも青く、散乱光以外の赤い放射が観測に含まれているはずである、というものだった。しかし、これまでに提案されているモデルの中には観測されたDGL のカラーをERE 無しで再現できるものもあることが分かった。したがって、現時点においてはモデルとの比較でERE の有無について結論を下すことはできず、より精度の高いモデルの構築が求められている。ただし、我々が今回の観測で得たb(λ) のスペクトルの形状は、0.60μm 付近でDGL のモデルに対して超過しており、ERE の存在を示唆している。

また、今回の観測結果は近年の観測結果と同じくDGL のカラーがb(R)=b(B) ~ 2 であることを支持している。このカラーを再現できる散乱光のモデルが正しいとすれば、近赤外線におけるDGL の強度はこれまで考えられてきたよりも強いことが予想される。したがって、近赤外線でのDGL の観測はモデルのテストとして、あるいはこの波長域での背景放射に対する新たな前景放射の成分として重要である。

図1 DGL と100 μm 輝度の相関。赤の直線が最小X2 法によって得られた線形の関数。赤の破線は2次式で観測点をフィットしたもの。ただし2 次のフィットに使用した観測点はSν(100μm) ≥ 2.0 MJy sr(-1)、すなわち黒の破線よりも右側の点に限っている。

図2 各波長における相関の傾きb(λ) = ΔSν(λ)/ΔSν(100μm).

図3 相関の傾きb(λ) と遠赤外線の平均強度S(ave)ν (100μm の関係。左が青い側の波長帯(0.44 - 0.46μm)、右が赤い側の波長帯(0.64 - 0.66μm) での図。分光によって得られているデータは上記の波長範囲での平均値を示している。プロットされた記号の示す観測例は図2と同じものになっている。曲線はモデル計算によって得られた結果を示しており、下からアルベドがωV = 0:6; 0:7; 0:8 の場合を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、東京大学木曽シュミット望遠鏡を用いて可視光の銀河拡散光をこれまでにない高い信頼性・精度で測定し、遠赤外線の輝度との比較において高い相関を得ることに成功したものである。そして、多波長での観測から銀河拡散光のカラーを求めて銀河拡散光を散乱している星間ダストの性質に示唆を与え:銀河拡散光のモデルヘの制限を与えた。この制限により、近赤外線での銀河拡散光がこれまで考えられてきたよりも強い可能性が高くなり、宇宙背景放射を求める際の前景成分として再考の必要性を示唆する重要な結果である。

本論文は5章と付録2章からなる。第1章はイントロダクションであり、銀河拡散光についてのこれまでの研究について概観している。まず、地球から観測される夜の空の放射は、地球の夜光、黄道光、暗い星の集合、銀河拡散光、宇宙背景放射からなり、銀河拡散光を正確に測定するには、その他の成分を差し引く必要があることを述べている。銀河拡散光は、銀河系内の星の光が星間固体微粒子(ダスト)によって散乱されたもので、 1930年代から散乱星雲として知られていた。1980年代に赤外線衛星IRASによつて発見された拡がつた遠赤外線放射(赤外線シラス)が、銀河拡散光に対応する星間ダストの熱放射であることが明らかとなった。これまで、銀河拡散光の観測自体が多くないことに加えて、遠赤外線との良い相関を示すものはわずか4例しかなく、しかも、そのうち3例は複数の散乱星雲を合わせて相関を示すものや全天スケールに渡る観測結果であった。1平方度程度の拡がりの単一の散乱星雲についての結果は1例を除いて良い相関関係が見られなかった。この原因として、前景放射(地球の夜光、黄道光、暗い星)の誤差が大きかったと推定し、銀河拡散光の性質を調べるためには、さらに精度の高い観測が必要である事を述べている。

第2章は行った観測の詳細とその結果についての記述である。観測対象は、(1)銀河拡散光に対して光学的に薄い、(2)星が密集していない、と言う条件を満たすものとして、高銀緯分子雲MBM32を選択した。得た観測データは、本曽シュミット望遠鏡に搭載された2K CCDカメラを用いて取得した4つの測光バンドでの45分角X40分角の画像である。拡がつた成分を精度良く求めるために、観測装置のフラット補正(感度のばらつきの補正)は特に重要である。これは、視野内で地球夜光がほぼ平坦であること利用して差し引くからである。このために望遠鏡視野を回転してフラットデータを取得して平均する手法を用いることを考案し、その結果 0.2%というこれまでになく小さいフラット誤差を達成することができた。星成分の差し引きには、星の明るさに応じた直径を持つ円形マスクを用いた。これまでの、星のない領域のデータのみを用いる方法に対して、効率・精度は格段に向上している.黄道光については、衛星データの解析により、4つの測光バンドのすべてにおいて1度角のスケ―ルでの変動は本論文の結果には影響を与えないことから、空間変動の補正は不要であると結論している。

第3章は解析手法とその結果である。4つの可視光バンドの銀河拡散光の面輝度を、黄道光・星・銀河成分の補正をした遠赤外線放射の面輝度に対してプロットし、これまでにない良い相関を見いだし両者を線形フィットして傾き(比例係数)を求めている。

第4章では、これまでの研究との比較を行つて銀河拡散光の性質について議論している。これまでの観測において信頼できる遠赤外線輝度との比例係数を求めているのは、3つしかなく、二つの領域について、複数の波長で同一の手法によってこの比例係数を求めたのは本論文が初めてである。過去の観測結果も含めると、比例係数には2倍程度のばらつき見られる。この原因の一つとして考えられる視線方向の光学的厚さについて検討し、説明可能であることを示した。このことは、拡散光から銀河拡散光を差し引いて宇宙背景放射を求める際にはこの光学的厚さの効果を考慮する必要があることを意味する。また、一つの領域において多波長(4バンド)で比例係数の導出に成功し、拡散光の波長依存性に、これまで議論されてきた銀河拡散光中の拡散赤色放射の存在を支持する結果を得た。また、Rバンド(赤)とBバンド(青)の比例係数の比は約2と最近の観測結果2と整合的であり、その結果を再現できるモデルに基づくと近赤外線での銀河拡散光がこれまで考えられてきたよりも強い可能性が高くなる。

第5章はまとめと結論である。

銀河拡散光は、銀河系内の星間ダストの性質を調べるとともに、宇宙背景放射を求めるための差し引きすべき前景成分としても重要である。論文提出者は、高い精度で銀河拡散光の輝度を求め、その波長依存性から銀河拡散光中に拡散赤色放射の存在を支持する結果を得た。また、宇宙背景放射を求める際の前景成分として再考の必要性を示唆している。このように、本論文はこれまで達成できなかった高い精度の観測を実現して星間ダストの性質に制限を与え、将来の可視・近赤外線域での宇宙背景放射の精密測定に向けた示唆に富むオリジナリティの高い研究である。

本研究は、川良公明、松岡良樹、鮫島寛明、大藪進喜、辻本拓司、Bruce A.Petersonとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、データ解析、分析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク