学位論文要旨



No 129064
著者(漢字) 江口,隆夫
著者(英字)
著者(カナ) エグチ,タカオ
標題(和) 複合製品開発の要求分析フェーズにおける段階的な設計詳細化手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 129064
報告番号 甲29064
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7955号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 教授 村上,存
 東京大学 准教授 白山,晋
 東京大学 准教授 増田,宏
 山口大学 准教授 古賀,毅
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

自動車,電機製品など機械,電子回路,組込みソフトウェアから構成される複合製品は製品の急激な高機能化や品質管理の要求,組込みソフトウェアの規模増大に伴い,従来の開発手法から,モデルベース開発,再利用を中心としたプラットフォーム型開発への転換を余儀なくされている.各業界ではV字開発プロセス上で,多様な専門分野の開発者が共通に利用する製品情報モデルのあり方を模索しつつあるが,あるべき開発方法を実現する製品情報モデルに関する研究は少なく,特に製品およびシステム要求分析フェーズにおける製品情報モデルに関する研究が待望されている.このフェーズでは,プロセス最上位における製品要求を入力として,この要求を実現するシステムモデルを設計し,後工程における機械,電子回路,組込みソフトウェアの設計作業に分解するためのシステム要求を提供することが求められる.

本研究では複合製品開発の課題とその解決施策をもとに階層型の製品情報モデルを提案するとともに,製品およびシステム要求分析フェーズにおける製品情報モデルの効率的な作成方法,作成した製品情報モデルの設計妥当性検証方法について論じる.

2.複合製品開発の課題を解決するTO BEモデル

第一に複合製品を取り巻く環境を整理し,複合製品の従来開発,モデルベース開発の問題分析を実施し,複合製品に課せられる課題を把握した.これによるとV字型開発プロセスの製品要求からシステム設計に至るシステム要件分析フェーズにおいてシステム設計を支援する手法と環境が未整備であり,製品要求をシステム要求に変換する方法,システム要求をモデル化する方法,システム要求を表現する製品情報の形態,設計検証方法とこれを支援する環境の必要性が明らかになった.

第二に複合製品開発で先行する欧州自動車業界の取り組みを整理し,これらの解決の方向性に基づき,製品開発環境のTO BEモデルのコンセプトと要件を整理した.さらに,TO BEモデルの実現する要件から既存研究を検討し,TO BEモデルにおける開発プロセス,設計情報,主要な方法論・ツールの全体像を描くとともに,その実現要件を把握した.

TO BEモデルでは,V字型開発プロセスの上流工程において,付与の製品要求から製品情報モデルを階層構造において段階的に設計でき,ソフトウェアプロダクトライン開発と連携した製品情報モデルの再利用と,モデルベースおよびシミュレーション環境と連携することが要件になる.これにより,システム設計フェーズに至る開発プロセスを効率化でき,下位の実装フェーズに繋げる開発方法と開発環境が実現できると考えられる.

2.階層型製品情報モデルの定義

V字型開発プロセスの上流工程における製品要求の付与からシステム要求分析に至るプロセスでは,製品情報モデルは機械,電子回路,組込みソフトウェアが分解されておらず,これらをシステムとして扱うシステムモデルになる.そこで,システムモデリングの主要構成要素である要求,機能構造,振舞,制約の4つの観点で製品情報モデルのモデリングの課題を整理し,製品情報モデルの段階的設計におけるモデリングの要件を抽出した.

これによると,要求,機能構造,振舞,制約を同じ階層の定義により粒度を揃える必要があることから,本研究では機能構造の階層定義に従って,階層型の機能構造リファレンスを用意し,階層化した要求をもとに,同じ階層の粒度を揃えた振舞,制約などのモデルを作成する方法を検討する.

製品情報モデルの段階的プロセスは,上位階層から下位階層への4つのモデルを作成する18のプロセスに整理でき,(1)上位から下位階層への詳細化,(2)下位階層における詳細化,(3)下位階層におけるモデルの統合,(4)上位階層と下位階層モデルの整合性の検証の4つのプロセスに整理できる.これらのプロセスについて,入出力関係性を分析した結果,(1)では類推作業,(2)(3)(4)では反復を伴う作業が特に難易度が高い設計作業であることが考えられる.

つぎに具体的に製品情報モデルの形態と段階的設計プロセスを検証するため,トップダウンのオブジェクト指向表現を利用して階層型製品情報モデルを表現した.その構成要素を要求,機能構造,振舞,制約に分類して,製品情報を表現する記述言語SysMLのDiagram,モデル要素により,階層型の製品情報モデルの形態と表現方法を提示した.製品情報モデルを再利用するプロセスを指向し,階層型の機能構造リファレンスを用意し,リファレンスから機能構造を選択する設計方式とともに機能構造リファレンスの階層設計の考え方を提示した.

3.階層型製品情報モデルの段階的設計プロセス

定義した階層型製品情報モデルに従い,1)段階的な製品情報モデルの詳細化プロセス,2)段階的な製品情報モデルの精緻化プロセスについて,各プロセスを詳細手順に整理し,実施例をもとに手法の検討を実施した.

詳細化プロセスにおいては,上位階層で要求と製品情報モデルの機能構造リファレンスから選択した機能構造を入力情報して,下位階層の機能構造,振舞,要求を詳細化(decomposition)する.この作業において難易度が高い類推プロセスでは, 要求分析手法の一つであるProblem Frameを適用して機能構造,要求から振舞,要求のモデル要素を類推し,これらをSysMLのDiagramにモデル化するプロセスと成果物を提示した.

精緻化プロセスにおいては,複数の要求から作成されるモデル要素を統合,精緻化するプロセスの詳細手順を検討した.階層型の状態遷移分析による状態,アクションの精査,さらに振舞関係図,制約図,技術仕様図に連結するモデリング作業により,詳細化したモデルを精緻化(Refinement)するプロセスを提示した.

この結果,上位階層から下位階層へ直接詳細化が困難な振舞,制約,仕様の要素について,階層化された要求と機能構造リファレンスを利用することで,粒度が揃ったモデルを作成することができ,精緻化プロセスでモデル要素のヌケモレを抑制できることを示した.

4.段階的な製品情報モデルによる設計妥当性検証

TO BEモデルでは,V字型開発プロセスの上流工程において,付与の製品要求から製品情報モデルを階層構造において段階的に設計でき,各階層で下位階層モデルの成立性検証(Verification),上位階層に対する下位階層モデルの設計妥当性確認(Validation)が実施できることが要件になる.そこで,既存研究で明確にされていないモデルベース開発における設計妥当性検証(V&V:Verification and Validation)の枠組みと階層型製品情報モデルを利用したV&Vのプロセスを定義した.

加えて,2階層のモデル要素を横,縦軸に配置した4象限のDSMに,2階層の製品情報モデルとモデルを作成する設計行為を管理することにより,段階的設計の支援,段階的V&Vプロセスが,次の点で実施できることを示した.

上下階層を跨るモデル要素間の関係を辿るトレーサビリティ分析により,設計行為を確認でき,モデル修正の際の反復作業を支援できる.

DSMのクラスタリング分析により,機能構造への振舞モデル要素(アクション)の割付けの妥当性検証が実施できる.

DSMを統合したMDM(Multiple-Domain Matrices)によるモデル要素間の間接的な関係分析の抽出により,モデルには表現されていないモデル要素間の関係が把握でき,段階的設計を支援できる.

5.本研究の成果

複合製品開発において必要性に迫られる開発効率,設計品質の向上のための抜本的な改革を実施するためのTO BEモデルとその要となる階層型の製品情報モデルの形態を提示し,製品情報モデルの段階的設計プロセス,製品情報モデルのモデル情報と設計行為に関する情報を管理することにより,設計妥当性検証が実施できることを示した.今後,本研究を活用して,製品情報モデルの適用範囲を設計上流工程から下流工程へ拡張することや既存の開発環境,シミュレーションツールとの連携,設計情報の再利用資産との連携により,より効率的な開発への展開が期待される.

Fig.1 製品開発環境のTO BEモデルの全体像

Fig.2 階層型製品情報モデルと段階的設計プロセス

(a) Hierarchical function structure and requirements(b) V-shape process

Fig.3 製品情報モデルの詳細化・精緻化プロセス

Fig.4 DSMを利用した段階的設計プロセスと設計妥当性検証の支援

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、課題が多い複合製品開発の要求分析工程において、設計者が効果的に情報共有できる階層型の製品情報モデルの形態と段階的にそのモデルを作成することができる新しいプロセスを提案している。さらに、製品開発のフロントローディングを実施するためのVerification & Validation(モデル成立性検証と設計妥当性確認)の手法を具体的に提案している。本論文は全7章で構成されている。

第1章では、本論文の背景となる複合製品開発の課題と階層型の製品情報モデル、さらにはこれを使った段階的設計プロセス、設計妥当性検証の必要性を議論し、本研究の主要目的とアプローチについて述べている。

第2章では、複合製品開発の現状分析を行い、将来の開発方法を検討する上で解決するべき従来開発の課題を整理している。今後、複合製品に要求される条件から従来の延長線上では現状の問題解決は困難であることを指摘している。さらに近年普及が著しいモデルベース開発の問題点を整理し、今後取り組むべき課題領域を特定している。

第3章では、欧州自動車業界の事例をもとに課題解決の方向性について考察し、複合製品開発プロセスのあるべき姿のコンセプトを描き、開発プロセスのシステム要求分析を対象とし、本研究の課題を整理している。次に階層型製品情報のシステムモデルについて段階的設計プロセスを検討し、整理した製品情報モデルのモデリングの課題と要件から、本研究が検証するべき段階的設計プロセス、設計妥当性検証プロセスの構成を提示している。

第4章では、階層型・製品情報モデルを定義し、前提条件を設定している。製品情報モデルの要求、機能構造、振舞、制約、機能構造リファレンスについて、モデル作成において記述するDiagramとSysML記述ルールを設定し、段階的設計プロセスにおいて、各階層で同じ粒度の要求、機能構造、振舞、制約の関係性モデルの表現する条件を設定している。

次に段階的設計プロセスにおいて、要求、振舞、制約 の直接詳細化、類推プロセス、モデルの精緻化の条件を挙げ、これらの問題を解決する方法として、Topdown-oriented Behavior Design system(TBD)のフレームワーク、Problem Frameによる類推手法を、改良した状態遷移分析手法を導入してプロセスの実現性を導入し、検証することを提案している。

段階的な設計妥当性検証では、段階的設計プロセスの反復作業、製品情報モデルの成立性検証、設計妥当性の分析を実施するため、入力および出力情報となるモデル要素、モデルを作成する設計行為を管理するDesign Structure Matrix(DSM)とその利用方法を提案している。

第5章では、第4章で提案した手法を利用し、段階的設計プロセスの詳細手順によりSysMLで記述したモデルを提示している。TBDのフレームワークを導入した段階的設計プロセスは、上位階層から振舞軸方向と下位階層への機能構造軸方法の二段階で、それぞれ要求、振舞、制約の詳細化、精緻化を実施している。この二段階の各段階で、要求、機能構造を入力としたProblem Frameを作成し、出力した要求、振舞、制約のモデル要素を統合化するとともに、改良した状態遷移分析手法により振舞モデルの精緻化を実施している。

作成した実施例の検証から、(1)要求を分解、PFにより要求を実現させる階層の機能構造の範囲を限定することで、モデル要素のバラツキを抑制できる、(2)改良した状態遷移分析手法により振舞要素のヌケモレを追加・更新でき、モデルを精緻化できる効果を提示している。

第6章では、段階的な設計妥当性検証の手法を提示し、第4章で設定した課題を検証している。まず、段階的設計プロセスにおいて、異なるモデルからモデル、モデル要素を生成、配置するプロセスについて、入力および出力情報となるモデル要素の依存関係、その設計行為を、二階層のモデル要素から構成されるDSMで管理する方法を示している。次に製品情報モデルにおける段階的V&Vプロセスの定義し、モデル検証の方法を提示している。さらに、マトリックス分析を利用して、二種類のモデル要素間の関係によるモデル要素間の間接的な関係の把握、クラスタリングによるモデル要素の複雑な関係群の抽出の二つの方法により、段階的V&Vの支援が実施できることを提示している。

第7章では、本研究の手法な成果を整理しており、本研究の成果を実際の開発環境に展開する手順とその効果について提案している。また今後の課題として、製品情報モデルの段階的設計プロセス、設計妥当性検証において、大量の情報分析を支援するツールの開発が必要であることを指摘している。

本研究は、今後の複合製品開発における課題を体系的に整理しており、その最優先課題となる製品情報モデルのあるべき姿と、製品情報モデルの作成方法、モデル検証方法を提案しており、これらの研究成果は、今後、複合製品開発を取り巻く環境に対応してゆく上で貴重な示唆を与える論文として評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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